死神の名付け親 feat.キャンドルガイスト
「さてはて、この子はどうしたもんか?」彼にはどうしようもないので、とりあえず今日最初に会った奴に名付け親に成って貰おうと考えた。
大通りに出て人を探していると、後ろから声をかけられた。「そこな人の子よ、何をうろついているのですか?」話しかけてきたのは、金髪碧眼、頭には光る輪っか。
「俺は赤ん坊の名付け親を探しとるんだ」男の目には不信があった。明らかに人間ではない。「哀れな。ではこうしましょう、私に預けなさい。さすれば、この子を立派な聖者に養育しましょう!」薄く光っていた光輪は、彼女の笑みに合わせて輝きを増した。
「あんたはなんだ?」「私は主神に仕える天使。赤子はみな神の愛し子、さあ我が主の御許へ!」男はいよいよ天使を睨んだ。「じゃあヤメだ。神様ってのは、貧乏人から奪い、金持ちには与えやがる。他を当たるよ」学のない男には、この世の富の精密なバランスが理解できないのだ。
さて、男はそそくさと道を進んだ。赤子は泣きも動きもしない。きっと、そんなことしても無駄だとわかっているのだ。そこで、また後ろから声を掛けられた。「そこの男ま…まあ悪くない顔のニンゲン。何か困りごとはないか?」
男はため息をついた。『困りごとはないか』、そう聞いてくるのは決まって、条件や見返りを提示してくる奴だ。振り返ると、コウモリの羽の生えた青白い肌の娘であった。またしても人外だ。
「あんたは?」「見てわからないか?悪魔だ。この契約書にすぐサインしろ、どうせ字が小さくて全部読めん。すれば、この赤ん坊は一生金に困らんし、贅と快楽の限りを尽くせるし、お前は穀潰しが減る。いい事尽くめじゃないか?」
最後の提案は魅力的だったが、よく考えたら赤子は文字がかけないので、親が代筆するしかない。「俺が魂取られるじゃないか。別に敬虔な方じゃないが、他人を騙す奴が育てたら迷惑なのが増えるだけだし。今回の話は無かったことに」
男はあてどなく歩いた。気付いたら、昼を抜かして、夕飯の時間になっていた。また話しかけられた。「グーテン・アーベント、定命者よ!こんな時間まで出歩いて!日はもうすぐ落ちる、逢魔が時ぞ?緑児を背負うそなたが生き残るべくもなし」
いやに明るい女であった。性格というか、物理的に火が灯っている。燭台と甲冑が融合し、少しずつ地面に蝋が滴っていた。「天使、悪魔と来て、今度はなんだ?」男は、名付け親が最早人間でなくても良いと考えていた。
「よくぞ聞いてくれた。我が名は、ズザンネ・フォン・ケルツェ!名付け親を探しているとか。光栄に思うが良い!私は独り身だ!特別に赤ん坊でも許そう、さあ我が主とならん!」女、ズザンネは膝を折り一礼した。
「その、本当に大丈夫か?というか、あんたは何の魔物なんだ?」男はズザンネに気圧された。「これは済まなんだ!私は、キャンドルガイストという種族だ。そして、主に仕えるが我々の悲願!その赤子は我が主にふさわしいとお見受けする!」
「わかった…まあ、神や悪魔にやるよかいいだろ。この子をどうかよろしくお願いします」男は妥協した。ズザンネの顔と火が明るくなった。腹が減っていたし、何よりこれ以上このキャンドルガイストなる魔物には関わり合いになりたくなかった。
「ご心配めされるな。我が主人の父上は、すなわち我が主に相違ない。魔王と貴方に誓って、ご子息は必ず名士に育て上げましょうぞ!」キャンドルガイストは、一転して恭しい態度になった。男は、物理的な火力と精神的な熱気に恐れ慄き、我が子を渡して逃げるようにその場を去った。
「さあさ、我が主(マイン・ヘァ)よ。ご用命あらば、いつでもこのズザンネを頼ってくださいまし…」彼女はそう言うと、笑みを浮かべ『主』をあやしにかかった。「ふえっ!ほわあああ!」赤子はぐずり出した。「ふむ。どうやら空腹と存じ上げます。近場に、ホルスタウロスがおります故、しばし待たれよ」
ズザンネは、なるべく火から遠ざける位置に、赤ん坊を括り付けた。「少し揺れます。しかし、これもご主人様のため。このズザンネめをどうかお許しくだされ!」キャンドルガイストは、仰々しいポーズを取った後、走り出した。
