中編
従兄弟といっても、今上陛下には、ご兄弟、ご姉妹が居られ。王族に限っても、族兄弟(同世代の男児)は十数人は下らぬ。僕は、単に母が王女であり、父は子爵であった。端くれにすらなれない。官僚試験に合格して、やっと王宮へ足を踏み入れることができるようになった立場。
とてもでないが、宝物庫の最奥に鎮座するアルケイン石には、手が出せない。さりとて、できなければ…手の甲の数字を見る、「360日と10時間」。悪魔との契約、破ればどうなるか、あの地獄のような街を、朗らかでしかし油断ならぬ大魔の女主人を思い返す。魂を捕られるのだろうか…
王に謁見する、もしくは宝物庫の出庫権限を得られ、かつ一年以内に付ける職務。代議士になるか、王の管財人となるか…「代議士になりたまえ」ウィリアム部長の狂った笑みが忘れられない。だが、やるしかない、覚悟を決めると肩の力が少し抜けた。意気込みを入れると、手の甲のルーンが応えた。この熱が、衝動が、狂気が、命綱であった。
ヘルファイア・クラブは、表向きは上流階級と一部の中産富豪の社交場でもある。先輩や部長の人脈から、国内外の有力者と近づけるだろう。まずは、バックアップと資金調達から始めねばならない。少しずつ、政財界や聖職者の下から、連日連夜クラブに足繁く通い、家財を投じたり、クラブの名を使い、顔を広め握手を交わした。
枢機卿、大富豪、宰相位の侯爵等々。即物的な金品や接待では切り崩せなかった。初めから、上手くいくとは思っていなかった。しかし、今さら止まれない。失敗する度にルーンが疼き、あの悪魔の声が脳裏に響いた。
「ニンゲンをその気にするには、どうすればいい?キミのアタマで考える通りにいかない?それってさぁ、そのヒトの今やりたいこと・ほしいもの(ウォンツ)だけしか見えてないじゃんね?あ〜しなら、そいつのもっと奥深くのシタいこと(ニーズ)を考えるよ!」
彼らが真に求めること、彼らが地位を築き財を溜め込んだ原動力を探った。気づけば、「249日」、時間との勝負であった。
まず、拝金主義者の類。彼らは、「蓄財すること」のみを主眼にしたものはほぼいない。「貯蓄」という池と、「投資」という川、「更なる富」という海といった一連の行為を旅するのだ。
しかし、現在、彼らの投機先は国がほぼ喉元を抑えている。工場性産業、植民地獲得、軍事や魔術研究。そして、「自由な航海」を制限され、上前を取られていく。彼らの閉塞感は、大きな欲求を醸成していた。
ヘルファイア・クラブは、各国に潜む網を持つ。何より、インファナルが支配するかの都市は、人間界にない資源と技術が目白押しである。国々を越え、迂遠なやり口で、租税を回避しつつ、密かに禁制品を売買する。提案し、接待し、少しずつ懐に入り込む。
そして、富豪を招き、僕がされたように、彼らに「洗礼」を行う。体験して理解していた、洪水のような衝撃と快楽を味わわせ、有無を言わさず教会や社会との繋がりを断ち切れば、すぐに堕ちる。こうして、資金源は確保できた。「残り236日5時間」
インファナルや、マシュー先輩は、この「出し物」に手を叩いて称賛した。キミを引き入れて正解だったよ!これで更に会員が増えることだろう
やればできるじゃんね?ほらほら、け〜きのワルい顔しないの!ぱ〜っとたのしも?彼女は、上目遣いで腕を掴みながら僕をパーティーに、壇上からパーティーに連れていった。
この都市は、昼夜の区別がないがそれでも、蒸気と雲の切れ目から、薄く光る太陽と星で時刻がわかった。ふと、空を見た、あれは…すぐさま手の甲を確認した。「残り236日5時間」のままだ。「どしたん?時間きにして、もしかして、あ〜し達といるのがつまんない?」僕は全力で首を横に振った。「じゃあ、なんで?」ルーンを見せた。
「ああこれね。だってさ、パーティーやるときぐらいさぁ気にしてたら、楽しめないじゃん?あ〜しは、みんなで楽しみたいし?」彼女は暢気に答えた。僕は何とも言えず、ただインファナルに引っ張られていった。
「やほ〜!みんなぁ、楽しんでる〜!?」「「「たのしい〜!」」」「よかった〜!今日、新メンバーをいっぱい連れてきたのは、この人!みんな拍手拍手〜!」華奢な身体に似合わぬ腕力で、片腕で僕は引っ張りあげられた。パーティーは始まった。ならば、楽しむしかない。
