悪魔のテーブルマナー
「せんぱぁい、腹減ったっすぅ」
蜂蜜色の西日が、放課後の理科室に差し込んでいた。音もなく空中を漂う埃がまるで琥珀の中に閉じ込められているようで、妙に幻想的だった。
「げ...昨日やったばっかだろ」
木製のガラス棚にしまい込まれた大量のフラスコやら試験管やら、その曲面が日光をきらきらと反射して目が痛い。目を机に落とすと自分の腕が長い影を作っていて、やけに切ない気分になる。もう夏休みは終わってしまったのだ。
「いーでしょ別に!先輩もいい思いできるんだしぃ」
花田は机の上に開いていた参考書をぱたんと閉じて、舌足らずな声の主を見やった。花田の影が長く伸びた先で、壁にもたれかかるようにして彼女は立っている。西日を一身に浴びて、白いブラウスがクリーム色に照らされていた。眩しさに顔をしかめながらぐらぐらとだらしなく全身を揺らし、駄々っ子のように不平不満の声を上げている。こうしてみると男だった頃と全く変わらないな、と花田は思う。わずか2か月前までと全く。
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花田の後輩である野々山が女になったのが2か月前であった。性転換手術を受けたとか、あるいは慣用句的に女性が色恋を知ったとかいうことではない。ある日の放課後いつものように部室もとい理科室の扉を開けると、野々山がなぜか女になっていたのだ。昨日まで何の変哲もない男子高校生であった野々山が、何の前触れもなく、である。
「時々あることらしいっすよ」
何をそんなに騒いでいるのか、と言いたげな冷めた表情で、コンクリ壁にもたれかかった女子高校生は言う。野々山だ、と花田は思った。木造建築の理科室の壁の中、何故かそこだけコンクリ製になっている幅1mほどの部分は夏場でもひんやりしていて──暑がりの野々山は放課後、いつもそこにべったりともたれかかっていた。もたれかかる角度から、気だるげな目つきから、舌足らずな喋り方まですべて、野々山のそれに違いなかった。
「そんなことより先輩」
ぐらぐらと体を揺らしていた野々山が、ぴたりと動きを止めた。
「腹減ったっす」
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西日の差す理科室の中、目の前にかがみこんだ野々山の頭頂部を見下ろしながら、花田はあの日のことを思い出していた。あの時もこうであった。
腹減ったっす。
あの日、野々山はそう言い放つとこちらへすたすたと歩きだし、まだ混乱冷めやらぬ花田の目の前に立って、その場にしゃがみこむと同時に花田のズボンを下着ごと引きずりおろしてしまったのだ。
慌ててかがもうとした体は濃紫色の何かに押さえつけられた。伸ばそうとした手は何か縄か紐のようなものに引っかかって動かせない。花田の眼下にあるのは野々山の焦げ茶色の短髪と、それをかき分けるようにして生えている、濃紫色に染まった一対の角であった。
へへ...かっこよくないっすか、これ。
どこか高揚した声色だった。野々山がその上半身を花田の裸の下半身へ猫のように摺り寄せると、野々山の背中に生える"それら"が露わになった。
ブラウスとスカートの下から這い出ているのは悪魔が──より直接的に言うならば、サキュバスが持つような翼と尻尾。濃紫色のそれらは、コスプレだの特殊メイクだのでは説明がつかない人肌の熱を帯び、野々山の呼吸に合わせてゆったりと動いているのだった。
ジブン、腹が減っちゃって。
自分に言い聞かせるような言い方で野々山はそう言うと、まだ垂れ下がったままの花田の陰茎に顔を近づけ──。
「...ぱい!先輩!ぼーっとしてないでさっさと出してくださいってば」
「あ、わり」
あの日と同じく今日も、野々山の頭頂部には濃紫色の角が一対生えている。つやつやとした独特の光沢を放つそれが、野々山が今や人ならざるものであることを雄弁に物語っていた。
あの日と違うのは、野々山の翼と尻尾はその背中におとなしく収まっていて、花田の体も腕も自由であること。そして花田が自分から学生ズボンと下着をずり下げていることであった。
「んっふふ、これこれぇ」
ズボンと下着の下で既に怒張しきっていた陰茎は煮えたぎるような血液で満たされていて、9月の理科室を満たすひんやりとした空気に触れてもなお熱くどくどくと脈打っている。
野々山は熱気と湿気を纏うそれをじろりと見て満足げに笑うと、大きく口を開けた。しかし開けたっきり、何をするでもなくじっとしている。
「......」
まるでそうすることが取り決められていたかのように、花田は何も言わず自らの陰茎を右手で握りこみ、前後に動かし始めた。それだけ見れば自慰であるが、目の前にあるのは大きく開かれた女の口。その奥からは熱く湿った吐息が漏れ出して、怒張した亀頭を規則的に掠めている。桃色の綺麗な舌が口からこぼれ出していて、その先端からはとろりとした唾液が垂れて床を汚していた。
その光景に、花田はどうしようもなく興奮してしまう。何度、いつ見てもたまらない。
見た目だけなら優位性はこちらにあるのだ。目の前の女は跪いて口を開き、男の射精を、精液を従順に待ち続けている。しかし野々山のその眼差しには、隠しきれない嗜虐性が滲んでいた。
早く出せ。急かし、ねだり、ゆするその眼差しに射抜かれると、花田の息は荒く、右手の動きは速くなる。その整った顔立ちを今に汚してやろうというためではない。その口の中に早く精を捧げたいという情けない願いの現れに他ならなかった。
「...ノノ...で、でる...」
気の抜けた声が漏れるのとほぼ同時だった。脚が突っ張り、腰ががくがくと揺れ、頭が白一色に染まり──射精が始まった。
昨日同じことをしたというのに数か月禁欲したのかと見紛うような勢いで精液が飛び出て、野々山の口内に注がれていく。野々山は舌を出したまま、溢したりえづいたりすることもなく器用に精液を飲み下す。気が遠くなる中、ごく、ごくんという野々山の喉の音だけが、花田の耳に響いていた。
射精の勢いが収まるのに数秒間かかった。狭まっていた視野が徐々に広がると同時に、周囲の景色が少しずつ鮮やかさを取り戻してゆく。
「ありゃ」
芝居がかった野々山の声で、花田は完全に現実に引き戻された。にんまりといった笑みを浮かべた野々山の顔の半分ほどは見えない。花田の陰茎が、一度とんでもない量の精液を吐き出したにも拘らず石のような勃起を保ち、野々山の顔を隠しているからだ。
「...そんじゃ大将、替え玉を──」
「あ、あのさ」
ご満悦な野々山の声を遮って花田は話しかけた。
「そのぉ...わりんだけどその、む...胸で挟むとかって、して...もらえる?」
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「いやっす」
「な、なんでよ?」
呆気なく返ってきた返答は芳しくないものだった。
ぱんぱんに勃起した陰茎を股に抱えながら、快楽の無心をする姿はあまりにもお笑いだ。自分を客観視できた途端に性的興奮がしなびていくのを花田は自覚したが、それでも陰茎の勃起は維持されたままだった。
「だってこれ、食事っすから。セックスじゃないっすもん」
「えー...いやぁでも...いやいやほら、最初の...あの時は自分からすげ〜がっついてさぁ」
「あ、ちょ、ちょっと!それは...あれは、あれはノーカンっすよ!あれはまだ、ボクもよくわかんなくなってて...ボクは悪くない!先輩っすあれは!」
そうだ。女になった野々山と邂逅したあの日の理科室。忘れようもない、彼女は自分から進んで花田の陰茎にしゃぶりつき、世間一般でいうところのフェラチオをしたのである。とんでもなくエロティックで濃厚なやつを、である。あの時の野々山は思い返しても全く普通ではなかった。目が据わって、花田の陰茎しか視界に入っていないようだった。きっと体の変化に伴って一時的に、精神的にも不安定になっていたのだろう。