〜〜〜〜〜
それから数年、赤ん坊はどうにか少年に育った。男の子は、ヨハンと名付けられた。彼は、ズザンネの継嗣として、「ケルツェ」の名を拝領した。(対外的には特に意味はないが)
ズザンネは、彼に甲斐甲斐しく仕えた。ヨハンは、生みの親の顔を知らぬ。そのため、ズザンネを母と呼び慕った。しかし、彼女はあくまで臣下の礼を取った。
「マイネ・ベリープテ、ズザンネ!なにゆえ、母と呼ばせてくれなんだ!?」ある日、ヨハンはズザンネに詰め寄った。「恐れながら,ご主人様…私は貴方の母にはなれませぬ。従僕と貴人、その区別を違えてはいけません!」は、膝をつき視線を合わせて主人を諭した。
「では、僕の父母はいずこに?母上でないのなら、別にいるのではないのか!?」「嗚呼、それは…」キャンドルガイストは、汗のように蝋を垂らしながら、目を背けた。ヨハンは唇を噛んで、わなわなと震えた。
「いつもそうだ…都合が悪くなると目を逸らす!死んだのなら…この世にいなければ、はっきりそう言い給え!」「えっ?」ズザンネは、別の意味で驚愕した。
「僕を見くびるな、ズザンネの態度から察しはつく…きっと、本当のファーティとムッティーは戦か、さもなければ政争に敗れたのだろう?」ヨハンは悲痛な面持ちで言った。彼は、ズザンネに朝起きてから、夜の寝物語まで貴族の流儀や騎士道を教え込まれた。ある意味、二人でずっと騎士物語を演じてきたといってもよい。
「ズザンネ…」「はい…」彼は、涙を拭うと彼女の手を取った。「そなたの意図もわかっているつもりだ。僕が、真実を知れば、父母の敵討ちに出ると。あるいは、僕が彼らの子と知れたら、累が及ぶと…」ヨハンの顔は真剣そのものであった。
「え、ええ…」ズザンネは、真実を話すことができなかった。(ご主人様、もう気持ちは立派な騎士でごさいます!)少年が理想の主人を演じていることにときめいてもいた。「やはりそうか…だが、ズザンネ」「は、はいっ!」ヨハンは彼女を抱き寄せた。キャンドルガイストの蝋の中に、指や手が沈むのも厭わなかった。
「僕にはそなたがいる…母でなくとも、心強い側近が!」「ご主人様!」二人は感極まった。一人は家族を襲った悲劇に、もう一人は愛しき主君の成長に。「だが、ズザンネにばかり守られている僕ではない!だから…」「だから?」ズザンネは、ヨハンの言葉を待った。
「僕はズザンネを守れるようになりたい!稽古をつけてはくれまいか?」少年は、決意を固めキャンドルガイストを見据えた。「はぁぁぁあああ!ごしゅじんさまぁぁあああ!」ズザンネは、あまりの感動に小さな主人に抱きついた。「苦しい!」「わたくしはぁぁぁたいへんうれしゅうごさいますぅぅううう!」彼女の感情に比例して、火勢が強まった。蝋はありえないほどに溶け出した。
「うっ、ふぅ」ヨハンは、胸に沈み込んでいた顔を何とか離した。「自重せよ!」「はっ!これは失礼をば!何卒お許しいただけないでしょうか?」ズザンネは主人の言葉に我に返った。
第三者がこの光景を見たら何と言っただろう?主人の顔には蝋がべっとり、従僕の胸にはデスマスクのような跡が残っていた。
「まあ、そなたの忠勤に免じて許そう。ズザンネ、リープリング」「ご主人様の寛大な処遇に痛み入りまする…」キャンドルガイストは落ち着いた。しかし、その火は先程までに比べ酷く弱っていた。「大丈夫か?」主君は心配した。
「…ご主人様の優しさ、勿体なく存じます。私は大丈夫でごさい…ます…」「ズザンネ!?」ヨハンは、倒れかかったズザンネを助け起こした。蝋燭のためかそこまで重さはなかった。「粗相の上、心配をかけるとは…従者失格ですね…」明らかに火力が落ちていた。体の溶ける速度も今までにない程であった。
「ズザンネ…そんな…お前まで僕を置いていくのか?!」「ふふっ…そのようなお顔をなさるな…貴方は…この地を治めるお人…ケルツェの家名を継ぐ者…」「ズザンネェ!」「泣かないで…」ズザンネは力なく目を閉じた。彼女の蝋に水滴がかかった。
