連載小説
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中編
ハマサキ・ヘイヴンは、大河とオールド・トキオ・コーヴに浮かぶメガフロート都市である。スクリーン張りのドームは、その時間帯の日光や季節の情景をリアルタイム・シミュレートしている。しかし、天候や気温はメガコーポの意向により、プロダクトを売るためにねじ曲げられる。

日焼けクリームや美白化粧品を売りたければ、照り付ける日差しの夏日になる。住民IDに紐付けられた小端末には、明日の天気「予定」が毎日更新される。慌てて洗濯物を取り込むマケグミは、すなわち不法居住者ということだ。

かつて、一大港湾都市と重工業地帯のあったこの地は、第三次大戦の重点攻撃目標と化した。裏では、各国のメガコーポが「地上げ」とライバル会社のサボタージュをかねていたという噂もある。

そして、その多国籍企業軍の攻撃の余波により、更地となり寸断された陸地はメガフロートに姿を変えた。コストや技術力、何より企業体力の無駄遣いとしか思えぬこの事業は、一人の資産家にして実業家により成されたと言われている。

ヘイヴンの統括理事にして、世界の五本の指に入るカチグミ、「ミスター・フー(胡)」。彼の像は、都市の中心部にある。夜になると、モニュメントの目の部分が光る。彼については毀誉褒貶の雑多な評判が寄せられる。

曰く、町の至るところの側溝や空調から、薄桃色をした粘液様の多眼の物体(ブロブ)達が像に集まっていく等。ハマサキ当局は否定しているものの、何らかのメガコーポが開発した生物兵器ではないかという陰謀論すら叫ばれる。

だが、姉弟はそんなことを気にも留めず日々を暮らしていた。

◆◆◆◆◆

「ん…今日は快晴の予定みたい」メイランは食器を洗いながら、立て掛けたタブレット型端末の情報を読み上げた。「マ?」「ん」皿を拭いて、食器棚に戻していたシャオグーが確認した。

「今日…外行く?」「修行ってこと?」「買い物…でも…たまには外でやるのもいいね…」ここ最近は、プロモーションの都合で天候不順が続いていた。そうでなくとも、パンダめいた彼女は出不精であった。「いいね!ジェジェとデートだ!」少年は楽しそうに宣言した。「ん」姉は、短く首肯した。

二人は、早速近所の運動公園に来た。シャオグーは、タンクトップとハーフパンツのラフな服装であった。メイランは、スポーツキャミソールとハーフパンツ、スパッツのスポーティーな格好をしていた。いずれも、ハマサキ協賛企業「ヤマミタ・アスレチック社」のトレードマークがしてあった。

明らかに、耳や毛皮が人間離れしているのにも関わらず、通行人や利用者は誰も彼らを気にしなかった。いや、そもそもこの中にすら、角や触手を生やした異形の者が紛れていた。バイオサイバネか、はたまた企業のもたらす薬害か、この地に集められた移住者はそうした形質のものと近親者が多い。

(ジェジェはションマオになった。老師はフー・ダーレンの使いとかいうのに治療のためにって…)しかし、この都市来てから、月に数回の献身や血液検査くらいしか行われなかった。師範は、ジキソしに行ったが帰ってこなかった。

(ジェジェは気にしてるのか、そのことを一度も話題にしてない…)姉弟弟子は、池の回りを数周した。公園の中心部にあり、鋭い歯を持つバイオコイやバイオカミツキガメが互いを貪っているのが見えた。

「ん…あったまった」「ジェジェ、息上がっちゃった?」シャオグーは、メイランを追い抜いた。「シャオグー…まだウォーミングだよ?」「へへっカゼが気持ちいいや!」少年は更に数周してから合流した。ランニングが終了すると、彼女らはストレッチメニューに移った。公園の椅子は、ホームレス対策(最もID管理によりほぼ存在しないが)により、少し反り返った形状をしている。それを利用して、背筋の柔軟を行ったり、ひじ掛け部分を掴みディップスをするのだ。

「いたた…」シャオグーはためらいがたちに、少しづつ背筋を逆海老ぞりに伸ばしていった。「最近…バイト忙しくて…ちゃんとトレーニングしてなかったでしょ」メイランは、弟弟子の両手を掴み容赦なく負荷をかけた。「昼寝してばっかの誰かさに言われたくないよ…」「何か言った?」「ううん…」姉弟子から顔をそらせば、太極拳を行う老人や、ヨガに来た羽毛の若い女性も同じようにベンチを利用していた。互いに軽く会釈を行った。

