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第二章 典雅王と魔物娘その2
「おお今夜も麗しゅう…巻き毛のガニメデよ」彼は、アマゾネスの3人組に呼び止められた。「ほんに可愛らしいのう。妾の閨に来ぬかえ?」「わたくしは、今夜もあくまで酌係ございます。無理を言って入れていただいた身、これ以上良くして貰うわけにはいきません」皇子は恐怖と羞恥を微笑みに隠して答えた。

「これこれは、御三方お揃いで…今支度中でして彼を連れてかれては支障がございます。どうかご容赦を」助け舟を出す出したのは、歳の頃17,8の青年であった。「オウィディウスではないか。それはすまなんだ。どうじゃ、宴の後に妾と一献…」

「有り難き申し出、しかしながら御主人様に見つかれば大目玉をくらいまする、どうかお許しをば」彼は、ダウードを掴み奥の厨房に小走りで戻った。「危なかったですな。殿下」「オウィディウス…殿、これはかたじけない」

オウィディウス、後に外交官として名を馳せるこの男は、前知事の召使であった。前知事と共に襲撃に遭い、アマゾネスの女傑「シシュペー」に飼われることとなった。

「わたくしめにそんな謙る必要はございません」「そうか…しかし、帝国での地位が如何にあろうと、ここはアマゾーンの地。先輩と後輩に礼儀はあって然るべきではないか?」「そうかも知れない。だが、もっと気安く接してくれて構わない…でん…」「ダウードだ」「ダウード、よろしく」

彼らは身分、出身、性格など、違いはあったが、馬があったという。握手を交わし、盛付けなどの作業に戻った。

〜〜〜〜〜

宴が始まると、ダウードは右往左往した。酒、ごちそう、その他の手配。彼は、学業や武術、その他芸事を一通り収めたが、下男や酌係はもちろん初めてであった。

初めは、失敗ばかりであった。オウィディウスに庇われたこともあったが、不興を買うことはなかった。しかし、酒の入った女戦士は強敵と言えた。

皿を誤って落とした時、あるアマゾネスはその動体視力で床に落ちる前に空中で掴み取った。「これは失礼を!すぐさま新しい料理を…」ダウードは平謝りした。

「よいよい。まだ、料理は無事だったからな」「大変な粗相を…」「それはともかく、お主中々器量がよいな。どれ、この皿を食わせてくれぬか?」アマゾネスは皿を差し出した。しかし、食器は渡されなかった。

「畏れながら、わたくしは、どうやって貴女様が召し上がる手助けができましょう?」「気が利かぬなぁ…だが、初心なところも可愛らしい…」そう言って、彼女はダウードの唇に触れた。(口移し、そう言うことか…)

彼は、相手の意図するところを読み、食べ物を咥えた。「ふふふ、旨そうよの…んむ」「んっ」ダウードは、母以外の口づけを経験した。熱く、仄かに甘い香りがした。
ぼうっとして、そのままアマゾネスに体を預けそうになったが、オウィディウスに助けられ難を逃れた。

「酔っぱらいてのは、厄介なもんだよな」「先輩もそういう目に遭ったことは?」「俺?俺は、御主人様が良い人でな、それに誰かのお手付きなら、余程酔いが回ってなきゃ手出しなんてしないぜ」「なるほど…」2人は、全員が酔いつぶれるまで、宴の天幕を駆け巡ったそうな。

ダウードは、世間知らずもあってか、幼い印象があったようだ。アマゾネスとしては、それが可愛らしく感ぜられたのか、よく絡まれた。しかし、彼は皇帝の血脈…徐々に「褐色のガニメデ」として、アマゾネスの中で存在感を表していく。

〜〜〜〜〜


「おお、ガニメデの坊やじゃないか!今夜は、酌をしてくれるのかい?」「おや、これはこれは、ポリュミュオー様!丁度、貴女様にお会いできるのではと、気もそぞろにごさいました!」彼は、満面の笑みで女戦士に酒を注いだ。

「前まで、ちょろちょろじれったいか、すぐ溢れさせてってのにさ。最近は上手くなったもんだね…」彼女はしみじみと、酒を注ぐダウードの横顔を熱っぽく見つめた。「これも、皆様の薫陶あってこそですよ…ささ、まずはぐいっと!」

