連載小説
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エピローグ
ディケイの細胞は、生まれつき腐敗していた。姉や母と同じである、違うのは彼女はその腐敗を他へと影響させることであった。父はそれを知ると、すぐさま治療法を講じた。有機物はおろか、無機物さえ時間をかけて崩壊させることが可能であった。

(((ならば、このナノマシンはどうだろうか?こないだ、タケミナカタ重工とマミューダ・ナノ・テクニカの共同プロダクトなんだけれど)助手である母は反対した、姉はベ培養槽のディケイをかばい抗議した。赤子は、ぼんやりと姉の背を通して、家族の話し合いを眺めた。 (((私も、我が子にこんな胡散臭いものは使いたくないよ。でも、こういった新兵器のモニタリングで一家が生きてきたのは事実だ。そして、今ある技術だけではこの娘を救えない…)

科学文明において、常に倫理と技術開発の対立は避けられない。闇医者業を始め、戸籍の存在しない彼らは、先端メガコーポとしては〈臨床〉に打ってつけであった。特に、外科的障害や臓器不全で死なない彼らの体質は…

「再起動ドスエ!」闇の中の彼女の網膜に表示された文字列。(イタイ…ネムイ…)高電圧に曝され、暴走した体内のナノマシンは元から壊死した細胞を解体していた。ニューロンは焼け焦げ、本来機能していなかった痛覚が一時的にアラートを鳴らしていた。

(アタシ…ミチェル…オボエテル)ディケイは、意識を少しづつキャリブレートしていた。(オトウサン…オカアサン…)家族を思い出した。「モニター復旧ドスエ!」周囲の状況が見えてきた。(?…!?)二人の男が向かい合って武器を構えていた。カウボーイの後ろには、最後に見たパンクの人物。白いローニンの後ろは…(オネエチャン!?)彼女の姉、グリコであった。

そしてさらにその奥には、血だまりに沈む男がいた。(…オニイ…キデフミ…)すべてを理解した。彼女の全身に力が戻る。(キデフミ…!)そして、BLAMN!カウボーイから、ローニンへと銃弾が射出された。キデフミを撃ち抜いたものと同じだ。彼女のターゲティングシステムは、銃弾に固定された。「アバアアアッ!」ワイヤ先の義手は、弾丸を誤ず掴み取ると、粉砕した。

「イイイヤアア!」「サヨナラ!」そのすぐ後に、カウボーイは腹出し降参した。静寂が公園の中を再び包み込んだ。ディケイは、すぐさま、姉のもとに駆けよろうとした。「アバッ?」足がもつれてうまく走れない。「ミチェル…」姉もこちらに気づいたようだ。「オ…ネエ…チャン…」「ミチェル、怖かった?」「ウン…」「オネエチャンも、怖かったよぉ!」妹は泣きそうになりながら、杭状の義足を引きずった。姉の方は、複雑骨折に構わず、地虫めいてのたくり近づいた。

(マジでズンビームービーみてえだな…)ローニンは声に出さなかったが、姉妹の感動の再会に、不謹慎ながらホラー映画のエッセンスを見出した。(だが、依頼達成ッと…ベイブになんかうまいもん食わせられそうだ…)男は、体格のわりに大食いな相棒に思いを馳せた。

ガシャコン!突然金属の軋み、擦れ合う音が公園に響いた!「「「!?」」」音の出所に全員が振り返った。「エへへ…負けはした…けど、依頼を…終わらせる…!オイラ、プロだから!」マッチロックであった。しかし、その装備したアーマーは胸と腹が展開し、中の機構が見えていた。露出したバッテリーが、スパークストライクを思わせる青い閃光を放っていた。「お前!あれで意識があったのか!?」ホワイトナイトは再度カタナを抜いた。

「オイラ…愛をカタチにしたかった…スパ=チャンの電撃を武器にすることで…オイラ…俺が証明する!」ガシャガシャ!カウボーイは右腕の人工皮膚を捲くり、中のサイバネを展開した。それは、コイルガンであった。

「!」(オイオイオイ!こんな物騒なモン、どこにしまってたんだ!?)傭兵であった彼には、その兵器が何を示すかを知っていた。(第三次大戦の遺物…アイツはそれに行ってたってことか!?)マッチロックの身体が青く輝いた。全身が焼け焦げるのに構わず、彼はその右腕に全ての電力を集め…銃身内では電磁誘導により専用の弾丸が宙に固定されていた…発射体制に入った!

