女ヨーカイは出方を考えあぐねているようで、まだ行動には映らない。こちらが機先を制したいが、しかし、依頼人を放ってはおけない！そう思った瞬間、聞きなれない声が響いた。
　「こんにちは。私は、〈放蕩〉というんです。」女に見えるナニカは、よくとおるアルトソプラノの声で話しかけた。「放蕩…？」傭兵は、思わず声に出した。
　次の瞬間、視界から女は消えた。（…？！）辛うじて、視界の端にワインレッドの風が見えた気がした。
　「アイエエエ！」ニシキの叫び声が、背中越しに聞こえた！「…ッ」遅かった、振り返った先には、〈放蕩〉に肩をつかまれ震える依頼人がいた。
　「まあまあ、カワイイなアカチャンね」女は初老の男に顔を近づけた。「アイエエエ！殺さないで！」「殺す？それで私に何かメリットがある？こんなにイイ反応なのにネ💚フーッ💚」そう言って、彼女は耳元に息を吹きかけた。「ムンッ」スーツの男は、体中の穴という穴から体液を吹き出し床に崩れ落ちた。ズボンには大きなシミができおり、生臭い匂いがマサキの鼻を刺激する。
　『マサキ？！ナニシテンダヨ！早く助けなきゃ！』青年は、相棒の声に正気を取り戻した！ブゥーン！ドローンが急速上昇！『Take this！」機体下部のスロットから、筒状のものが投下！
　ブシューゥ！それはスモークグレネードだ！マサキは煙に紛れる！（よしッこれで視界から外れればッ…！）もちろん、彼にも煙の中を透視はできない。しかし、〈電脳栗鼠〉のナヴィゲーションさえあれば！（相棒はほんとに頼りになるぜ…）そして、ライトが示す場所にカタナを振り下ろした！Slaaaash!
「へッ！トッタリ！」傭兵は、ここで決める為に体重をカタナに託した！『…？！』「アレ？」手応えなし…「あのアマ！どこ行き『マサキ後ろだ！｝何！？」女はそこに立っていた。コンマ数秒でここまで動ける人間が存在するのか？！否！その者は、マモノである！マモノが人間より素早いことは、魔物娘図鑑にも書かれている！マサキにはそんなことはどうでもいい！カタナはすでに振り返る速度を載せて、女の胴を断ちに来ていた！
　（奴の両手は、あの角笛でふさがってる。今ならイケル！）勝利を確信ししたその時である！「イヤーッ！」切っ先が、その柔肌に触れるよりも速く、〈放蕩〉の蹄につかみ取られてしまった！「ナニッ！」
　「ウフフ、アカチャンの動きは読みやすいネ。キミも気持ちよくしてあげる💚」何たるマモノ特有の超人的身体能力であろうか！マサキは得物を引き戻そうとする、しかしびくともしない。少しずつ、体と頭を恐怖が支配してきた。なんたることか、神話に登場する冒涜的半山羊人間がこの場に実在している。おお、主神よ寝ておられるのですか？そのバストは豊満であった。
　『今助ける！』ドローンの装甲が大きく開き、内部の何らかの機械が露出した。『Take th[ス〜ッ！イヤーッ」ブオオオーン！『？！』ドローンが制御を離れ墜落する！いかなる原理であろうか？〈放蕩〉は角笛を通して、そのたぐいまれな肺活量で周囲の煙幕を吸い取り、ドローンにぶつけたのであった。
　『ガガ…マサ…ピー…キ』ドローンがこと切れた。「アララ。アナタのお仲間さんもこれではどうしようもないことですね？」山羊人間はいたずらっぽい笑みでマサキに話しかけた。「アア…」傭兵はもはや彼女を見つめることしかできないでいた。「フフ、おたのしみネ」「アッ、アイエエエ」

◆◆◆◆◆

　「ケツ・ノ・アナ！」〈電脳栗鼠〉は吐き捨てた。ディスプレイには、「通信途絶な」の無慈悲な文字列だけであった。（どうする？マサキは絶体絶命だ！命に危険はない、だが…）
　命の危険はない…では彼女の感じる焦燥感は何に向けられたものか！？マモノは、時のマオウによってその性質を変える。かつては、神話伝説の怪物のように、その圧倒的な力で人々を蹂躙した。今も蹂躙することは変わらない。ただ、現在彼女ら（そうマモノはほぼ女性である）は、血肉ではなく人間の精を求め、生贄や食料でなく番を求めるのだ！
　「マサキの貞操の危機だ…やるしかない…」〈電脳栗鼠〉は誰にでもなく呟いた。「だが、気を付けなくては…カレを傷つけてはならない…」ハッカーは部屋を見渡した。この狭い部屋の壁には、あの青年との仕事で撮れた写真がいくつもある。どれも彼の笑顔がよく見えた。コンピューターに向き直る。そのマルチディスプレイの一つは、マサキのバイタルサインをまだ表示していた。　
　もちろん、健康状態やケガの状況を知るために、彼の合意のもと体に装着させている。心拍数、体温、脳波、十数項目もの中には、何故か「感度」の項目も。そしてそのうち、心拍数は平常値を大きく上回り、体温はまるで高熱を出しているかのような数値に達していた。そして感度は、ナムアミダブツ、見たこともない記録を打ち出そうとしている！
　「待っていろ、マサキ！ワタシが助けるから！イヤーッ！」いったいどのような技術であろうか！？「通信途絶な」のディスプレイが01で構成されたトンネルを映し出した！「イヤーッ！」躊躇なく〈電脳栗鼠〉はその中に入った！
相棒を助けるために、仕事を終わらせるために、そして何より愛する人を奪わせないために！