しかし野々山はあの日以来、自分から花田の体に触れることを一切しなくなった。一度はオーラルセックスという著しく濃厚な性的接触をしたにも拘らず、それ以降は手淫さえしてくれない。それどころか普段の何気ないボディタッチさえ徹底して避けているように見えた。そしてあの甘美な思い出を話に出すこともない。ただ毎日のように壁にもたれかかり、"腹が減った"、そう言って花田に自慰をせがむばかりなのである。巣の中で大きく口をあけ、餌を待つ雛鳥のように。
「先輩っすあれはってどういうことよ?俺は別に」
「あーあーあー!なんも聞こえない!覚えてないっす!あー、忘れちゃったなぁ!」
野々山の徹底的ともいえる"接触回避"のせいで、花田からもあのフェラチオの一件はどうにも会話に出しづらいものになっていた。実際あの日の話を持ち出したのは、花田の記憶が正しければこれが初めてである。そして野々山の慌てぶりから察するに──あの濃厚なフェラチオの一件はどうやら、彼女の中ではいわば黒歴史になっているようだった。
「なにぃ!あれを忘れたとは言わさんぞ野々山ァ!俺のフェラチオ童貞はお前の」
「うーるーさいっすよ!でかい声で恥ずかしいこと言わないでください!元はといえば先輩が──」
突如、二人の背後でがらがらと戸が開く音がした。
「うーい...やってるかぁ」
科学部顧問の篠崎であった。完全に禿げ上がった頭と150cmの低身長、やけにとがった耳と目つきの悪さから、陰では生徒たちからグリンゴッツと呼ばれている中年男性だ。情熱のない、子守歌のような授業をする男である。顧問の立場においても特に部員の指導をすることはない。一日一回、部室を覗いて帰っていくのが常である。そもそも科学部自体が部員2名のあってないようなものなので、仕方のないことではあるが。
助かった。二人は理科室特有の横長の教壇の陰で"餌やり"をしていたため、花田の露出した下半身と小柄な野々山の全身は丸ごと隠れている。篠崎には今、花田の上半身と机の上のスマホ、それから参考書しか見えていないはずだ。
「ん?今日は野々山は?声したけんど」
「や、見てないですね今日は。声はですね...すんません、コレっす。英語のリスニングやってまして」
花田はスマホをこれ見よがしに持ち上げながら、すらすらと嘘を吐く。
「ほほぉ、最近はそんなこともできんのか!ま、暗くなる前に帰れよ」
「っす〜」
がらがらと音を立てて戸が閉まり、すぱん、すぱんとスリッパの足音が遠ざかっていく。
すぱ、すぱ、すぱ、ぱ、ぱ、ぱ...。
音が全く聞こえなくなったところで、花田は大きくため息をついた。篠崎のやる気のなさにこれほど感謝したことはない。
なにを隠そう、花田の陰茎は未だに熱く硬く勃起したまま外気にさらされている。こんな状態を見られたら生活指導室に直行だ。親の呼び出しだってあるかもしれない。
「危なかったすね」
「おうとも」
視線を戻すと、己のそびえたった陰茎越しに野々山のにやにや笑いが目に映る。
「先輩って...こーいうとき咄嗟に嘘つくの上手いっすよね!」
「それ褒めてんの?」
「あーはいベタ褒めっす」
他愛もない会話をしながらもなお花田の陰茎は屹立し、その先端からは既に次弾は込められたと言わんばかりに先走りが溢れ、糸を引いて垂れ落ちている。
「あーあ...もったいな...」
ぼそりと野々山の呟き声が聞こえた。その視線は今、花田の陰茎に向けられ──どこか、あの日の据わった目つきに似ているようにも見える。
「なぁほんとにだめか?」
「...いやっすよぉ...ボクにメリットがなんもないでしょ」
いかにもげんなりといった声色であったが、今はうつむき加減なせいで野々山の表情は伺えない。
「うーん...あ、腹減ってんだろ?たくさん出せるかも、挟んでもらった方が...な?」
「な!じゃないっすよ...ほんと調子いいこと言うのだけは得意っすよね...」
ごくり。生唾を飲み込む音がした。花田が唾を飲んだわけではないから、残る選択肢は一つである。
心なしか、野々山の少しだけとがった耳のてっぺんが赤い気がする。沈黙の中で、背後の尻尾がわずかだが左右に触れた。おやつが待ちきれない大型犬のようだと花田は思った。
「なぁってば〜...頼むよぉ〜...」
「...う......」
野々山の尻尾がひときわ大きく振れた。
「い、1回だけですよ!1回試してみて、量が普段と変わらなかったら二度としませんからね!」
「え!?これ2発目だぞ!普段以上は流石に出な」
「うるさいっす!ごちゃごちゃ言うならしてあげませんから!」
「はい...」
野々山はそう言うと、たどたどしい手つきで襟元からブラウスのボタンを開け始めた。野々山の首元が、鎖骨が、その肌が露わになっていく。日に当たらないせいで生白い、不健康そうな肌だ。やがて男だった時にはなかった乳房が、柔らかな曲線を描いて現れた。二つの膨らみが深い谷間を作っている。
「おぉ...」
「だいぶきしょいっすそれ」
花田はその大きな双丘から目が離せなかった。野々山の罵倒も全く耳に入らない。
というのも、最初はこうではなかった。野々山が女子高校生になってすぐの時は、なんと彼女の胸部はほぼまな板のようだったのである。その著しい成長に花田がようやく気づいたのは数週間前、まだ夏休みのころ。何をするでもなく理科室に二人で集まって、何をするかといえば"餌やり"だ。いつものように精液を野々山の口内に叩き込み、それがごくごくと嚥下されるのを眺めていた時であった。口の端からこぼれた精液が、野々山の胸にぽたりと落ちたのである。その時花田の全身に電流が走ったのだ。
まな板ならば、こぼれた精液はスカートに落ちるはず。こぼれた精液を胸で受け止めるほどの──いったいいつから、こんなに大きな胸を携えていたのだ、こいつは。
大仰に驚くほどのことではない。いつのまにか髪の毛が伸びているように、いつのまにか歯ブラシがぼさぼさになっているように、小さな変化の積み重ねに気づかなかっただけ、それだけだ。しかし花田はその気づき以来、何をしてもしていなくても野々山の胸のふくらみが気になるようになってしまっていた。廊下ですれ違う時。理科室に入ってきた時。ふとした拍子に、盗み見るように野々山の胸をちらりと見やってしまう。あの胸を思い切り揉みしだけたら、あの胸で陰茎を包み込んでもらえたら、どんなに気持ちいいだろうか。
「...これ、着けたくて着けてるんじゃないっすからね。姉ちゃんが着けろってうるさいから」
「ん?ああ、うん」
言い訳がましく野々山は告げる。ブラのことか、と一拍遅れて花田は気づいた。灰色のスポーツブラだった。その様を一言で表現するなら、ぱつぱつだ。二つの柔肉は窮屈そうに身をかがめ、お互いを押し合ってIの字を形成している。ストレッチ素材の生地はぴんと張りつめ、些細なきっかけで裂けてしまいそうなほどだった。そのところどころには汗染みが滲んでいる。
でけぇ。花田は口に出ないよう細心の注意を払いながら脳内で独り言ちるが、
「でっけぇ...」
その努力は全く無意味であった。
「なんすか」
「いや、な...」
なんでもない、そう言おうとして、花田は言えなかった。
こいつこんなに可愛かったか?
じとりとした上目遣い。不服そうに少し尖らせた口元。勘違いではやはりなく、真っ赤に染まった耳。
今まで花田は、餌をやる人間でしかなかった。もっともその関係性としては主人とペットではなく、飼育員とシャチといった方が適切ではある。しかしこれはどうだ。今のこれはまるで──。
「...あっち向いててください」
「あっちって?」
「あっちはこっち以外っす!上とか後ろとか!」
野々山の右手は今、スポブラの真ん中のその下縁に添えられている。その右手がぐっと上に持ち上げられればどうなるかは、想像するまでもなかった。スポブラがダムのようになって辛うじて押しとどめている豊満な乳房が、一気に解き放たれるのだ。たゆんでは到底すまないだろう。だぷん、だろうか。ばるん、だろうか?
