読切小説
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魔物お姉さんパーティー
「かしこまりました。それでは、あなたの適性を鑑み、募集要項に合致したパーティーへ相談致します。数日後に、またギルドへ足を運んでいただきます!」「よろしくお願い致します!」

受付の事務的な笑顔に頭を下げ、若い男がギルドから帰宅した。彼は、マルクという名で、この春冒険者としてギルドに登録されたばかりであった。

「遂に最初の一歩だ!パーティーはどんな人達がいるのかな?受け入れてくれるかな?とにかく、頑張らないと!」農家の二男として生を受け、田舎から初めて出てきた都市での初仕事に、彼は喜び勇んで大通りを駆けた。ここから彼の冒険者としての人生が始まるのだ。

~1ヵ月後~

「今回もマルクさんに合致したパーティーがございませんでした。誠に残念です」「あ…いえ、いつもいつも、お世話をかけて、こちらこそ申し訳ありません…」何度も顔を合わせる事務員の、何度聞いたか分からない言葉に、マルクは表情を曇らせた。「気を落とさず…マルクさんの益々のご活躍をお祈り致します」「ありがとう…ございます…」

1ヵ月前とうって変わり、少年はとぼとぼと道を歩いた。「これで、13回かぁ…」彼は、街の中心地にあるギルドの建物を振り返った。


「どうしよう…どこか雇ってくれる所を探した方がいいかな?」マルクの声には、絶望と差し迫った実感がこもっていた。冒険者は、地方で家業を継げない者や根なし草が就く仕事として人気があった。

昨今は、魔物の危険度低下や成り手の供給過多もあり、優秀な特技や実績のない者はパーティーを組めなくなっている。この少年も、よくいる「冒険者志望」の域を出ないため、彼を受け入れる場所はない。

そんなある日、「実は…マルクさんが条件に合致するパーティーがあるみたいなのですが…」その言葉に少年は目を見開いた。「本当ですか!?」「ええ…しかしながら、申し上げにくいことに…」「どんな条件でも受け入れます!いえ、むしろさせてください!」

事務員は、少しの間目を伏せた後、口を開いた。「条件は、17歳以下、できれば声変わりしていない方と…」「え…?」確かに、彼は条件に合致する。だが、何故パーティーに入る新入りにその程度の要求なのか?(怪しい…でも)これを逃せば、彼には一生好機は訪れまい。

「…ります…」マルクは、拳を握り込み、返事を返した。「はい?」受付は、彼の上ずった声に聞き返した。「やります!やらせてください!」「…ほんとうによろしいので?」「はい!」他に道はない。

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「では、マルクさん…本日より、こちらの一室に集いし4人の方々と無期限で契約を結ぶことに相成ります」「はい」そばかすの少年は、扉の前で緊張しながら待機した。「細かい条件については、実際に相手方と対面されてから、交渉を行われますよう」「かしこまりました…」マルクは汗ばむ手でドアノブを握った。

「…それから…」「な、何でしょうか?」事務員が、彼を呼び止めた。「いえ…くれぐれも、後悔のなきように…」「…」少年は、聞き返そうとして躊躇した。(一体、どんな人達が待ち構えているのだろうか…)彼は、一呼吸置いてから、ドアをノックした。「…お邪魔します!」

「へっへっへ!入りなさいな」(女性?)マルクは、がらがらとした女の声を聞いた。(もっと厳つい、怖いパーティーかと思ったけど…)彼は、別の人物と思われる声も耳にした。そちらも、若い女のもののようであった。意を決して、ドアを開けた。

「よ、よろしくお願いします!」マルクは、部屋に入るなり、ありったけの大声で挨拶し、頭を下げた。「「「「…」」」」部屋が沈黙に包まれた。(…まずったか?ぼくが頼り無さそうに見えたか…)彼は、重圧に吐き気を覚えた。

「…へっへっへ!何つったんでんだい?こっちに来て、この老いぼれに顔を見せとくれっ!」「!?」彼の身体は、何らかの力に引き寄せられた。空中に浮き上がり、声の主のもとに投げ出された。「!いてて…」「うんうん…まあ悪くないね、あたしの孫といっても通じそうだわい」「それはどういう…!?」マルクは、しゃがれた声の方に顔を上げた。

