読切小説
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旧魔王幹部(という名のOG会)
魔王軍は、魔界に本拠地を置く。人間界に魔力を散布し、切り取ることで、一種の異次元空間に仕立てる。乾いた風の吹きすさぶ、荒涼とした地平に、一面真っ黒な石碑のようなものが立ち並ぶ光景が広がる。この空間もそうした一つであろう。

そののっぺりとしたシルエットは、自然に形成されたモノではないと一目で分かる。しかし、その質感、継ぎ目のないただ一つの物質で構成されたその石柱は、人工的とも断じがたかった。

その石碑の一つが、ぼやけた輪郭の人影らしきものを地面に出現させた。「…ふむ」像は首を傾げると、すらりと長い指で頬を突いた。「…理が変わった…ということか」

人影は、直ぐ様指を鳴らした。風音以外、全く静かな荒野に破裂音が響いた。それを合図に複数の石碑が、同じ様な像を投射した。

「全く、夕餉にしようと思っておったのに、何用じゃ?」「久しいな、かつて教会と猿共に黄昏をもたらさんとしたかの大戦以来か?」吹雪が吹き荒れ、徐々に人の姿に固まった。白銀に彩られた長身の貴婦人らしき影に、真っ黒な人影は挨拶した。「よもや、よもや。『砂嵐の』、うぬも現世に帰還しおったか」

「息災か?」「ぼちぼちよ」「貴公が、そう申すはつまり世は乱れていないということか…」「ユミっち、うち言ったよね、この時間だいたいお風呂…えっマジ?」炎が人型に集まり、悪鬼の姿となった。悪鬼は、見覚えのある顔に素直に驚いた。「1000年?500年?とにかくおっ久〜!」

「相変わらず騒々しいな…変わりないか?」「ぜ〜んぜん!毎日、面白おかしくパーリーしてる〜!」「左様か」「こやつは、初めて顔を合わした頃から一つも変わっとらんぞ」「ちょっ、ユミっちひどくね?」

「魔王様は今どちらに?」真っ黒な影は、特徴的な垂れ耳をピクピクと動かした。「あのお方は、あるサキュバスと時の勇者が共謀したため、座を追われた」「まあ、エラそうにふんぞり返って、あれこれウルサく言ってきたし良い気味だよね」「やはりな。理が前と異なると感じていたのだ」

「積もる話もあるが、まだ現れる者も多かろう」「如何に考える?」人影は白銀の像に問いかけた。「まずは役者が揃うまで、今の世の有り様と魔王軍の方針について、話をして進ぜよう」「そだね。セっちゃん、久しぶりのお外(この世)だもんね」「かたじけない」

〜〜〜〜〜

「うーむ。香しいのう…」薄い半透明の翅を広げた、虫のような手足の女が男の汗にまみれた裸体を味見していた。「ご主人様ぁ…おらが臭くないのけ?畑仕事しっぱなしで、汗だくだべよ」

「これが良いのじゃ…鼻を刺激し、1日の勤労を物語る薫り…これに比べれば香木なんぞはただの棒切れじゃ」虫女は、仕用人の青年の身体を隅々まで堪能した。「さいですか…じゃあ、おらそろそろ風呂に入りてえですだ」「ダメじゃ、儂の伽を務めよ」「ええ…」女主人は、彼を引き留めた。

その時、ベッドの傍らにある年代物の水晶球が突如として光り出した。「うわっ!」「何じゃ…儂のお楽しみを邪魔しよって」虫女は、ぶつくさと水晶に向かった。光る度に、輝きは強まり、音を発して振動した。

「儂に何用…」女主人は手をかざし、水晶が写し出す呼び出した者の顔を認めた。それぞれの胸像のような幻影が、枠で切られて投影された。彼女は、よく見知っているがあまり見たくない顔ぶれに一瞬絶句した。「お主らか…」「挨拶に先んじて『お主らか」とはあまり感心しない受け答えぞ」白い貴婦人が眉根を寄せた。

「お主らが儂に話を持ってくる時は、いつも良からぬことが起きるでな…」「旧友に対して随分な言い草だな」「戻ってきておったか…」虫の魔物は、垂れ耳の者を見て、露骨に厭わしげな表情を作った。

「ドゥルルンって、ノリ悪いよね」浅黒い悪鬼が口を挟んだ。「お主は逆にいつも、よく知らぬのに乗り気で疲れんのか?」「確かにそうだ」「こやつはもう数百万年この調子なのだ」冷悧な女が答えた。「いや、それほどでも〜」「誉めとらんぞ」