「それは...できない...」
「ふーん!じゃあこっちもしてあげな」
「できないが!...挟んではほしい!」
「もぉ〜!なんなんすか〜!」
「おっぱい見せてくれれば!んで見せたうえで挟んでくれたなら...めちゃくちゃ出る!...と、思うんだよ!」
野々山は大きなため息をついた。まだ耳が赤い。
「...いっつもそうやって...なんでも言うこと聞くと思ったら大間違いっすよ」
そんなあ、そう芝居ががった声を出そうとした花田の下腹部が、むにゅっとした温い感触に覆われた。その正体は言うまでもなく一つしかないのだが、脳味噌の機能とは不思議なもので、予想だにしないことが起こったために視覚、聴覚、触覚などの認識の順番があべこべになってしまったようだった。
野々山の顔が、ぐっと近づいていた。曲げていた膝を伸ばして膝立ちの姿勢になったのだ。それに伴って蒸れた乳房も持ち上がり、花田の出てもいなければへこんでもいない下腹部にべったりと押し当てられている。
柔らかい。熱い。スポブラ越しのもちもちとした乳房の感触、そして湿った熱気が無防備な腹の肌に知覚されると、むしろ全身が粟立つような感覚に囚われる。こんな喜ばしいことをされていいのだろうか?お天道様がこの情事を見ていて、なにか罰が当たるのではないか?
「うお、おぉ...」
「へへ...いいんすかぁ?おっぱい押っ付けただけでへろへろっすけどぉ?」
夢見心地で嘆息を漏らす花田は、野々山の生意気な罵倒に言い返すことはおろか、内容を咀嚼することすらできない。
膝立ちで背伸びをしていた野々山が、今度は少しずつ身をかがめていく。花田はそこでようやく野々山の意図するところに気づいた。野々山は、スポブラの下縁を少しだけ広げたその隙間から──いわゆる下乳を入り口にして──陰茎を谷間に咥えこもうとしているのだ。確かにこれなら乳房全部を露出しなくても、花田の望むところであるパイズリを行うことができる。
「ほらほらぁ、もうすぐお待ちかねっすよぉ...」
ゆっくりと、だが容赦なく、野々山の乳房が花田の腹を滑り落ちてゆく。その下に待つのは先刻からその身を大きく怒張させ、だらだらと涎を垂れ流している陰茎であった。
じん、と亀頭が熱くなって、そこからはあっという間であった。ただでさえ先走りに塗れてぬめった陰茎が、汗で蒸れてぬるぬるになった乳房二つのその谷間に、丸ごと飲み込まれてしまった。
熱くぬめった乳房が、まるで陰茎の鋳型を取らんとするかのようにみっちりと密着してくる。野々山が身じろぎするたびに柔らかい肉がにゅるにゅると擦れ、その刺激だけで暴発してしまいそうだ。谷間の上縁からは真っ赤に充血した亀頭が少しだけ顔を出しており、今にも吐精しそうにひくひくと動く尿道口からは泉のように先走りが溢れ出ている。こぼれた先走りはもれなく乳房の隙間に流れ込んで潤滑油となり、肉の牢獄が与える快楽をますます強くしていた。あまりに淫靡な光景に、花田の脳味噌は茹だる寸前だ。先ほどまでさんざん嫌がっていた野々山のその表情が一転して喜びの、嗜虐の色に染まっていることにも気づかない。
「あっは、先輩顔やばいっすよ...それで外歩いたら捕まっちゃいますって!逮捕です逮捕!」
「う、うるせ...ちょっと今黙ってて...あ...やばい出る...っ」
「へ...?あ、ちょっと!」
耐えきれなかった。花田の腰から足までぞわぞわとした快楽信号が伝って、失禁するかのように精液があふれ出そうとした、その時であった。
不意に亀頭が、乳房よりも熱くぬめった感触に包まれた。その感触の出どころは視覚的には全く不明であったが、その代わりに鮮烈な記憶が答えを提示する。これは粘膜だ。いつかの思い出が走馬灯のように思い出され、それに付随して官能的かつ非日常的な快楽が呼び覚まされる。
頬の滑らかな粘膜。舌のしなやかな筋肉。それらが強い吸い付きによって陰茎にねっとりと絡みつき、精液をねだってくる感覚。
「うぁ...の、ノノ...それ...やばい...」
余裕のない花田の声に、野々山が返事を返すことはない。返事の代わりにごくごくという嚥下の音が理科室中に響き渡っている。
それはあの日と同じ、フェラチオであった。どこに飛ぶかもわからない暴発同然の射精。それに対して、野々山は自身の谷間からはみ出た花田の亀頭を咄嗟に咥え、溢れ出る精液を直接飲み下しているのだった。野々山は自身の乳房に顔をうずめるようにして亀頭を頬張っているので、その光景を直接的に確認することはできないが──そのとてつもない快感は忘れるはずもない、あの日と全く同じものであった。
嚥下のたびに舌が前後して、裏筋を磨くようにこすり上げる。そうすると条件反射のように尿道口からは精液が溢れて、吸い付きと共に喉の奥に運ばれ──また嚥下され、舌が前後する。快楽に彩られたループは永遠にも続くようだった。
気づくと、花田の耳に野々山の嚥下音は聞こえなくなっていた。白く縁どられてぼやけた視界が少しずつ戻っていく。
ちゅぱ。間の抜けた音によって、花田は自身が口淫から解放されたことを理解した。しかし陰茎はまだ乳房の牢獄に囚われており、その亀頭にはまだ、速く深い吐息が断続的に吹きかけられていて──まるで斬首台に括りつけられた罪人のようであった。快楽のギロチン、そのレバーを握っているのはもちろん野々山だ。
「ありゃ...まだ出てる...」
「う、あ...っ」
ぼそりと呟くや否や、野々山はそのつややかな桃色の舌を伸ばし、精液が滲んだ尿道口をれろりと舐め上げる。花田は情けないうめき声と共に思わず腰を引こうとするが、それは叶わなかった。
「うーん...普段よかぁちょっと少なかったっすね...ざんねんでした!」
野々山の淫魔の翼がいつの間にか花田の腰に回され、がっちりと抱きしめられていて、腰を引くことも突き出すこともできなくなっている。
「でもぉ...普段よりおいしかったんで」
高揚した声だ。つい先刻まではあった恥や取り繕いが、今の野々山の声からは感じられない。
不意に、花田の視界ががくんと下へ落ちた。膝を後ろから押され、無理やり座り込まされたのだ。無論、陰茎はまだ乳房に包み込まれたままだ。結果、花田の上半身と下半身の境目に野々山の乳房がのしかかる形になる。小柄な女の体重らしからぬずっしりとした重みが花田の下半身に加えられて、抜け出すことはできそうにない。長机を背にして体育座りの恰好になった花田の、両脚の間に野々山が入り込んで──その蠱惑的な上目遣いは今や、花田のすぐ目の前であった。捕食者の、しかし後輩である女の勝ち誇った舌なめずりと、その武器である乳房にがっちりと捕らえられてしまった自身の陰茎。それらをまざまざと見せつけられると、どうしようもない被虐心、劣情が湧き上がってくる。食べられたい。こいつの口で、舌で、胸で、骨の髄までしゃぶりつくしてほしい。
「なんでぇ、特別にもう1回だけ...したげましょっか?」
その問いかけだけで、未だ熱く柔らかい乳房に挟まれ歓待を受けている陰茎がびくりと跳ねて、精液の残滓をとろりとひりだした。
「んへ...特別っすよ?特別...」
花田が答えるまでもなく、野々山はそれを以て同意とみなしたようだった。
満足げに笑った野々山は徐に首を縮めると、口をわずかに開けたまま花田の亀頭に口づけた。
ぢゅ。いやらしい水音と共に、尿道口から裏筋までに熱い粘膜が密着する。柔らかい唇が、男の一番敏感で一番快楽を生む部分を隙間なく包囲してしまった。尿道口に吸い付かれたまま、唾液塗れの舌が裏筋の左右を何度も往復する。竿の部分はといえば先走りと汗と精液でぬるぬるの乳房に溺れたまま、快楽を刷り込まれ続けている。亀頭は口で苛め抜かれ、竿は乳房で甘やかされ、全身が弛緩してしまった花田はうめき声をあげることもできない。目を白黒させながら、人の身に余る狂おしい快感を享受するばかりである。