そこには、全身黒装束に身を包んだ妙齢の女性がいた。髪は艶のある不自然な紫色で、目も同じような妖しい輝きを湛えていた。しかし、何よりもその特徴的な三角帽子が、その手に持った杖が、この人物の正体を如実に現していた。「ま、まじょ…」「あー?魔女って言ったかい?あたしゃ、バフォメットの手下なんてなったこたないよ!」

(どういうこと!?とにかく、逃げなきゃ!)「うわあああ!」「あ、これ待たんかい!まだ自己紹介が済んどらんじゃないかい!」マルクは、一目散に逃げ出した。「仕様がない、アズサ、その子を止めとくれ!」

「御免」「!?」しかし、すぐさま別の者に足払いされ、地面に転げた。「これはまた、いかにも駆け出しという顔をしていますね」先ほどのものより落ち着いた声色の者が発言した。「…あ、ああ」少年は、恐怖に身をすくませた。

なぜなら、またしても人間ではなかったのだ。異国の雰囲気のある真っ黒な長髪、オレンジ色の見慣れぬ服装。エキゾチックな美人であった。しかし、尖った耳と尻尾を見れば、彼女が人間でないことは明白である。「あ、あくま!?」「あくま?異郷の言葉は、よく分かりませんが、まあヨウカイということなら、はい」異国の女は、平坦な口調で返答した。

「ゆるして…ぼく、た、食べないで!」「食べはしませんが…これ以上暴れぬよう、拘束はさせていただきます」「うわっ!」彼女は、マルクの身体をその尻尾で縛り上げた。そこらの紐よりも細いそれは、しかし麻縄よりもきつく、しかし息苦しさをなるべく感じさせぬように彼を固定した。

「へっへっへ!観念しな、ちゃあんと自己紹介をすませんとね…」「ひいっ…」老人めいた口調に似合わぬ若い容貌を歪ませ、魔女は少年の目の前に近づいた。「へっへっへ…」「や、やめ…」その魔の手が、マルクのそばかす顔に迫った。

「へっへっへ!かわいいねえ、やっぱりこのくらい擦れてない子が一番だよ!」「いたっ!」魔女は、彼の頬を掴んでもみくちゃにした。「へっへっへ!」「あの…タバサ殿…」悪魔は、魔女に呼び掛けた。「んー?何だい、藪から棒に?」「先に自己紹介をすべきかと…」「ああ、そうだった…すっかり忘れとった!」

「バアさん、呆けたのか?」また別の声がした。先ほどの2名よりも荒々しい感じだ。「うるさいわい!あたしゃ、まだ400もいってないよ!ボケ老人扱いはごめんだよ!」「フン、どうだか。こないだも、道を間違えてたしな」「いちいち、蒸し返して…仕事は大雑把な癖して!」「何だと?」

「やめましょう、みなさん」2人の言い争いを、新たな人物が制した。今度は、柔和で淑やかな声音であった。「あっ…」マルクは、そちらに振り返った。「プリーストの方ですか!?」「はい、いかにも」その者は、微笑んで近づいてきた。服装は、確かに教会で見たものに似ていた。「助けてください!魔物につかまっ…」

しかし、近くでよく確認すると、こちらも人外のものであった。まず服装。紋章が主神のもの全く違う意匠であり、さらに細部が聖職者のそれに似つかわしくない扇情的なものであった。何より、その青黒い尻尾は明らかな怪物のものである。「あ、ああ…」「ところで、貴方は神を信じますか?今なら、こちらのタリスマンを付けるだけで全ての厄災をはね除けます。500ゴールドポッキリで」

「人間を見るなり、胡散臭いものを押し売りするのはやめろ」「胡散臭いとは酷い言い草ですね。しかし、『堕落した女神』はそんなあなたも赦したもうことでしょう」「残念だが、主神だとか堕落神だとかを信じる気はない。我々には精霊の加護がある。少年、こんなインチキに惑わされるな」「…」マルクは、荒々しい最後の人物に向き直った。やはり、魔物であった。

褐色の肌、屈強で筋肉質だがしなやかな体型。髪は乱雑に束ねられ、しかし枝毛はなく美しい銀髪であった。独特の香油と汗の入り交じった体臭が、他の3人とも違う魅力があった。しかし、やはり悪魔の尻尾を持ち、前の2名よりもごつごつとして、先端が鋭利であった。

