連載小説
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典雅王と魔物娘その6~一つ所で逢わずとも、二人は同じく月を戴く~
「女王陛下、ダウード殿下より書簡が来ております」「読み上げい」アマシポリにて、留守を預かるアマシスは、ダウードの直筆を受け取り、上機嫌で音読させた。

我が友、アマシス・バシレイアー・アマゾノーン殿へ
貴女のお膝元は変わらぬ平穏で、山々の赤さと涼しき颪を感じられていたら幸いでございます。

さて、先日申し上げた通りで、わたくしは弟を捕らえ、ミュルミドーンへと引渡してしまいました。貴女の懸念した通り、大きな国とは普段鈍重にも関わらず、ここに動けば自壊しながら明後日の方へ駆け抜けると実感致しました。

次は、長兄ムスタファの元へ向かいます。必ずや、かの僣称者にしかるべき報いを受けさせる所存です。帝国とは、民の平穏とは、得てしてそういうものだとご理解ください。

貴女の友、ダウード・ケマルオウルより



「…とのことです」「…そうか」アマシスの声色には落胆が滲んでいた。(あやつめ…権力という女に魅入られたか。妾を…いや、友を取ってはくれなんだか)

「…陛下。何やら物思いに耽っているようですが…」「気にするな…男とは、母の言うように度しがたいと改めて、確信しただけよ…」「?…畏れながら、もう一つ殿下の印璽とサインのある封書がございます。こちらには、添え書きで、陛下に直接読んでいただきたいとあります」

「…ふん、なんだろうな」(別れを告げるなら、直接顔を見せて欲しいものだが…)彼女は受け取った封書を荒っぽく開き、一通り読み終えると、火にくべた。「!…よろしいので?」「妾がどうこうするものではない…それに焼き捨てよと最後に書いてあったわ」「…かしこまりました」

アマシスは顔に出さなかったが、ダウードの気持ちに一喜し、しかし彼と国や家族を取り巻く情勢に一憂した。

アマシスへ

私は、遂に弟を、産まれたその日から顔を見て、共に育った者を見捨てた。次は、兄上とまで戦うことになる。何とも薄情なものだ。私は、威風や慈愛を示すことができない。人心を繋ぎ止める、財も人望もない。恐怖と実力行使を行うのだ。

東の諸侯が動く前に、その擁立した王を排除した。その上で、貴族達には恩赦と地位を約束した。何と浅薄な徳しかない振る舞いであろう。恐怖政治の見せしめそのものだ。私は自分自身が怖い。

夜も眠れない。疑心暗鬼を生ずとは言うが、今の私は部下の談話に陰謀を見出だし、自分の影に怯える愚者だ。自己嫌悪に陥る度に、思い出すのはお前と飲み交わしたカフヴェだ。

眠れぬなら、いっそ誰かとああいう風に夜を明かしたい。こんな女々しいことをお前に書くのはこれきりにしたいものだ。 焼き捨ててくれ
ダウードより


(弱い男よな。身の丈に余る役を務める、哀れな…)彼女は手紙を反芻した。最後の方は納めるために小さな字で、文体も崩れていた。アマゾンの常として、軟弱さはあまり好みではないが、アマシスはこの一文からダウードに憐憫を覚えた。

「やれやれ…世話の焼ける。どれ、檄を飛ばしてやろうか?」彼女は羊皮紙を手に取り、一筆したためた。

〜〜〜〜〜

「つまり、陛下はこうおっしゃると…兄は、ムスタファは、病に臥せりまたこの国を気に入り、帰国を拒んでいる」「かいつまんで言えば、そうなろうな。我らも兄君の帰国、それに続く即位を邪魔する意図はないと思われよ」

ダウードは、東帝国現皇帝に謁見した。ガリオス、豊かな髭と秀でた額、トーガの上からも分かる武骨なシルエットが特徴的であった。

「陛下のお言葉、疑うつもりはありません」巻き毛の皇子は下手に出て答えた。「この都、歴史ある街並みと洗練された技術が調和し、風光明媚な自然をも活かした素晴らしさ。わたくしが兄であれば、確かに郷愁の念など吹き飛ぶことでしょう」彼は、多島海に浮かぶ要塞島の風景を思い出しながら話した。

