連載小説
[TOP][目次]
2:開戦、騎士団団長対槍の騎士
王都へと続く街道、今日はいつにもまして馬車や人の往来が激しかった。何故か?それは黒々とした空が、迫っていたからだ。嵐の雲か?否、夥しい数の群衆が、一人の甲冑の者に率いられていた。その来し方は、地平線まで「夜」となっていた。

群衆は、尋常の集団ではなかった。「アア…アア…」「カタカタ…」「フシュー…」欠損した屍、朽ち果て尚動く骨、體すらなき魂、雑多なそれらが王都へと進み行く。出発時は、数十に満たぬ軍勢、それは今や数万を超して膨らんでいく。

墓地から、森から、遺跡から、残された遺骸、現世をさ迷う亡霊、そういったものがかの甲冑の者へ吸い込まれ、後ろに続いた。しかし、丘陵地の麓でこの死者の軍は足を止めた。何故なら、そこには布陣する別の軍勢があったからだ。

王家の紋章を御旗に、鎧兜で武装した兵士達が柵や丸太杭で即席の砦を構えている。馬に跨がり突撃を今かと待つ騎兵、柵の間から得物を除かせるパイク兵、後方で静かに矢をつがえる弓兵が待機している。

甲冑の者が、後ろのアンデッド達へ手を掲げた。「止まれ」という意味だ。大部分はまるで屍にもどっかのように静止したが、知能が低い者は、なおも歩みを続けようとした。それらを首無しの騎士達が制した。全体が止まったのを見計らい、甲冑の者は友を2人連れ、敵陣に向かった。

「…将軍!敵方に動きあり、敵影3体、こちらに接近中!いかが致しますか?」見張り台から、指揮官へ向けて報告があった。「壁の近くで止まらせなさい、私が向かいます」将軍、ヨーゼフは自ら門まで足を運んだ。傍には、マティアスが帯同した。

しかして、彼は門の上から3名の魔物を確かめた。「グラウザム侯爵閣下、並びに騎士団団長殿、外交官殿に相違ないか?」ヨーゼフは、判りきったことを再度問いかけた。
「如何にも、わたくしはグラウザム侯爵コルネリアでごさいます」甲冑から発せられた声は、くぐもっている以外は先日聞いた通りの者であった。

「すみませぬが、確認のため兜を脱いで下さらぬか?」将軍は、一応の念押しを行った。コルネリアを名乗った魔物は、躊躇いなくその顔をさらけ出した。血の気なく青ざめて、しかし美しさには翳り無し。「…これでよろしかしら?」「ありがとうごさいます。貴女は、侯爵閣下に間違いございませぬ」

「ヨーゼフ将軍、我らの訴状はこちらのトイシュングより受け取っていただけましたか?」コルネリアの傍らのファントムが、悪戯っぽくウインクした。「ええ…ですから、ここで貴女方を迎え打たんとしているのです」

「降伏はいつでも、受け入れていましてよ…」コルネリアは、将軍を見据えて勧告した。「口が過ぎるぞ!侯爵と言えど、我らは国王陛下の直属軍…一貴族に降れと?侮辱にも程あり!」副官のマティアスは怒りを露にした。

「貴様こそ!我が侯爵様の温情を理解できぬか?!大義なき暴君の走狗ども!」デュラハンの首が吠えかかった。「…交渉は…」侯爵は残念そうに問いかけた。「…固より決まっております。言い方はともかく、陛下の兵が裏切るわけには参りますまい」「分かりましたわ」

ヨーゼフは、3人がアンデッドの群れに帰るのを見届けたのち、号令をかけた。「皆のもの!ここが我らの晴れ舞台!陛下に勝利を届けん!」「「「国王陛下万歳!!」」」兵士達は、彼に向けて大声で返事を返した。

「…化け物め、騎士を気取るか…!」ただ一人、マティアスは遠ざかる首無し騎士を睨み続けていた。

〜〜〜〜〜

「「「キャアアア!!」」」悲鳴にも似た、アンデッド達の叫びが戦の開始を告げた。甲冑の女侯が、手を下げると、屍と亡霊が大地を駆け出した。それに向けて、王軍の第一陣、すなわち騎兵隊が突撃した。「「「アォフトラーク!」」」

数では押しているものの、グラウザム軍のほとんどは下級のアンデッドである。ゴースト系の魔物に攻撃は効かぬが、鈍重なゾンビやスケルトンはランスチャージをもろに食らった。「ウガアアア!」中には、串刺しになる者もいた。

突撃した騎兵が砦に一時戻る間、王軍の弓部隊が狙いを定める。隊長格の騎士が、地平線を埋め尽くす死者の群れを凝視する。「…うっ」彼の目には、先程の突撃で変形したり欠損を酷くしたアンデッドが見える。彼女らは、意思の読み取れぬ濁った目で、こちらににじりよって来ていた。

「ひいっ…」「主神様…」兵士達にも動揺が広がった。ヨーゼフは、しかし汗一つかかず、腕を挙げて敵が近づくのを見守った。そして、腕を振り下ろした。「呆けてる場合か!アッハトゥング!」「…アッ」弓兵隊長は、正気を取り戻すと言いはなつ。「アッハトゥング!イェーデ、シース!」「「「ツー・ベフェール!」」」

