連載小説
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お姉さんと女子会
 王魔界の空は、いつも通り昼夜変わらずの暗闇であった。しかし、魔王城へと続く大通りには、数々の商店、食事処、喫茶店が軒を連ねて、活気を見せていた。そこには、人も魔もなく、談笑し触れあい、光輝いていた。

 珈琲店の屋外の椅子に、一人女が座っていた。彼女は、魔界のコーヒーを一口含んだ。人間界に比べ、渋みが強い。それは、愛好家からは、「周りに甘い雰囲気が充満しているから、丁度よいと感じるのだろう」と揶揄されるほどである。

 彼女の服装は、派手な羽根付きの帽子、婦人服、スカートを着用。その下半身は、バッスルにより異様に盛り上がり、ケンタウロスやアラクネを想起させた。だが、その青い肌を見れば、彼女が悪魔の類とわかるはずだ。

 オペラグラスを使い、往来の比翼の鳥や連理の枝を眺めながら、彼女は待ち続けた。「ふむ、貴殿が一番乗りか…」声をかけられた。それは、幾分低く雄々しいものであった。

 「やあ、『傲慢の』。最近はどうだね?」悪魔は、オペラグラスをテーブルに起き、スカートの裾を持ち上げ言った。「どうか、か。私も夫も息災だ」鷲の翼に獅子の足をした魔物は、椅子を引きながら答えた。「下の子も巣立って、少し暇と言えば暇か」「そうかね…まあ、順調そうで何よりだ」

 『傲慢』と呼ばれたグリフォンは、犬めいた店員にメニューを示した。「貴殿は、しかし…またぞろ、変な遊びを思いついたようだな」「む?君に話したかね?」「顔に書いてあるぞ…企みは程ほどにな」

 デーモンは、カップに口を付けた。「企み…君は朝起きて、夜寝入るまでに一体いくつ企むだろうか?」彼女は目を細めて、返答した。「言葉遊びは感心せぬ。だが、それは逆に雄弁に貴殿の意図を示しているな」「ほんと…アッシー…ここ数百年…変だよ」二人とは別の声がした。

 振り替えれば、そこには燃える翼の女がいた。「久しいな」悪魔は、手を振った。「『怠惰の将』…否、ベルフェゴール殿、お久しゅうございます」『傲慢』は会釈した。フェニックスは、無表情のままお辞儀を返した。

 「アッシー…ベリッチ…お久」ベルフェゴールは、翼を畳みテーブルについた。「それにしても、だ。私が変とはどういう意味か」悪魔は、皿の上にカップを置いた。「どういう…そのまま」「誰の目にも明らかだ。貴殿の精神は変調を来している」フェニックスの言に、グリフォンは同調した。

 「精神が…ね。私に言わせれば、私が変わったわけではない。陛下が即位され、魔物の理が変わってしまったのだ」デーモンは、大げな身振りを取った。「どうだか…」「アッシー…」他の二人は、呆れたように首を振った。

 「おーい!三人とも、ちょり〜っす!」更にまた一人、飛び来る者がいた。「ベル、アス、ベリャ〜!今日もきゃわわ〜!」その勢いは、テーブルに激突せんばかりであった。だが、衝突の目前で、不可視の障壁に阻まれた。

 「やあ、『憤怒の』」術者は、挨拶を返した。「相変わらずだな、バアル殿」「バア子…よっす」ベルフェゴールらもそれぞれ、結界の中から会釈した。「や〜も〜、じゃま!」褐色の悪魔は、障壁に燃える指を差し入れた。直ぐ様、結界に火が燃え広がり、なかに入れるようになった。

 「はぐはぐ〜!」「暑苦しい…」バルログは、フェニックスに抱き付いた。「貴殿がそれを言うか?」グリフォンは、腕を組んで首をかしげた。そこに、先ほどのメイド服の魔物が、飲み物を運んできた。

 「あっ、じゃ、あちしは、マグマジュース、激辛マシマシ!」「…とうもろこしのひげ茶」バアルとベルフェゴールも注文した。「あんた達、風情ってもんがあるでしょ!コーヒー店では、コーヒーを嗜むのが筋じゃないの?」また、別の声がした、小刻みな羽音を伴って。

 「『暴食の』、メニューにあれば何を頼もうと勝手じゃないかね?風情を解さない連中というのは同意だが」デーモンは、口角を上げて微笑んだ。「貴殿は一言多いぞ。相変わらず、美食家だな、アバドン殿」グリフォンは、手を差し出した。「いたっ!ベリアルさあ、あんた、爪切りないよ!?」ベルゼブブは握手した。

 「アバ、おはにちばん!」「アバ茶…こんちわ」格闘する二人は、首だけを向けて挨拶した。「あんた達、店の迷惑じゃない?」「今日は貸し切ったよ。七人が、一つどころに集まるんだ…それくらいしないとね」デーモンは、淡々と答えた。

 「ならいっか…あっ、マカイ・ブレンドのエクストラ・グランデ、ホルスタウロス・ホイップのアトラス盛りで、ダークマターチョコチップ・アルラウネアロマ・豆乳全マシ!」店員は、淡々と伝票に書き加えた。「美食家…?悪食…」ベルフェゴールは、狼狽えた。

 「いいじゃない!あの人の前だと、恥ずかしくてできないのよ!」「えっ、アバと付き合ってる彼ピ、気にせんと思うけど〜?」バルログは、驚きを隠せなかった。「確かに、ベルゼブブと暮らす物好きが今さら大食いに引いたりしないだろう」グリフォンは、興味なさげに相槌を打った。

