連載小説
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前編
やあ、キミは見たところ初登庁だね?僕?僕は、17代目ジェロメスター伯のマシューというものだ。そうかしこまらなくていいさ

先輩と初めて会った日のことを、走馬灯のように思い返した。

いやあ、キミがいてくれて、大助かりだよ。キミのお祖父様が生きておられれば…そうだ!うちの部署、ちょうどポストが空いていてね…

そこからは、トントン拍子に話が進んだ。マシュー先輩と、部署の統括であるグランデイル伯のウィリアム部長には仕事のイロハを教わった。

いやあ、キミは物覚えが早くて助かるよ。そうだ、君の紹介を兼ねて、パーティーでもどうだね?おっ、イケるクチかい?酒もいいが、コッチの方はどうだね?

思えば、部長のこの怪しい誘いには乗るべきじゃなかった。彼は、地元のパブやレストランへでなく、近郊の寂れた農場に僕と先輩を招いた。

農場までの送迎の馬車を降りれば、ホコリを被ったローブに仮面舞踏会にでも行くようなマスクを付けている怪しげな男達がいた。気味が悪くなって、先輩を探したら、男の一人にぶつかってしまった。

汝、招かれしや否や?この地は、無知なる子羊が安らげる場にあらず!はっはっは!僕だよ。こんなに驚かれつもりはなかったんだけどね?まあ、兎に角、「サバト」にようこそ…

仮面を外したその人は、先輩だった。彼が言うには、これは「悪魔崇拝ごっこ」らしい。信心深いわけではないが、こんな罰当たりなことやって大丈夫か心配した。この懸念が現実のものとなるとは…

始めは、和やかな雰囲気だった。ずた袋を被った大男や、仮面の人間だらけで、拷問器具が並んでいるのに、そう感じていた。給仕をしているのは、尼僧の装いの女達であった。教団のシスターをこんな風に扱えば、パラディンや審問官に捕縛される。きっと、仮想した娼婦だろう…

先輩は、始めは一緒にいたが、知り合いらしき仮面の貴公子達や女の子に呼ばれて、あちらこちらで会話に花を咲かせた。気づけば、農場の厩舎の人混みに取り残された。そして、壁に無造作に置かれた古時計が0時を知らせた。

すると、さあっとその場にいた全員が止まり、空間を開けて僕を見た。呆気にとられていると、部長が奇声を発して大きな本を開き、周りのローブの者達に僕は押さえつけられた。

運ばれた先には先輩がいた。僕は彼に助けを求めた、彼は無視して何事か呟き僕の周りに、五つの真っ赤な蝋燭を設置していった。そして、後ろで聞こえていた部長の大声が一際激しくなった。その瞬間、僕らは光に包まれ…別の場所にいた。

僕は目を疑った。そこは街であった。地獄の…。僕は、今や人間の姿を失った者達に担ぎ上げられ、大通りを進んでいた。道行く者は多種多様であった。人の形をした溶岩、歩く炎、燃える鳥人…人間もいるにはいたが、大部分は怪物であった。熱気がすさまじく、呼吸をすることすら難しかった。硫黄の匂いが鼻を刺激した。

そして、僕は「その場所」に運ばれた。城のように高い壁に囲まれた屋敷には、燃える角と尻尾を持った悪魔達がところ狭しといて、多くは人間の男と口づけを交わしたり、色々な「遊び」に興じていた。

中庭まで来ると、悪魔と男達が泳ぐ溶岩の池があり、燃え盛る実が生る焼け残った木が生えていた。そこに投げ出された。縄を解かれると、先輩がやってきて僕のホコリを払って言った。「中々、気の利いた出し物だろう?僕が考えたんだよ」

僕が何かを言おうとすると、部長が声を張り上げた。「皆様、宴は楽しんでいただけましたかな?それでは、今回の主催者からご挨拶を賜りたいと思います!ミズ・インファナル!」「は〜い!みんな〜今夜は来てくれてありがと〜!」「「「ヘイル・ミレディ!」」」

先輩も含めて、その場の全員が彼女に拍手と声援を送った。それは、悪魔であった。ここまで見た怪物達と同じく褐色の肌に、火の灯る尻尾、大きな翼。だが、より華美で派手で、きらびやかな装いをしていた。一目でわかった、親玉だ…

「ん〜?ノリが悪いコいな〜い?」彼女は、疑問のように聞いたが、それが誰かはわかっているようだ。何故なら、僕の目を真っ直ぐ見たからだ。「え〜!インファのパーティー楽しくなかった〜?」彼女は大袈裟に悲しむ素振りを見せた。先輩の方を見た。言外の圧を感じた。首を横に振った。

「ホントかな〜?!あ〜しに気を使ってない?しらんけど」「楽しいよ〜!」「インファちゃん大好き〜!」尼の仮装の女達も悪魔や火の怪物の本性を現し、合いの手を入れた。男達も首肯するばかりだ。僕は場に流された。

そのまま、部長や先輩は僕を連れて、悪魔の親玉、インファナルのもとへ挨拶に向かった。「マシュっちに、ビリ〜、お久〜!」「お久しぶりです、マイレディ」「今夜もご機嫌麗しゅうございます」彼らは、悪魔の手に順番にキスした。