「ズザンネ、起きてくれ!父や母に続きそなたまで…ズザンネがいなくなったら…僕」ヨハンは顔を真っ赤にして涙を流した。「お願いだよ…何でもするから…」彼は、必死に祈った。
「…言いましたね」「えっ?」幼い主人は目を見開いた。風前の灯であったズザンネの火が赤く燃え上がっていた。「ズザンネ…冗談にしても…」「いえ、冗談ではございませぬ。実際に私の火は燃え尽きる寸前にごさいます」彼女は努めて平然と話した。
「では、そなたの命は…」「そこのところ、私もゴーレムである前に蝋燭であるからして、燃料が不可欠なのです」「ならば、僕に任せろ。木か?石炭か?屋敷にあるもの全て持ってくるぞ!」ヨハンは意気込んだ。
「そこまで、言うなら…」ズザンネは徐ろに体を持ち上げた。「…どうしたのだ?」「いえ、ご主人様からのお墨付きを得たので早速『燃料』を…」彼女の瞳には貪欲なる炎が燃え上がっていた。ヨハンは後退りした。「この日をどれだけお待ちしたか…」
〜〜〜〜〜
数年後、やっと12番目の子供が独り立ちして、男は妻と静かに暮らせるようになった。ある日、その戸を叩くものがいた。
「はい、どなた…」男は、扉を開けると青年と目があった。その顔立ちにはどこか見覚えがあった。「あんたは誰だ?」青年は少し逡巡し、しかし意を決して話し始めた。「あなたの息子です。今は、ヨハン・フォン・ケルツェと名乗っております」
男は、息子だという青年よりもその名字に反応した。「あのキャンドルガイストんとこに…」ヨハンは困ったような笑みを浮かべた。「一応、両親には報告をしておかないと思いまして…」
「なんのだい?」父の質問に答える代わりに、ヨハンは誰かに手招きした。すると、大きな腹を抱えた女が現れた。「あ、あんたは!?」あの時、名付け親になったキャンドルガイストがそこにはいた。男はあまりのことに言葉が出なかった。
「結婚の報告と…後はこの子の…あなたの孫の名前を付けてもらいたくて…」ヨハンは、妻のズザンネの腹を優しく撫でながら言った。今度は男が『名付け親』になる番であった。
大通りに出て人を探していると、後ろから声をかけられた。「そこな人の子よ、何をうろついているのですか?」話しかけてきたのは、金髪碧眼、頭には光る輪っか。
「俺は赤ん坊の名付け親を探しとるんだ」男の目には不信があった。明らかに人間ではない。「哀れな。ではこうしましょう、私に預けなさい。さすれば、この子を立派な聖者に養育しましょう!」薄く光っていた光輪は、彼女の笑みに合わせて輝きを増した。
「あんたはなんだ?」「私は主神に仕える天使。赤子はみな神の愛し子、さあ我が主の御許へ!」男はいよいよ天使を睨んだ。「じゃあヤメだ。神様ってのは、貧乏人から奪い、金持ちには与えやがる。他を当たるよ」学のない男には、この世の富の精密なバランスが理解できないのだ。
さて、男はそそくさと道を進んだ。赤子は泣きも動きもしない。きっと、そんなことしても無駄だとわかっているのだ。そこで、また後ろから声を掛けられた。「そこの男ま…まあ悪くない顔のニンゲン。何か困りごとはないか?」
男はため息をついた。『困りごとはないか』、そう聞いてくるのは決まって、条件や見返りを提示してくる奴だ。振り返ると、コウモリの羽の生えた青白い肌の娘であった。またしても人外だ。
「あんたは?」「見てわからないか?悪魔だ。この契約書にすぐサインしろ、どうせ字が小さくて全部読めん。すれば、この赤ん坊は一生金に困らんし、贅と快楽の限りを尽くせるし、お前は穀潰しが減る。いい事尽くめじゃないか?」
最後の提案は魅力的だったが、よく考えたら赤子は文字がかけないので、親が代筆するしかない。「俺が魂取られるじゃないか。別に敬虔な方じゃないが、他人を騙す奴が育てたら迷惑なのが増えるだけだし。今回の話は無かったことに」
男はあてどなく歩いた。気付いたら、昼を抜かして、夕飯の時間になっていた。また話しかけられた。「グーテン・アーベント、定命者よ!こんな時間まで出歩いて!日はもうすぐ落ちる、逢魔が時ぞ?緑児を背負うそなたが生き残るべくもなし」
