典雅王と魔物娘その4~ジャイアントアントと城
ダウードは、カリムの後見人、並びに皇太子(シャーザーデ)ムスタファの代理として帝都の政務を差配することとなった。彼は、まず、ムスタファとユースフに使者を送り、ムスタファの戴冠並びに、官僚と軍の再編成、経済の安定と住民の慰撫を行うこととした。
しかし、何事も順風満帆とはいかないのが、世の常。ムスタファとユースフは出頭拒否したのである。更に悪いことに、後宮では皇太后(ムスタファの生母)と宦官長が共謀し、再編成に反対する官僚と将軍を抱き込み、一触即発の事態に発展。
「ムスタファ=シャーザーデ、並びに皇太后、両殿下は呼応して、恐らく殿下とカリム様を支持する官僚を排除するおつもりでしょうな」ダウード軍将軍ジャファルは、努めて平静に事態に対する見解を伝えた。「私も、ジャファル殿に同意する…ダウード殿下、貴公がアマシポリの手勢1万と合流したとして、とても首都で戦える見込みは無かろう」アマゾン客将シシュペーも同調した。
「ムスタファ兄上と、弟ユースフは、手を結んでいると思うか?」ダウードは、腹心の律法家ユースフ=アブドゥラーに意見を求めた。「無いとは言いきれませぬ。しかしながら、両殿下が轡を並べて我らをすぐにでも攻撃する可能性は低いと存じます。なぜならば、シャーザーデと弟君は多島海を挟んでおりこの短期間で盟を結ぶのは難しいでしょう。また、片や親東帝国、片やガーズィー(聖戦士)のお二人が手を組むことも考えにくいかと…」
「ならばこうだ。一端、皇帝代行と首都の統帥権を皇太后殿下に返還する。あくまで、カリムの後見人として、アマシポリに保護を名目に帰還。しかるのち…ユースフから討つ…」「畏れながら、ダウード様…ユースフ様は単独2万を要する大軍でございます。また、東の諸侯にも人気があり、もし合流されれば、我らはすぐに呑み込まれまする!」ジャファルは、ダウードを諌めた。
「座しては死を待つのみ…私は殿下の意見に賛成するぞ!」「客将殿!しかし、我らは全軍1万ほど、仮にユースフ軍に先手を打とうとも数の差はいかんとも…」「ジャファル殿、それでも戦士か!?勝てぬ戦を強行するは愚将、されど最初から勝ち目を捨てるは臆病者ぞ!」「なんと、勝算があると…?」
「ユースフ皇子は、赴任してから浅く領内の統轄がまだ不十分と聞く」シシュペーはジャファルを見据えた。「そこに、必ず隙が生まれる」「しかし…」「いや、将軍殿…私は軍略には疎いですが、確かに全軍を十全に使えぬ今は、攻撃と行かずとも、付け入る余地はありましょうぞ」律法家ユースフも同意した。
「…なるほど、アマシポリで持ちこたえるよりは、電撃戦の方がと…」ジャファルはダウードに向き直った。「殿下のご意志が最終決定となりまする」「我ら、御心のままに」ユースフが続いた。「ダウード殿下、女王に代わり、私が貴方を護らん」シシュペーが胸を叩いた。
「良かろう。私の決定は、こうだ…」
~~~~~~~
「へえ、ユースフ様は精強でございますな」「そうであろうとも!大声では言えぬが、ベイリク達が『陛下』への支持を表明すれば、帝都も、異教徒に下ったシャーザーデも反逆者ダウードをも打ち倒せようぞ」商人は、門番に金子を渡しながら、世間話をした。馬車の「荷物」への目こぼしのためだ。
商人は、工事を行う城壁や宮殿を見た。「…ユースフ皇子は、やはり地固めを優先していらっしゃるようだ」「…まだ、戴冠すらしておらぬに「陛下」ときたか…」「実際、シャーザーデが東帝国に半ば恭順した以上、あの方が、次期皇帝と考える者も多いのでしょう」商人は、荷台に話しかけた。答えたのは、精悍な女性の声であった。
オウィディウスとシシュペーは密命を受け、第四皇子ユースフの居城へと侵入を果たした。二人は、市民に化け、それとなく懐事情に探りを入れた。
「どうやら、城壁の補強などは何やらこの地に住まう異民族を徴収して使っているようですな」「しかも、有り得べからざる進捗で、既に大半は出来上がったそうな…」