「ぐ...タンマ...っ...ノノぉ...た、タンマって...」
息も絶え絶えで一時停止を懇願するも、野々山はそんな男の痴態を目を細めてじっと見つめるのみ。寧ろ尿道口への吸い付きは強く、裏筋をにゅるにゅると這う舌の動きは速くなる。それどころか空いた両の手は自身の乳房を外側から揉みしだき、ただでさえスポブラの圧でみっちりと密着されていた陰茎を上下左右にもみくちゃにし始めた。当然快楽の総量は跳ね上がり、3発目ゆえに何とか耐えられていた射精感が堰を切ったように高まりだす。
「...」
ねろねろと舌を動かしながら、野々山は口角をわずかに上げる。目つきには喜色を隠そうともしない。声にこそ出さないものの、彼女が何を言いたがっているかは明白であった。先輩が言い出したんでしょ。こうやって挟まれて、舐められたかったんすよね?期待通りじゃないっすか。
「あ...うぅ...ノノ...でる...」
胸と口に捕らえられなぶられて、3発目だというのに数分間も持たずに射精が始まろうとしていた。
「ぜ、全部食べて...っ」
射精の直前咄嗟に出た言葉は、気持ちいいでも好きだでも、はたまたやめろや駄目だでもなかった。今までの"餌やり"の繰り返しで歪んでしまった男の嗜好。男女らしい営みを避けたアルプの言い訳によって、すっかり狂わされてしまった被捕食者の叫びであった。
野々山は目じりを下げ、眼を一層細めた。未だわずかに露出していた亀頭の背を、柔らかな上唇がゆるゆると下り覆ってゆき──やがて亀頭まるごとが温かい口腔に迎え入れられてしまった。先刻と同じ、精液を一滴残らず飲み下すための体勢に入ったのだ。すでに陰茎は射精直前に特有の規則的な怒張を始めている。それにぴったりと同期して、ちゅう、ちゅうと甘い吸いつきがかけられる。射精を優しく促すような柔らかい刺激が、寧ろ花田の劣情に薪をくべた。今の自分は暴れる力も失ってその身を差し出す獲物だ。野々山にはもう焦る必要もがっつく必要もない。こうなればもはや、好きなだけ時間をかけて味わい貪り尽くされるのみ。捕食者たる淫魔の悠々とした食事が始まるのだ。
精液が、びゅるびゅると音を立てているのかと錯覚するほどの勢いで放出され始めた。そして飛び出た先から野々山の喉の奥へ送り込まれ、飲み下される。竿は乳房に、亀頭は口腔に隠され、花田の男性器は今や外界からは全く見えない。獲物の弱点が捕食器官に咥え込まれ、一方的に搾取されるその様は、まごうことなき"食事"であった。
花田は遠のく意識の中、めくるめく快楽と、自身の荒い呼吸のみを知覚していた。四肢は脱力し、壊れたマネキンの如くに床へ投げ出されている。背後の長机がなければとっくの昔にひっくり返っていただろう。眼下で小刻みに揺れる野々山の頭と角をぼうっと眺めることしか今の花田にはできない。為すすべもなく精液が吸い出され、淫魔の腹の中に消えていく。
永遠にも続くかと思われた射精の勢いがようやく衰えてきた。少しずつ意識が清明になって、もうそろそろ搾精も終わるだろうかと思ったその時であった。
ぢゅう。重く低い水音が花田の耳に飛び込むのと同時に、射精後の気だるさに浸っていた全身をたたき起こすような鮮烈な快感が走る。声も出せず何もわからぬまま、ぼやけていたピントを合わせると──先刻までうつむいて頭頂部と角しか見えていなかった野々山と目が合った。花田を射抜くその瞳はほんのりと赤みがかった光を携えている。
もっとよこせ。声は出せないはずの野々山が、そう言った気がした。その瞬間、花田の中で何かが壊れてしまった。
「あ、あぁ...」
終わるはずだった射精が再開した。今度は律動は伴わず、溢れ出すような射精だ。花田の陰茎は今や壊れた蛇口のように精液を垂れ流している。先刻の児戯の如き甘い吸い付きは終わり、その代わりに強い──一滴残らず吸い出してやろうというような強い陰圧が絶え間なく浴びせられているのだ。しかし如何に強く吸い付かれたからといって、そんな無茶な射精ができるだろうか?無論答えは否だ。意識してかせずか、淫魔の力がこもった野々山の瞳がそうさせているに違いなかった。しかし花田にそれを知る由はない。野々山の瞳に魅入られたまま、身じろぎすらできず、根こそぎ精を吸い尽くされる運命を受け入れるしかなかった。
野々山は陰茎を咥えたまま頭を起こして、花田を見上げている。きらきらと妖しく輝く瞳で男を見つめ、胸と口で男根を捕らえ精液をごくごくと飲み下すその姿からは、数か月前までごく普通の男子高校生であったことなど想像もできない。搾精と共に日々大きくなりつつあった翼は今や西日を背にして影を落とすどころか花田の体を包み込み、太くしなやかに成長した尻尾は花田の右脚にぎっちりと巻き付いている。目の前の獲物への独占欲、執着がそのまま体の貌となった、今の野々山はまさしく淫魔であった。
時が止まったような蜂蜜色の空間に、蝙蝠めいた大きな翼が広がっている。その下からは脱力した男の両脚が投げ出されていて──じゅるじゅるという下卑た水音と嚥下の音が、いつまでも響いていた。
***************************************
「せんぱぁい、腹減ったっすぅ」
蜂蜜色の西日が、放課後の理科室に差し込んでいる。音もなく空中を漂う埃がまるで琥珀の中に閉じ込められているようで、妙に幻想的だ。
「うぉ...っ!?」
夏休みは終わってしまった。しかしそれ以上に──あまりにも多くのことが変わってしまった。一気に、そして不可逆的に。
「い、いきなりすぎるぞノノ!」
「いーでしょ別に!この方がたくさん出るし」
花田は机の上に開いていた参考書を慌てて閉じて、舌足らずな声の主を見下ろした。椅子に座る花田の股ぐらを無理やり開いて現れたのは、濃紫色の角を携えたベリーショートの頭だ。
不意に花田の尻がふわっと浮いた。見やれば大きな蝙蝠の翼が、花田を丸ごと持ち上げている。まごついているうちに白い細腕が伸びてきて、手早く花田のベルトを外し、学生ズボンを下着ごとずりおろしてしまった。
「んへへ...もう食べられる気マンマンじゃないっすか」
屹立した陰茎が外気に晒される。その先端は既に先走りでぬめり、光沢を帯びていた。
「じゃ、いただきまーす」
「ちょっと待て...あ、あぁ...」
一方的な宣言と同時に亀頭が熱くぬめった口腔粘膜に包み込まれ、花田の口から情けない溜息が漏れる。獲物をいたぶる淫魔の口を前に、射精をこらえることなどできない。そもそも、花田に射精をこらえる気などなかった。待てもやめろも口だけのポーズに過ぎない。そしてそれを見透かしたような目つきで見られることにも、どうしようもなく興奮してしまう。
もうこいつには逆らえないんだろうな、と花田は思う。毎日のように、求められるがまま精液を献上する日々だ。きっと明日も明後日も、この先ずっと。
蜂蜜色の西日が、放課後の理科室に差し込んでいた。音もなく空中を漂う埃がまるで琥珀の中に閉じ込められているようで、妙に幻想的だった。
「げ...昨日やったばっかだろ」
木製のガラス棚にしまい込まれた大量のフラスコやら試験管やら、その曲面が日光をきらきらと反射して目が痛い。目を机に落とすと自分の腕が長い影を作っていて、やけに切ない気分になる。もう夏休みは終わってしまったのだ。
「いーでしょ別に!先輩もいい思いできるんだしぃ」