瞬く間に、矢という矢が雨となって降り注いだ。緩慢なゾンビ達は、死にこそせぬが地面に縫い付けられていった。だがスケルトンやゴーストの類いならすり抜けてしまう…筈であった。「「「グワアアア」」」「いったい何が…」諸共に苦しみ出すアンデッド達に、騎士団団長シルトマイトは訝しんだ。

「団長!これをご覧ください!」部下のデュラハンが見せたもの、それは「銀の矢か…なるほど」不浄なる者、邪悪を滅する銀はすなわちアンデッドへの毒である。「皆の者!徒に犠牲を出すわけにいかん!我らは、矛にして盾ならん!続け!」兜を被るが如く、女騎士は首を胴に据え付け、コシュタ・バワー(首無し馬)に騎乗する。

「アォフトラーク!」「「「ツー・ベフェール!!ヘァーリン!」」」漆黒たる戦乙女達は、盾を構え突撃を開始した。「将軍、敵主力、中央より突貫!シルトベァクの陣形です!」見張り台からは、矢を弾く巨大な楔の猛突が迫り来ることが確認された。

「魔物とは…わかっていても恐ろしい。死なぬ捨て塊とは…」ヨーゼフは、後ろに控える副官に目配せした。「将軍…私の出番という訳ですね」「存分に働いて来たまえ」「ダンケ!」マティアスは、意気揚々と愛馬に向かった。

デュラハンの騎馬隊は、恐ろしい速度で砦へと迫り来た。それは遠目に黒い砂嵐であり、近づくにつれ真っ黒な騎兵の波となっていく。王軍は、恐慌状態になりつつあった。

「団長!敵方、矢が尽きたようです!」「ならば後は柵だけだ、勢いで踏み越えてしまえ!」不死の騎士団は、その速度を更に上げていく。しかし、ボオオオというラッパの音を合図に、砦が門を開いた。「総員!敵方、迎撃の構えあり!注意せよ!」

言うが早いか、王軍の騎馬隊は再度のランスチャージを敢行した。さしものデュラハンも、真正面から受けるわけにはいかず、速度を落とし突撃を回避した。そこに向けて、散開した騎兵隊が追撃を行う。彼女らは、分断された形だ。

「教本通りと言った所か…」シルトマイトは、自分に追いすがる軽装騎兵を振り返った。「!…貴様は!?」「この間は世話になったな!ここで仕留める!」それは、グラウザム城に乗り込んできた、マティアス、槍の騎士であった。

「相手にとって不足なし!」デュラハンは馬を方向転換し、敵に向き直った。「今回は邪魔立てはない、白黒ハッキリ付けようぞ!我が名は、シルトマイト!」彼女は槍を向けて宣言した。

「ふん、魔物が騎士を騙るか…だが、流儀には乗ってやる!俺は、マティアス、マティアス・ビルケナウだ!」槍の騎士は、歯を剥いて名乗りを上げた。「貴公と見えて光栄だ!」「御託はいい!」「ああ!言葉は最早いらぬ!」

「「ハーッ!」」両者は、馬上試合の如くに槍を突き、交錯した。1合では決まらぬ。打ち合いは続くが、互いに相手を捉えられずにいた。

そして、10度目の突撃。「この一撃で決める!」シルトマイトが一手早かった。彼女の槍には胴体に貯めた魔力が注ぎ込まれ、黒々と輝き間合いを伸ばした。「ほざくな!」「バカな!」しかし、マティアスは避けもせず、真正面から向かい来る。

「なっ…!」彼女は驚愕した、槍の騎士はその鎧の数寸先にランスが来た時点で、その姿を消した。「…これで終わりだ!」「上か!」マティアスは、ブーツから魔力を放出し空中に逃れていたのだ。

「串刺しにしてくれるわ!」「グウウウッ!」シルトマイトは、上空からの槍の刺突を槍で受けた。(重い…!?この重さ、鎧や体重だけではあり得ぬ…)空中で足場もなく、異常なまでに重心を乗せた一撃に、彼女は訝しんだ。

「まだまだ…貴様を倒すまで!ハアッ!」「なっ…グアッ」マティアスは、槍で反動を付けると、ブーツから異様な魔力を放ち、再度空中に舞った。そのまま、宙返りのごとく、騎馬に乗り直した。「グッ…侮るなよ!」

両者は、並走しながら、槍で打ち合いを再開した。「ハアッ!」「ヤッ!トウッ!」一進一退の攻防は、2人だけでなく、各所の騎馬同士でも動揺であった。(奴のブーツ…あれがカギか)シルトマイトは敵の切っ先を逸らしながら、秘密を探った。

一方、砦の方では、弓部隊が矢を充填し終えていた。「ふむ、騎馬隊の時間稼ぎは順調か…」だが、将軍ヨーゼフは一点から目を片時も離さなかった。

見よ、骨の騎馬に座す女侯は彼女に向けられた矢に一目もくれず、ただ前進するのだ。傍らには、仮面の亡霊が揺蕩い、付き従う。「陛下…私達がここで食い止められる内に…」彼は、剣を抜き、刀身に刻まれた王の紋章に呟いた。

25/04/10 19:55更新 / ズオテン
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33