この調子で、ヘルファイア・クラブの力により、枢機卿「190日」や宰相「164日」を抱き込み、代議士として名乗りを上げた。父や母の力も借りたが、二人からは怪訝に思われている。「変な遊びもほどほどになさいな」「お前、数週間で仕事を止めたと思ったら、どこでこんな顔ぶれに話を付けたんだ」彼らは間違っていない。「143日」だが、それを話し合うにはもはや、時間はない。
いつしか、屋敷に戻ることも少なくなった。富豪も、枢機卿も、宰相も皆欲望を持っていた。しかし、クラブを通して彼らの欲の根源に触れ、名ばかりの代議士であるが、取り組むべき問題がわかった。それは、陛下の無関心と、上流階級と中産階級以下の溝、急激な拡大による歪みであった。
今夜、代議士として、貴族院で議席を確保し、遂に陛下と直接見えた。従兄弟であっても、いや単なる従兄弟だからこそ、王と臣下として隔たりを痛感した。そして、彼の政治や民への無関心を目の当たりにした。
彼には、国が大きくなるためには、財を、人を、物流を、一点にまとめねばならないこと。そのため、貴族に代行させた諸々、徴税や戸籍、軍事を全て国家が主導する必要という情勢。金や物を集める、管理するために、さらに人がいる。そのために、更なる原資がいる。堂々巡りは、重税、外征、植民地に解決が求められている悪循環。議題は悉く、彼の興味の外であった。
代議士となり、中流や下層住民から声を聞くようになり、実感した。彼ら下層に負担となる。しかし、上の目線から見れば、やむを得ないことでもある。その膿が噴出していた。成長痛に苦しむ子供と、その痛みに動かされる手足、それぞれが苦しんでいた。しかし、心臓部はそんなことお構いなしである。
取り組むべき問題に直面し、陰鬱な気になるが、しかしどこかやる気が沸いてくる。屋敷で寝ていられない。それに加えて、それ以外の時間は、あの魔炎の街で過ごした。あそこは人間界と違い、ルーンの時間が経過しないのだ。だが、それだけではなかった。
「よ〜来たねぇ!さあ、座って座って!」進捗の報告の度、甘味処や買い物に付き合わされるようになった。貪婪の代名詞と言える、彼女の都市はいつ来ようとも、何かしら店や催しが開いていた。「ここのパフェさぁ、カップル限定ってついててさ、前から食べたかったんよ。キミの話聞きながら、一緒に食べよ!」
インファナルに進捗の報告がてら、会いに行き、ご機嫌を取れれば、猶予をくれる。最初は、そのつもりであった。
しかし、彼女の気まぐれで、喫茶店へと連れ込まれた。「今日も決まってんねえ。その指輪、ドワーフのフラグ工房のやつじゃん。さては、エラい人と会ってたな?」
彼女は、軽薄な外面の下に、上に立つ観察眼と判断力が備わっていた。いつも、会う相手の仕草、服装から、微に入り細に入り、目ざとく状況を当ててくる。
「キミさあ、パーティーとか買い物とか、参加してくれるの嬉しいけどさぁ。ちゃんと、アルケイン石取る方もやってくれてんじゃん?マジで助かるわ〜!」彼女の笑顔には、進捗への満足と更なる成果への期待が含まれていた。プレッシャーとモチベーションを上手く仕込んでいる。自然体でここまでやってのける辺り、悪魔はやはり侮れない…
「…でさ、ソイツと別れた方がいいってソノ娘に言ったんよ。そしたら、何て返されたと〜もう?!」「へえ〜、じゃあ、クラブの会員もっと捕まえられそうなんだ?ありがと〜!」「ふ〜ん、しょくみんちねえ?よ〜わからんけどさ、働かせるアテより、買わせる先増やした方が、もうかんじゃね?ニンゲンってほんとおバカやん」
あっという間であった。話を振れば、その五倍はまくし立て、気づけば、蒸気の合間に星や月が見えてきた。「うわっ、ヤバい、もうこんな時間か」インファナルも、手首に付けた「火時計」を見て気づいたようだ。「ちょっちようじ、またね!」そう言うなや、彼女は僕の頬に軽く口づけた。そして、目映い光と共に、周囲の空間が溶け、虚空の穴に入っていった。
喫茶店に取り残された僕は、彼女の熱が残る頬に手をやったままであった。彼女は、誰もを巻き込み、主導権を握りつつその気にさせることに長け、何より魅了し楽しませてくれる。陛下でなく、彼女にならば、国は、あるいは…だが、そんなことを考えていた心は、何か熱っぽいものにた塗りつぶされた。このときの僕は、気づいていなかった。
そして、答えを出す前に、「70日」、遂に陛下との食事会を迎えた。この日は、国の内外から賓客が迎えられ、国宝が日の目を見る。クラブで得た内部情報で、リストは確認済み…アルケイン石を手に入れる千載一遇のチャンスだ。