花田は机の上に開いていた参考書をぱたんと閉じて、舌足らずな声の主を見やった。花田の影が長く伸びた先で、壁にもたれかかるようにして彼女は立っている。西日を一身に浴びて、白いブラウスがクリーム色に照らされていた。眩しさに顔をしかめながらぐらぐらとだらしなく全身を揺らし、駄々っ子のように不平不満の声を上げている。こうしてみると男だった頃と全く変わらないな、と花田は思う。わずか2か月前までと全く。
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花田の後輩である野々山が女になったのが2か月前であった。性転換手術を受けたとか、あるいは慣用句的に女性が色恋を知ったとかいうことではない。ある日の放課後いつものように部室もとい理科室の扉を開けると、野々山がなぜか女になっていたのだ。昨日まで何の変哲もない男子高校生であった野々山が、何の前触れもなく、である。
「時々あることらしいっすよ」
何をそんなに騒いでいるのか、と言いたげな冷めた表情で、コンクリ壁にもたれかかった女子高校生は言う。野々山だ、と花田は思った。木造建築の理科室の壁の中、何故かそこだけコンクリ製になっている幅1mほどの部分は夏場でもひんやりしていて──暑がりの野々山は放課後、いつもそこにべったりともたれかかっていた。もたれかかる角度から、気だるげな目つきから、舌足らずな喋り方まですべて、野々山のそれに違いなかった。
「そんなことより先輩」
ぐらぐらと体を揺らしていた野々山が、ぴたりと動きを止めた。
「腹減ったっす」
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西日の差す理科室の中、目の前にかがみこんだ野々山の頭頂部を見下ろしながら、花田はあの日のことを思い出していた。あの時もこうであった。
腹減ったっす。
あの日、野々山はそう言い放つとこちらへすたすたと歩きだし、まだ混乱冷めやらぬ花田の目の前に立って、その場にしゃがみこむと同時に花田のズボンを下着ごと引きずりおろしてしまったのだ。
慌ててかがもうとした体は濃紫色の何かに押さえつけられた。伸ばそうとした手は何か縄か紐のようなものに引っかかって動かせない。花田の眼下にあるのは野々山の焦げ茶色の短髪と、それをかき分けるようにして生えている、濃紫色に染まった一対の角であった。
へへ...かっこよくないっすか、これ。
どこか高揚した声色だった。野々山がその上半身を花田の裸の下半身へ猫のように摺り寄せると、野々山の背中に生える"それら"が露わになった。
ブラウスとスカートの下から這い出ているのは悪魔が──より直接的に言うならば、サキュバスが持つような翼と尻尾。濃紫色のそれらは、コスプレだの特殊メイクだのでは説明がつかない人肌の熱を帯び、野々山の呼吸に合わせてゆったりと動いているのだった。
ジブン、腹が減っちゃって。
自分に言い聞かせるような言い方で野々山はそう言うと、まだ垂れ下がったままの花田の陰茎に顔を近づけ──。
「...ぱい!先輩!ぼーっとしてないでさっさと出してくださいってば」
「あ、わり」
あの日と同じく今日も、野々山の頭頂部には濃紫色の角が一対生えている。つやつやとした独特の光沢を放つそれが、野々山が今や人ならざるものであることを雄弁に物語っていた。
あの日と違うのは、野々山の翼と尻尾はその背中におとなしく収まっていて、花田の体も腕も自由であること。そして花田が自分から学生ズボンと下着をずり下げていることであった。
「んっふふ、これこれぇ」
ズボンと下着の下で既に怒張しきっていた陰茎は煮えたぎるような血液で満たされていて、9月の理科室を満たすひんやりとした空気に触れてもなお熱くどくどくと脈打っている。
野々山は熱気と湿気を纏うそれをじろりと見て満足げに笑うと、大きく口を開けた。しかし開けたっきり、何をするでもなくじっとしている。
「......」
まるでそうすることが取り決められていたかのように、花田は何も言わず自らの陰茎を右手で握りこみ、前後に動かし始めた。それだけ見れば自慰であるが、目の前にあるのは大きく開かれた女の口。その奥からは熱く湿った吐息が漏れ出して、怒張した亀頭を規則的に掠めている。桃色の綺麗な舌が口からこぼれ出していて、その先端からはとろりとした唾液が垂れて床を汚していた。
その光景に、花田はどうしようもなく興奮してしまう。何度、いつ見てもたまらない。
見た目だけなら優位性はこちらにあるのだ。目の前の女は跪いて口を開き、男の射精を、精液を従順に待ち続けている。しかし野々山のその眼差しには、隠しきれない嗜虐性が滲んでいた。
早く出せ。急かし、ねだり、ゆするその眼差しに射抜かれると、花田の息は荒く、右手の動きは速くなる。その整った顔立ちを今に汚してやろうというためではない。その口の中に早く精を捧げたいという情けない願いの現れに他ならなかった。
「...ノノ...で、でる...」
気の抜けた声が漏れるのとほぼ同時だった。脚が突っ張り、腰ががくがくと揺れ、頭が白一色に染まり──射精が始まった。
昨日同じことをしたというのに数か月禁欲したのかと見紛うような勢いで精液が飛び出て、野々山の口内に注がれていく。野々山は舌を出したまま、溢したりえづいたりすることもなく器用に精液を飲み下す。気が遠くなる中、ごく、ごくんという野々山の喉の音だけが、花田の耳に響いていた。
射精の勢いが収まるのに数秒間かかった。狭まっていた視野が徐々に広がると同時に、周囲の景色が少しずつ鮮やかさを取り戻してゆく。
「ありゃ」
芝居がかった野々山の声で、花田は完全に現実に引き戻された。にんまりといった笑みを浮かべた野々山の顔の半分ほどは見えない。花田の陰茎が、一度とんでもない量の精液を吐き出したにも拘らず石のような勃起を保ち、野々山の顔を隠しているからだ。
「...そんじゃ大将、替え玉を──」
「あ、あのさ」
ご満悦な野々山の声を遮って花田は話しかけた。
「そのぉ...わりんだけどその、む...胸で挟むとかって、して...もらえる?」
***************************************
「いやっす」
「な、なんでよ?」
呆気なく返ってきた返答は芳しくないものだった。
ぱんぱんに勃起した陰茎を股に抱えながら、快楽の無心をする姿はあまりにもお笑いだ。自分を客観視できた途端に性的興奮がしなびていくのを花田は自覚したが、それでも陰茎の勃起は維持されたままだった。
「だってこれ、食事っすから。セックスじゃないっすもん」
「えー...いやぁでも...いやいやほら、最初の...あの時は自分からすげ〜がっついてさぁ」
「あ、ちょ、ちょっと!それは...あれは、あれはノーカンっすよ!あれはまだ、ボクもよくわかんなくなってて...ボクは悪くない!先輩っすあれは!」
そうだ。女になった野々山と邂逅したあの日の理科室。忘れようもない、彼女は自分から進んで花田の陰茎にしゃぶりつき、世間一般でいうところのフェラチオをしたのである。とんでもなくエロティックで濃厚なやつを、である。あの時の野々山は思い返しても全く普通ではなかった。目が据わって、花田の陰茎しか視界に入っていないようだった。きっと体の変化に伴って一時的に、精神的にも不安定になっていたのだろう。
しかし野々山はあの日以来、自分から花田の体に触れることを一切しなくなった。一度はオーラルセックスという著しく濃厚な性的接触をしたにも拘らず、それ以降は手淫さえしてくれない。それどころか普段の何気ないボディタッチさえ徹底して避けているように見えた。そしてあの甘美な思い出を話に出すこともない。ただ毎日のように壁にもたれかかり、"腹が減った"、そう言って花田に自慰をせがむばかりなのである。巣の中で大きく口をあけ、餌を待つ雛鳥のように。
