祠を壊してしまった話
あれは、幼い頃、母親の実家に帰省した時の話。
僕は、D県N郡T村に1週間ほど滞在した。理由は、母方の大伯父が亡くなったからだ。彼には子供がなく、姪にあたる母は、遺産相続の分配の話し合いと告別式への出席で僕と父も同行した。
村に着くと、当たり前だが悲痛な雰囲気であった。しかしながら、村に入る僕ら家族への視線はそれを置いても奇妙であった。母の従兄で、故人の甥でもある喪主は僕を見るやいなや「…きょうちゃんにも、やあっと遊び相手ができるなあ」と呟き、母と祖母に注意された。きょうちゃん…何故かその名前は初めて聞いた気がしなかった。
葬儀は滞りなく終わった。後は、遺産相続の話し合いだと言うので、僕を含めた子供達は閉め出された。仕方なく、再従兄にあたる喪主の息子、由伸(仮名)と母方の叔母の娘紀美子(仮名)と三人で遊ぶことにした。
まず、蝋燭が余ったので、それを使って狐狗狸(こっくり0さんをやってみた。大した情報は得られなかったが、「いますぐむらをでろ、でていけ、もどってくるな」と出てきたのには驚いた。
次に、屋敷の倉の鍵が何故か開いていたので、こっそり入ってみた。特に面白いものはなく、錆びていたり、黴ていたり、破けていて判別が付かないものだらけだった。不自然に塗り固めた跡があり、穴を開けると牢屋と布団、骨のようなものがあった。怖くなって全員で逃げ出した。
屋敷の外へ出ると、毬をついて童歌を唄う村の子供がいた。異様な雰囲気なので、側を通りすぎようとすると、呼び止められた。その子が言うには、裏山のお寺には埋蔵金があるのだという。宝の地図だと渡された紙切れには、筆で書かれた地図が確かに載っていた。問い質そうとすると、その子は既に消えていた。
地図に沿って、お寺の境内のある祠の裏を掘ると、確かに木製のいかにもな箱が出てきた。僕らは、それを掘り出そうとして誤って、祠を倒してしまった。祠のしたからは、よくわからない黒ずんだ仏像のようなものと御札の貼られた石が出てきた。僕らは気味が悪くなって、それらを埋め戻した。視界の端に、何か気配を感じたので後ろを振り返らず来た道を戻ることにした。
その道すがら、杖を突く老人に出くわした。由伸の顔を見るなり、老翁は笑顔で挨拶した。「おうっ、鹿山んとこの坊っちゃんでねか。そっちの子供らは、お友達けえ?村の子じゃねな?」由伸は、彼に説明した。「鹿山のじいさんは気の毒だったなあ…きょうちゃんが亡くなって30年け?ばあ様の世話と畑が生き甲斐だったに、先に亡くなってなあ…」
僕は、またしても出た「きょうちゃん」なる名前が気になり、老人に質問した。きょうちゃんとは、大伯父の一人娘であり、15歳で病死したという。彼に「きょうちゃんの遊び相手」の話をしたら、眼の色を変えて肩を掴まれた。
「おめ、何か今日は変なもの見ねかったか?」僕は、消えた子供の話をした。「そりゃ金精っちゅう妖怪だ。害はね…ちげよ、何か他にはねか?」僕は、狐狗狸さんのことを話した。「それは、集団心理と腕の筋肉の無意識の動きって証明されてんべよ。他にはねか?」
僕は、座敷牢のことを話した。「鹿山にそげなもんがあったんか?見間違いじゃねか?」老人は真顔で訂正した。僕は、遂に祠を倒したこと、異様な石があったことを話した。「おめ…あの祠壊したんか?!もうダメだべ!手立てはねよ!」そう言って、老人は民家に逃げ帰り、音を立てて戸を閉めた。
いつの間にか、辺りは暗くなり、人気がぴたりと消えた。その瞬間先程と同じく、視界の隅の人影が出現し始めた。僕らは、後ろに気配を感じながらも必死にまばらな街頭を頼りに、どうにか屋敷に戻った。土にまみれ、勝手に出ていったこと、蝋燭を無断で持ち出したことで怒られたが、幸い座敷牢のことは気づかれていないようだ。
その日の夜、僕と両親は和室の一間を借りて寝ることになった。僕は異様な雰囲気を近くに感じて、寝付けなかった。棚の上の日本人形と目があった気がしたり、廊下の戸を人影が立っているのを感じた。しかし、深夜0時丁度、一際重苦しい気配がして、僕はいわゆる金縛りにあった。
僕は、目を瞑り近づく何者かを見ないようにしたが、出来なかった。それは…いや、ぞろぞろと、それ"ら"は顕れた。
狐耳の着物の人、大きな尻尾に大きな算盤の人、犬のような顔の人、足のないセーラー服の人、小判で作られたような金色の人、動く骨の人がいた。
全員が互いを見やり、ため息をついた。そして、何やら話し合いをした。最終的に、セーラー服の人が近づいてきた。「君、●●君で間違いない?」彼女は僕の名前を質問した。僕は、声を出せない、指一つ動かせない中で、辛うじて首を縦に少し動かした。
「わたし、匡子、きょうちゃんでも良いよ。また、遊びに来てね…」そう言って、彼女は僕の頬に口付けた。気がつくと、窓からは朝日が差し込み、キジバトの鬱陶しい鳴き声が聞こえてきた。僕は、そのままT村を後にした。
後で母親に聞いたが、あの村では「未婚で若くして死んだ人と生者と形の上で、結婚させる風習」があるらしい。それ以来、きょうちゃんは、今でも闇にいる。夜に、日陰に、寝るときにも…
だけど、あの屋敷までの道での重苦しい空気は、あの日以降感じたことはない。アレはまだ、あの村にいるのだろうか?