「…うっ」マルクは、度重なる恐怖で床に崩れ落ちた。「おい!少年大丈夫か?!」女戦士は、彼の身体を揺さぶった。「あらあら、カリフィアさんが怖すぎて白目剥いてしまったのでしょうか?」邪教徒は、ここぞとばかりに毒を吐いた。「言ってる場合か!」

「なんと…やはり、4人分のヨウキは幼子には毒だったのでしょう。早く治療しなくては」異国の悪魔は、懐から丸薬のようなものを取り出した。「ありゃ、魔力にあてられたのかい。仕様がないヤツだ、どればあちゃんが手当てしてやろうか…」最後に魔女が、どこからともなく大釜を出現させた。

〜〜数ヶ月後〜〜

「いやすまなんだ少年。気分は大丈夫か?」女戦士は、バツが悪そうに鎧を纏った少年に平謝りした。「いえ…僕も取り乱して失礼しました。前衛キャンプまで運んでいただき…カリフィアさん、ありがとうございます」「当然のことをしたまで、か弱きオスを介抱できぬなど、アマゾネスの名折れよ」

「それにしても今回のダンジョンは…」アマゾネスのカリフィアは、事の委細を頭で纏めようとした。「こほん…あたしから話してやるよ」しわがれた声に、マルクはびくついた。魔女が、大釜をかき混ぜている。(…あの緑色に光る薬はなんなんだろ)彼は、努めて中身を見ないようにした。

「タバサ、元はと言えば、お前が少年の前で罠を面白半分で…」「あたしのクスリのお陰で気分が良くなったから、相殺していいだろうよ」カリフィアの窘めに、タバサはぶっきらぼうに返した。「マルクや、あたしのクスリはよくキくだろ?」年の頃20あまりにしか見えない魔女は、まるで孫にたずねるかのように、優しげに質問した。

「あ…よく効きました」(この苦い汁…あの釜の…)マルクはコップを凝視しながら、冷や汗をかいた。「へっへっへ…ばあちゃんの知恵袋ってやつさね」「お前のその怪しげな態度が誤解を生むと言っているだろ!」カリフィアは、声を荒げて注意した。

「カリフィアさん、あまりご老人を虐めないであげましょうよ」糸目の神官が、アマゾネスを諌めた。「お前もお前だ、少年を何かにつけて勧誘しおって!」「アンジェリーク、お前さん、あたしとそんなに歳変わらんだろ…」タバサの言葉に、マルクは邪教の神官と魔女を交互に見た。(この人達、何歳なんだろ?)彼とアンジェリークの目が合った。

「あっ…」「堕落神様に興味がおありで?今なら入信の特典で、こちらの殖融縄(しょくゆうじょう)がセットで…」ダークプリーストは、触手のようにのたうつ縄を取り出した。「いえ、結構です…」「アンジェリーク殿、マルク殿をあまり怖がらせすぎぬよう…」彼女の後ろから、異国の女が手を掴んだ。「これは失礼…悪い癖です」「そういって、反省しとらんだろ…」カリフィアは呆れた様に言い捨てた。

「あの、そういえばアズサさん…前から気になったていたんですが、どこのご出身なんですか?」マルクは、口元を隠した悪魔に尋ねた。「それがしは、生業はくノ一(クノイチ)、生まれは遠く東の島。この朋党(パーティー)と旅するは任務ゆえとだけ、よしなに」「えーと…よろしくお願いします?」クノイチは、両膝を揃えて座り、両手と額の三点を床に付けて挨拶した。少年は、異国の挨拶に困惑した。

マルクは、部屋を見渡した。ダークメイジ、ダークプリースト、アマゾネス、クノイチ…(優しい人達みたいだけど、やっぱり恐いよ…)異様な顔触れに、彼は改めて動揺を覚えていた。「顔色がわるいぞ、マルクや…待ってな今、クスリを用意するからね…」

「いえ…もう十分良くなりましたから…タバサさん」「まあ、この子ったら、いつまでもタバサ『さん』なんて他人行儀なんだから!あたしは、ばあちゃんでいいって言っとるだろ」「はは…」マルクは、全く見に覚えのない孫扱いに困惑した。

