連載小説
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セクション4
「アイエエエ!」キデフミは、街灯の消えた川べりの公園に投げ出された。「アバーッ」数秒遅れて、〈ノロマ〉が胴体を戻し、両足の杭を合流させて着地した。「ハアーッ!」キデフミは数十分ぶりの地面に安堵し大きく息を吐いた。

「アバーッ。アヤマッテ!」「ハア?謝ってほしいのはこっちだよ!」〈ノロマ〉はその金属質の両手を振り上げ、青年ヤクザに抗議した。キデフミはそれに怒りで返答した。「大体、おまえは何者なんだよ!?どうして道の真ん中でボーッと突っ立てたんだよ!」キデフミは自暴自棄から疑問について問いただした。「アバー?」「オマエキコエテンコラー!」青年ヤクザは、ヤクザスラングで怒鳴りつけた!コワイ!

「アバッ!」フルフェイス端末の下で〈ノロマ〉は目の前のヤクザに驚愕した。「大体よォ!こんな両手足サイバネのガキがカタギなワケねえよな!?いつも俺のミスにグチグチ言いやがって、クソどもが…」キデフミは上司たちの判断ミスが招いた結果だと吐き捨てた。「ナニイッテルノ?」「ウルセッゾ!」青年ヤクザは、怒りのあまりメリケンサックの嵌った拳を振り上げた!「アバーッ!コワイ…イジメナイデ…」「アアン…?」キデフミは訝しんだ。よく相手を見てみると、自分の背丈の半分もない少女だった。先ほどから、サイバネの物々しさに不釣り合いなほど、この少女は仕草や言葉が幼かった。

「ウエエエン!コワイヨォ!オカアサン!オトウサン!オネエチャン!」「オイッ…」青年ヤクザは、拳を下ろし少女の様子に狼狽えた。「ミンナ…ドコォ…」「…!」彼女の慟哭にキデフミはフラッシュバックを見た。⦅母さん…父さん…ナンデ?俺のこと置いてったんだ…?⦆離婚した両親は彼を連れて行かなかった。それでも施設に連れていかれるまで、空っぽの家で二人を待っていた。(オトウサンだと思ってた人にも、今日会えなくなっちまうな…)彼を拾い上げた渡世の親も、今宵の失態を知れば敷居を跨がせないだろう。

「コワイヨォ…ドコォ?」「…」キデフミは、〈ノロマ〉の状況に自分の境遇に重ね合わせた。「なあ、ガキンチョ?おまえ、迷子だったのか?」青年ヤクザは、思わず質問した。「グスッ…」「泣いてちゃわかんねえよ…」キデフミは、膝を折って、少女に目線を合わせた。フルフェイス端末の液晶が、彼の居心地の悪そうな顔を映し出した。

「オイッ」「ヒッ」少女は身を竦ませた。「ソノ…俺が悪かったよ…」「…」キデフミは頭を掻いて謝罪した。「家族に会いたいか…?」「…ウン…」少女は首を縦に振った。「ワカッタ…俺もこのままオメオメクランに戻れねェ。一緒に探してやるよ」青年ヤクザは、精いっぱいの虚勢で〈ノロマ〉を落ち着かせようとしていた。「アリガト、オニイチャン…」「アッ?」少女は口を開いた。キデフミはその一言の意味を受け取れなかった。「アタシ、オネエチャンハ、イル…」「そうかよ」「オニイチャン、イナイ…」「俺は兄弟なんかいねェよ…」

「ジャア、ナンテヨンデイイ?」「オラァ、キデフミだ」「キデフミ…」〈ノロマ〉はその名前を反芻した。マスク型端末には「インプット完了な」の文字が点灯した。青年ヤクザは頷いた。「アバー…」少女はハッとしたように首をもたげた。「ゴメンナサイ、キデフミ…」「何がだよ?」「アタシ、キデフミノカゾク、タタイタ。トオクニツレテキタ…」「家族…」キデフミはクランの者たちの顔を思い出した。彼の先輩、トギタ=オニイサンにはいろんなことを教わった。目の前の〈ノロマ〉に殴り倒された。(義理も人情もねェな…オラァ、オニイサンの仇を助けようとしてる…)

しかし、彼は自分でも説明できない感情から、その仇敵に手を差し伸べようとしていた。そのほかの面々、同じ若衆や直属の上司エブキ、オトウサンのタメヤスのことを考えた。思えば、トギタには𠮟責や制裁はされど、同じくらい世話になった。ブレイク・コテの他の連中は、彼を足蹴にしこき使った。今夜の大失敗がなくとも、クランに居場所はない。(結局、つくづく家族には縁がない人生ッてか?)ヤバレカバレであった。

「オニイサンのことは許しちゃいねェが、あいつらは家族じゃねェよ」「…ソウ」〈ノロマ〉は、その返答に満足していない様子であった。「イクゾ…家とかあんのか?」「アル、〈歯医者〉ヤッテル!」「〈歯医者〉だと?」キデフミはその名に聞き覚えがあった。(サイバネ闇医者の一種じゃねェか…道理でこんな物騒な手足してやがる…)

二人は周囲を確認した。ウシミツアワーのこの辺りは、自動運転トラック以外は人っ子一人いなかった。「歓楽街、ついでにザンギョウ・オフィス街からも遠いってことか…」ザンギョウ・オフィス街とは、ニュートキオの中心地、ニホムバシ・ディストリクトから、都庁まで続く一帯の通称である。Y2K以降の破綻寸前の経済やインフラの維持のため、カロウシを黙認して24時間灯りがともっているのがその理由だ。その時!「キデフミ!」「どうした!」「ナニカ、キテル!」