「ジェジェ、今度はこっちだ!」「ん…そうだ…競争しない?」次に、懸垂などの器具に向かった。「何で?」「ん…回転の回数とか?」「せっかくならコースで戦おうよ!」コースとは、一連のワザを連続して行うということ。逆上がり、ぶら下がり腹筋、倒立などだ。「ん…いいね」「負けた方が荷物持ちな!」「ふふっ…」姉弟弟子は、隣同士の懸垂ポールについた。

「ん!」メイランは、そのクマもいた膂力を使い、片手の肉球だけで倒立腕立て伏せを始めた。「ハイハイッハイッハイヤーッ!」シャオグーは負けじと、逆上がり、逆回転、更には軽業めいて回転ジャンプから再びポールを掴み着地した。周りの利用客も徐々に注目するようになった。

「んん〜!」「ハイヤーッ!」だが、姉弟には最早互いしか映らなかった。二人は、倒立を始めると、懸垂の端にて対峙した。「ん!」「ハイッ!」その瞬間、互いの腕の筋肉が盛り上がった。シャオグーは歳の割には中々の膨張であったが、メイランの方は凄まじかった。バンブーしか食べないパンダがふとした瞬間、クマ類の獰猛さを取り戻すがごとく、縄めいた筋肉が毛皮を押し上げた。

「…」「…」ただ静かに、姉弟は逆立ちを維持した。両者の汗は少しずつ量を増し、ポールを掴み身体を指示する腕をぬめらせた。「ん…」「ハイ…」二人は横に身体を傾けた。「ん!」「ハイッ!」瞬時に逆に体重を戻した。徐々に、メイランとシャオグーは振り子めいた動きを始めた。「んん〜!」「ハイヤー!」横回転が開始した。「んん!」ハイヤー!」最後は回転から手を離し、宙を舞った。

「ん…!」先に着地したのはメイランであった。(空中で2回転…わたしもちょっと…鈍ってた?)彼女は、次に降りてくるであろう弟を見た。「…!?」シャオグーは空中制御が効かなかった。「ツァオ!?」頭を下に落下する少年!しかし、「ん!」「ウグッ」彼を出迎えたのは、硬い地面でなく、柔らかい暖かみであった。

「ジェジェ…!」「シャオグーは…オーバーワーク…しち8…ダメ…前も注意した」シャオグーは、メイランの無表情に静かな怒りを読み取った。「だって…」「だって…何?」「久しぶりに、ジェジェと外に行けたから。…だから、張り切ったのに…」弟弟子は悔しげに呟いた。

「いいよ…無事でよかった」「ウン…」シャオグーは釈然としないようであった。「まだ…メニューの途中だし…次、行こ?」「ワカッタ…」彼女らは、雲梯や吊り下げ器具のある方に向かった。

「ハオ…フンハオ…」「ジェジェ、はしゃぎすぎでしょ」姉弟子は、トレーニングそっちのけで雲梯を遊び、吊られたタイヤに飛び付き揺らした。彼女は、タイヤの穴に入り、黒い毛の尻尾や耳をピクピク揺らし、のんびりした。その様は、動物園のパンダめいた有り様であった。

最後に、二人は芝生の上にシートを敷いた。ストレッチの〆には、一度クールダウンを挟む。30秒間、姉弟弟子はシート上でアグラ・メディテーションを行った。そして、メイランは終わると、太極拳の集団に入り込んだ。「シャオグーも…一緒に…」「オレはいいよ…」「ダメ…」「ウワッ」腕を引かれ、無理やり参加させられた。

彼らの前には、池に面するガゼボがあった。それは、中国のミン・エラ様式の装飾が施され、中心に鎮座する龍の宝珠がホログラム映像を投射していた。基本的には、協賛各社のコマーシャルがエンドレスに流されているが、今日は違う映像であった。

「…!」「…繰り返します。ハマッコ・マールーにて、敵対企業と思われる、武装兵士数十名が破壊活動を行っているとの情報が入りました!チャンネルはそのまま、HCTVは…」シャオグーは、驚愕した。知人、友人の多いイセサキに企業兵の襲撃!?

(シューシューやグーグーは、みんなは無事か!?)彼は、姉の方を見た。太極拳のカタを取りながら、しかし視線は近くのオーガニック竹林を向いていた。(ジェジェには言えない。言ったら絶対、着いてくる…)シャオグーは拳を固た。その全身にオーラが滾り、数瞬後に色付きの風が公園を通り抜けた。

「ん…お手並み拝見…かな?みんなは心配…だけど…シャオグーにも実戦…必要」メイランは、シャオグーの通った軌跡を尻目に、竹林に向かった。「ん!」彼女のチョップは、真竹の節を綺麗に切り取った。「腹ごしらえ…老師も言ってた…」パンダは竹にかぶりついた。
24/07/25 22:13更新 / ズオテン
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