序章:お茶会を楽しんでいましたのに…
どこかの古城にて、豪奢な茶会が開かれていた。「そうでございますか。流石は、ノイン様ですわね」長テーブルの両端には、貴人が二人向かい合って座っていた。片方が、客人と思われる側の話を聞いて、相槌を打っていた。
「やっぱり話が分かりますわね。ええ、このノインの才覚を以てすれば、人間どもも魔物も関係なくただ幸福を享受できましてよ」ノインと呼ばれた女性は、さも当たり前といった様に返答した。
「ふふ、ノイン様のお話は、いつも驚きと感激に満ちていますわね」主人と見られる方は、喪服のような黒衣のドレスを着て、肌は死人のように青ざめていた。否、彼女は正に死人、アンデッドであった。
「お褒めに与り光栄ね。それにしても、よい香り…そちらも羽振りがよくなっているのでなくて?」客人は、対照的に真っ赤なゴシック風の装いで、こちらも生気を感じさせぬ白い顔をしていた。彼女は、茶を口にする時に、発達した牙を垣間見せた。すなわち、ヴァンパイアである。
「ええ、実は最近、ローズヒップ等のハーブを…」「お楽しみのところ、誠に申し訳ございません」燕尾服を来て、髪を後ろに撫で付けた、モノクルの従者が話を遮った。
「あら、何事ですか?私達のお茶会を妨げるにたる理由あってのことかしら…」「コルネリア、私は気にしませんわ」「本当に申し訳ありませんわ…して、どのような用件ですか?」
「領内に、騎乗した人間の集団が現れてございます。数にして、50ほど。使者を名乗っておりますが、如何なさいますか?」「まあ、王都からでしょうか…もしや、また何事か文句でも…」「いえそれが、聖職者やパラディンらしき者達も混じっているようです…」
「なんと…」「きな臭いわね。貴女の御主君は、主神教を引き込んだのかしら…そんな敬虔な方ではなかったと聞いていましたけれど」コルネリアは、驚愕の表情を浮かべた、生きていれば汗でもかいていたかもしれない。一方のノインはあっけらかんとしていた。
「今すぐ、お呼びいただけますか…何か嫌な予感がします」「かしこまりましてございます」「ノイン様、すみませんが、続きは日を改めてから…」「仕方ない。何かありましたら、いつでも話してくださいまし」「ありがとうございます…」
〜〜〜〜〜
「ほう、人間が来ていると聞いたが、本当だったようですね…」首を小脇に抱えた騎士が、武装した集団のもとへ近づく。「ふむふむ、50人ばかり、全く穏やかじゃないね」その後ろから、煙のように現れたのは、ドミノマスクに奇術士のような出で立ちの女であった。
「これは、トイシュング様…貴女もいらっしゃったのですか」「いやなに、ボクも一応外交官だし?ちゃんと交渉しとかないとね」彼女は、わざとらしくウインクした。
剣呑な雰囲気の集団に対して、住民の魔物達は呑気に眺めるばかりであった。ゾンビやスケルトンは、焦点の合わぬ目で、鈍重に手を振ったり、唸り声で挨拶を行っているようだ。高位のアンデッドや、人間達は、遠巻きにしている。
そんな中を、騎士と奇術士の2名が進み出て来た。「やあやあ、こんにちは…といっても、この街は常夜だから時間は分からないが。ともあれ、トイシュングと申します。お見知りおきを」トイシュングが、芝居ががった動作で、マントを翻し一礼した。
「これは、ご丁寧に…私達は王都より参りました、使節です。馬上から失礼しますが、代表者として、私、ヨーゼフがご挨拶をば」壮年の騎士が、彼女に向かってお辞儀を返した。「遠路はるばるご足労を…して、我れらが都市に何用ですかな?」トイシュングは笑顔を崩さず、一段低めた声で質問した。
「それは…申し訳ありませんが、女侯にお目通りしてから伝えたく」「聞き方を間違えましたな…断りもなく、あなた方を主のもとにはお通しできない…まず、用件を聞かないことには」その言葉に、ヨーゼフは目を細めた。傍らの兵士が槍を向ける、そこに首なし騎士が割って入った。
「ヨーゼフ隊長、時間の無駄です!彼奴らは、動く死体、人間のように話が通じる相手ではありません!」槍の兵士は、ヨーゼフに注進した。「トイシュング様、下がってください…貴女や侯爵様の手を煩わせる訳にはいかない」
「やめないか、マティアス!我々は戦争をしに来たわけではない」「君の出る幕ではない、シルトマイト女史」両者は、マントを翻し2人を制止した。「「ですが!」」