「臭うな…」「確かに、ご主人様のお召し物は、ここ数日同じでございますが…」「…っ、そういう話をしとるのでない!何か、要塞化を早めるカラクリがあるのではないかと言っておるのだ」シシュペーは、オウィディウスを小突いた。
「ご主人様、もしやその理由は、すぐに判明するかも知れませんぞ」「何か見つけたか?」「あれをご覧ください」召し使いは、主人に手で目標を指し示した。見れば、襤褸を被った者達が、工具や資材を手に、壁に集まってきていた。「回りくどいやり方は好かん…直接問い質すか」
「でしたら、わたくしめに妙案がござる」「そうか、お前の手管を見せてくれ」「仰せの通りに…」そう言うと、オウィディウスは品物を手に、大工の集団のもとに近づいていった。
「…キビキビ働け!日の入りまでに、この区画を終わらせんと、貴様ら飯抜きだからな!」監督役の兵士が、襤褸の者達に高圧的に叫んだ。「旦那様、今日も精が出ますな!」「何だ貴様、工事の邪魔だぞ!」オウィディウスは、横から兵士に話しかけた。
「いえね?あっしは、しがない雑貨屋でごさんす。食い物が腐りかけてきたんで、どっかに二束三文で売って処分したいんでさあ」「何を言うかと思えば、こやつら人足に食料だと!?配給はこちらで厳重にかん…」「あと、同じく足が早いものも余ってるんで、サダカでもしようかと…」
サダカの言葉に、兵士の目の色が変わった。「額に汗して、働き糧と財を得るのは開祖の教えをよく守っておるな…」「いやあ、あっしは家族を食わせるだけありゃ十分で…あっしより、ほら、旦那様は矢面に立って戦うお役目でやしょう?」「む、そうだが…」「何か、日頃の感謝ができればいいんですがねえ…」オウィディウスは、兵士に袋を見せた。ずっしりと、金貨の重量を感じさせるものであった。
「ふむ、まあ『商いを遮るは、神にもできぬ』とも言うしな…今日だけだぞ、他の者には見つかるなよ」「ありがとうございます」オウィディウスは、早速食べ物を載せた荷車を引いてきた。「そこの旦那様、今日の朝餉は済ませましたか?食うや食わずじゃ、仕事も手につかないでしょう?」襤褸の人足は、彼の言葉に振り返ったが、すぐに踵を返した。
彼はめげずに、何人か呼び止めたが、食べ物に手をつける者はいなかった。「ふむ…別の方法を考えるか…」オウィディウスが、荷車に積み直そうとしたとき、「あ、あの…」話しかける人足がいた。「どうも、食べ物だけじゃなく、入り用のものから大抵…」彼は、人足の顔を見て驚いた。
「お腹がすいて…もう何日も…」話しかけたのは、女であった。しかも、フードの下から覗く髪には、角のような虫の肢のような器官があった。ジャイアントアントと巷で言われる魔物である。「…これは、失礼しました。こちらのピタパンと干し肉はいかがでしょう!」「…美味しそう、でも、私、お金が…」「いえいえ、これも三女神の思し召し!お代は結構…ただし」
「ただし…?」「わたくしの店の宣伝をしていただきたいので、他のお仲間にも、こちらの食べ物を配っていただきませんか?」「そんなことで、いいんですか!?」「よいのです。『富めるは天の采配、なれば貧するを代わって救うが功徳』と言われるでしょう?夕暮れ時にまた来ますので、今度は皆さんで来てください」彼は、ジャイアントアントに持ちきれない程の食べ物を渡した。
~~~~~~~
日暮れ
空は赤く染まり、城壁の影は既に帳を下ろしていた。オウィディウスは、昼よりも大荷物で、同じ場所にやって来た。見れば、昼のアントと彼女と似た背格好の者達が集まっていた。
「これはこれは、皆さんお揃いで!」彼は景気よく挨拶した。「お世話になりました!みんな久しぶりに飢えを凌げました…」「私もありがとうございます…」「美味しかった…」アント達は、揃って感謝の意を伝えた。
「それはよかった!『ミュルミドーンの戦士』に喜んで頂いて光栄です…」「「「…!」」」ある言葉を口にすると、集団に明らかな動揺が広がった。「何故、その名を…」オウィディウスは答えるように、荷車の布をめくり上げた。