公園の木々の上、何かが羽ばたいていた…それは、青く輝く人間のようであった。「クソ!今度は何だってんだ!」キデフミは言い知れぬ不安に顔をしかめ、懐からチャカ・ガンを取り出した。「アバーッ!」〈ノロマ〉も戦闘態勢に入った。そのスクリーンには「緊急事態な」の赤文字が点灯していた。「スッゾ!」青年ヤクザはチャカの照準を人らしき飛翔体に合わせた。「エッ」そして気づいてしまった。

青く輝く人間の足はカギ爪のようになっており、別の人型のものを掴んでいた。それは、煙を吐く筒を手にして、BLAMN!発射した!キデフミの目は、それが何か理解した。今宵だけでも、数度目にしたものだったからだ。(弾丸…)ソーマトが再び意識を覆う。そして、また「アバー…」〈ノロマ〉が前に出た…時間はゆっくりと彼らの危機を描き出していった。

◆◆◆◆◆

「イヤーッ!」「アバーッ!」二つの色付きの風がビルの屋上を駆けていた。「スティルボーン=サン!ホントにこっちで合ってるのか!?」片方の白い風は、もう一方の鈍色に尋ねた。「アバーッ!」風の間に、一瞬鈍色の頭が首肯の残像を残した。(チクショ!なんだってこんなことに…)白い風はここまでの経緯を振り返った。

「ホワイトナイト=サン、貴方の土地勘を疑うわけではないのですが、私共からも手助けできることがありまして…」そう言って、医者は生首を胴体に接合した。「私の娘を一人お貸し致しましょう」男は何らかのリモコンを培養槽の一つに向けた。SPLAAASH!培養液が勢いよく流れ、タイルを濡らしながら排水溝に注がれていった。そして、その床にゆっくりと足を着けるものがいた。

「アバー…」それは、ノースリーブのインナーじみた手術衣の少女であった。髪は濡れ顔に張り付いて、表情が見えないが、その肌は今首を取り付けたばかりの助手と同じ青白さであった。すぐさま、助手が彼女をタオルで拭いた。それは、サイバネ化された無骨な両手で、まるで母親が風呂上がりの子供を乾かすように速やかに行われた。

「オハヨ、グリコ。今日の調子はいいかい?」医者は無表情であったが、そのトーンはどこか父親めいていた。「アバー…お父さん!お客さんの前でこの格好は恥ずかしいから、カーテン位つけてよ!」見た目に反して、声は普通のティーネイジャーのようであった。「スマン!お父さん、緊急事態で慌てて…」「モウ!今度は怒るだけじゃすまないよ!」お父さんと呼ばれた男は、無表情のまま頭を下げた。『グリコ=チャン、女の子だものね!アナタ、デリカシーがちゃんとしていないと、嫌われますからね!』助手の方も合成音声で抗議した。

(何だってんだよ…)ホワイトナイトは頭を抱えた。ファミリー物のシットコムのような茶番めいたやり取りであった。「大丈夫ですか。鎮痛薬はもちろんありますが、アーモンドやヨーグルトも頭痛には覿面ですよ」まるで主治医のような口ぶりであった。「ドクター・モーグ=サン、冗談はさておき、そちらが娘さんということですか?」「アア、これはシツレイ。紹介致しましょう…」「お父さん!もう幼児じゃないから、ワタシ、アイサツくらいできるよ!」髪を乾かしながら、両手に紐状デバイスと櫛をもって、少女が割って入った。

「ゴメン、ではこちらのホワイトナイト=サンに自己紹介しなさい。ヨロシイですか?」モーグはホワイトナイトに同意を求めた。「ハーッ…オネガイイタシマス!」青年は諦めて大きく息を吐いた。それを聞いた少女は、濁った両目を嬉しげに開いた。「ハジメマシテ!ドーモ。ワタシ、グリコ・ゾニオカ、そしてスティルボーンです!」死体めいた見た目に似合わずハキハキした口調であった。「ワタシは、長女で、妹たちの存在を感知できます!」「それはすごいな…」ホワイトナイトは生返事を返した。

モーグはその反応に悦を覚えたのか、付け加えるように話し始めた。「どうですか?私はズンビー、イエ、マモノ特有の血縁における細胞の共振と言ったものを発見致しました。きっかけは、妻が私の精液を取り込んで、エネルギーに変換していることを実証しようとした時なのですが、そこである種の…」『アナタ!』「お父さん!キモイって!」助手はそのサイバネ義手で、娘はズンビーの膂力でモーグを殴りつけた!「アバーッ!」医者は壁に激突した。シャツの一部が破け、傷口からはケーブル状のものがはみ出た。「ハアーッ」ホワイトナイトは、一際大きいため息をついた。


「アバーッ!」「ハッ!」ホワイトナイトは、スティルボーンの呻きに反応した。彼女は、背中のリュックめいた装備からスコープを使って、川向うを注視していた。「ホワイトナイト=サン!」「見つけたのか!」「見つけたには見つけましたが…とにかく、向こう岸に!」そう言うな否や、スティルボーンはジェットパックを点火した。ゴオオオオ!彼女の体が宙に浮かんでいく。

「揺れますよ!」「エッ」ホワイトナイトが気付いた時には、彼はスティルボーンの背中から延びるアームに掴まれた!「アバーッ!」「アイエエエ!」二体のマモノは、ロケット花火めいて川に発射された!


◆魔◆魔物ムス名鑑♯9◆性◆
【スティルボーン】
ズンビーのマモノ。本名、グリコ・ゾニオカ。他の家族と異なり、その体自体は改造していない。マモノとしての生身の体であるため、魔力への親和性が高く、他の姉妹を感知できる。戦闘時は、背中に各種装備を詰めたユニットを接続する。三姉妹の長女。

24/06/23 18:33更新 / ズオテン
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