「トイシュング様…シルトマイト様…」一触即発の場に、半透明の侍女が現れた。「領主様が使者を城にと…」その言葉に、トイシュングとヨーゼフは目を合わせた。「女侯様の許しが出たようですが…」「よろしい。私は主命に従うまでゆえ」
〜〜〜〜〜
「では、国王陛下はグラウザム侯爵領を召し上げると仰せで…」謁見の間にて、城主コルネリアは沈痛な面持ちで使者に確認した。「左様にございます…先王までは確かに、女侯の統治は認められました。しかし、この書状の通り、主神の理から外れた者は即刻退去と」ヨーゼフは、ただ平坦に再度念を押した。
「…ですが、我々は徴税にも労役にも、陛下のために尽力してきました。魔物だからと、そのような…」「それは…」壮年の隊長は、女侯の言い分に言葉を詰まらせた。それに対して、後ろに待機していた、聖職者が進み出た。
「クラウスと申します。私からよろしいでしょうか?」彼の言葉に、コルネリアは首肯した。「畏れながら、女侯様。本来、人は神より定められた生を全うすべきです。貴女方が例え地上の法を犯さずとも、天の理に反すれば、教会は見過ごすことはできませぬ」
「我々が自然にあってはならぬだと!」騎士団長シルトマイトは、剣に手をかけた。それを見咎めたマティアスは、彼女に掴みかからんとする。「おやめなさい!」城主の叫びは、この世のものとは思えぬ歪んだ絶叫であった。一同、人間、アンデッド問わず静まり、体を震わす者すらいた。
「本日は、お引き取りねがえませぬか…わたくしに考える暇をくだされないかしら」コルネリアは、ヨーゼフに向き直った。青白い顔は、美しく、しかし身の毛のよだつ笑顔を作っていた。
「承知致しました。しかし、わかっていただきたいのは、陛下は決して貴女方を迫害したいわけではない…致し方ないことであると…」彼は、跪き一礼して退出した。その表情は複雑そうなものであった。マティアスは、最後までシルトマイトのことを睨み付けていた。首なし騎士もまた、彼を敵視していた。
女侯は椅子に座り直すと、溜め息を吐いて項垂れた。
「やっぱり話が分かりますわね。ええ、このノインの才覚を以てすれば、人間どもも魔物も関係なくただ幸福を享受できましてよ」ノインと呼ばれた女性は、さも当たり前といった様に返答した。
「ふふ、ノイン様のお話は、いつも驚きと感激に満ちていますわね」主人と見られる方は、喪服のような黒衣のドレスを着て、肌は死人のように青ざめていた。否、彼女は正に死人、アンデッドであった。
「お褒めに与り光栄ね。それにしても、よい香り…そちらも羽振りがよくなっているのでなくて?」客人は、対照的に真っ赤なゴシック風の装いで、こちらも生気を感じさせぬ白い顔をしていた。彼女は、茶を口にする時に、発達した牙を垣間見せた。すなわち、ヴァンパイアである。
「ええ、実は最近、ローズヒップ等のハーブを…」「お楽しみのところ、誠に申し訳ございません」燕尾服を来て、髪を後ろに撫で付けた、モノクルの従者が話を遮った。
「あら、何事ですか?私達のお茶会を妨げるにたる理由あってのことかしら…」「コルネリア、私は気にしませんわ」「本当に申し訳ありませんわ…して、どのような用件ですか?」
「領内に、騎乗した人間の集団が現れてございます。数にして、50ほど。使者を名乗っておりますが、如何なさいますか?」「まあ、王都からでしょうか…もしや、また何事か文句でも…」「いえそれが、聖職者やパラディンらしき者達も混じっているようです…」
「なんと…」「きな臭いわね。貴女の御主君は、主神教を引き込んだのかしら…そんな敬虔な方ではなかったと聞いていましたけれど」コルネリアは、驚愕の表情を浮かべた、生きていれば汗でもかいていたかもしれない。一方のノインはあっけらかんとしていた。
「今すぐ、お呼びいただけますか…何か嫌な予感がします」「かしこまりましてございます」「ノイン様、すみませんが、続きは日を改めてから…」「仕方ない。何かありましたら、いつでも話してくださいまし」「ありがとうございます…」