「アマゾネス…?」「かつて、多島海に名を轟かせた戦士の部族が、人間の飼い犬に成り下がったか…」シシュペーは、残念そうな顔で呟いた。
「聞き捨てならない…聞けば、アマゾネスだって、ダウードという皇子の軍門に下ったと言われていますよ!」ジャイアントアントは言い返した。「確かに、人間に使われているのは同じよ…だが、少なくとも我らは糧や住み処を奪われるなぞされておらん。ダウード殿下は、我らの女王と盟を結んだのだ」
「口先だけで、信じろとでも!?」「そうは言っておらん。見れば、女王蟻はどこかに幽閉されて、貴殿らは従わされているのであろ?」「何故それを…」「このオウィディウスの口八丁と、私の隠密で、夕暮れまでに調べがついた。近く、ダウード軍がこの城を包囲する」シシュペーは明け透けに策を喋りだした。
「もちろん、貴殿らによって改修された城は数ヶ月と保つと思う。しかし、貴殿らが内応し、我らアマゾンが夜討ちをかければ中から容易に落とせよう」「信用できません…第一私達が番兵にこのことをつたえるかもしれないでしょう?」「貴殿らの主を捕らえ、あまつさえ馬車馬よりひどい扱いを行うユースフと、アマゾネスさえ遇するダウード殿下とどちらにつくか…」彼女はそこで、言葉を切った。
「だが、口約束だけというのも忍びない…ダウード殿下達殿との協議の後となるが、先に女王をお救い申し上げる…必ずや」そう言うと、シシュペーは膝を屈し、彼女の愛剣を手に頭を下げた。「これは証文のかわりだ」オウィディウスも続けて地に頭を擦り付けた。
ジャイアントアント達の間で、囁きが満ちた。信用すべきか、衛兵に差し出すべきか。そして、声が落ち着くと、代表の者が剣に触れた。「アマゾネス殿、お顔をあげてください」シシュペーは彼女の顔を見た。土汚れにまみれていたが、その目には闘志の火が灯っていた。
「必ずや、よい返事を持って、貴殿らを救いに戻る!」「我らを辱しめたユースフを共に打倒しましょう…そう言えば、お名前は…」「失礼した。シシュペー」手を差し出した。「私は、ミュルメク284号」彼女は手を握り返した。
しかし、何事も順風満帆とはいかないのが、世の常。ムスタファとユースフは出頭拒否したのである。更に悪いことに、後宮では皇太后(ムスタファの生母)と宦官長が共謀し、再編成に反対する官僚と将軍を抱き込み、一触即発の事態に発展。
「ムスタファ=シャーザーデ、並びに皇太后、両殿下は呼応して、恐らく殿下とカリム様を支持する官僚を排除するおつもりでしょうな」ダウード軍将軍ジャファルは、努めて平静に事態に対する見解を伝えた。「私も、ジャファル殿に同意する…ダウード殿下、貴公がアマシポリの手勢1万と合流したとして、とても首都で戦える見込みは無かろう」アマゾン客将シシュペーも同調した。
「ムスタファ兄上と、弟ユースフは、手を結んでいると思うか?」ダウードは、腹心の律法家ユースフ=アブドゥラーに意見を求めた。「無いとは言いきれませぬ。しかしながら、両殿下が轡を並べて我らをすぐにでも攻撃する可能性は低いと存じます。なぜならば、シャーザーデと弟君は多島海を挟んでおりこの短期間で盟を結ぶのは難しいでしょう。また、片や親東帝国、片やガーズィー(聖戦士)のお二人が手を組むことも考えにくいかと…」
「ならばこうだ。一端、皇帝代行と首都の統帥権を皇太后殿下に返還する。あくまで、カリムの後見人として、アマシポリに保護を名目に帰還。しかるのち…ユースフから討つ…」「畏れながら、ダウード様…ユースフ様は単独2万を要する大軍でございます。また、東の諸侯にも人気があり、もし合流されれば、我らはすぐに呑み込まれまする!」ジャファルは、ダウードを諌めた。
「座しては死を待つのみ…私は殿下の意見に賛成するぞ!」「客将殿!しかし、我らは全軍1万ほど、仮にユースフ軍に先手を打とうとも数の差はいかんとも…」「ジャファル殿、それでも戦士か!?勝てぬ戦を強行するは愚将、されど最初から勝ち目を捨てるは臆病者ぞ!」「なんと、勝算があると…?」