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　「アハハハ、アカチャン！」「アイエエエ！」〈放蕩〉は、そのすらっと伸びた脚でカタナを完全に引き込んだ。釣られて、マサキの体も前のめりに倒れこむ。「ッ？！」硬く冷たい床の感触ではなく、柔い人肌を身体で感じた。マモノとの距離はもはや1インチもなく、彼の頭は胸元に抱き寄せられた。（ウッ！これは！）青年は頬に熱がこもるのを感じた。
　「ねえ、アカチャン？」「エッ？」マサキは、手で顔を〈放蕩〉のそれに向けさせられ、間抜けな声を発した。「アナタよ、アカチャン。お名前は？」答えるべきか？この場の主導権はこの女のものだ。互いの視線が、それぞれに固定された。ブドウめいた明紫色の目は欲情を隠しもしない。青年は赤面するしかなかった。
　「アッ…マサキです。」「マサキ…マサキ、マサキ💚、フフフいい名前ね」女は、その名前を反芻し艶のある笑みで唱えた。その間、マサキは拘束から逃れようと身をくねらせた。マモノの腕は全くびくともしない、むしろ動けば動くほどその柔らかな抱擁を強め、逆に青年が脱力していく。
　「ワタシは〈放蕩〉、いえブレンダ」山羊女は改めて自己紹介した。「さて、これで二人は知り合いネ？」「…エ、アッハイ…」マサキはとりあえず同意した。それは彼を後悔させる結果になる…
　「というわけで、アナタをムコにします💚！」〈放蕩〉は何の臆面もなく言った。「それってどうい「んむ💚」むうっ！」あまりの快感に、青年は最初理解が追い付かなかった。おお見よ、マモノは人間に口づけを行った！それも唇が触れる程度のものではない、女は舌を押し込みかき回した！
　その味、その香りは、いつか呑んだ葡萄酒のそれを思い起こさせる。しかし、脳を溶かす快感、酩酊感、甘露はすべてがその比ではない！ジュルジュルジュルー！なおも激しい口吸いが続く。（キモチイイ…ダメだ…意識…）背筋は震え、目は徐々に光を失い、下腹部は痛いほど怒張していた…「ウフフ、舌のマサキ＝クンも元気になったネ💚」
　ナムサン、〈放蕩〉は片手をマサキの腰からさするようにして股間まで伸ばしてきている！このままでは彼の貞操は？！（クッ、もうダメだ。〈電脳栗鼠、不甲斐ないオレを許してくれ…）その時である！

　「イヤーッ！」「ンアーッ！」

　「エッ？」いったい何が起こったのだろうか？それはコンマ数秒にも満たない出来事であった。大破したドローンのプロジェクターから、01の光が漏れ出ると、それは小柄な像を結んだ。その像は、腕を、上半身を、足を、尻尾を虚空に描いた。その勢いのまま、01デジ0010タ01ル100スクイ010レルは、〈放蕩〉の腕をつかんで、ねじり上げた！
「アイエエエ！」拘束から脱したマサキは地面に四つん這いになる。「ヌウウ、アナタは一体？！」「さあてね、イヤーッ！」「ンアーッ！」小柄な闖入者はマモノを足払いし、壁際に投げた！ゴウランガ！しかし、〈放蕩〉はすぐさま体勢を立て直す！一方、闖入者はマサキに手を差し出した。
　「キミは一体、何者、いや何なのだ！？」「やれやれ、『遠距離恋愛』から徐々に中を深めようとしたのに、気づけば一年か…」小柄な女は答えなかった。（ン、マテ、この声どこかで…）そして思い至った。「〈電脳栗鼠〉か…？」
　「フフフ💚、物理的にはハジメマシテだね？」この声だ、普段はふざけたり、小ばかにした態度で少しイラつく声なのに、なぜだか今青年は安心した。そして手を取った、女は傭兵を引き起こし、「ンンンチュウ💚」「ンムッ！」その勢いのまま口づけを交わした。まるで、先ほどの接吻を上書きするような、荒くそしてこなれていないそれであった。（だが、なぜだ、イヤじゃあない…）青年は先刻にもまして、顔の紅潮を深めた。「まあ、軽くこのくらいで」〈電脳栗鼠〉は標的、いや恋敵に向き直った。
　互いに距離が離れた。そしてどちらともなく両の手を合わせ、オジギ姿勢に入った。「ドーモ。デジタルスクイレル〈電脳栗鼠〉です。」「ドーモ、デジタルスクイレル＝サン。デボーチャリー〈放蕩〉です。」
　ついにイクサは最終局面へと至る。
セクション4終わり。セクション5に続く