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「ほう、人間が来ていると聞いたが、本当だったようですね…」首を小脇に抱えた騎士が、武装した集団のもとへ近づく。「ふむふむ、50人ばかり、全く穏やかじゃないね」その後ろから、煙のように現れたのは、ドミノマスクに奇術士のような出で立ちの女であった。
「これは、トイシュング様…貴女もいらっしゃったのですか」「いやなに、ボクも一応外交官だし?ちゃんと交渉しとかないとね」彼女は、わざとらしくウインクした。
剣呑な雰囲気の集団に対して、住民の魔物達は呑気に眺めるばかりであった。ゾンビやスケルトンは、焦点の合わぬ目で、鈍重に手を振ったり、唸り声で挨拶を行っているようだ。高位のアンデッドや、人間達は、遠巻きにしている。
そんな中を、騎士と奇術士の2名が進み出て来た。「やあやあ、こんにちは…といっても、この街は常夜だから時間は分からないが。ともあれ、トイシュングと申します。お見知りおきを」トイシュングが、芝居ががった動作で、マントを翻し一礼した。
「これは、ご丁寧に…私達は王都より参りました、使節です。馬上から失礼しますが、代表者として、私、ヨーゼフがご挨拶をば」壮年の騎士が、彼女に向かってお辞儀を返した。「遠路はるばるご足労を…して、我れらが都市に何用ですかな?」トイシュングは笑顔を崩さず、一段低めた声で質問した。
「それは…申し訳ありませんが、女侯にお目通りしてから伝えたく」「聞き方を間違えましたな…断りもなく、あなた方を主のもとにはお通しできない…まず、用件を聞かないことには」その言葉に、ヨーゼフは目を細めた。傍らの兵士が槍を向ける、そこに首なし騎士が割って入った。
「ヨーゼフ隊長、時間の無駄です!彼奴らは、動く死体、人間のように話が通じる相手ではありません!」槍の兵士は、ヨーゼフに注進した。「トイシュング様、下がってください…貴女や侯爵様の手を煩わせる訳にはいかない」
「やめないか、マティアス!我々は戦争をしに来たわけではない」「君の出る幕ではない、シルトマイト女史」両者は、マントを翻し2人を制止した。「「ですが!」」
「トイシュング様…シルトマイト様…」一触即発の場に、半透明の侍女が現れた。「領主様が使者を城にと…」その言葉に、トイシュングとヨーゼフは目を合わせた。「女侯様の許しが出たようですが…」「よろしい。私は主命に従うまでゆえ」
〜〜〜〜〜
「では、国王陛下はグラウザム侯爵領を召し上げると仰せで…」謁見の間にて、城主コルネリアは沈痛な面持ちで使者に確認した。「左様にございます…先王までは確かに、女侯の統治は認められました。しかし、この書状の通り、主神の理から外れた者は即刻退去と」ヨーゼフは、ただ平坦に再度念を押した。
「…ですが、我々は徴税にも労役にも、陛下のために尽力してきました。魔物だからと、そのような…」「それは…」壮年の隊長は、女侯の言い分に言葉を詰まらせた。それに対して、後ろに待機していた、聖職者が進み出た。
「クラウスと申します。私からよろしいでしょうか?」彼の言葉に、コルネリアは首肯した。「畏れながら、女侯様。本来、人は神より定められた生を全うすべきです。貴女方が例え地上の法を犯さずとも、天の理に反すれば、教会は見過ごすことはできませぬ」
「我々が自然にあってはならぬだと!」騎士団長シルトマイトは、剣に手をかけた。それを見咎めたマティアスは、彼女に掴みかからんとする。「おやめなさい!」城主の叫びは、この世のものとは思えぬ歪んだ絶叫であった。一同、人間、アンデッド問わず静まり、体を震わす者すらいた。
「本日は、お引き取りねがえませぬか…わたくしに考える暇をくだされないかしら」コルネリアは、ヨーゼフに向き直った。青白い顔は、美しく、しかし身の毛のよだつ笑顔を作っていた。
「承知致しました。しかし、わかっていただきたいのは、陛下は決して貴女方を迫害したいわけではない…致し方ないことであると…」彼は、跪き一礼して退出した。その表情は複雑そうなものであった。マティアスは、最後までシルトマイトのことを睨み付けていた。首なし騎士もまた、彼を敵視していた。
女侯は椅子に座り直すと、溜め息を吐いて項垂れた。
25/04/05 18:45更新 / ズオテン
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