僕は、D県N郡T村に1週間ほど滞在した。理由は、母方の大伯父が亡くなったからだ。彼には子供がなく、姪にあたる母は、遺産相続の分配の話し合いと告別式への出席で僕と父も同行した。
村に着くと、当たり前だが悲痛な雰囲気であった。しかしながら、村に入る僕ら家族への視線はそれを置いても奇妙であった。母の従兄で、故人の甥でもある喪主は僕を見るやいなや「…きょうちゃんにも、やあっと遊び相手ができるなあ」と呟き、母と祖母に注意された。きょうちゃん…何故かその名前は初めて聞いた気がしなかった。
葬儀は滞りなく終わった。後は、遺産相続の話し合いだと言うので、僕を含めた子供達は閉め出された。仕方なく、再従兄にあたる喪主の息子、由伸(仮名)と母方の叔母の娘紀美子(仮名)と三人で遊ぶことにした。
まず、蝋燭が余ったので、それを使って狐狗狸(こっくり0さんをやってみた。大した情報は得られなかったが、「いますぐむらをでろ、でていけ、もどってくるな」と出てきたのには驚いた。
次に、屋敷の倉の鍵が何故か開いていたので、こっそり入ってみた。特に面白いものはなく、錆びていたり、黴ていたり、破けていて判別が付かないものだらけだった。不自然に塗り固めた跡があり、穴を開けると牢屋と布団、骨のようなものがあった。怖くなって全員で逃げ出した。
屋敷の外へ出ると、毬をついて童歌を唄う村の子供がいた。異様な雰囲気なので、側を通りすぎようとすると、呼び止められた。その子が言うには、裏山のお寺には埋蔵金があるのだという。宝の地図だと渡された紙切れには、筆で書かれた地図が確かに載っていた。問い質そうとすると、その子は既に消えていた。
地図に沿って、お寺の境内のある祠の裏を掘ると、確かに木製のいかにもな箱が出てきた。僕らは、それを掘り出そうとして誤って、祠を倒してしまった。祠のしたからは、よくわからない黒ずんだ仏像のようなものと御札の貼られた石が出てきた。僕らは気味が悪くなって、それらを埋め戻した。視界の端に、何か気配を感じたので後ろを振り返らず来た道を戻ることにした。
その道すがら、杖を突く老人に出くわした。由伸の顔を見るなり、老翁は笑顔で挨拶した。「おうっ、鹿山んとこの坊っちゃんでねか。そっちの子供らは、お友達けえ?村の子じゃねな?」由伸は、彼に説明した。「鹿山のじいさんは気の毒だったなあ…きょうちゃんが亡くなって30年け?ばあ様の世話と畑が生き甲斐だったに、先に亡くなってなあ…」
僕は、またしても出た「きょうちゃん」なる名前が気になり、老人に質問した。きょうちゃんとは、大伯父の一人娘であり、15歳で病死したという。彼に「きょうちゃんの遊び相手」の話をしたら、眼の色を変えて肩を掴まれた。
「おめ、何か今日は変なもの見ねかったか?」僕は、消えた子供の話をした。「そりゃ金精っちゅう妖怪だ。害はね…ちげよ、何か他にはねか?」僕は、狐狗狸さんのことを話した。「それは、集団心理と腕の筋肉の無意識の動きって証明されてんべよ。他にはねか?」
僕は、座敷牢のことを話した。「鹿山にそげなもんがあったんか?見間違いじゃねか?」老人は真顔で訂正した。僕は、遂に祠を倒したこと、異様な石があったことを話した。「おめ…あの祠壊したんか?!もうダメだべ!手立てはねよ!」そう言って、老人は民家に逃げ帰り、音を立てて戸を閉めた。
いつの間にか、辺りは暗くなり、人気がぴたりと消えた。その瞬間先程と同じく、視界の隅の人影が出現し始めた。僕らは、後ろに気配を感じながらも必死にまばらな街頭を頼りに、どうにか屋敷に戻った。土にまみれ、勝手に出ていったこと、蝋燭を無断で持ち出したことで怒られたが、幸い座敷牢のことは気づかれていないようだ。
その日の夜、僕と両親は和室の一間を借りて寝ることになった。僕は異様な雰囲気を近くに感じて、寝付けなかった。棚の上の日本人形と目があった気がしたり、廊下の戸を人影が立っているのを感じた。しかし、深夜0時丁度、一際重苦しい気配がして、僕はいわゆる金縛りにあった。
僕は、目を瞑り近づく何者かを見ないようにしたが、出来なかった。それは…いや、ぞろぞろと、それ"ら"は顕れた。
狐耳の着物の人、大きな尻尾に大きな算盤の人、犬のような顔の人、足のないセーラー服の人、小判で作られたような金色の人、動く骨の人がいた。
全員が互いを見やり、ため息をついた。そして、何やら話し合いをした。最終的に、セーラー服の人が近づいてきた。「君、●●君で間違いない?」彼女は僕の名前を質問した。僕は、声を出せない、指一つ動かせない中で、辛うじて首を縦に少し動かした。
「わたし、匡子、きょうちゃんでも良いよ。また、遊びに来てね…」そう言って、彼女は僕の頬に口付けた。気がつくと、窓からは朝日が差し込み、キジバトの鬱陶しい鳴き声が聞こえてきた。僕は、そのままT村を後にした。
後で母親に聞いたが、あの村では「未婚で若くして死んだ人と生者と形の上で、結婚させる風習」があるらしい。それ以来、きょうちゃんは、今でも闇にいる。夜に、日陰に、寝るときにも…
だけど、あの屋敷までの道での重苦しい空気は、あの日以降感じたことはない。アレはまだ、あの村にいるのだろうか?
24/11/03 19:27更新 / ズオテン