連載小説
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4:そして、女侯は王都にて再び見えり
ハインリヒは、急速に近づく黒雲を睨み、カーテンを閉めさせた。「…」「…御意にごさいます」彼は、老騎士に顎を向ける。意図を汲み取った男は、一礼して退出して行く。「…陛下、私めに宿願を果たす場を設けていただいたこと、天に帰るとも忘れません…」「…」老騎士の呟きに、無貌の王は苛立たしげに、手を振った。

白髪の偉丈夫が退出し、玉座と王だけが残った。仮面の男は、素顔を晒し、空気を肺に溜め込むようにした。彼の年齢は、数え23だが、その尊顔は…「…余の時間は、さてどれ程哉」皺だらけの眉間をより深め、咳払いをした。

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黒雲は、王城の真上を中心に渦を巻き、街全体を飲み込まんばかりであった。住民や貴族は、ほとんど退避させられた。街中は、所々にガラクタが積まれ、中央通りは完全に封鎖された。近衛兵が、その阻塞の後ろから眼光を光らせるのみである。

そして、彼らは見た。壁を飛び越え、ふんわりと優雅にさえ思えるほどの所作で、街に降り来る者を。近衛兵達の判断は早かった。石火矢やマンゴネルで、市街が壊れるに構わず、ただ一人の侵入者を攻撃した。

「…まあ、不作法な」青白い貴婦人は、それらに構わずただ大通りを悠然と進んだ。火矢や礫が間断なく飛来するが、彼女には届かない。攻撃は、その周囲の中空にぴたりと止まり、地面に落ちていく。

兵士達は、この世ならざる光景に目を見開いた。そして、ワイトの足音に気づいた。上等なヒールが石畳を突く音に混じって、幾人もの足音が混ざったように聞こえるのだ。足音は、彼女が一歩前進するごとに多くなり、近づくたびに周囲の空気が人型に揺らぐのが見えた。

「な…」「あの化け物は、一体…」目に見えて恐慌が広がっていく。「狼狽えるな…ヨーゼフ様、クラウス司教、なによる陛下を信ずるのみ」近衛兵長は、手にしたクロスボウで狙いを定めた。他の者も奮起し、アンデッドに狙いを定めた。

数十の矢玉が、雨あられとなりワイトに降り注いだ。だが、この攻撃すら見えざる影により防がれた。「…くっ」隊長は、唇を噛んだ。「…全軍私に続け!」「「「はっ!」」」彼らは、クロスボウを捨て、大楯とハルバードを手にガラクタの山を降りた。

「…」貴婦人は、兵士の壁の前にて歩みを止めた。「コルネリア女侯閣下に相違ないでしょうか…」大楯の壁の中央から、彼女に誰何した。「…如何にも」「これより先、城塞内には何人も通ることは許されませぬ。お引き取り願います…さもなくば」「さもなくば、わたくしを排除するとおっしゃるので?」

コルネリアの声は、木霊と漏れ出る魔力により近衛兵を圧倒する。「…」「どうしても、ですか?」「…陛下の勅命であればこそ」「仕方ありませんわね…」その言葉を合図に、大楯が地面に接し、蟻の通る隙間さえなくなった。兵士達は、ハルバードの穂先を敵に向ける。

「…はあ」ワイトはため息を吐き出すと、豪奢な扇を盾の壁に向けた。近衛兵団は身構えた。「…」「……」「…?」静かな風の音が聞こえるのみ。否、「…足音?」ヒタヒタと、数十人の裸足が石畳を歩く音がした。だが、この場にはコルネリアと自分達のみのはず。

「…おにい、さん…」「えっ?」兵士の一人が、背後から声をかけられた。だが、誰もない。「おい、今は集ちゅ…」「…わたし、きれい…?」「…何だ」注意した者も声を聞いた。兵士達に動揺が走る。「…うわーっ!」一人の近衛兵が、透明な何者かに抱きつかれ、体勢を崩した。

「…おと、こ」「…あい、して…」「さみしい…」揺らぐ影が、近衛兵を襲う。「何だこれは!?お前達、命令違反だ!」近衛兵長は、彼らに呼び掛けた。見えない何かと戦う兵士達は、答えることができない。「詰みですわ…」「何だと?!」

「わたくしの魔法『トーテンタンツ』、この地に集い、さ迷う魂にダンスの相手を見つけましてよ。貴方がた、ですけれど」「ぬううっ!」激昂した隊長が、盾を構えコルネリアに突進した。「はあっ!」ワイトは、ひと跳びで甲冑の敵を回避した。