手の甲のルーンを見た。忌々しい焼き印に、何故だか、ある人物の笑顔が重なって見えた。
とてもでないが、宝物庫の最奥に鎮座するアルケイン石には、手が出せない。さりとて、できなければ…手の甲の数字を見る、「360日と10時間」。悪魔との契約、破ればどうなるか、あの地獄のような街を、朗らかでしかし油断ならぬ大魔の女主人を思い返す。魂を捕られるのだろうか…
王に謁見する、もしくは宝物庫の出庫権限を得られ、かつ一年以内に付ける職務。代議士になるか、王の管財人となるか…「代議士になりたまえ」ウィリアム部長の狂った笑みが忘れられない。だが、やるしかない、覚悟を決めると肩の力が少し抜けた。意気込みを入れると、手の甲のルーンが応えた。この熱が、衝動が、狂気が、命綱であった。
ヘルファイア・クラブは、表向きは上流階級と一部の中産富豪の社交場でもある。先輩や部長の人脈から、国内外の有力者と近づけるだろう。まずは、バックアップと資金調達から始めねばならない。少しずつ、政財界や聖職者の下から、連日連夜クラブに足繁く通い、家財を投じたり、クラブの名を使い、顔を広め握手を交わした。
枢機卿、大富豪、宰相位の侯爵等々。即物的な金品や接待では切り崩せなかった。初めから、上手くいくとは思っていなかった。しかし、今さら止まれない。失敗する度にルーンが疼き、あの悪魔の声が脳裏に響いた。
「ニンゲンをその気にするには、どうすればいい?キミのアタマで考える通りにいかない?それってさぁ、そのヒトの今やりたいこと・ほしいもの(ウォンツ)だけしか見えてないじゃんね?あ〜しなら、そいつのもっと奥深くのシタいこと(ニーズ)を考えるよ!」
彼らが真に求めること、彼らが地位を築き財を溜め込んだ原動力を探った。気づけば、「249日」、時間との勝負であった。
まず、拝金主義者の類。彼らは、「蓄財すること」のみを主眼にしたものはほぼいない。「貯蓄」という池と、「投資」という川、「更なる富」という海といった一連の行為を旅するのだ。
しかし、現在、彼らの投機先は国がほぼ喉元を抑えている。工場性産業、植民地獲得、軍事や魔術研究。そして、「自由な航海」を制限され、上前を取られていく。彼らの閉塞感は、大きな欲求を醸成していた。
ヘルファイア・クラブは、各国に潜む網を持つ。何より、インファナルが支配するかの都市は、人間界にない資源と技術が目白押しである。国々を越え、迂遠なやり口で、租税を回避しつつ、密かに禁制品を売買する。提案し、接待し、少しずつ懐に入り込む。
そして、富豪を招き、僕がされたように、彼らに「洗礼」を行う。体験して理解していた、洪水のような衝撃と快楽を味わわせ、有無を言わさず教会や社会との繋がりを断ち切れば、すぐに堕ちる。こうして、資金源は確保できた。「残り236日5時間」
インファナルや、マシュー先輩は、この「出し物」に手を叩いて称賛した。キミを引き入れて正解だったよ!これで更に会員が増えることだろう
やればできるじゃんね?ほらほら、け〜きのワルい顔しないの!ぱ〜っとたのしも?彼女は、上目遣いで腕を掴みながら僕をパーティーに、壇上からパーティーに連れていった。
この都市は、昼夜の区別がないがそれでも、蒸気と雲の切れ目から、薄く光る太陽と星で時刻がわかった。ふと、空を見た、あれは…すぐさま手の甲を確認した。「残り236日5時間」のままだ。「どしたん?時間きにして、もしかして、あ〜し達といるのがつまんない?」僕は全力で首を横に振った。「じゃあ、なんで?」ルーンを見せた。
「ああこれね。だってさ、パーティーやるときぐらいさぁ気にしてたら、楽しめないじゃん?あ〜しは、みんなで楽しみたいし?」彼女は暢気に答えた。僕は何とも言えず、ただインファナルに引っ張られていった。
「やほ〜!みんなぁ、楽しんでる〜!?」「「「たのしい〜!」」」「よかった〜!今日、新メンバーをいっぱい連れてきたのは、この人!みんな拍手拍手〜!」華奢な身体に似合わぬ腕力で、片腕で僕は引っ張りあげられた。パーティーは始まった。ならば、楽しむしかない。
この調子で、ヘルファイア・クラブの力により、枢機卿「190日」や宰相「164日」を抱き込み、代議士として名乗りを上げた。父や母の力も借りたが、二人からは怪訝に思われている。「変な遊びもほどほどになさいな」「お前、数週間で仕事を止めたと思ったら、どこでこんな顔ぶれに話を付けたんだ」彼らは間違っていない。「143日」だが、それを話し合うにはもはや、時間はない。