いやに明るい女であった。性格というか、物理的に火が灯っている。燭台と甲冑が融合し、少しずつ地面に蝋が滴っていた。「天使、悪魔と来て、今度はなんだ?」男は、名付け親が最早人間でなくても良いと考えていた。
「よくぞ聞いてくれた。我が名は、ズザンネ・フォン・ケルツェ!名付け親を探しているとか。光栄に思うが良い!私は独り身だ!特別に赤ん坊でも許そう、さあ我が主とならん!」女、ズザンネは膝を折り一礼した。
「その、本当に大丈夫か?というか、あんたは何の魔物なんだ?」男はズザンネに気圧された。「これは済まなんだ!私は、キャンドルガイストという種族だ。そして、主に仕えるが我々の悲願!その赤子は我が主にふさわしいとお見受けする!」
「わかった…まあ、神や悪魔にやるよかいいだろ。この子をどうかよろしくお願いします」男は妥協した。ズザンネの顔と火が明るくなった。腹が減っていたし、何よりこれ以上このキャンドルガイストなる魔物には関わり合いになりたくなかった。
「ご心配めされるな。我が主人の父上は、すなわち我が主に相違ない。魔王と貴方に誓って、ご子息は必ず名士に育て上げましょうぞ!」キャンドルガイストは、一転して恭しい態度になった。男は、物理的な火力と精神的な熱気に恐れ慄き、我が子を渡して逃げるようにその場を去った。
「さあさ、我が主(マイン・ヘァ)よ。ご用命あらば、いつでもこのズザンネを頼ってくださいまし…」彼女はそう言うと、笑みを浮かべ『主』をあやしにかかった。「ふえっ!ほわあああ!」赤子はぐずり出した。「ふむ。どうやら空腹と存じ上げます。近場に、ホルスタウロスがおります故、しばし待たれよ」
ズザンネは、なるべく火から遠ざける位置に、赤ん坊を括り付けた。「少し揺れます。しかし、これもご主人様のため。このズザンネめをどうかお許しくだされ!」キャンドルガイストは、仰々しいポーズを取った後、走り出した。
〜〜〜〜〜
それから数年、赤ん坊はどうにか少年に育った。男の子は、ヨハンと名付けられた。彼は、ズザンネの継嗣として、「ケルツェ」の名を拝領した。(対外的には特に意味はないが)
ズザンネは、彼に甲斐甲斐しく仕えた。ヨハンは、生みの親の顔を知らぬ。そのため、ズザンネを母と呼び慕った。しかし、彼女はあくまで臣下の礼を取った。
「マイネ・ベリープテ、ズザンネ!なにゆえ、母と呼ばせてくれなんだ!?」ある日、ヨハンはズザンネに詰め寄った。「恐れながら,ご主人様…私は貴方の母にはなれませぬ。従僕と貴人、その区別を違えてはいけません!」は、膝をつき視線を合わせて主人を諭した。
「では、僕の父母はいずこに?母上でないのなら、別にいるのではないのか!?」「嗚呼、それは…」キャンドルガイストは、汗のように蝋を垂らしながら、目を背けた。ヨハンは唇を噛んで、わなわなと震えた。
「いつもそうだ…都合が悪くなると目を逸らす!死んだのなら…この世にいなければ、はっきりそう言い給え!」「えっ?」ズザンネは、別の意味で驚愕した。
「僕を見くびるな、ズザンネの態度から察しはつく…きっと、本当のファーティとムッティーは戦か、さもなければ政争に敗れたのだろう?」ヨハンは悲痛な面持ちで言った。彼は、ズザンネに朝起きてから、夜の寝物語まで貴族の流儀や騎士道を教え込まれた。ある意味、二人でずっと騎士物語を演じてきたといってもよい。
「ズザンネ…」「はい…」彼は、涙を拭うと彼女の手を取った。「そなたの意図もわかっているつもりだ。僕が、真実を知れば、父母の敵討ちに出ると。あるいは、僕が彼らの子と知れたら、累が及ぶと…」ヨハンの顔は真剣そのものであった。
「え、ええ…」ズザンネは、真実を話すことができなかった。(ご主人様、もう気持ちは立派な騎士でごさいます!)少年が理想の主人を演じていることにときめいてもいた。「やはりそうか…だが、ズザンネ」「は、はいっ!」ヨハンは彼女を抱き寄せた。キャンドルガイストの蝋の中に、指や手が沈むのも厭わなかった。