「ふぅ…幾千夜呑んできた酒というに、坊やが淹れてくれるとなんだか、甘みと薫りがましたような気がするよ…」ポリュミュオーの顔は赤らんだ、それは酒によるものだけではない。彼女は、それとなくダウードの肩を抱き寄せた。

始めは、汗と女性の甘い香りが交じり、他人の体温にビクついていた彼も、いまや流し目で彼女に抱擁を返した。「わたくしも、今宵のポリュミュオー様の雄々しき腕と、たおやかな優しさに呑んでもいないのに酔うてきました…」

「ふふふ、言うようになったじゃないかい?」ポリュミュオーはダウードの゙巻き毛をかき上げた。そうしている間に、彼は既に空の盃に注いでいた。徐々に飲む頻度が増し、その度に2人の熱が籠もっていく。

「わたくしは、今夜限りのガニメデ…貴女の渇きを癒しましょうぞ」彼は、アマゾネスの耳元に口を寄せた。「ああ、美酒と美男…搾りたても…熟成させても…」さしもの、アマゾネスもついに酔いが回り、少しふらついた。

「これはいけませぬ。水を持ってきます故、しばしお待ちを」「おーい、おいてくなんて…ひどいじゃないかい」「すぐ、戻ってまいりますよ、ん」「ん〜〜」ダウードが、軽く接吻すると夢見心地に入った。「ふふふ…お休みなさい」

「よお!色男」「オウィディウスか」「お前、筋が良いな、まだ3月だぜ…」立ち上がり、奥に戻ったダウードの肩を叩いたのは、他ならぬオウィディウスであった。「もう、3月になったとも言えるな…」

「まあ、お前にとっちゃ外交みたいなもんだ。酔わして、惑わし、気に入られて、潰れる前に情報引き出しゃ勝ちってか?」「先輩のほうが手慣れてるよな」「当たり前だろ?俺はお前くらいのときからやってんだからよ。口も何でも使って、舌で鍵閉めもできるぜ」2人はくつくつと笑いあった。

「ところでシシュペー様から、女王様がお前のこと呼んでこいって言ってたってよ」「女王陛下がか?」ダウードは訝しんだ。(想定より早いな…なにか露見したか?)彼は、努めて無表情を貫いた。

〜〜〜〜〜

女王の天幕に入るのは、謁見ぶりであった。ダウードは、笑顔の仮面を被り、槍の衛兵隊に通された。肩出しのヒマティオンでは、その滝のような汗が、彼の心を顕していた。

「入れ」女王の声は、よく通る凛としたものであった。「失礼致します」皇子は、女王の閨に入るやいなや、膝を折り一礼した。

「殿下、最近の働き、誠に感謝申し上げる。気安うなされ」女王に促され、ダウードは面を上げた。「…!」いつもと変わらぬ薄着であったが、戦化粧も装飾もない彼女は、女王というより姫と言った方が似つかわしかった。

「…恐悦至極にございます」ダウードは、生まれてから貴人の中で暮らしてきた。社交界は、同じ年頃の人間と相見えることは少ない。アマゾネスは、若々しい者が多いが、自分やオウィディウスと同年代の少女に彼は慣れていなかった。

「のう…妾と殿下、知己を得てそれなりに経つとは思わんか?」「は…はあ」ダウードには、女王の表情が、いささか和らいだように見えた。そして、彼女は少しずつ絨毯に座る彼に近づいてきた。

女王の纏う雰囲気は、これまでの謁見で見せた表情や、部族の戦士達のそれとは異なる、好奇心に仄かに遠慮を混ぜたようなものであった。「そうさな…こちらに座らんか?」彼女は、クッションの一つを軽く叩き、ダウードを呼んだ。

「これは…なかなかよい逸品でごさいます…」「ふふふ、帝国からの絨毯と調和して中々良かろう」言葉と裏腹に、彼の目は濁流を泳いでいた。「…緊張なさるか?」「いえ、そんなことは…」女王は、彼の落ち着かなさに気づいていたようだ。

