連載小説
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後編
ハマッコ・マールーは、アビ・インフェルノ・ジゴクと化していた。

数十人の企業兵が、装甲服に身を包み、住民を襲撃・捕獲していた。「「「アイエエエ!」」」老若男女の区別なく、高圧スタン・ジュッテやネット・ガンにより地に伏せていく。

その時、KABOOOM!何らかの飛翔体が一つの小隊に直撃した。「「「アバーッ!」」」吹き飛び宙に飛ばされる兵士達!土ぼこりを上げる戦場に、7フィートほどの人型の集団が現れた。「ドォウン!ドォウン!」」」企業兵たちは、すぐさま体勢を立て直し、ハンドサインと無線で乱入者を囲んだ。

「「「ミナサン ノ アンゼン ハ ハチマン・ロボティクス ト ユエワン・アームズ ガ マモリマス」」」ガシャガシャとロボットダンスめいて歩を進めるのは、ハマサキの誇る警備ロボット「HR-YAX6:監護人」であった。BRATATAT!敵兵の制圧射撃にも動じず、機械兵士は一歩一歩包囲に進んでいった。

「「「テイコウ ハ ムダ デス。トウコウ ヲ ウケツケマス」」」それらは、敵に投降を謳いながら、その右腕に固定されたグレネードランチャーを既に装填していた。欺瞞!腕部や脚部の機構が動く度、半透明のチューブが見え隠れし、中を通る何らかの薄桃色の液体が発光していた。

「バオチュイン!バオチュインシュージー!」隊長格と思われる兵士が、射撃命令を出し続けていた。「「「シミン ヒナン カクニン」」」独特の発射音が聞こえ、榴弾が放物線を描いた。KABOOOM!「「「アバーッ!」」」

その騒乱の最中、露店の主人のワンや花屋のリンファ達は、植物めいた女性や動物じみた毛皮の少女と共に路地にて身を潜めていた。「大丈夫…きっと治安維持部隊がかけつけるから…」女主人は、すすり泣く少女を撫でながら、自分に言い聞かせるように言った。

「クソッ!こんな時、ダーレンがいてくれたら…」ワンは、友人でもあった拳法家を思い出し現状を呪った。『イヤーッ!』SLAAASH!何らかの叫び声が聞こえたかと思えば、大通りの戦闘音が消えた。「「「…?」」」その場にいた全員が訝しみ耳を澄ませた。

「全員やられたのか?…治安部隊が…」その時、ワンの近くの壁が煙を出して溶け始めた。「「「アイエエエ!?」」」いったい何が?『…コーシュコー。こんなところにまだ残っていたのか』壁に空いた穴から、くぐもった冷徹な声が聞こえた。一瞬後、『イヤーッ!』柔らかくなった壁が鋭利な刃に寄り切りぬかれた。

「な、なんだおまえは!?」露店の主人は驚愕した。上半身が、黒い金属質の鎧に包まれ、下半身はキチン質の有機的な多脚の異形がそこにいた。『コーシュコー!ドーモ。タイドブリンガーです』重装甲の戦闘員が、シオマネキめいたハサミを威圧的に誇示しながらオジギした。

「こ、子供は見逃して!」リンファは毛皮の少女を強く抱きしめ、庇った。『これは異なこと。我が社はミュータント研究のため、サンプルを収集している。むしろ、幼体の捕獲は優先事項ですらある』カニめいた異形は、バイザー部分を光らせ、淡々と説明した。それは、左腕の小さなハサミをカチカチと鳴らし、周辺から兵士を呼び出した。

彼らは一様に、黒いメタリックなアーマーを着込んでいた。フルフェイスヘルメットには、中国の武将の羽根飾りの様なアンテナがあり、その厚みと重量のあるアーマーは猫背気味になっていた。関節部分はバイオ・ミメティクスにより、タイドブリンガーの脚部と同じようになっている。全体的には、フナムシのようなシルエットであった。

「隊長!この者らも?」『然り。傷つけるなよ』「ジーダオラ!」兵士達は、ネットを装填して発射体制に入った。「「「アイエエエ!」」」もはや彼らは実験体として運び去られる運命なのか!?「ハイヤーッ!」「グワーッ!」その時、一陣の風が吹き荒れ、ネット・ガンを構えた兵士が倒れた!「シェンマ!?」「イーチャン!」

