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第二章 典雅王と魔物娘その3 虜囚に堕つる皇帝
金銭価値とは共同幻想である。金で視覚化されたそれは、しかし「金は掘るのが大変で貴重、放っておいても劣化しにくい、見た目が綺麗」という文脈を共有しなければ、ただの金属片にすぎない。

「皇帝陛下には、期限を設定した交渉を承諾させたと早馬を送りましたぞ」新軍部隊長ジャファルは報告を終えた。「殿下、しかしながら、何もご自身でなさらなくとも…」「貴殿の心配は尤も…しかし、私が行わねば信頼を得ることは叶わんのだ」

ダウードは、女王との再びの会談を行うまでに、豪族や商人の知恵を借り、部下と協議した。

部族社会にとって、宴とは文明国以上に政治と外交の舞台である。なればこそ、彼は自分の目でそこを見極めたいと考えた。

そのため、まず帝国との軋轢の中心点たる「男狩り」を延期させる必要があった。豪族のペリクレスからの提言で、彼は新兵をアマゾネスに下賜することにした。(注:史書には下賜とあるが、実際は献上だったと思われる。)

「蛮族に、兵士をみすみすくれてやるのですか?」神学者ユースフが意見した。「小生としても、承諾できかねることに存じまする…」ジャファルも反対した。「異教徒との戦いで、いくらでも連れて来れよう(注:デヴシルメ〘強制徴収制〙のことか)。それに、考えてもみよ、アマゾーンは一騎当千よ。それが味方すれば、支配はより完全となろう」

次に、彼は商人ムアーウィヤの意見を取り入れた。つまり、男子禁制の隠れ里とはいえ、商取引には応じる。然るに、内偵を入れるためには交易の形を取ればよいということだ。

「これは、良き案でございますな。」ユースフは、髭を撫でて同意した。「しかし、商人役の密偵は指導すれば良いとして、交易品はどう調達するおつもりか?」ジャファルは、懐疑的に目を細めた。「私財を分けよう。国から頂いたものだ、国の為に使えればそれで良い」

「それに、部隊長殿…布教の前段階は、文化を受容させていくことが肝要です。我らの文化や品物になれさせれば、教えの下地になりまする」神学者は念を押した。「なるほど…まあ、懐事情は厳しいですが、帝国の戦略のため致し方ごさいません。それに、数をこなせば、浸透工作もやりやすくなりましょう」部隊長は、最終的に首肯した。


(ふむ、当初目標は達したと言ってもよいか…)ダウードは、馬車に揺られ、船を漕ぎながら独りごちた。窓の横を、アマゾンの゙女戦士シシュペーの膝上に乗せられたオウィディウスが通り過ぎた。(むしろ、成果は上々か…)

彼は、「アマゾンの゙反抗の芽を摘んだ」という報告とその証明のため、新軍を「指導させた」アマゾンの゙精兵を借り受け、帝都へ向かっている。(友との別れ、こうも辛く感じるとはな…)

「寂しゅうなるな…」アマシスは、名残惜しげに握手を交わした。「今生の別れとは限らん。私は、第三皇子…長幼の序に則れば、長兄のムスタファが皇位を継ぐ」ダウードは、曖昧な笑みで答えた。

「アマゾンも、人の世もそう変わらん。しかし、主らの国は平等に財と土地を分けると聞く。それに皇帝陛下は、兄弟を排」ダウードはアマシスを制した。「…悪かった。出立する者に、餞別が心配事とは妾としたことが」「ふふ、だが友の言葉よ。痛み入る」


「骨肉の争いか…」子らに平等に相続する習慣は、小さな集団であれば公平で無用な争いを避けるこてができた。しかし、領土が広がり、人も財も増えていくにつれ、それを分けることは内政と外交の問題に直面した。国と肉親、少なくとも先帝達は国を取った。

アマシスの言葉が脳裏に響く。(((老婆心から、一つ「野蛮なりの知恵」を教えよう。我らアマゾネスは、300程の氏族で各地に里を築いた。何故我らは、集いより強く大きな国にならなんだか、分かるか?)))