いつしか、屋敷に戻ることも少なくなった。富豪も、枢機卿も、宰相も皆欲望を持っていた。しかし、クラブを通して彼らの欲の根源に触れ、名ばかりの代議士であるが、取り組むべき問題がわかった。それは、陛下の無関心と、上流階級と中産階級以下の溝、急激な拡大による歪みであった。
今夜、代議士として、貴族院で議席を確保し、遂に陛下と直接見えた。従兄弟であっても、いや単なる従兄弟だからこそ、王と臣下として隔たりを痛感した。そして、彼の政治や民への無関心を目の当たりにした。
彼には、国が大きくなるためには、財を、人を、物流を、一点にまとめねばならないこと。そのため、貴族に代行させた諸々、徴税や戸籍、軍事を全て国家が主導する必要という情勢。金や物を集める、管理するために、さらに人がいる。そのために、更なる原資がいる。堂々巡りは、重税、外征、植民地に解決が求められている悪循環。議題は悉く、彼の興味の外であった。
代議士となり、中流や下層住民から声を聞くようになり、実感した。彼ら下層に負担となる。しかし、上の目線から見れば、やむを得ないことでもある。その膿が噴出していた。成長痛に苦しむ子供と、その痛みに動かされる手足、それぞれが苦しんでいた。しかし、心臓部はそんなことお構いなしである。
取り組むべき問題に直面し、陰鬱な気になるが、しかしどこかやる気が沸いてくる。屋敷で寝ていられない。それに加えて、それ以外の時間は、あの魔炎の街で過ごした。あそこは人間界と違い、ルーンの時間が経過しないのだ。だが、それだけではなかった。
「よ〜来たねぇ!さあ、座って座って!」進捗の報告の度、甘味処や買い物に付き合わされるようになった。貪婪の代名詞と言える、彼女の都市はいつ来ようとも、何かしら店や催しが開いていた。「ここのパフェさぁ、カップル限定ってついててさ、前から食べたかったんよ。キミの話聞きながら、一緒に食べよ!」
インファナルに進捗の報告がてら、会いに行き、ご機嫌を取れれば、猶予をくれる。最初は、そのつもりであった。
しかし、彼女の気まぐれで、喫茶店へと連れ込まれた。「今日も決まってんねえ。その指輪、ドワーフのフラグ工房のやつじゃん。さては、エラい人と会ってたな?」
彼女は、軽薄な外面の下に、上に立つ観察眼と判断力が備わっていた。いつも、会う相手の仕草、服装から、微に入り細に入り、目ざとく状況を当ててくる。
「キミさあ、パーティーとか買い物とか、参加してくれるの嬉しいけどさぁ。ちゃんと、アルケイン石取る方もやってくれてんじゃん?マジで助かるわ〜!」彼女の笑顔には、進捗への満足と更なる成果への期待が含まれていた。プレッシャーとモチベーションを上手く仕込んでいる。自然体でここまでやってのける辺り、悪魔はやはり侮れない…
「…でさ、ソイツと別れた方がいいってソノ娘に言ったんよ。そしたら、何て返されたと〜もう?!」「へえ〜、じゃあ、クラブの会員もっと捕まえられそうなんだ?ありがと〜!」「ふ〜ん、しょくみんちねえ?よ〜わからんけどさ、働かせるアテより、買わせる先増やした方が、もうかんじゃね?ニンゲンってほんとおバカやん」
あっという間であった。話を振れば、その五倍はまくし立て、気づけば、蒸気の合間に星や月が見えてきた。「うわっ、ヤバい、もうこんな時間か」インファナルも、手首に付けた「火時計」を見て気づいたようだ。「ちょっちようじ、またね!」そう言うなや、彼女は僕の頬に軽く口づけた。そして、目映い光と共に、周囲の空間が溶け、虚空の穴に入っていった。
喫茶店に取り残された僕は、彼女の熱が残る頬に手をやったままであった。彼女は、誰もを巻き込み、主導権を握りつつその気にさせることに長け、何より魅了し楽しませてくれる。陛下でなく、彼女にならば、国は、あるいは…だが、そんなことを考えていた心は、何か熱っぽいものにた塗りつぶされた。このときの僕は、気づいていなかった。
そして、答えを出す前に、「70日」、遂に陛下との食事会を迎えた。この日は、国の内外から賓客が迎えられ、国宝が日の目を見る。クラブで得た内部情報で、リストは確認済み…アルケイン石を手に入れる千載一遇のチャンスだ。
手の甲のルーンを見た。忌々しい焼き印に、何故だか、ある人物の笑顔が重なって見えた。
24/11/30 19:46更新 / ズオテン
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