「くらえい!」ハルバードによる薙ぎ払いが、コルネリアを襲う。彼女は、事も無げに扇で打ち払った。「なんのお!」隊長は、弾かれた反動を逆手に、遠心力を加えた大楯で殴り付ける。ワイトは、手から放つ魔力で衝撃を殺し、「お眠りなさいな」「ぐっ…」胴体に扇を打ち込み、気絶させた。

隊長が倒れる前後、近衛兵団は亡霊の大群に総崩れと化した。兵士達は、鎧兜を剥かれ、地面に押し倒されていった。コルネリアは、服の誇りを払うと、扇を阻塞に向けた。扇は、独りでにガラクタに飛んでいき、穴を開けた。

女侯は、そのまま大通りを飛び、一直線に城塞に向かった。跳ね橋は上がっていたが、彼女が手を向けるとすぐに開通した。そのまま城門を抜け、中庭に達すると、一人立つ者あり。「…」「ご機嫌よう…貴方も近衛兵かしら?」

コルネリアは、この者がここまで相対した敵とは異なる雰囲気を感じ取った。「…」無言の会釈。顔を覆うヘルムにより、相手の表情は伺い知れなかった。「…ご挨拶ね。ここを通してくださらない?」「…」

「まあ、強情ですこと。では、わたくしから失礼しますわ。わたくしは、グラウザム侯爵、コルネリア・フォン・グラウザムです。貴方のお名前をお聞きしても?」「…お久しゅうございます」「?」思っていたよりもしわがれた声であった。しかし、それよりも言われた文言が気にかかる。

「貴方、わたくしと面識があって?」「ええ…お会いしとうございました」「一体、どな、た…」男は、徐に兜を脱ぎ去った。コルネリアは、その顔にはっとなった。「ま…まさか、そんなはずは…」「コルネリア…マイネ・ベリープテ…」

髪が白く染まり、皺が刻まれたようと、彼女はその顔を見違えることはない。なぜなら…「ヴィルヘルム様…生きていらしたの…ああ、なんてこと」コルネリアは、悲喜こもごもといった複雑な表情をした。「だから…だから、貴方の魂もお体も、見つけられなかったというの」「ええ、貴女と再び見えるまで、そして貴女が真の死を迎えるまで…」

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「これは…予想外の展開だね」「…」極彩色の空間で、マスクの怪人と壮年の騎士がコルネリアの一部始終を見ていた。片や贅沢をこらした椅子にゆったり座り、片や木の椅子に拘束されていた。「…貴女の主の危機ですよ。助けに行かなくて、よろしいので?」

「それには3つのわけがある…まず、コルネリアはボクの主じゃない。ボクは、一度現世からこっちに来ると1日は待たなきゃならない。ヨーゼフ氏が居てくれるから、暇潰しになるけどね」「…」「そして、最後に…あの娘はこの程度で終わる役者じゃないとだけ」

「…ふむ。貴女は楽観的にすぎる…」「オプティミスムスではないよ。これは、そうだな、ヘドニスムス(享楽主義)と言おうかね」彼女は、どこからともなく菓子の皿を出した。「食べる?」「遠慮しておきます…」「まあいいか、ライヒェ女史達の状況も見ておこうか」

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グラウザム侯爵領は、常夜の結界にある。朝日昇らぬその地は、しかし王都に負けぬ活気があった。しかし、その平穏を破る事件が起きんとしていた。

城の劣塔の中で、逢い引きする男女あり。「ねえ、ハインツ…」「なんだい、クラーラ?」片方は人間で、もう一方は屍であった。人目に着かぬこの塔は、普段立ち入りはないはずであった。しかし、2人は違和感を覚えた。

塔の上に異様な光が走った。「あれって…」彼女が指差したのは、光の剣である。「危ない!」「きゃあ!?」ハインツが、クラーラを庇った。光の剣は、しかし過たずアンデッドを壁に縫い付け、行動不能にした。

「クラーラ、何で、こんな…」「子羊よ、泣く必要はありませんよ」「っ誰、だ…」青年は、赤い法衣の人物に眠らされた。その後ろには、数人の騎士が付き従う。いずれの甲冑にも、教会の紋章が刻まれていた。

「この地を浄化すれば、誰も泣くことはなくなるのですから」司教、クラウスは主神を奉るポーズを取った。

25/04/18 09:20更新 / ズオテン
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