「僕にはそなたがいる…母でなくとも、心強い側近が!」「ご主人様!」二人は感極まった。一人は家族を襲った悲劇に、もう一人は愛しき主君の成長に。「だが、ズザンネにばかり守られている僕ではない!だから…」「だから?」ズザンネは、ヨハンの言葉を待った。
「僕はズザンネを守れるようになりたい!稽古をつけてはくれまいか?」少年は、決意を固めキャンドルガイストを見据えた。「はぁぁぁあああ!ごしゅじんさまぁぁあああ!」ズザンネは、あまりの感動に小さな主人に抱きついた。「苦しい!」「わたくしはぁぁぁたいへんうれしゅうごさいますぅぅううう!」彼女の感情に比例して、火勢が強まった。蝋はありえないほどに溶け出した。
「うっ、ふぅ」ヨハンは、胸に沈み込んでいた顔を何とか離した。「自重せよ!」「はっ!これは失礼をば!何卒お許しいただけないでしょうか?」ズザンネは主人の言葉に我に返った。
第三者がこの光景を見たら何と言っただろう?主人の顔には蝋がべっとり、従僕の胸にはデスマスクのような跡が残っていた。
「まあ、そなたの忠勤に免じて許そう。ズザンネ、リープリング」「ご主人様の寛大な処遇に痛み入りまする…」キャンドルガイストは落ち着いた。しかし、その火は先程までに比べ酷く弱っていた。「大丈夫か?」主君は心配した。
「…ご主人様の優しさ、勿体なく存じます。私は大丈夫でごさい…ます…」「ズザンネ!?」ヨハンは、倒れかかったズザンネを助け起こした。蝋燭のためかそこまで重さはなかった。「粗相の上、心配をかけるとは…従者失格ですね…」明らかに火力が落ちていた。体の溶ける速度も今までにない程であった。
「ズザンネ…そんな…お前まで僕を置いていくのか?!」「ふふっ…そのようなお顔をなさるな…貴方は…この地を治めるお人…ケルツェの家名を継ぐ者…」「ズザンネェ!」「泣かないで…」ズザンネは力なく目を閉じた。彼女の蝋に水滴がかかった。
「ズザンネ、起きてくれ!父や母に続きそなたまで…ズザンネがいなくなったら…僕」ヨハンは顔を真っ赤にして涙を流した。「お願いだよ…何でもするから…」彼は、必死に祈った。
「…言いましたね」「えっ?」幼い主人は目を見開いた。風前の灯であったズザンネの火が赤く燃え上がっていた。「ズザンネ…冗談にしても…」「いえ、冗談ではございませぬ。実際に私の火は燃え尽きる寸前にごさいます」彼女は努めて平然と話した。
「では、そなたの命は…」「そこのところ、私もゴーレムである前に蝋燭であるからして、燃料が不可欠なのです」「ならば、僕に任せろ。木か?石炭か?屋敷にあるもの全て持ってくるぞ!」ヨハンは意気込んだ。
「そこまで、言うなら…」ズザンネは徐ろに体を持ち上げた。「…どうしたのだ?」「いえ、ご主人様からのお墨付きを得たので早速『燃料』を…」彼女の瞳には貪欲なる炎が燃え上がっていた。ヨハンは後退りした。「この日をどれだけお待ちしたか…」
〜〜〜〜〜
数年後、やっと12番目の子供が独り立ちして、男は妻と静かに暮らせるようになった。ある日、その戸を叩くものがいた。
「はい、どなた…」男は、扉を開けると青年と目があった。その顔立ちにはどこか見覚えがあった。「あんたは誰だ?」青年は少し逡巡し、しかし意を決して話し始めた。「あなたの息子です。今は、ヨハン・フォン・ケルツェと名乗っております」
男は、息子だという青年よりもその名字に反応した。「あのキャンドルガイストんとこに…」ヨハンは困ったような笑みを浮かべた。「一応、両親には報告をしておかないと思いまして…」
「なんのだい?」父の質問に答える代わりに、ヨハンは誰かに手招きした。すると、大きな腹を抱えた女が現れた。「あ、あんたは!?」あの時、名付け親になったキャンドルガイストがそこにはいた。男はあまりのことに言葉が出なかった。
「結婚の報告と…後はこの子の…あなたの孫の名前を付けてもらいたくて…」ヨハンは、妻のズザンネの腹を優しく撫でながら言った。今度は男が『名付け親』になる番であった。
24/07/31 23:42更新 / ズオテン