「そうだ、カフヴェ(コーヒー)でも如何か?」「…いやいや、陛下にご迷惑は…」「なに、妾も飲みたいだけだ」彼女は、いたずらっぽく片目を瞑って、微笑んだ。「…うう、では1杯いただきます…」「ふふ、召し上がれ」

女王は、袋を取り出し、丸鍋に広げ火をつけた。パチパチと豆が焙煎されていく、2人は手持ち無沙汰になった。何度か、視線を交わし、気まずい雰囲気が続いた。

「の、のう「あの!」」2人の声が重なった。互いに目を丸くし、「ふふふ」「いやはや」。片方は目を細め、もう片方は頭を掻いて苦笑した。

「陛下、単刀直入にお聞きします」「何じゃ」2人はお互いを見据えた。「その、貴女のお名前を聞きそびれておりました…」「なんと…そういえばこの数月、誰にも名を呼ばれなんだが、名乗ってなかったですかな?」「畏れながら」

「妾は、アマシス」「アマシス…様」ダウードは、アマシスの゙名を口ずさんだ。何となく、口に馴染むように感じた。「代わりと言ってはなんだが、妾からも一つ…」「何なりと」

「殿下、宴では酌係の給仕でも、この天幕は妾とお主だけよ…堅苦しい作法はいらぬ」アマシスは身をもたげ、ダウードの瞳を覗き込んだ。「…!」「お主が感じるように、国を背負う者は、どうしても親しくできる相手に出会えぬ。いや、相手と親しくする油断ができんと述べた方が正しいか…」

「…アマシス、汝もそう思うことがあるのか」彼は、アマシスをぎこちなく呼び捨てにした。「ふふ、ぷふふ…」「むう…やはり変かな?」ダウードは、恥ずかしげに顔を赤らめた。「いいや、その方が自然で良い。妾も、久しくこんなに気安う話ができたわ」その言葉に、彼も笑顔になった。

「さて、これでこの天幕では、女も男も、女王も皇子もなくなった…」「…本題か」「そうじゃ」2人は、鋭い視線を交わした。「お主が、交易に内偵を忍び込ませていることも、三女神とやらの布教を進めるため自らに耳目をあつめさせてることも、勿論知っている…」アマシスの言葉は、ダウードに重く伸し掛かった。

「解っていて、何故私にここまで入りこませた…」「お主が我々を見極めたいと考えた様に、妾もお主らを見定めたかったのだ」2人の横で、コーヒー豆がパチパチと音を鳴らした。「男など、どこでも一緒だ。争い、奪い、慾る」

「それについて否定はせん。人間とは、偏にそういう動物よ…だが、汝らも同じく我らから奪い、貪っているではないか?」「そうよの…しかし、身の丈以上に手を広げ、まして『帝国』なんぞと嘯くほどには、欲深でないと自負している」「侮辱と言いたいが、まあ支配下の者にはそう感じてしまうのは詮無いこと。すまぬ」

「妾は、何も責めてはおらぬ。深く考えず、謝るのも不愉快ぞ」「そうか…」「妾、いや、アマゾネスの女王として、我が民を代表してお主に…」アマシスの目は、ダウード(ケマル帝国の代表者)を射竦めるが如きであった。

「守ってやると言われるほど、我らは弱くない…」「…」「アマゾネスを従えるというのが思い違いよ。我らを引き込むなら、強さと信用を以て、戦士の礼を尽くせ!」

「…なるほど、帝国に逆らうわけよな…『帝国の庇護下に入れば安心を与えよう』、他の民族はいざ知らず、汝らには大変な侮辱なのだな」「そのとおりだ」「ふむ、対等か…私と汝は対等(とも)になれるか?」ダウードは、アマシスに問いかけた。少女は、少年の言葉に頭を捻った。

「そうさな…」彼女は、十分に煎られた豆を見た。「アマゾネスは男と対等に歩むことは難しい」「そうか…」「だが、一緒にカフヴェを飲む位はできよう」アマシスは、笑顔でコーヒー豆を粉砕機に入れていった。「ならば、私は汝ら全員が、カフヴェを嗜むように提供しよう」ダウードは、アマシスの手に自分の手を重ねた。

「ふ、愉しみに待とう」「ああ、いつかは皆とカフヴェを飲み交わしたいものだ…」
24/09/03 16:06更新 / ズオテン
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