連載小説
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終章:死なずの女王
ハインリヒは、目の前のアンデッドを血走った目でにらめつけた。「はぁーっ…余は寛大にも貴様ら2人を共に葬ろうとした、それに対してこのような…こふっ、大逆で報いるか?」彼が手にした「君臨の権能」が電撃を放つ。

「…」コルネリアは、扇で軽く扇ぐと、その烈風は雷を受け流した。返す刀で、彼女は暗黒の魔力弾を周囲に発射した。その時には、王は既に加速していた。「痴れ者が!」残像を残しながら、弾幕を掻い潜り王笏を振り上げる。

「「はあっ!」」両者の得物が激突した。それは、衝撃波を生み出し、周囲の埃を一瞬だけ巻き上げた。「やっ!せいっ!はっ!」ハインリヒの杖術は、素人のそれであった。だが、異常に加速した彼の攻撃は、異様な破裂音を出しながら速さと重さが載っていた。

「…!」コルネリアは、防戦一方であった。王は、その様に嗜虐的な笑みを浮かべた。彼には、周りの時間が、ワイトの動きが余りに緩慢に見えた。埃がやっと重力に引かれて落ち始める時であった。

「そこぉ!」「きゃあ!」隙を見つけたハインリヒは、左足を動かす。彼の脚が端から見れば一瞬ぶれた後、コルネリアの右手がひしゃげたようにしか見えぬ。須萸に満たぬ間に、蹴りを繰り出しているのだ。扇が地面を転がった。

「くう!」コルネリアは、無事の左腕に魔力を集めて、手刀を放った。ハインリヒの耳には、「くうぅぅぅぅ…」と低く引き伸ばされた呻き声が聞こえる。彼は、主観的にゆったりと背後に周り、左腕を根本から断ち切った。

そして、「…?うっ!あああ!」「やあああ!」「ぐうううっ!」一瞬理解が遅れた後、彼女は異様に軽くなった左半身にバランスを崩した。そこを狙って、王は逆手の突きを後ろから食らわせた。壁に吹き飛ぶコルネリア。

ハインリヒは、壁に穴を開け痙攣するワイトを見た。「かはっ!」だが、余りの加速の後遺症で、彼は吐血した。「かふっ…はあっ、急がねば…」「…」その背後で物音がした。

屍の女侯が、瓦礫から立ち上がって来た。彼女の折れた背骨は、まるで時間が戻るかのように治っていき、湾曲する右腕はごきごきと再生していった。「…ならば引導を渡してくれよう!」ハインリヒが、王笏を構えようとした。「キキキッ!」「ぬうっ!?」

彼の眼前に、一匹の真っ赤なコウモリが襲いかかってきた。「やめ…やめろ!」「キキキキ!」「ぐわあ…」コウモリの牙が彼の腕を傷つけた。浅い傷にも関わらず、止めどなく血が流れていく。「くっ!ケダモノがっ!」「キキキ!」彼の武器が打ち据えた。しかし、コウモリは羽ばたいて天井に逆さに張り付いた。

「ぐうっ…」ハインリヒは、血が溢れる腕を見た。「…と、止めねば!」彼は、回復の魔具を探した。「…ハインリヒ、まだ戦いますの?」「…!」後ろから声が聞こえた。振り替えると、そこには不死者がいた。「そんなに血を流されて、魔法を使い続けられますの?」

コルネリアは、骨折した足を無理矢理動かし近づいてきていた。一歩目はふらついて、二歩目はぎこちなく、三歩目には優雅な立ち姿に。その数歩の内に、彼女はめきめきと回復した。

「…」ハインリヒは、恐怖を覚えた。「あらあ…おかわいそうに…」天井からは、嘲笑混じりの別の声が響いた。見れば、深紅のドレスを来た女が逆さまに立っていた。「貴様、その顔知っておるぞ…ノインテイター(十人殺し)か」「あら、隣国の王にまで顔が売れているとは、光栄ね」

王は、ここに至り覚悟を決めた。ヴァンパイアによる傷は、本人以外では完全に止血するには教会に行くしかない。(加速すれば、出血は早まる…小賢しい真似を…)彼は、放電する王笏を傷に押し当てた。「ぐっ!くううう!」肉の焼ける嫌な臭いが広がった。