「先輩っすあれはってどういうことよ?俺は別に」
「あーあーあー!なんも聞こえない!覚えてないっす!あー、忘れちゃったなぁ!」
野々山の徹底的ともいえる"接触回避"のせいで、花田からもあのフェラチオの一件はどうにも会話に出しづらいものになっていた。実際あの日の話を持ち出したのは、花田の記憶が正しければこれが初めてである。そして野々山の慌てぶりから察するに──あの濃厚なフェラチオの一件はどうやら、彼女の中ではいわば黒歴史になっているようだった。
「なにぃ!あれを忘れたとは言わさんぞ野々山ァ!俺のフェラチオ童貞はお前の」
「うーるーさいっすよ!でかい声で恥ずかしいこと言わないでください!元はといえば先輩が──」
突如、二人の背後でがらがらと戸が開く音がした。
「うーい...やってるかぁ」
科学部顧問の篠崎であった。完全に禿げ上がった頭と150cmの低身長、やけにとがった耳と目つきの悪さから、陰では生徒たちからグリンゴッツと呼ばれている中年男性だ。情熱のない、子守歌のような授業をする男である。顧問の立場においても特に部員の指導をすることはない。一日一回、部室を覗いて帰っていくのが常である。そもそも科学部自体が部員2名のあってないようなものなので、仕方のないことではあるが。
助かった。二人は理科室特有の横長の教壇の陰で"餌やり"をしていたため、花田の露出した下半身と小柄な野々山の全身は丸ごと隠れている。篠崎には今、花田の上半身と机の上のスマホ、それから参考書しか見えていないはずだ。
「ん?今日は野々山は?声したけんど」
「や、見てないですね今日は。声はですね...すんません、コレっす。英語のリスニングやってまして」
花田はスマホをこれ見よがしに持ち上げながら、すらすらと嘘を吐く。
「ほほぉ、最近はそんなこともできんのか!ま、暗くなる前に帰れよ」
「っす〜」
がらがらと音を立てて戸が閉まり、すぱん、すぱんとスリッパの足音が遠ざかっていく。
すぱ、すぱ、すぱ、ぱ、ぱ、ぱ...。
音が全く聞こえなくなったところで、花田は大きくため息をついた。篠崎のやる気のなさにこれほど感謝したことはない。
なにを隠そう、花田の陰茎は未だに熱く硬く勃起したまま外気にさらされている。こんな状態を見られたら生活指導室に直行だ。親の呼び出しだってあるかもしれない。
「危なかったすね」
「おうとも」
視線を戻すと、己のそびえたった陰茎越しに野々山のにやにや笑いが目に映る。
「先輩って...こーいうとき咄嗟に嘘つくの上手いっすよね!」
「それ褒めてんの?」
「あーはいベタ褒めっす」
他愛もない会話をしながらもなお花田の陰茎は屹立し、その先端からは既に次弾は込められたと言わんばかりに先走りが溢れ、糸を引いて垂れ落ちている。
「あーあ...もったいな...」
ぼそりと野々山の呟き声が聞こえた。その視線は今、花田の陰茎に向けられ──どこか、あの日の据わった目つきに似ているようにも見える。
「なぁほんとにだめか?」
「...いやっすよぉ...ボクにメリットがなんもないでしょ」
いかにもげんなりといった声色であったが、今はうつむき加減なせいで野々山の表情は伺えない。
「うーん...あ、腹減ってんだろ?たくさん出せるかも、挟んでもらった方が...な?」
「な!じゃないっすよ...ほんと調子いいこと言うのだけは得意っすよね...」
ごくり。生唾を飲み込む音がした。花田が唾を飲んだわけではないから、残る選択肢は一つである。
心なしか、野々山の少しだけとがった耳のてっぺんが赤い気がする。沈黙の中で、背後の尻尾がわずかだが左右に触れた。おやつが待ちきれない大型犬のようだと花田は思った。
「なぁってば〜...頼むよぉ〜...」
「...う......」
野々山の尻尾がひときわ大きく振れた。
「い、1回だけですよ!1回試してみて、量が普段と変わらなかったら二度としませんからね!」
「え!?これ2発目だぞ!普段以上は流石に出な」
「うるさいっす!ごちゃごちゃ言うならしてあげませんから!」
「はい...」
野々山はそう言うと、たどたどしい手つきで襟元からブラウスのボタンを開け始めた。野々山の首元が、鎖骨が、その肌が露わになっていく。日に当たらないせいで生白い、不健康そうな肌だ。やがて男だった時にはなかった乳房が、柔らかな曲線を描いて現れた。二つの膨らみが深い谷間を作っている。
「おぉ...」
「だいぶきしょいっすそれ」
花田はその大きな双丘から目が離せなかった。野々山の罵倒も全く耳に入らない。
というのも、最初はこうではなかった。野々山が女子高校生になってすぐの時は、なんと彼女の胸部はほぼまな板のようだったのである。その著しい成長に花田がようやく気づいたのは数週間前、まだ夏休みのころ。何をするでもなく理科室に二人で集まって、何をするかといえば"餌やり"だ。いつものように精液を野々山の口内に叩き込み、それがごくごくと嚥下されるのを眺めていた時であった。口の端からこぼれた精液が、野々山の胸にぽたりと落ちたのである。その時花田の全身に電流が走ったのだ。
まな板ならば、こぼれた精液はスカートに落ちるはず。こぼれた精液を胸で受け止めるほどの──いったいいつから、こんなに大きな胸を携えていたのだ、こいつは。
大仰に驚くほどのことではない。いつのまにか髪の毛が伸びているように、いつのまにか歯ブラシがぼさぼさになっているように、小さな変化の積み重ねに気づかなかっただけ、それだけだ。しかし花田はその気づき以来、何をしてもしていなくても野々山の胸のふくらみが気になるようになってしまっていた。廊下ですれ違う時。理科室に入ってきた時。ふとした拍子に、盗み見るように野々山の胸をちらりと見やってしまう。あの胸を思い切り揉みしだけたら、あの胸で陰茎を包み込んでもらえたら、どんなに気持ちいいだろうか。
「...これ、着けたくて着けてるんじゃないっすからね。姉ちゃんが着けろってうるさいから」
「ん?ああ、うん」
言い訳がましく野々山は告げる。ブラのことか、と一拍遅れて花田は気づいた。灰色のスポーツブラだった。その様を一言で表現するなら、ぱつぱつだ。二つの柔肉は窮屈そうに身をかがめ、お互いを押し合ってIの字を形成している。ストレッチ素材の生地はぴんと張りつめ、些細なきっかけで裂けてしまいそうなほどだった。そのところどころには汗染みが滲んでいる。
でけぇ。花田は口に出ないよう細心の注意を払いながら脳内で独り言ちるが、
「でっけぇ...」
その努力は全く無意味であった。
「なんすか」
「いや、な...」
なんでもない、そう言おうとして、花田は言えなかった。
こいつこんなに可愛かったか?
じとりとした上目遣い。不服そうに少し尖らせた口元。勘違いではやはりなく、真っ赤に染まった耳。
今まで花田は、餌をやる人間でしかなかった。もっともその関係性としては主人とペットではなく、飼育員とシャチといった方が適切ではある。しかしこれはどうだ。今のこれはまるで──。
「...あっち向いててください」
「あっちって?」
「あっちはこっち以外っす!上とか後ろとか!」
野々山の右手は今、スポブラの真ん中のその下縁に添えられている。その右手がぐっと上に持ち上げられればどうなるかは、想像するまでもなかった。スポブラがダムのようになって辛うじて押しとどめている豊満な乳房が、一気に解き放たれるのだ。たゆんでは到底すまないだろう。だぷん、だろうか。ばるん、だろうか?