「お、お前は…シャオグーなのか!?」ワンは乱入者に見覚えがあった。その者は、年齢にしては小柄ながら、張り詰めた戦意が背中から吹き出し、まるで蒸気のようにその姿を歪めた。「よくわからんが、貴様も拘束する!」兵士の一人が、スタン・ジュッテを地面に打ち付け、そのままえぐるようにスイングした!「ウケテミロ!」シャオグーは、基本姿勢を取ったままその場を動かなかった。「アブナイ!」「アイエエエ!」周囲から悲鳴が上がった。

「ハイッ!」「な…」彼は左腕でジュッテを握る兵士の腕を掴み取った。そのまま、体幹を軸に右足を踏みこみ、身体が半回転した。「なにをする…」「ハイーッ!」「グワーッ!」少年は両手を握手するように合わせ、一本のボーと化した両腕で肘打ちした。最初の接触では体勢が崩れるだけだが、その後何らかのオーラの様なものがインパクトを加速させた!パワードスーツの兵士は、くの字に折れて吹き飛んだ!

「「ナニッ!?」」企業兵たちに動揺が広がる!『何をしている?』冷徹な声がスピーカーで増幅された!『その程度のイレギュラーに手こずるな」タイドブリンガーはハサミを威圧的に鳴らし、兵士を鼓舞した。「シャオグイ!」「くたばれ!」BLAMN!BLAMN!自動拳銃がシャオグーに襲い掛かる!

「ハイヤーッ!」シャオグーは壁に向かって走り出した。パニックであらぬ方向へ逃げようというのか!?否!「ハイイイイイ…」彼は壁に全力疾走し、そのまま壁を蹴り上がり、トライアングルリープで銃弾を避けた!「「!?」」壁面には弾痕が残り、消えた少年を追って空中に視線を移した。「ハイヤーッ!」「グワーッ!」その瞬間には、シャオグーは勢いのままサマーソルトキックを放っており、兵士の一人はヘルメット陥没させダウンした!

「このッ」片割れの企業兵は、アーマーの袖部からブレードを伸ばし、シャオグーの着地を狙う!「ハイッ!」少年は着地の瞬間に、開脚し姿勢を低めて刃から逃れた!「なッ!?」「ハイヤーッ!」「グワーッ!」膝関節の装甲の隙間を狙い、彼は手刀を差し込んだ。「ハイヤーッ!」「アバーッ!」崩れ落ちる兵士に、起き上がりながらの掌底を顎にぶつけ、気絶させた。

「ハイハイ!ハイーッ!」シャオグーはザンシンし、クマ・ケンの演武を行い名が基本姿勢を取り、残った隊長格に向き直った。「シューシュー!グーグー!」「シャオグー…」彼は、視線だけをワン達に向けた。「オレが、この場でアイツを抑えてる間に、逃げてくれ!」「お前はどうする!?」「オレは…オレは絶対に追いつく!」「…ワカッタ」シャオグーは、ワンやリンファ達が逃げる時間を稼ぐため、タイドブリンガーを睨みつけた。「…絶対、アタシらンとこに帰ってくんだよ!」彼らは、静かになった大通りに向かった。

『フン。部下達を倒したところで、私から逃げおおせると思うか?』タイドブリンガーは、その八本の足で器用に倒れた兵士達を乗り越えて、ワン達を追おうとした。「ハイヤーッ!」『イヤーッ!』シャオグーが異形の企業兵をインターラプトした!タイドブリンガーは少年のセイケンを右手のハサミで防いだ。生身の拳が、彼女の甲殻に鈍い衝撃を与えた。カニめいた企業兵はタタミ3枚ほど後退し、衝撃を和らげた。

『良かろう。その力検体に持ってこいだ』「オレを…この街のみんなをどこに連れてく気だ?」シャオグーは、ゆっくりと腕を引いて、相対する敵に質問した。『そんなことは貴様らの関知することではない。実のところ、私も特に興味がない』タイドブリンガーは実際興味がなかった。しかし、その発言は少年の怒りに火を灯した!「ハイーッ!」シャオグーは、飛び上がりケリ・キックを繰り出した!