「ダークメイジ歴300年と少しの、あたしにまかせな!」「タバサ!お前、また少年が恐がっているだろうが!」アマゾネスとダークメイジが、一触即発になる。「いえ…僕は大丈夫です!」「なら良いが…」「治癒なら、私にもお声がけを…今なら初回50ゴールドのところ、2ゴールドの25回月払いで…」「アンジェリーク殿、御免」「ぐっ…」クノイチの一撃で、ダークプリーストは床に伏せた。

「あの!」「「「「!」」」」マルクが、話を変えるため、口を開いた。「皆さんのことは、旅をしてある程度分かりましたが、その…皆さん、とても物知りで」「あら、この子ったら口が達者なんだから…」タバサが顔を綻ばせた。「とても強く」「少年に言われると歯痒いな…」カリフィアが鼻を掻いた。

「とても敬虔で」「いえ、まだまだ道半ばです…」アンジェリークが満更でもない表情をした。「とても俊敏だと思いますが…」「それがし、お褒めに与り恐悦至極にございます…」アズサが目を伏せてうち震えた。「このパーティーで苦楽を共にし、改めて思うのですが、なんで僕を仲間に入れてくれたんですか?」「「「「…」」」」

「そ、そりゃ、あたしもこんな姿に成る前は、一丁前の魔道士だったからね…老境(400歳台)に入って、後進を育てたくなったんだよ」ダークメイジは、真面目な声色で語りかけた。

「そうだったんですか!」そばかすの少年は誇らしい気持ちで聞き返した。(僕も、有望な冒険者として見られてたんだ!)「ああそうさ…マルクは素直でいい子だね」(本当は、後輩じゃなくて孫にしようと思ってるんだけどね…)

「わたしは、部族の外を見たくてな…こっちの老若男女問わず強者を探し歩いた。だが、骨のあるオスがいなくてな。だから、ひ弱なヤツを一から鍛えて見るのも一興と…」アマゾネスは、こめかみを掻きながら答えた。

「やっぱり、僕は弱そうでしたか…」マルクは、おずおずとカリフィアに尋ねた。「確かに最初の頃はな…だが、存外おのこもやるものじゃないかと、最近見直してきた…」「僕も、カリフィアさんのご指導で強くなってきた実感があります!」「はは、少年には敵わんな…」(今さら、男狩りの方便とは言い出せん…)

「私は、アコライト(入信者)になってくれそうな方を探して…」ダークプリーストは、目を閉じたま発言した。「ははは…やっぱり」少年は、普段からの宗教勧誘を思い出し、苦笑した。

「けれど、このパーティーで旅して、僧侶としての初心に帰った気分です。ねえ、マルクさん…」「はい?」「『天は人を助く者を助く』、ならば代行者として貴方を助けるのが、私の役目でしょうね」アンジェリークは珍しく両目を開いて微笑みかけた。マルクは思わず赤面した。「はは…ありがとうございます…」「どういたしまして…」その目には、暗い欲望が見えかくれした。

「それがし、仕えるべき主君を求めて、諸国をさすらって来ました」クノイチは、いつもと変わらず平坦な口調で話し始めた。「主君…見合う人はいましたか?」「…それがしが申すことではありません…」「そうです…」

「ですが…」アズサは、マルクを見つめた。「どうかしましたか?」「それがし、まだ旅を続けていきたいと考える次第です」彼女の尻尾がそれとなく、彼の指に触れた。それぞれの鼓動が両者に伝わった。

「僕も…いえ、皆でパーティーとして、これからも…ふわあああ…も、もう遅いですし、火の番をきめましょうか?」少年は、わざとらしく欠伸をした。「…そうするかのう」ダークメイジが背伸びした。「明日も早いぞ、今日はわたしが最初にやろう」アマゾネスが火に薪をくべた。

「…回復が必要でしたら、いつでもご用命を」ダークプリーストが一礼してテントに戻った。「それがしは、周囲をもう一回り偵察しますゆえ…」クノイチが闇に消えた。少年は一頻り星空を眺めた後、自分のテントへと戻っていった。(((((このパーティーに入れて良かった…)))))全員の心が一瞬通じ合った気がした。
25/03/29 21:03更新 / ズオテン

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