「まあ良い。話を聞かせよ…どうせ、断ったところで無理やり参加させる腹積もりであろ?」「話が早くて助かる。実は…

〜〜〜〜〜

大洋を進む一隻の船がどこかへと向かっていた。しかし、その帆は破け、船体には夥しいフジツボやサンゴ、ゴカイが侵食し、大穴すら空いている。とても、まともに進めるものではないはずだ。それにも関わらず、悠然と海原を掻き分けていく。

そして、前方に別の船を見つけるや否や、追跡を開始した。ボロ船は、有り得べからざる速度で獲物を捕捉し、遂にはその砲火の射程に納めた。否、砲火ではなく砲水、人にあらざる魔力により、大質量の水の塊を発射体制に入れた。

「女郎(めろう)ども、準備は良いか!?」船長らしき触手のた打つ女が、部下に呼び掛けている。「「「アイアイ、マム!」」」帽子を被った人魚達が、ハキハキと答えた。

「敵艦は、うちのウミに踏み入れ、その上勧告を無視したやがった。そういう連中はなんて言うんだ!?」「「「礼儀知らずだ!わたしらをナメている!」」」「そうだ!じゃあ、そいつらはどうしてやろう!?」「「「沈めて、オシオキだ!」」」

「航海士、良う候!」「アイアイ!」船長に合わせ、一等航海士はその鮫のような口を歪め、乱杭歯を剥き出しにした。船長は、気を良くして、触手の一つで円を作り、そこに水をレンズにして、片目で敵船を観察した。「ビビって、大童になってやがる!今回も楽しょ…」

その時、船長室から彼女を呼び出すかのような音が届いた。「何でえ?」直ぐ様、部屋に飛び込み、財宝や押収品の山から目当てのものを探り当てた。

「オイッ!あたいのジャマすんのに下らねえ理由なら、承知しね…」船長は、見知った顔の幻影に満面の笑みを浮かべた。「おいおい、こいつぁびっくりだ!おめえさん、コッチに戻ってやがったのか!?」「相変わらず、『拿捕』に勤しんでおるのか」「おうよ!あたいから私掠を抜いたら、あとはラム酒しか残らねえからよ!」

「ふむ、貴公の気風は幾千年を経ても変わらぬな」「おめえさんもな、相っ変わらず堅苦しいこって…何の用だい?」真っ黒な虚像は彼女の目を覗くように見た。「何、今世をより深く知るついでに、一つ余興でもと思い付いたのよ」「ほーう?」「貴公も催しに参加せんか?」

「…やめとく」「左様か」「ああ、下のモンがまだまだあたいを必要としてくれてるんでな。それに、今の魔王サマのやり方のが、自由にやれてる」「良かろう。無理強いは望むところでない」「宴くれえなら、顔出してやるよ」「覚えておこう」そう言うと、幻影はフッと溶けるように消えた。

〜〜〜〜〜
「聞け。偉大なる魔の眷属達よ」垂れ耳の魔物は杯を掲げてみせた。荒涼とした荒野の中心に立つ彼女の周囲には、闇よりなお昏い石碑が乱立していた。

彼女は石碑を悠然と見渡した。「この肥沃な大地を再び踏みし我らは、時にいがみ合い、時に憎しみ合い、血塗られし領土争いを繰り広げても来た。だが、今はひととき禍根を忘れん。古式ゆかしい戦儀の場で、互いの戦士の優劣を決めるとしよう。格好の獲物が現れた今この時にな…」

「獲物?」「異な事を」「…」石碑の影の反応は様々。シルエットも様々だった。なかには、人の姿から遠くかけ離れた者もあった。「試合の類か?」ムカデじみた異形の影は、昆虫めいた節足をギチギチと蠢かせた。「企んでおるな」「よいではないですか。まずはお話を聞きませんか」レイヨウめいた角の持ち主が宥めた。

「久しぶりに顔を見せたと思えば、やはり良からぬことを考えていたんじゃな…」ハエのような翅の者は、ため息混じりに肩を落とした。「てかさ〜勿体ぶりすぎじゃな〜い?暇杉つらたん」熱気が幻影越しに伝わってくるような、炎のシルエットも手持ち無沙汰に眉毛をいじり出した。

「現魔王様に逆らうのか?」大蛇のような影が鎌首をもたげた。「貴公は昔から変わらぬ、頭ごなしにすぐ主導権を握りたがる。それだから、甥御との政争に負けたのだぞ」「貴公も来ておったか…あまりに薄い魔力ゆえ気付かなんだわ」「言うも言いたりよ」