「それは...できない...」
「ふーん!じゃあこっちもしてあげな」
「できないが!...挟んではほしい!」
「もぉ〜!なんなんすか〜!」
「おっぱい見せてくれれば!んで見せたうえで挟んでくれたなら...めちゃくちゃ出る!...と、思うんだよ!」
野々山は大きなため息をついた。まだ耳が赤い。
「...いっつもそうやって...なんでも言うこと聞くと思ったら大間違いっすよ」
そんなあ、そう芝居ががった声を出そうとした花田の下腹部が、むにゅっとした温い感触に覆われた。その正体は言うまでもなく一つしかないのだが、脳味噌の機能とは不思議なもので、予想だにしないことが起こったために視覚、聴覚、触覚などの認識の順番があべこべになってしまったようだった。
野々山の顔が、ぐっと近づいていた。曲げていた膝を伸ばして膝立ちの姿勢になったのだ。それに伴って蒸れた乳房も持ち上がり、花田の出てもいなければへこんでもいない下腹部にべったりと押し当てられている。
柔らかい。熱い。スポブラ越しのもちもちとした乳房の感触、そして湿った熱気が無防備な腹の肌に知覚されると、むしろ全身が粟立つような感覚に囚われる。こんな喜ばしいことをされていいのだろうか?お天道様がこの情事を見ていて、なにか罰が当たるのではないか?
「うお、おぉ...」
「へへ...いいんすかぁ?おっぱい押っ付けただけでへろへろっすけどぉ?」
夢見心地で嘆息を漏らす花田は、野々山の生意気な罵倒に言い返すことはおろか、内容を咀嚼することすらできない。
膝立ちで背伸びをしていた野々山が、今度は少しずつ身をかがめていく。花田はそこでようやく野々山の意図するところに気づいた。野々山は、スポブラの下縁を少しだけ広げたその隙間から──いわゆる下乳を入り口にして──陰茎を谷間に咥えこもうとしているのだ。確かにこれなら乳房全部を露出しなくても、花田の望むところであるパイズリを行うことができる。
「ほらほらぁ、もうすぐお待ちかねっすよぉ...」
ゆっくりと、だが容赦なく、野々山の乳房が花田の腹を滑り落ちてゆく。その下に待つのは先刻からその身を大きく怒張させ、だらだらと涎を垂れ流している陰茎であった。
じん、と亀頭が熱くなって、そこからはあっという間であった。ただでさえ先走りに塗れてぬめった陰茎が、汗で蒸れてぬるぬるになった乳房二つのその谷間に、丸ごと飲み込まれてしまった。
熱くぬめった乳房が、まるで陰茎の鋳型を取らんとするかのようにみっちりと密着してくる。野々山が身じろぎするたびに柔らかい肉がにゅるにゅると擦れ、その刺激だけで暴発してしまいそうだ。谷間の上縁からは真っ赤に充血した亀頭が少しだけ顔を出しており、今にも吐精しそうにひくひくと動く尿道口からは泉のように先走りが溢れ出ている。こぼれた先走りはもれなく乳房の隙間に流れ込んで潤滑油となり、肉の牢獄が与える快楽をますます強くしていた。あまりに淫靡な光景に、花田の脳味噌は茹だる寸前だ。先ほどまでさんざん嫌がっていた野々山のその表情が一転して喜びの、嗜虐の色に染まっていることにも気づかない。
「あっは、先輩顔やばいっすよ...それで外歩いたら捕まっちゃいますって!逮捕です逮捕!」
「う、うるせ...ちょっと今黙ってて...あ...やばい出る...っ」
「へ...?あ、ちょっと!」
耐えきれなかった。花田の腰から足までぞわぞわとした快楽信号が伝って、失禁するかのように精液があふれ出そうとした、その時であった。
不意に亀頭が、乳房よりも熱くぬめった感触に包まれた。その感触の出どころは視覚的には全く不明であったが、その代わりに鮮烈な記憶が答えを提示する。これは粘膜だ。いつかの思い出が走馬灯のように思い出され、それに付随して官能的かつ非日常的な快楽が呼び覚まされる。
頬の滑らかな粘膜。舌のしなやかな筋肉。それらが強い吸い付きによって陰茎にねっとりと絡みつき、精液をねだってくる感覚。
「うぁ...の、ノノ...それ...やばい...」
余裕のない花田の声に、野々山が返事を返すことはない。返事の代わりにごくごくという嚥下の音が理科室中に響き渡っている。
それはあの日と同じ、フェラチオであった。どこに飛ぶかもわからない暴発同然の射精。それに対して、野々山は自身の谷間からはみ出た花田の亀頭を咄嗟に咥え、溢れ出る精液を直接飲み下しているのだった。野々山は自身の乳房に顔をうずめるようにして亀頭を頬張っているので、その光景を直接的に確認することはできないが──そのとてつもない快感は忘れるはずもない、あの日と全く同じものであった。
嚥下のたびに舌が前後して、裏筋を磨くようにこすり上げる。そうすると条件反射のように尿道口からは精液が溢れて、吸い付きと共に喉の奥に運ばれ──また嚥下され、舌が前後する。快楽に彩られたループは永遠にも続くようだった。
気づくと、花田の耳に野々山の嚥下音は聞こえなくなっていた。白く縁どられてぼやけた視界が少しずつ戻っていく。
ちゅぱ。間の抜けた音によって、花田は自身が口淫から解放されたことを理解した。しかし陰茎はまだ乳房の牢獄に囚われており、その亀頭にはまだ、速く深い吐息が断続的に吹きかけられていて──まるで斬首台に括りつけられた罪人のようであった。快楽のギロチン、そのレバーを握っているのはもちろん野々山だ。
「ありゃ...まだ出てる...」
「う、あ...っ」
ぼそりと呟くや否や、野々山はそのつややかな桃色の舌を伸ばし、精液が滲んだ尿道口をれろりと舐め上げる。花田は情けないうめき声と共に思わず腰を引こうとするが、それは叶わなかった。
「うーん...普段よかぁちょっと少なかったっすね...ざんねんでした!」
野々山の淫魔の翼がいつの間にか花田の腰に回され、がっちりと抱きしめられていて、腰を引くことも突き出すこともできなくなっている。
「でもぉ...普段よりおいしかったんで」
高揚した声だ。つい先刻まではあった恥や取り繕いが、今の野々山の声からは感じられない。
不意に、花田の視界ががくんと下へ落ちた。膝を後ろから押され、無理やり座り込まされたのだ。無論、陰茎はまだ乳房に包み込まれたままだ。結果、花田の上半身と下半身の境目に野々山の乳房がのしかかる形になる。小柄な女の体重らしからぬずっしりとした重みが花田の下半身に加えられて、抜け出すことはできそうにない。長机を背にして体育座りの恰好になった花田の、両脚の間に野々山が入り込んで──その蠱惑的な上目遣いは今や、花田のすぐ目の前であった。捕食者の、しかし後輩である女の勝ち誇った舌なめずりと、その武器である乳房にがっちりと捕らえられてしまった自身の陰茎。それらをまざまざと見せつけられると、どうしようもない被虐心、劣情が湧き上がってくる。食べられたい。こいつの口で、舌で、胸で、骨の髄までしゃぶりつくしてほしい。
「なんでぇ、特別にもう1回だけ...したげましょっか?」
その問いかけだけで、未だ熱く柔らかい乳房に挟まれ歓待を受けている陰茎がびくりと跳ねて、精液の残滓をとろりとひりだした。
「んへ...特別っすよ?特別...」
花田が答えるまでもなく、野々山はそれを以て同意とみなしたようだった。
満足げに笑った野々山は徐に首を縮めると、口をわずかに開けたまま花田の亀頭に口づけた。