「ヒサツ・ワザ!イ「アバーッ!」グワーッ!」「「!?」」コイルガンを構えた大柄な男を地面に叩き潰したのは、他ならぬディケイであった。(どうして!?ミチェルの義足は…!)最初に気づいたのは、姉スティルボーンであった。ディケイは、自分の義足を引きちぎり、無理やりフックロープめいてマッチロックの腕に引っ掛けたのであった。

「アバーッ!」「ハナレロ!」「アバーッ!」「グワーッ!」ディケイは、マッチロックを殴り倒した。そして、やおらコイルガンを掴むと何やら、胴体に近づけた。「何をやって?」「ホワイトナイト=サン!」「どうした!?」「妹を、ディケイを止めてください!」「!」ホワイトナイトは、スティルボーンがここまで叫ぶのに驚いた。そして、ディケイを振り返るとさらに驚愕の度合いを強めた。「ナンダ!?」

「アバアアアッ!」「アバババババ!?」コイルガンを、マッチロックの腕を、それは、それらは這い上がっていた。ディケイの胴体から腐敗した緑色の何かが蟲のように広がっていた。(何だってんだ)「ホワイトナイト=サン!」「アア…ワカッタ!」ホワイトナイトは駆ける!「…」マッチロックの抵抗が止んだ。病んだ緑は尚も、彼を侵食し続けている…

「ミチェル=サン!」ホワイトナイトがディケイの手を掴んだ。「アバーッ!」「グウウウッ!」人間のリミッターを超えた、ズンビーの腕力は実際インキュバスでさえ手こずる!「ミチェルウウゥ!」スティルボーンは叫ぶしかなった。

「アバアアアッ!」「グワーッ!」吹き飛ばされるホワイトナイト!「アバッ!」ディケイのディスプレイには、「活動限界な」のアラート表示が灯っていた!「ダメ!ミチェル、その人は!」「アバアアアッ!」しかし、ディケイには声が届いていないようだ。このまま、彼女はホワイトナイトを害するのか!?

その時!「…カヒュー…」「…?」ディケイの鋭敏な聴覚に微かな呼吸音をが聞こえた。「ミチェル!」「…!?」そして、姉の存在に気づいた。敵は!?
そして周りを見た。決着はすでについていたのだ「アバッ…」下に倒れているのは、姉をかばっていた着流しのローニン…「カヒュ…」「アバ…!」やはりまた聞き覚えのある呼吸音が…「キデフミ…」そう、もう一人、助けねば…

◆◆◆◆◆

(ン…?ここは?)目が覚めると、そこは何かの液体で満たされたガラスの水槽であった。(ナンダァ、オレァてっきり死んだもんかと…)自分は確かに、あの時胸に大穴をあけて意識を失ったはずだ、彼はそう思った。(ナンデ?…そうだ、あのガキンチョは…)彼は、サイバネの少女をかばって撃たれた。では、その娘はいずこに…

「オハヨ!」「!?」目の前に、いつの間にか白衣の男がいた。「その様子なら意識もはっきりしているみたいだね…誰か探していたのかい?」男は無表情であった。しかし、その仕草が雄弁にその喜色を表していた。「アンタは…それにここは何だ?」当然の疑問であった。

「私は〈歯医者〉、ここはその〈歯科技工所〉と言えばわかるかな?」「〈歯医者〉だと?」つまり、彼は死んだのではなく、死ぬ寸前に検体にされたのだ。(大人しく、死んどきゃよかった…)「そんなに怯えなくていい」「ビビッてなんかいねェ!」彼は、脊髄反射的にすごんだ。しかし、状況は檻の中のモルモットである。このリアクションの何と滑稽なことか。

新薬の被検体か。何かのサイバネのダミー人形か。さもなくば、自我を消されて奴隷か。この退廃都市で、闇医者とヤクザに恩を売ったモノの末路は暗い。
「まあどちらでもいいさ。単刀直入に言うが、君は私の資産となった」「資産ね…」(ほら見ろ…まあしくじった上に、その辺のガキに絆されたアホにゃ、お似合いの末路だ)彼はすべてを諦め俯いた。

「ああ、資産だ」「俺をかっさばくのか?それともヤク漬けに?」彼は想像したことをそのまま質問した。「すまないね。それがウチの家業だからね」「そうだろうよ…家業?」これから実験台にする相手には似つかわしくない言葉選びであった。「家業だと、俺はアンタの資産になったんだろ?」

「その通り、マッポーの世では家族こそ最大の資産と言えないかな?」「家族ゥ!?」全く予期しない返答であった。「こんな見ず知らずの俺が?イカレテンノカ!」彼は思わずヤクザスラングを叫んだ。「そうだ。君は家族になるにふさわしい」「…」「なぜなら、オニイチャンがちょうど必要だったからね…」「オニイチャン…」(あのガキと同じ?いや待て、ガキの親は確か…)

「…アンタ、アイツの親か?」「アアスマン。自己紹介がまだだったね。そう、父親のタキモニ・ゾニオカだ」「こりゃドーモ…」彼の中ですべてがつながった。「ちなみに、ここに運んだのは、ミチェルとその姉だ。」(死に損なったうえに、結局ガキにおんぶにだっこかよ…)彼は自分の不甲斐なさに憤った。