「…余にはよい余興よ!」「…」ハインリヒの左腕は、焼け付いた。回復できずとも、無理にでも接着すれば血は出せない。「消え失せよ!」彼は、巨大な時針を作り出した。今度こそ、時間を完全に停止させるつもりだ。

「やあああ!」コルネリアは、床を蹴りハインリヒに向かった。王は、ツェプトーアの電撃を解放した。女侯は、身が焦げるのを厭わず前進した。「…ままよ!」焦るハインリヒは、コルネリアに時の矢を打ち出した。それは、過たず心臓を貫いた…はずであった。

「何だと!?」心臓は揺らぐだけで、そのまま矢は通り抜けてしまった。「おのれえ!」「…!」破れかぶれの一撃は、腕により阻まれた。ワイトの腕は折れたが、構わず近づいてくる。「はあっ!」「うぐう!」掌底を食らったハインリヒは、王笏を落とした。その瞬間から、彼はまた老化を始めた。

「…敗けを認めなさい」「かはっ!できるものか!余は…余は」コルネリアは、王冠に手をかけた。抵抗するハインリヒの力は、徐々に弱々しくなっていった。「これは、貴方に相応しからず」彼女は、彼の手を掴んで止めた。「こんなはずでは…」王は、項垂れた。

コルネリアは、王冠を手に取ると暗黒の力を込めた。すると、光の柱は雲散霧消する。「君臨の権能」は輝きを失い、魔石が砕け散った。彼女は、落ちてくる自分の心臓を見た。彼女の手に、あるべき所へとそれは戻り来た。

天井からは、拍手が聞こえた。「やりましたわね」鮮血のドレスを纏うノインは、コルネリアに片目を瞑って見せた。「女侯閣下…いえ、女王陛下と呼ばせていただくわ」彼女は、大袈裟に礼を尽くし、膝を折って見せた。「ノイン様、ありがとうございます」コルネリアは微笑みを返した。

〜〜〜〜〜
その急報は、国中に広まった。ある者は、王朝交代と共に空が闇に染まることに恐怖した。またある者は、新たな君主と権益の値踏みを始めた。各地で、死者は甦り、生者の隣人となっていくのだ。それは、吉と出るか凶と出るか。

〜〜〜〜〜
新女王の結婚は、即位より半年を以て開かれた。王城は、貴賤や生死の別なく国民が招かれた。

婚姻の儀は、厳かな雰囲気のもと執り行われた。結婚を承認するは、黒い法衣の司教と喪服を着たリッチである。リッチの端的な説明を、都度司教が補足していた。

披露宴は、打って代わって賑やかに催された。演出を行うのはファントムで、新婦と新郎の歩みが映像として幻を映し出した。出し物として、騎士団長がファントムと共に芝居をさせられた。

主賓席には、親友たるヴァンパイアと前王の姿があった。彼女らは、気品ある笑顔の下、一触即発のやり取りを行っていた。一方で、ヴァンパイアは前王の目に燻るギラギラとしたものに、ある種敬意を抱いてもいた。

そして、民衆への結婚式の挨拶にて、女王夫妻はブーケを投げた。その落下点には、死霊と屍が群をなして押し寄せた。人間の女性もその中をかき分け、我先にと競う。その中には、デュラハンやウィルオウィスプの姿さえあった。

一通りの行事が終了し、女王は執務室の椅子で息を吐いた。明日からは、通常とおりの公務がまた始まるのだ。アンデッドは疲れを感じぬが、慌ただしさには休まりたくもなる。

「…それにしても、ヴィルヘルム様はどちらに行かれまして?」コルネリアは、ティアラを机に置いて、夫の姿を探った。先ほど、某かの用を思いだし、席を外して以来姿を見ていない。その時、窓辺からリュートの音色がした。

女王は、窓を開き下を見た。そこには、白髪の青年がいた。「まあ、そこにいらしたの?」「ええ…」見れば、ヴィルヘルムはあの最初の夜と同じ服に着替えていた。「私達の時間を再び始めようと思いましてな」彼は、リュートに指をかけた。

音色は、2人の間を繋ぎ、数々の思い出を甦らせた。「ありがとう…貴方の曲は心が休まりますわ。けれど…」そして、コルネリアは手を翳した。ヴィルヘルムは、空中に浮かび上がり、窓まで連れてこられた。「夜はこれからですわ」2人は口付けを交わした。

25/04/26 09:30更新 / ズオテン
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