「ユースフ皇子は、赴任してから浅く領内の統轄がまだ不十分と聞く」シシュペーはジャファルを見据えた。「そこに、必ず隙が生まれる」「しかし…」「いや、将軍殿…私は軍略には疎いですが、確かに全軍を十全に使えぬ今は、攻撃と行かずとも、付け入る余地はありましょうぞ」律法家ユースフも同意した。
「…なるほど、アマシポリで持ちこたえるよりは、電撃戦の方がと…」ジャファルはダウードに向き直った。「殿下のご意志が最終決定となりまする」「我ら、御心のままに」ユースフが続いた。「ダウード殿下、女王に代わり、私が貴方を護らん」シシュペーが胸を叩いた。
「良かろう。私の決定は、こうだ…」
~~~~~~~
「へえ、ユースフ様は精強でございますな」「そうであろうとも!大声では言えぬが、ベイリク達が『陛下』への支持を表明すれば、帝都も、異教徒に下ったシャーザーデも反逆者ダウードをも打ち倒せようぞ」商人は、門番に金子を渡しながら、世間話をした。馬車の「荷物」への目こぼしのためだ。
商人は、工事を行う城壁や宮殿を見た。「…ユースフ皇子は、やはり地固めを優先していらっしゃるようだ」「…まだ、戴冠すらしておらぬに「陛下」ときたか…」「実際、シャーザーデが東帝国に半ば恭順した以上、あの方が、次期皇帝と考える者も多いのでしょう」商人は、荷台に話しかけた。答えたのは、精悍な女性の声であった。
オウィディウスとシシュペーは密命を受け、第四皇子ユースフの居城へと侵入を果たした。二人は、市民に化け、それとなく懐事情に探りを入れた。
「どうやら、城壁の補強などは何やらこの地に住まう異民族を徴収して使っているようですな」「しかも、有り得べからざる進捗で、既に大半は出来上がったそうな…」
「臭うな…」「確かに、ご主人様のお召し物は、ここ数日同じでございますが…」「…っ、そういう話をしとるのでない!何か、要塞化を早めるカラクリがあるのではないかと言っておるのだ」シシュペーは、オウィディウスを小突いた。
「ご主人様、もしやその理由は、すぐに判明するかも知れませんぞ」「何か見つけたか?」「あれをご覧ください」召し使いは、主人に手で目標を指し示した。見れば、襤褸を被った者達が、工具や資材を手に、壁に集まってきていた。「回りくどいやり方は好かん…直接問い質すか」
「でしたら、わたくしめに妙案がござる」「そうか、お前の手管を見せてくれ」「仰せの通りに…」そう言うと、オウィディウスは品物を手に、大工の集団のもとに近づいていった。
「…キビキビ働け!日の入りまでに、この区画を終わらせんと、貴様ら飯抜きだからな!」監督役の兵士が、襤褸の者達に高圧的に叫んだ。「旦那様、今日も精が出ますな!」「何だ貴様、工事の邪魔だぞ!」オウィディウスは、横から兵士に話しかけた。
「いえね?あっしは、しがない雑貨屋でごさんす。食い物が腐りかけてきたんで、どっかに二束三文で売って処分したいんでさあ」「何を言うかと思えば、こやつら人足に食料だと!?配給はこちらで厳重にかん…」「あと、同じく足が早いものも余ってるんで、サダカでもしようかと…」
サダカの言葉に、兵士の目の色が変わった。「額に汗して、働き糧と財を得るのは開祖の教えをよく守っておるな…」「いやあ、あっしは家族を食わせるだけありゃ十分で…あっしより、ほら、旦那様は矢面に立って戦うお役目でやしょう?」「む、そうだが…」「何か、日頃の感謝ができればいいんですがねえ…」オウィディウスは、兵士に袋を見せた。ずっしりと、金貨の重量を感じさせるものであった。
「ふむ、まあ『商いを遮るは、神にもできぬ』とも言うしな…今日だけだぞ、他の者には見つかるなよ」「ありがとうございます」オウィディウスは、早速食べ物を載せた荷車を引いてきた。「そこの旦那様、今日の朝餉は済ませましたか?食うや食わずじゃ、仕事も手につかないでしょう?」襤褸の人足は、彼の言葉に振り返ったが、すぐに踵を返した。