(((互いに顔見知りであり、上下の繋がりが強固だからよ。主らの言うところの「帝国」は果たして、いくらに分かたれような?)))

そんなことを考えながら、帝都への十数日はあっという間に過ぎた。砂漠と主神教圏の境界都市、人種も思想も、家屋も遺跡もモザイク状に散りばめられた混沌の街に、ダウードは酷く懐かしく感じた。

「第三皇子、アマゾーンを下だせり」の報は、ここ数日の帝都の時候の挨拶となっていた。老若男女、卑しきも貴きも、ごぞって王宮への大通りに集まり凱旋を見物した。

「これほど、人が集まるとは流石はケマル帝国…肌も髪も目の色さえ違う人間が、一つの街に暮らしておるとはな」シシュペーは、注意深い目つきと裏腹に、声色は感慨深げであった。

「わたくしも、都市に住まう者でしたが、田舎と都は比ぶべくもございませぬ。御主人様があまりの人集りに、ご気分を害されていないようで何より」「こやつめ!私をそこらのお上りの田舎娘と愚弄するか」オウィディウスは、主人の緊張を冗談めかして指摘した。彼女は、豪快な笑顔で、召使の髪をかき上げて答えた。

当時の帝都の住民の関心を駆り立てたことが、後の資料から判明している。ある商人の日誌には、「終戦の月の20日目。第三皇子と手勢、アマゾンラール(アマゾネス)なるヤバンジ(異人)のカプクル(奴隷戦士)を連れ来たり。中央通り、バザールには溢れんばかりの物見遊山。これなるは書き入れ時と見つけたり」とあった。

〜〜〜〜〜
王宮に到着したのは、その日の昼過ぎであった。ダウードを待ち受けたのは、歓迎ではなく、父帝タールートの短い挨拶と留守居の辞令であった。

「父上…今なんとおっしゃいました?」「東が騒がしくなっておる。騎馬民族が、我らの国境を越え、喉元に迫る勢いとの報が上がった」タールートは、息子の問いに事務的に答えた。

「儂は、ムラトと共に賊を討伐に向かう」「畏れながら、父上の麾下5千に、兄上の手勢2万とは些か大仰と存じます…」新軍は、当時約1万と史書にあり、その半数を動員するのは尋常ではなかった。

「騎馬民族の側に、ベイリク(藩国)が次々と靡いておる…ダウードよ、お前はこの裏に何かを感じぬか?」ダウードは、父帝の謎掛けじみた問に数瞬黙し、最悪の想定を脳裏に浮かべた。「魔王に呼応して、人馬やその他魔物が西に向かっている…まさか」

「お前に後事を託す…末弟のカリムと国を守れ」「しかし…」「既に、幕僚と将軍達には通達した。ムスタファも、東帝国と講和に向かわせた」タールートは、眉間の皺を常より深めて言った。有無を言わせぬ威圧感であった。

皇帝の背中に、皇子は追いすがった。「父上!」「くどいぞ!」タールートは、ダウードを叱りつけた。「儂を誰と心得る…雷帝ぞ」父は、しかしふっと柔和な笑みを浮かべた。

「ムスタファやムラト、ユースフにカリムもだが…互いを補え。さすれば、国と民もお前達と固く結び、更に強くなろう」彼は、古めかしい短刀を息子に渡した。

「儂は終ぞできなんだが、お前達はきっと…」タールートは、そこで会話を切った。「出立ぞ!」「皇帝陛下ご親征である!」それが、生涯最後の親子の会話であった。

「稲妻は、遠く我が武名を運び、雷霆は、我の剣とならん」ケンタウロスの波に消える前に、タールートが遺したとされる言葉。

24/09/12 20:31更新 / ズオテン
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