「そっちは、新人クン?」彼女は、呆けた僕に手の甲を差し出した。先輩や部長を見た、彼らは首を縦に振った。僕は観念してそこにキスした。「これからよろしくね?今日はごめんね〜?テンションあがってないみたいだけど、あ〜しのパーティーつまんない?」

僕は全力で首を横に振った。もはや命懸けだった。「ふ〜ん?じゃあさ!証明してよ?」そう言うと、インファナルは手を叩いた。すると、待機していた悪魔が、酒瓶を持ってきた。「これさ、イッキできる?」

僕は、投げ渡されたボトルを何とか受け止めた。コルクはハート型で、どうにかこじ開けると、強い酒の薫りと、甘ったるい芳香が解放された。元々酒に強くない自分でも、これはとんでもない代物だとわかった。先輩や部長の方を見ると、既に悪魔や溶岩の怪物と談笑していた。助け船は期待できない。ままよ!

一口目から、口が、喉が焼けるように、というか実際に発火した。僕は、盛大に酒を吹き出し、噎せて上半身を上げ下げした。「アッハハハ!マジさいこ〜!」インファナルは腹を抱えて大笑いした。僕は火傷していないか、口に手を突っ込んだ。「ちょ〜ウケる〜!」彼女はさらに笑いを強めた。

「ダイジョブだよ?だって、その火じゃモノ燃えんから」彼女は、酒瓶を引ったくると、残りを一気に煽り、そして火を吹いた。僕は咄嗟に両手を翳したが、焔は全身を包み込んだ。死を覚悟したが、彼女の言った通り、火の粉すらつかなかった。

周囲に満つる魔力と、強い酒精、そして女主人の邪悪で豪奢で、しかし愛らしい雰囲気にいつしか呑まれ、酔いつぶれていった。気づいた時には、あの農場にいた。悪い夢だと思った。手についた焼き印のようなルーンと、契約書のような紙切れを見るまで…

一体、何が記されているのか、恐る恐る確認した。読み進むうちに、違和感を覚えた。質のいいペンと羊皮紙を使っていると思われ、整然とした筆記体で書かれた内容は、稚気じみた気安げな文体であった。

やほやほ〜これ読んでるってことは、もうアッチに帰ってんのかな?パーティー、すっごい楽しかったよね?でさ、あ〜しね、キミの王国にさ、目当てのコーデアイテムあんのね?キミ、おじいちゃんが王サマだったらしいじゃんね。だからさ、OKのヒーホー?アルケイン石をとってきてほしいの!あ〜しのアクセにぜっっったい相性いいって、占いでやってたから。しらんけど

悪酔いのせいか、内容のせいか、僕は頭痛に苛まれた。これを読んだせいで、あの後の会話まで思い出された。「ふーん、そうなんだあ?アバカスとか、計算?するの、たいへんだねえ!」「いい飲みっぷりじゃんね?ほらほら、飲んで飲んで!乙かれ三!」「うわ、マジにプールに入っちゃった!ダイジョブ?あ〜しと泳いでるうちは燃えんかな?しらんけど」「さっすが〜!しゅにんサマは、泳ぎもはや〜い!」

「へえ〜、知らなかった〜!ニンゲンって、四大元素が世界の真実って解明したんだ〜!よくわかんね」「てかさ、あ〜しは見ての通り『火』やんな?でも、水かけられたくらいじゃ何ともないよ〜!」「や〜ん、濡れちったぁ…」

「そ、そ。火っていうのは、カラダのなかでも、心臓から出てくるって、霧の大陸の占い屋さん言ってた。しらんけど」「キミのココ、あったかいね〜…ちょっとぉ、変な想像した?」「あ〜しのも、さわってみる?…ウソウソ、ジョーダンよ!」「それにしても、センスいいね〜!こんなに魔法の覚え早いの、やっぱイイトコの人?」

「ウッソー!?キミ、前の前の王サマのお孫さんで、今の王サマのイトコなんだ!すごいじゃん!」「じゃあさ、じゃあさ!王宮入り放題じゃない?」「ええ?しんせき、こうか?よくわかんないけど、今は王家じゃないん?」彼女の言葉の意味がようやくわかった。王家の秘宝、アルケイン石を取って来させようとしていたのだ。

もちろん、そんな大逆罪に手を染める気はなかった。だが、そんな考えを想起した時点で手の甲から、全身に熱が広がった。心臓が脈打ち、口が渇き、背筋に衝撃が走った。次には、あのインファナルという悪魔の笑い声を空耳した。

僕は、ハッとして、羊皮紙を確認した。そこには「P.S.キミ、パーティーではしゃぎ過ぎちゃったみたい。あ〜しに借りが出来たよね?具体的には…」読み進むうちに、僕は目を疑い、そして頭痛は激化した。「だから、そのお返しは、アルケイン石でいいよ!ここに、◯◯(キミ)ってサイン入ってるからね?あと、ルーンで期限がわかるから、チャオ!」

手の甲を確認した…「残り364日20時間」。天地が回転して、気づいたら家のベッドで寝ていた。「364日15時間」、僕には時間が無かった。
24/11/26 19:29更新 / ズオテン
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