『イヤーッ!』タイドブリンガーは左腕の小さなハサミでケリを掴もうとする!「ハイヤーッ!」シャオグーは、直前で身をひるがえし、敵の肩に腕を付きそのまま空中で側転回避!「ハイッ!」その勢いで壁に蹴りを入れ、反動で再度飛び蹴りに移行!「ハイヤーッ!」『グウウウッ』ケリを背中に受けたタイドブリンガーは、一瞬姿勢を崩した。しかしながら、八本足による体幹の安定は崩れず。(流石にズルくね…)

『ナルホド。貴様は身軽で私よりは素早い。それは認めよう…』タイドブリンガーは右腕のハサミを大きく開き、シャオグーに向けた。(奴の動きはそんなに速くない。だが、これ見よがしに大きな方のハサミを見せてやがる…次は左手か?)少年は油断しなかった。このカニのオバケに対しては…

『イヤーッ!』タイドブリンガーがそのままハサミを前にブルドーザーめいて突進!「ハイ…」シャオグーもそれを回避しようとするが…?
『今だ!』BLAMN!別方向から、小銃による狙撃!(何!?)そう思った瞬間、彼の足は撃ち抜かれていた。「グワーッ!」着弾の衝撃で、シャオグーの体は大きく回転し、宙に投げ出された。『イヤーッ!』「ウグッ!」その隙を見逃さず、タイドブリンガーのハサミは少年を捉えた。

『デカシタ』タイドブリンガーは、大通りを挟んだ反対側のビルに窓にいる狙撃手にハサミを振った。「クウウッ」シャオグーの視界にも、一瞬スコープの反射光が見えた。『ククク…ここまで手こずらせおって』バイザーの下で彼女は、嗜虐的に目を細めた。『お前の抵抗に対して、私も少々ソノキになってきた。任務中だが役得してもバチは当たらんだろう…』そう言うと、タイドブリンガーはフルフェイスヘルメットの口部分を開いた。

「な…何を」「何って、こうするのだ!」「ウムッ!」タイドブリンガーはその唇をシャオグーのそれに重ね合わせた。「ムウウウウウッ」少年は乱暴な口づけに抵抗した。「ンムッ!」「ウウッ!」「ンム…」「ウ…」シャオグーの抵抗が徐々に弱まっていく。その秘密は彼を徐々に包む泡にあった。

タイドブリンガーは、キャンサーという種族である。彼女らの泡は、特殊な魔力を有しているのだ。魔物娘図鑑にも書かれている。しかし、現在のタイドブリンガーの姿は、そのキャンサー属としても異形と言えた。本来下半身にあるはずの鋏脚を、人間部分の腕にバイオ移植しているのである。何たる暗黒メガコーポの非人道的運用思想か!

「良い目になってきたな…」「…」タイドブリンガーは、シャオグーの光なく虚空を見る眼に言及した。「オタノシミはまだこれからだがな…」彼女は、躊躇なくそのハサミを用いて、少年の衣服を切り裂き始めた。

◆◆◆◆◆

「相変わらず、隊長は容赦がない…」道路の向こうの建物で、狙撃銃を構えた兵士がスコープ越しにタイドブリンガーの非道行為にコメントした。彼は、油断なく周囲を偵察した。既に大通りには斃れた兵士や、破壊された機械兵の残骸が散乱していた。部隊は、人員に犠牲を出したものの目標はほぼ達成し、撤収を始めていた。

「ン?」彼は訝しんだ。タイドブリンガーのいる場所の近くのビルに人影を認めた。「何だ?治安部隊が到着したのか、一人だけで?」彼は詳細を確認するため、スコープの倍率を上げていった。

実際それは人間であった。クマめいた毛皮の手足や鋭利なツメを除けば…「エッ?」スコープ越しに目が合った。手に持つのは、何らかのボーのように見えた。「マズ…」彼がタイドブリンガーに合図を送る前に、その腕は飛来したボー、否バンブーにより貫かれた。「グワーッ!」

◆◆◆◆◆

(ん、これで邪魔…なくなった…)パンダめいた女、メイランは周囲を見渡した。そして、建物の下を覗き込み、拘束され凌辱されんとする弟弟子を見た。(ブザマな…ディーディ(弟弟)も…カワイイだ…でも…)彼の唇を奪い、あまつさえ服を切り裂き、我がものとしようとする企業兵にいら立った。「泥棒猫…!」

彼女は、怒りに震え屋上から降下を開始した。しかし、地上まで目算数十フィート、いくらカンフーの熟練者と言えど、ただでは済まないはず。「ん!」室外機に着地!「ん!」すぐに反対側のビルの電光看板の上に移り、そのまま側面を靴で擦るように徐々に落下!「ん!」最後に、鉄パイプを掴み敢えて外すことで、それが外れ落ちるのに掴まり、落下の衝撃を緩和したのだ!

