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第二章 典雅王と魔物娘その1〜アマゾネスとの邂逅〜
アマシポリ、ケマル帝国の北に位置する山岳地帯の都市国家であった。<東帝国>やそれ以前の古代文明から、この地を治めるはアマゾーンの一部族。タールートはこの地を征服し、直轄地とアマゾネスの゙居住地(ベイリク)に分割した。

時に、タールート9年、この前後には主神教の聖征軍を打ち破り、正に彼の絶頂期と言えるだろう。彼は、新軍の鍛錬と後継者教育を兼ね、この地に皇子を赴任させた。その者は、ダウードと言った。


「ほう…あの雷帝の御子息、どのような益荒男かと思えば…なんとまあ」簡素な装飾以外は、戦化粧のみ、文明国から見れば蛮族としか言い表せない服装であった。言われなければ、彼女が女王とはわからないだろう。その表情は嘲笑が多分に含まれていた。

「…」ダウードは膝をついたまま、女王の次の言葉を待った。「皇子自らご挨拶とは、雷帝陛下もやっと立場を理解されたか」(あくまで、アマゾネスは負けていない、そう言いたげだ…)傍らで大扇を振るう近習の女達も、クスクスと嗤いを堪えきれていなかった。

実際、タールートは東帝国からの割譲でこの地を得たは良いものの、統治は十分とは言えなかった。派遣した知事は、ことごとく襲撃され誘拐された。ダウードは、彼らの成れ果てを目にした。(牙を抜かれた獣でも、あれらよりは威厳があろうな…)父帝は何を思ったか、この難治の地を平らげよと仰せられた。

彼は意を決して、皇帝の勅書を読み上げた。「一、即刻人質を返還すること。一、毎年二回徴税に応じること。一、未開の神を捨て、真なる三女神に帰依すること」ダウードは、女王の顔を見た。まるで、欠伸でもしそうな面持ちだ。

「三女神の教えとは以下を言う。ウッザー曰く、知恵を力とせよ…」彼は構わず、宣告を続けた。「…マナート曰く、男女を分けよ。それは、天地を分け、昼夜を分け、陰陽を分けるがごとく…」「ふむ。主神と称する者達よりは話がわかるようだ。しかし、我らはその考えに承服しかねる」女王の言葉は、静かであるが威圧的であった。

「貴様、皇帝陛下の温情を!」「…何故そう申すのだ?」ダウードは、耐えきれず剣を抜きかけた兵士や、口を開こうとした神学者を制した。「…」女王は、彼に合わせて手を上げた。それに呼応し、周囲のアマゾネスも槍の穂先を離した。

「全く、部下の躾がなっていないのでは?」女王は射抜くような視線を向けた。「これは失礼した。野山に生くる群れをまとめるは、軟弱な人間には難しいのだ」彼は精一杯の虚勢で返した。「ほう…」彼女の目は、皇子の心の内を見透かすようであった。

「…どうやら、日を改めねばなるまい」ダウードは立ち上がり一礼した。「手厚い歓待、誠に痛み入る…」「夕餉でも食べていかれぬか?酸味の利いた果実と、噛み応えある干し肉で饗そうと思ったのだが…いや失礼、街に住まう惰弱者の口には合わんか」去りゆく背中に、女王の呵々大笑が突き刺さった。

〜〜〜〜〜

ダウードは、麓の城塞都市に帰還した。執務室に戻り、深く椅子に腰掛けた。「まあ、女王が我々を敵視…いや、そもそも敵の勘定に入れてるかどうか…とにかく交渉に応じる気がないことは予想通りだ」彼はため息を吐いた。

「兵数ではこちらが有利」「しかしながら、布教や徴税を考えれば、徒に強硬策を取るべきではないのでは?」新軍の部隊長、実質的な総督であるジャファルと、神学と律法の専門家、ユースフの会話である。

「一利ある。山岳戦は、彼奴らに一日の長があろうな…物資や兵站もまだ現地民の協力が取り付けられておらん」部隊長は神学者に同意した。「殿下は如何考えます?」ユースフは、皇子ダウードに判断を委ねた。

「そうさな…豪族や商人に掛け合おうか?近隣の村からも人を呼べ」「畏れながら、なにゆえそう仰せになるので?」神学者は尋ねた。「なに…我らでは分からぬことも、この土地にいる者の目を借りれば、手掛かりが見えてくるかもしれん」「かしこまりました」「御意に」