「残念ながら、私たちは戸籍がなく、さらに言えば、君も知っての通り闇家業だ。そして、君に選択権はない」「こんな情けない若造に何ができンだよ…」「…」「アンタの娘、サイバネを使いこなしてた…俺はガラになく助けようとしたが、結局助けられた」「…」「俺がアンタらにしてやれることなんて…」「それは違うよ」「エッ」

「君のことは調べさせてもらった。サマゲ・キデフミ。20歳…」「!」「両親は10年前に離婚し、施設に入るも、そこはヤクザの資金洗浄に使われていた…」「…」「ヤクザクランに勧誘されて盃を受けた」「知ってンなら、ナンデ?オレァヤクザですらないハンパモンになったんだよ!アンタの娘のせいで!」「そうだ。それはスマナカッタ」「ジャア…」

「私にそっくりだからね…」「…どういう?」「そのままだよ。私もかつてタメヤスのもとで仕事をした」「!?」「家族がいない苦しみもよく知っている。そして、その治し方も…」「…」「まあ別に、同情してほしいわけでも、してるわけでもない。変に気にしないでくれ」「…ナア」

その時、部屋に入ってくる者がいた。「オトウサン…キデフミ…グアイ」
キデフミはその者が誰か一瞬分からなかった。白い髪、青白い顔には、ところどころ黒ずんだ死斑の様なものが浮かんでいた。義手と義足になっていた。それを除けば、あどけなさの残る顔立ちであった。手足は普段使いの比較的自然な「キデフミ!オキタ!?」「オハヨ、ミチェル!キデフミは家族になると言ってくれたよ」「ホントォ!?」

「エ!?まだ何も言って…」「キデフミィ!コレカラ、ヨロシクネ!」「アッ、イヤ…」「ドウシタノ?」ミチェルは首を傾げた。「アッ、モウ、ヨビステジャナクテ…ソノ」「イヤそこじゃなくて…」「オ…オニ、オニイチャン!」彼女は、もじもじとキデフミの反応を窺がった。「…ハァー、もういいよ。俺にゃ選択の余地ないし…」彼は根負けした。「ヤッター、オニイチャンダァ!」

「…そう言ってくれて、私もうれしいよ…」白衣の男、ゾニオカは二人のやり取りを無表情で見つめていた。キュイイイイン!目の機構が動き、娘、ミチェルのバイタルサインを表示した。(あの娘の腐敗を制御するには、親愛を向ける対象…これから第二次性徴に入る、その時より不安定化が危惧される)この元ヤクザは、確かにそこまで被検体として有用ではない。(だが、この青年は、少なくともこの娘にとって好ましい人間のようだ。それに秘密を知った彼を野放しにはできない…)

彼の心には、冷徹な打算、娘への親心、そして息子を持ちたいというセンチメントも含まれていた。(マモノとその伴侶は、染色体数は人間とそこまで変わらない。しかし、どうもマモノとなる際に、Y染色体はスポイルされるようだ。我々は、XXもしくはX0になり、結果的に男児には恵まれない。息子が欲しくないと言ったらウソになる。マティコ=サンも常日頃そう言ってたな…)彼は、言い訳めいて妻の笑顔を想像し、戯れる娘と〈息子〉を見守った。

【ザ・グレイトフル・デッド】終わり

◆魔◆魔物ムス名鑑♯10◆性◆
【ディケイ】
ズンビーのマモノ。本名、ミチェル・ゾニオカ。ゾニオカ家の中で最も改造比率が高く、また、ナノマシンを注入した影響で、言語野に重篤な障害を抱えているようだ。生まれ持った腐敗のジツを制御するため、平時はナノマシンとフルフェイス端末の装着を余儀なくされている。家族のいるところ(安心できる相手)では、かなり安定化する。三姉妹の次女。

◆魔◆魔物ムス名鑑♯11◆性◆
【リキッドインファント】
ズンビーのマモノ。本名、マニミ・ゾニオカ。5歳児程度の見た目をしている。改造は、電脳化程度で長女に次いで改造されていない。三姉妹の末妹。

◆魔◆魔物ムス名鑑♯12◆性◆
【キデフミ・ゾニオカ】
非魔物娘。旧名、サマゲ・キデフミ。男性を目的とした薬品の試験や、成人男性向けサイバネプロダクトのモニタリングを主に行う。グリコには弟として何かとこき使われ、ミチェルには兄として遊び相手に付き合わされ、マニミにはハッキングの実験体に使われている。最近、z傷の治りが速くなったり、出血が少なくなった。長男。
24/07/01 17:46更新 / ズオテン
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