メイランは、そのまま壁をける反動で、ケリ・キックを放つ!「んんん!」「グワーッ!」「…ウグッ」カニめいた敵兵は、上半身を大きくのけぞらした。シャオグーは、ハサミの拘束から脱したものの、力なく地面に横たわった。

「グッ…貴様、何者だ?」企業兵は、闖入者に向き直り、そのハサミの切っ先を向けた。「ん…ドーモ。アイアンイーターです…」メイランは、抱拳を作りアイサツした。アイサツには、アイサツを返さなくてはならない。魔物娘図鑑にも書かれている。「ククク、ドーモ。タイドブリンガーです」タイドブリンガーは、オジギが終るとその口の部分を装甲再び覆った。『わかるぞ。貴様は検体としてとても有用だ』

「ん…」アイアンイーターは、相手の話に興味を持たず、ただタイドブリンガーの方へ歩き出した。『フン。大人しく投降する…訳ではないだろう』油断なき企業兵は、目の前のパンダに警戒した。彼女は、大きなハサミを開き、下半身のカニの口部分に添えた。『イヤーッ!』ハサミをシャボン玉のリングのようにし、泡を噴射、大きな泡玉をアイアンイーター投射したのだ!(皮膚でも溶かして、イイ声を出してもらおうか)

ところが、「ん!」アイアンイーターは、右足を大きく前に突き出し、腕のツメを長く伸ばした。「ん!」『何ィ!?』クマめいたツメからオーラを吹き出しながら、アイアンイーターは腕を交互に振り下ろした。オーラは空中に爪痕を作り出し、泡玉を破壊し、タイドブリンガーに迫った!『ヌウウッ』彼女は辛うじてハサミでガード!しかし、そのツメの部分には切れ込みのような傷が生じた。

『コシャク!』タイドブリンガーは、アイアンイーターに向けて突進を開始した。人間のそれに比べて、キャンサーは八本足で4倍すなわち200倍のスピードで加速!『イイイヤアア!』渾身のハサミで、アイアンイーターを寸断しようとバケガニが迫る!「…ん!」

しかし、アイアンイーターその場から一歩も動かずに、ただハサミに掌を当てた。タイドブリンガーは止まった。『何だと…?』一回目には大きな力が働かず、しかし体は固まったように停止した。「ん!」『グワーッ!』二回目はアイアンイーターの肉球が押し付けられた。そこから、何らかの力の動きが発生したのか、タイドブリンガーのハサミは切れ込みで裂けた!『グウウッ…』タイドブリンガーの右腕が力なく垂れさがる。

「ん!」『グワーッ!』アイアンイーターは、間髪入れずに掌底を打ち込んだ!タイドブリンガーの足は、あまりの衝撃に前2本が地を離れた。そして、アイアンイーターはヒサツの一撃を放つ!「んんん!」『アバーッ!サヨナラ!』大股開きになり、腰を落とし、肉球から力の奔流が放たれた!タイドブリンガーは、完全に背中から地に伏した。その姿は、息絶えるカニが宙に足を投げ出すかのごときであった。

「ジェ…ジェ…」ザンシンしたアイアンイーター、メイランは地面に倒れる弟弟子を見た。「シャオグー…」メイランはシャオグーを抱きすくめ、頭を撫でた。少年は恥ずかしがり、拘束を脱しようとした。「子ども扱い…すんなよ!」

「カッコつけようとして…できなくて…カッコ悪いね」「!」いつになく、姉弟子の言葉は厳しかった。「…そんなこと、オレが一番…」「でも…」メイランはシャオグーに顔を近づけ「ンム…」「ンンン…」先ほどの口づけを上書きするが如く、キスした。「ジェジェは…そんなバカなディーディ…好きだよ」「!?」メイランの膂力が強まった。

「ディーディ」「ウッ…クルシ…」「ジェジェは…強くなってほしい…ディーディが逞しくなったら…本気で手合わせしたいの…」彼女の表情は、得物をもてあそぶ、肉食獣のそれであった。「ヤメテ…」シャオグーは、苦悶に顔を顰めた。「弱っちいディーディは…カワイイだよ…でも…強くなったディーディが…ジェジェを本気にさせても…欲しい」パンダはおもちゃを大切にする、長く楽しめるからだ…

「ワカッタ…」「ワカッタ?…じゃあ…これからは身体を大切に…ね」「ウン」シャオグーはどうにか頷くだけで精一杯であった。「でもディーディ…確実に強くなったね…」「…」「ゴホウビに…今日ジェジェと…一緒に寝よ…」「!」メイランは、シャオグーを抱え、がれきを飛び石めいて飛び越えていった。そして、それを見つめる薄桃色の視線があった…

後編終わり。エピローグに続く
24/07/29 08:01更新 / ズオテン
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