 「あたしが見られたくないの!」「わかりみ…それがしも、旦那ちゃまには収集マニアな面を見せるのが躊躇われまするぞ…」アバドンの肩に手を置くのは、またしても新たな魔物であった。「『強欲の』…見ない間に変わったか?」デーモンは困惑した。

 かつての奴隷商人じみた、悪趣味な富豪ではなく、ペストマスクの様な仮面、ネズミの耳、背中のリュックサックははち切れんばかりで、品物が針に引っ掛かっているものもある。刺々しいラージマウスが、そこにはいた。

 「でゅふふ…それがし、知りもうした。いくら、金銀財宝を得ても、袋の底に穴が開いていては満たされぬと!」「いや…物理的に穴…」ベルフェゴールは、それとなくリュックを指差した。「愛が埋めてくれるのですぞ!旦那ちゃまがいれば、後は宝石、金貨、銀細工…あと」「って、ぜんぜんよくばりじゃ〜ん!」バアルはツッコミを入れた。

 「兎に角、別腹なんですな。これでも、盛大に結婚式を挙げるために、大分切り崩しましたぞ!」「それで、いつやるんだ?」ベリアルは、疑問を口にした。「ぐふふ…半年後、式場は魔王城邪教会ですぞ!皆様来てくだされ!」

 「無論、旧友の晴れ舞台、行かせてもらおう」デーモンは拍手をした。「呼び出して、なんだと思えば、そういう話しは先に言って貰いたいものだ」グリフォンは、言葉に反して笑顔であった。「おめでと…マモンヌ」フェニックスは、頭を撫でた。「いた!でも、ぎゅ〜っ!けっこんおめ〜!」バルログは小さな身体を抱き締めた。「おへへとおはいはふ!」口を一杯にしたベルゼブブは祝福した。

「マモンちゃんが、けっ、結婚!?」彼女らの頭上から、美しい声が聞こえた。近くの水路から身を乗り出した、巨大なマーメイドである。「まあ、相手の殿方が羨ましい限りね!!」その瞳はエメラルドグリーンであった。

 「『嫉妬の』、海から遥々ご足労だったな。鰭労か?」「レヴィアタン殿か、また大きくなったか?」返答代わりに、マーメイドは水中から一回転してテーブルに降り来た。水滴が虹を描く間に、人魚は縮小していき人間大になり席に座った。

 「失礼しちゃうわね、ベリアルちゃん。私がデカ女ですって?」レヴィアタンは、徐に水晶を取り出した。その反射を鏡代わりに、彼女は髪を掻き上げた。「レヴィじゃ〜ん!ちょり〜っす!」バアルは、マーメイドに抱き付いた。「やーん!バアルちゃんたら、相変わらず大胆ね」レヴィアタンは、バルログを抱き返した。水滴が蒸発し、水蒸気が立ち込めた。

 「やめなさいよ!こっちまで蒸し暑くなるじゃない!」アバドンは、翅を広げて抗議した。彼女のパンケーキに載るアイスが溶け出しているのだ。「まかせて…」ベルフェゴールは、翼をはためかせた。「おおー…これで蒸気がって…あんたから火の粉が出てんじゃない!?」

「でゅふふ…久方ぶりの再会、思えばあの時以来ですな」「ああ…ざっと千年ほどか?」マモンは、ベリアルに問いかけた。「今でも、あの瞬間は夢に見ような」「年寄りは、昔話ばかりでいかんな」デーモンは、グリフォンを揶揄った。「そういう貴殿はどうだ?あれ以来全く変わったように思われるが…」

 「ええ。あんた、昔はもっとなんというか軽かったわね」アバドンは、パフェの底をさらいながら、会話に加わった。「…そうかね?」「あ〜ね…なんていうか、アスってもっと楽しそうにしてたよね?」バアルも付け加えた。「バアルちゃんも結構印象違うけれどね。私も同意」レヴィアタンは、水晶に映った男を食い入るように見つめながら、頷いた。その者は、小さなマーメイドに囲まれ、卵の世話をしていた。

 「我らも、世界の在り方も…全ては儚い夢のように移ろうものだ。君らは、この変化を楽しんでいるようで何よりだ」デーモンは、笑って見せた。六人は、その様を無言で見つめた。

 全員の脳裏にかつての「敗北」が浮かんだ。弱肉強食たるかつての魔王軍が、「サキュバスと与した勇者」により、魔王を倒された。実力主義ゆえ、皆「敗北は敗北、は勝利は勝利」と受け入れた。「愛の力」には、歴代屈指の魔王すら敵わないと、わからせられたあの日を…

 「辛気臭い話は、これくらいにしようか」彼女は、指を鳴らした。アフターヌーンティーで饗されるような、ケーキスタンドが運ばれて来た。「今は、再会を喜び、積もる話を楽しみ、そして『強欲の』…彼女の門出を言祝ぐとしようか。私も、もっと『コイバナ』をしてみたいしな」

 「そうか…」ベリアルはカップを掲げた。「そうしようか!マモン殿と相手の男性に!」「おふたり…未来に」ベルフェゴールは、尻尾の羽根を差し出した。「きゃわたんなこねずちゃんたちに!」バアルは、未来の子どもに思いを馳せた。

 「七人の絆に!」アバドンは、全員の手を一つに纏めた。「神々の祝福と魔王様の恩寵のもとに!」レヴィアタンは、水晶に全員の姿を写し取った。「…マモンの幸せに!」デーモンは、何か言おうとして、首を振って答えた。「…みんな、ありがとう!」マモンは、ペストマスクの下で泣きそうな顔をした。

 (ふっ…私も焼きが回ったか)『邪淫』は、愛を知っていくかつての同僚に、純粋な祝福と少しの羨望を送った。そうした自分に自嘲しながら。

 
25/05/19 19:34更新 / ズオテン
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