「しかし…我が民には、君主が必要なのです」「殿下、先ほども言ったが、我々は一切引き留めてなどいない。そうさな…半年も養生すれば、お帰りできると思うが…」(半年だと?食えぬ男だ。それだけあれば、軍備を整えられるだろう)

「承知しました。兄であり、次期皇帝…それにもしもがあればですからな」「賢明なお方で助かりますな。では、余の末娘を輿入れして、同盟の証しと致しましょうぞ!」ガリオスは、杯を持ち上げた。(酒食らいの異教徒め…)ダウードは、渋々杯を手に持った。

「貴国の新たなる一歩に!」「両国の平和と発展に!」二人は、同時に杯を飲み干した。「くっ」ダウードは、酒精の焦熱感と相手の強かさに眉をひそめた。

〜〜〜〜〜

「5年の停戦。シャーザーデは人質、皇太后への窓口、つまりこちらへの離間策の仕込みと…」将軍ジャファルは、状況を整理した。窓の外には、晴れた夜空と上下する水面だけがあった。

「畏れながら、半年後に帰国できるというのも方便で間違いないと存じます。仮に、ご帰還が叶ったとしても、実質的な東帝国の傀儡と見てよろしいかと…」腹心のユースフ・アブドゥラーが付け加えた。

「…」「殿下」「まるで、帰って来ぬ方がよいという口振りだぞ」ダウードは敢えて答えを促した。「民には、今すぐに皇帝が、帝国の標が、ケマルオウルの血が必要なのです」ジャファルは暗に決意を求めた。「私は疲れた…部屋に戻るぞ」「御意にございます」「承知致しました」

「なあ…ジャファル、ユースフよ」ダウードは部屋の戸口で立ち止まった。「如何なされましたか?」「私は、いつになったらこの手が乾くのだ?」「…帝国が歩みを止める時、あるいは殿下の眠りを妨げるものがなくなったその日でしょう…」ユースフは、目を逸らさずに返事をした。

「…お主らは、その時まで仕えてくれるのか?」「どこまでもお供しましょう」「たとえ、ジェネット(天国)やジェヘンネム(ゲヘナ)の果てであろうとも」「…そうか」

部屋に着いた彼は、機械的にただベッドに横たわった。(血で線を引き、骸で道を埋め、ただ命を刈り取る…アズラーイールも、イブリースも目を背けような…)彼は、月を仰ぎ見た。(お前も…同じ月を見ているのか?私もそこに…)

部屋を叩く音が、ダウードの心を地上に留めた。「私の就寝を邪魔するに値する報せと信じるぞ…」しかし、返答は無かった。

「…私への侮辱か?」彼は苛立ちを言葉にした。今度こそ、答えが返ってきた。紙切れであった。「…こはいかに?」ダウードは、戸の隙間に顔を出す、一枚の羊皮紙を手に取った。

ダウードよ

前にも言ったが、妾とお主が同じ歩幅で歩むことはできぬ。だが、言葉を交わすこと、手を取ること、道を交えることはなきにしもあらず。


「何だ、あやつからの手紙か…」彼は再び読み進めた。

お主が生きる先に、何が待ち受けておるのか、あるいは道半ばに倒れるか、それはどうでもよい。これまで、どんな場所を通ったかも知らぬ。

ただ、妾とお主は今も、同じ月に照らされていることは間違いない。顔くらい見せても良かろう。

友に幸あれ。アマシスより


「…」ダウードの手は震えていた。「…くうっ」彼は顔をくしゃくしゃにして、直ぐ様手近な布で拭い去った。そして、月を眺めて一呼吸置くと、手紙を抱いて寝入った。その顔は、いつになく安らいでいた。



24/09/29 22:47更新 / ズオテン
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