ぢゅ。いやらしい水音と共に、尿道口から裏筋までに熱い粘膜が密着する。柔らかい唇が、男の一番敏感で一番快楽を生む部分を隙間なく包囲してしまった。尿道口に吸い付かれたまま、唾液塗れの舌が裏筋の左右を何度も往復する。竿の部分はといえば先走りと汗と精液でぬるぬるの乳房に溺れたまま、快楽を刷り込まれ続けている。亀頭は口で苛め抜かれ、竿は乳房で甘やかされ、全身が弛緩してしまった花田はうめき声をあげることもできない。目を白黒させながら、人の身に余る狂おしい快感を享受するばかりである。
「ぐ...タンマ...っ...ノノぉ...た、タンマって...」
息も絶え絶えで一時停止を懇願するも、野々山はそんな男の痴態を目を細めてじっと見つめるのみ。寧ろ尿道口への吸い付きは強く、裏筋をにゅるにゅると這う舌の動きは速くなる。それどころか空いた両の手は自身の乳房を外側から揉みしだき、ただでさえスポブラの圧でみっちりと密着されていた陰茎を上下左右にもみくちゃにし始めた。当然快楽の総量は跳ね上がり、3発目ゆえに何とか耐えられていた射精感が堰を切ったように高まりだす。
「...」
ねろねろと舌を動かしながら、野々山は口角をわずかに上げる。目つきには喜色を隠そうともしない。声にこそ出さないものの、彼女が何を言いたがっているかは明白であった。先輩が言い出したんでしょ。こうやって挟まれて、舐められたかったんすよね?期待通りじゃないっすか。
「あ...うぅ...ノノ...でる...」
胸と口に捕らえられなぶられて、3発目だというのに数分間も持たずに射精が始まろうとしていた。
「ぜ、全部食べて...っ」
射精の直前咄嗟に出た言葉は、気持ちいいでも好きだでも、はたまたやめろや駄目だでもなかった。今までの"餌やり"の繰り返しで歪んでしまった男の嗜好。男女らしい営みを避けたアルプの言い訳によって、すっかり狂わされてしまった被捕食者の叫びであった。
野々山は目じりを下げ、眼を一層細めた。未だわずかに露出していた亀頭の背を、柔らかな上唇がゆるゆると下り覆ってゆき──やがて亀頭まるごとが温かい口腔に迎え入れられてしまった。先刻と同じ、精液を一滴残らず飲み下すための体勢に入ったのだ。すでに陰茎は射精直前に特有の規則的な怒張を始めている。それにぴったりと同期して、ちゅう、ちゅうと甘い吸いつきがかけられる。射精を優しく促すような柔らかい刺激が、寧ろ花田の劣情に薪をくべた。今の自分は暴れる力も失ってその身を差し出す獲物だ。野々山にはもう焦る必要もがっつく必要もない。こうなればもはや、好きなだけ時間をかけて味わい貪り尽くされるのみ。捕食者たる淫魔の悠々とした食事が始まるのだ。
精液が、びゅるびゅると音を立てているのかと錯覚するほどの勢いで放出され始めた。そして飛び出た先から野々山の喉の奥へ送り込まれ、飲み下される。竿は乳房に、亀頭は口腔に隠され、花田の男性器は今や外界からは全く見えない。獲物の弱点が捕食器官に咥え込まれ、一方的に搾取されるその様は、まごうことなき"食事"であった。
花田は遠のく意識の中、めくるめく快楽と、自身の荒い呼吸のみを知覚していた。四肢は脱力し、壊れたマネキンの如くに床へ投げ出されている。背後の長机がなければとっくの昔にひっくり返っていただろう。眼下で小刻みに揺れる野々山の頭と角をぼうっと眺めることしか今の花田にはできない。為すすべもなく精液が吸い出され、淫魔の腹の中に消えていく。
永遠にも続くかと思われた射精の勢いがようやく衰えてきた。少しずつ意識が清明になって、もうそろそろ搾精も終わるだろうかと思ったその時であった。
ぢゅう。重く低い水音が花田の耳に飛び込むのと同時に、射精後の気だるさに浸っていた全身をたたき起こすような鮮烈な快感が走る。声も出せず何もわからぬまま、ぼやけていたピントを合わせると──先刻までうつむいて頭頂部と角しか見えていなかった野々山と目が合った。花田を射抜くその瞳はほんのりと赤みがかった光を携えている。
もっとよこせ。声は出せないはずの野々山が、そう言った気がした。その瞬間、花田の中で何かが壊れてしまった。
「あ、あぁ...」
終わるはずだった射精が再開した。今度は律動は伴わず、溢れ出すような射精だ。花田の陰茎は今や壊れた蛇口のように精液を垂れ流している。先刻の児戯の如き甘い吸い付きは終わり、その代わりに強い──一滴残らず吸い出してやろうというような強い陰圧が絶え間なく浴びせられているのだ。しかし如何に強く吸い付かれたからといって、そんな無茶な射精ができるだろうか?無論答えは否だ。意識してかせずか、淫魔の力がこもった野々山の瞳がそうさせているに違いなかった。しかし花田にそれを知る由はない。野々山の瞳に魅入られたまま、身じろぎすらできず、根こそぎ精を吸い尽くされる運命を受け入れるしかなかった。
野々山は陰茎を咥えたまま頭を起こして、花田を見上げている。きらきらと妖しく輝く瞳で男を見つめ、胸と口で男根を捕らえ精液をごくごくと飲み下すその姿からは、数か月前までごく普通の男子高校生であったことなど想像もできない。搾精と共に日々大きくなりつつあった翼は今や西日を背にして影を落とすどころか花田の体を包み込み、太くしなやかに成長した尻尾は花田の右脚にぎっちりと巻き付いている。目の前の獲物への独占欲、執着がそのまま体の貌となった、今の野々山はまさしく淫魔であった。
時が止まったような蜂蜜色の空間に、蝙蝠めいた大きな翼が広がっている。その下からは脱力した男の両脚が投げ出されていて──じゅるじゅるという下卑た水音と嚥下の音が、いつまでも響いていた。
***************************************
「せんぱぁい、腹減ったっすぅ」
蜂蜜色の西日が、放課後の理科室に差し込んでいる。音もなく空中を漂う埃がまるで琥珀の中に閉じ込められているようで、妙に幻想的だ。
「うぉ...っ!?」
夏休みは終わってしまった。しかしそれ以上に──あまりにも多くのことが変わってしまった。一気に、そして不可逆的に。
「い、いきなりすぎるぞノノ!」
「いーでしょ別に!この方がたくさん出るし」
花田は机の上に開いていた参考書を慌てて閉じて、舌足らずな声の主を見下ろした。椅子に座る花田の股ぐらを無理やり開いて現れたのは、濃紫色の角を携えたベリーショートの頭だ。
不意に花田の尻がふわっと浮いた。見やれば大きな蝙蝠の翼が、花田を丸ごと持ち上げている。まごついているうちに白い細腕が伸びてきて、手早く花田のベルトを外し、学生ズボンを下着ごとずりおろしてしまった。
「んへへ...もう食べられる気マンマンじゃないっすか」
屹立した陰茎が外気に晒される。その先端は既に先走りでぬめり、光沢を帯びていた。
「じゃ、いただきまーす」
「ちょっと待て...あ、あぁ...」
一方的な宣言と同時に亀頭が熱くぬめった口腔粘膜に包み込まれ、花田の口から情けない溜息が漏れる。獲物をいたぶる淫魔の口を前に、射精をこらえることなどできない。そもそも、花田に射精をこらえる気などなかった。待てもやめろも口だけのポーズに過ぎない。そしてそれを見透かしたような目つきで見られることにも、どうしようもなく興奮してしまう。
もうこいつには逆らえないんだろうな、と花田は思う。毎日のように、求められるがまま精液を献上する日々だ。きっと明日も明後日も、この先ずっと。
25/10/23 23:27更新 / 第十七代将軍徳川真剣吉