〜〜〜〜〜

数日後、彼は再びアマゾネスの里へと出向いた。「おおこれは!」「なんと、見所のある男の児どもじゃ!」彼女らは、皇子と連れの者を見て歓声を上げた。

ダウードは、新軍の新兵、それも器量の良い者達を見繕い連れてきた。彼らは、ペプロス(女物の薄布)を着て、顔には仄かな白粉をつけていた。それが、彼らの白い肌の紅潮や褐色の肌の艶を強調した。女戦士には、嘆息を出す者もいた。

そして、女王の屋形に着くと、ダウードは深々と礼をした。「女王陛下、かかる日の非礼お詫び申し上げる」「ふん…このような児戯で謝罪とおっしゃるか?」女王の視線は冷淡であった。

「無論、わたくしもこれだけで、陛下から赦しを得ることになるとは思っておりませぬ」彼は、辰砂で彩った口で言葉を紡いだ。「ほう」「まず、本日連れて参りました我が軍の新兵100名を『鍛え上げ』ていただきたい…」

「そうかそうか。まだ受け付けると決まっておらんが、何か御身らに利があると?」女王は、皇子の出方を窺った。「これは異なこと…わたくしは何も含むことはありませぬ。ただ、『鍛錬』をしていただくと、忙しくなりましょう?」「然り」

「貴女方の『狩り』の時期もズレるのでは?」「ほほう。思い遣り痛み入る」女王は少し口角を上げた。「如何ほどずれ込むと見込んでおる?」「1年でしょうか?」ダウードは人差し指を立てた。女王は指を2本立てた。

「…2ヶ月ですか」「まあ、我らにかかれば軟弱な男も、その間に使えるようになろう」女王は皇子の目をまっすぐ見た。(ここまでは、妾の思う通り…)ダウードはしばし考える様に首を捻った。「では、一廉の勇士にしていただくまでは如何ほどの月日がかかるでしょう?十月ですか?」

「4ヶ月もあれば、男の児もアマゾネスの足元くらいにはなるべし」「なるほど…では、わたくしが貴女方の給仕としてお仕えしましょう。なれば、負担が減りもう少し『鍛錬』に協力いただけるのでは?」ダウードの申し出に、女王は眉根を寄せた。

「殿下自ら?御冗談を…その間、御身らの民を放るのか?」皇子は微笑んだ。「無論、我が民を見捨てなどしない。そうですね、10日に1度こちらにお邪魔させていただきます。わたくしだけでなく10数人ほど人足で参ります」

「一国の皇子が女子に酌をするとおっしゃるか?」「ええ!貴人だからこそ礼と奉仕を尽くさねば」(男狩りの゙猶予に、内偵の申し出まではしてくると読んでいたが…皇子自らだと…怪しいがどうにも興味深い…)

「自分から虎の穴に踏み込む、その意気は認めよう…」「これは、有り難き御言葉…」「ならば、こちらでそうさな…15回は殿下と謁見申し上げることになろうか」「15回…」(150日までは、漕ぎ着けたか…)ダウードは汗ばんだ顔を拭った。

「…良き話ができたと思いまする」「妾もそう思いたいものですな…」女王が王座を立とうとする瞬間、皇子は最後に付け加えた。「あと一つだけですが…」「何ぞ」「我らも、ただで『稽古』をつけていただく気は毛頭ござらぬ」

「して、その見返りは?」ダウードは喉が渇くのを感じた。(正念場だ)「中央から取り寄せた珍品、東の逸品物の絨毯や七色の陶芸品など、その15回の宴を盛り上げましょう」女王の表情は読めなかった。

「…」(性急すぎたか?)沈黙の中で皇子の化粧が溶けていった。そして、彼女は口を開いた。「良かろう。だが、貰ってばかりというのも性に合いませぬな。この地は山がちですが、山の幸も豊富。何より、そこらに転がる石ころが邪魔ですからな…いくつか見繕いましょうぞ」女王は首飾りの翡翠や、腕輪の瑠璃をそれとなく誇示した。

ダウードの顔が晴れた。「ただし、我らを愉しませ、また誠意を以て遇していただきますぞ」女王は柔和な笑みに鋭い意志を忍ばせた。「望むところでござる。わたくしもケマルオウルの男児なれば」2人は握手を交わした。


<典雅王>の言行録より「思えば、余が始めて魔物や異種族に目を向けたのは、かの蛮地の女王が始めてであろう。これほど女子の力強さと美しさを感じたことはなかった」

24/08/28 09:08更新 / ズオテン
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