彼はめげずに、何人か呼び止めたが、食べ物に手をつける者はいなかった。「ふむ…別の方法を考えるか…」オウィディウスが、荷車に積み直そうとしたとき、「あ、あの…」話しかける人足がいた。「どうも、食べ物だけじゃなく、入り用のものから大抵…」彼は、人足の顔を見て驚いた。
「お腹がすいて…もう何日も…」話しかけたのは、女であった。しかも、フードの下から覗く髪には、角のような虫の肢のような器官があった。ジャイアントアントと巷で言われる魔物である。「…これは、失礼しました。こちらのピタパンと干し肉はいかがでしょう!」「…美味しそう、でも、私、お金が…」「いえいえ、これも三女神の思し召し!お代は結構…ただし」
「ただし…?」「わたくしの店の宣伝をしていただきたいので、他のお仲間にも、こちらの食べ物を配っていただきませんか?」「そんなことで、いいんですか!?」「よいのです。『富めるは天の采配、なれば貧するを代わって救うが功徳』と言われるでしょう?夕暮れ時にまた来ますので、今度は皆さんで来てください」彼は、ジャイアントアントに持ちきれない程の食べ物を渡した。
~~~~~~~
日暮れ
空は赤く染まり、城壁の影は既に帳を下ろしていた。オウィディウスは、昼よりも大荷物で、同じ場所にやって来た。見れば、昼のアントと彼女と似た背格好の者達が集まっていた。
「これはこれは、皆さんお揃いで!」彼は景気よく挨拶した。「お世話になりました!みんな久しぶりに飢えを凌げました…」「私もありがとうございます…」「美味しかった…」アント達は、揃って感謝の意を伝えた。
「それはよかった!『ミュルミドーンの戦士』に喜んで頂いて光栄です…」「「「…!」」」ある言葉を口にすると、集団に明らかな動揺が広がった。「何故、その名を…」オウィディウスは答えるように、荷車の布をめくり上げた。
「アマゾネス…?」「かつて、多島海に名を轟かせた戦士の部族が、人間の飼い犬に成り下がったか…」シシュペーは、残念そうな顔で呟いた。
「聞き捨てならない…聞けば、アマゾネスだって、ダウードという皇子の軍門に下ったと言われていますよ!」ジャイアントアントは言い返した。「確かに、人間に使われているのは同じよ…だが、少なくとも我らは糧や住み処を奪われるなぞされておらん。ダウード殿下は、我らの女王と盟を結んだのだ」
「口先だけで、信じろとでも!?」「そうは言っておらん。見れば、女王蟻はどこかに幽閉されて、貴殿らは従わされているのであろ?」「何故それを…」「このオウィディウスの口八丁と、私の隠密で、夕暮れまでに調べがついた。近く、ダウード軍がこの城を包囲する」シシュペーは明け透けに策を喋りだした。
「もちろん、貴殿らによって改修された城は数ヶ月と保つと思う。しかし、貴殿らが内応し、我らアマゾンが夜討ちをかければ中から容易に落とせよう」「信用できません…第一私達が番兵にこのことをつたえるかもしれないでしょう?」「貴殿らの主を捕らえ、あまつさえ馬車馬よりひどい扱いを行うユースフと、アマゾネスさえ遇するダウード殿下とどちらにつくか…」彼女はそこで、言葉を切った。
「だが、口約束だけというのも忍びない…ダウード殿下達殿との協議の後となるが、先に女王をお救い申し上げる…必ずや」そう言うと、シシュペーは膝を屈し、彼女の愛剣を手に頭を下げた。「これは証文のかわりだ」オウィディウスも続けて地に頭を擦り付けた。
ジャイアントアント達の間で、囁きが満ちた。信用すべきか、衛兵に差し出すべきか。そして、声が落ち着くと、代表の者が剣に触れた。「アマゾネス殿、お顔をあげてください」シシュペーは彼女の顔を見た。土汚れにまみれていたが、その目には闘志の火が灯っていた。
「必ずや、よい返事を持って、貴殿らを救いに戻る!」「我らを辱しめたユースフを共に打倒しましょう…そう言えば、お名前は…」「失礼した。シシュペー」手を差し出した。「私は、ミュルメク284号」彼女は手を握り返した。
24/09/19 09:44更新 / ズオテン
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