「クキキキキ…まあまあお歴々!」石碑の一人が耳障りな笑いを放つ。「私も提案は尊重したい。実際、彼女は研究熱心な方でおられるし…何事にも深甚なお考えがあろう。そんな彼が敢えて…ムフ…遊ばれるというのならば、その趣向に全力で乗らせていただくのが実際、粋というもの」

「貴殿もなにかお考えのようだが…まあ、良いでしょう」影のひとつが頷いた。「では、よろしいか」真っ黒な魔物はあらためて確認した。このうえで四の五の言うものは失礼であり不粋である。無言の肯定。

彼女は満足げに喉を鳴らし、片手を差し上げた。そこには、蛇避けの杖のような二又の長い錫杖が握られていた。ウアト、彼女の象徴である。意味するところは…「砂嵐のセティが、ここに宣言する。アドーニスの狩り祭をここに開かん!」かつて嵐の軍神とも称された、ファラオは杖を地面に突き刺した。

そこから地を伝い、鈍い光の線が一点に繋がった。それは像を結び、一人の人間の男らしき人物をを映し出した。「今回の、アドーニス(悲劇の美男子)はこの者よ」気だるげだったり、物見遊山だったりの影達に動揺が走った。

「気でも狂ったか?」白銀の影は、氷よりもなお冷たくぴしゃりと叱責した。「現魔王の王配ぞ。冗談にしても面白くなく、本気なれば大逆なり」「我も理解はしている。そして、理が変わった様に我も当世の魔物の流儀に従うつもりだ。殺す気は毛頭ない、ただの戯れよ」

「お主は前から突拍子もない奴と思っておったが…殺さないと言っても魔王めが許さんぞ」虫の虚像は呆れた。「それにさ〜魔王サマの旦那さんって、元勇者で、今は魔力満点なワケじゃん?うちらのこで勝負になんの?」炎は素直に疑問を口にした。「私もあの方を倒すのは骨が折れると思います」レイヨウの女も否定的であった。

「私は乗ったぞ。戦士は何も、眷属や配下だけではあるまい。我が娘は私の技と夫の頑健さを受け継いでおる、たとい当代一の勇者とて負けぬわ!」大蛇はここぞとばかりに子供自慢を始めた。「グワラグワラ…面白い。我が戦士が勝てば、魔王軍での発言力は上がるだろうな」ムカデじみた影が声に喜色を滲ませた。

「クキキ…勇者と言えば、私のかわいい王も聖剣を引き抜き、勇気と実力は十分ですぞ」不定形の人魂のようなシルエットもクヌクネと推薦した。「アイヤー!みんな面白そな話してるナ!」狐耳のエキゾチックな美女が新たに像を結んだ。「うわっお局様、いらしていたのか…」帳を纏った着物の女が青ざめた。

「…」セティは混沌とした場を見渡した。(皆、今の世を謳歌しているようだ…)彼女は好物のレタスをしゃくしゃくとしかんだ。ツチブタめいた耳がピクピクと動いた。「…議論はこのくらいにして、そろそろ参加を募ろうか。我に同意する者は、こちらに記名せよ」

彼女は虚空より紙を取り出した。「魔の眷属達よ。試練に名乗り出るならば、この神聖パピルス片に各々の烙印をつくべし!」セティが掲げたパピルスには、既に彼女自身の打たれていた。そして、おお、見よ!連なるように、六つの刻印がたちまち焼き付く!即ち計七名の大魔族が儀式に参加する事が決まった!

「後の者は、儀式の行く末をゆるりと観戦なされ。永き生のひとときの遊興をご覧じろ…私もすぐに見繕って来るゆえ、続報は追って待たれよ」彼女が一礼すると、各々が幻影を消していった。最後にぽつんと一人残った彼女は、しばし佇み何度か瞬きした。

「…ふっ、愛とはげに恐ろしきものよ、なあ、兄上、ヘル…」彼女はかつて憎悪し、殺し合った男達を回想した。「さて、私の心を愛であれ、憎しみであれ、満たしてくれる者はいづこにおるかな」まだ見ぬ相手を想い、棺の中で口の端が大きく歪んだ。

24/10/03 20:37更新 / ズオテン

■作者メッセージ
モデルはエジプト神話のセト、諸説あるが、精力旺盛だからレタス(白い粘液からの連想)が好物とか、甥っ子にレタスに精を仕込まれて妊娠とかエロ同人みたいな神様

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