連載小説
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セクション1
ニュートキオ、エドゥガー・バシ・ディストリクト。中心地から徒歩数分の場所には、物々しい雑居ビルが存在していた。ここに事務所を構えるのは、ブレイク・コテ・ヤクザクラン、このあたり一帯に勢力圏を持つ小規模のヤクザである。創設したるは、ソウザ・タメヤスという、冷酷無比のサディストであった。

今、その事務所に猛スピードで向かう自動車が一台存在した。ヤクザ・リムジンである。運転席には、操縦手兼護衛の若手ヤクザ、助手席にはサングラスの中堅ヤクザが乗っており、奥には両側に部下を配置した、40代の男が座り込んでいた。彼は、クランの若頭、名をエブキ・サキヤという。その右手には、携帯通信端末が握られていた。

「エエ…エエ…ハイ!それはもう!ハイ、オトウサンのおっしゃる通りでして…」エブキは、電話越しの相手に平身低頭に相槌を打った。液晶の照り返しが、男のソフトモヒカンの陰影を強調していた。雰囲気から察するに、組長のソウザへの報告であろう。その時、助手席のサングラスのヤクザが何か異変を察知し、運転手の肩を小突いた。キキーッ急ブレーキ。「ウワッ!」若頭は携帯端末を落としてしまった。

「オイッ!?もっと慎重運転できねェのか!」「スンマセン!ちょいと、ノロマが道塞いでたもんで!」エブキは、運転手達を怒鳴りつけた。「チィ…カタギならすぐビビらせて、ドカシテコイヤ!」「「スグカタヅケマス!」」運転手ヤクザはメリケンサックを、助手席ヤクザは警棒を持って、それぞれ降車した。「ドコミテンダラー!」「当たり屋かオラー!」

後部座席からは、ヘッドライトの光に埃とともに映し出されたシルエットが少し見えた。ヤクザに恐れをなしたのか、〈ノロマ〉はふらふらとうつむいて震えていた。「テメェ、耳にクソでも詰まッてんのか!?」運転手ヤクザは、威圧的に右手のメリケンサックを誇示して凄んだ。「…」助手席ヤクザは、肩に警棒をバウンドさせながら、後輩ヤクザと〈ノロマ〉を観察した。(なんか、オカシイぜ…)そして、相手の異様な雰囲気に訝しんだ。

〈ノロマ〉は、前のめりにうなだれていたが、それを考慮しても目算で4.5フィートほどの身長であった。髪は、老人めいた白髪で、ネオン様に光るデバイスでピッグテールズ(訳注:二つ結びか)に留められていた。顔は、フルフェイスのマスク型端末により、表情がうかがえず、その液晶には「調整中な」の黄色文字が浮かぶのみであった。

「ヤクザ、ナメんのもいい加減にしろや!」シビレを切らしたメリケンサックのヤクザが、〈ノロマ〉に掴みかかろうとした!「オイッ!コイツ、なんかオカシイ!ウカツに…」警棒のヤクザは、後輩を止めようとした、その時!
「アバーッ!」「「!?」」いきなり、小柄なシルエットが、痙攣したかのように頭を振り乱した。「ナ、ナンヤクデモやでもやっての…」メリケンヤクザが、足を止めたその瞬間、「アバーッ!」「エッ」彼は、フルフェイスマスクの下の目と交錯したかのような錯覚に陥った。

「ソイツを近づけんなよ!」「アッ、わかりやした!」警棒ヤクザの指示に、メリケンヤクザは意識をつなぎとめた。彼は、改めて相手を見据えた。ハイスクールにも入ってねえガキか?デバイスは、マケグミじゃ手が出ねえが…あんなサイバネ、親が許可するか?)彼の困惑も無理はない。両手足は、戦争映画のヴェテラン軍人のような、無骨な義手・義足に換装されていた。腕は、油圧式ピストンの骨組みが見えており、脚は、青白い太ももの下からセラミック製のカリブ海賊じみた杭が生えていた。

「アバーッ!」「アア?チェラッコラー!」メリケンサックヤクザは、〈ノロマ〉の咆哮に威嚇じみてヤクザスラングを返した。彼は、半分異様な両手足については考えないように、自分を鼓舞するためでもあった。「オニイサン、ヤッチまいましょうぜ!」「…大丈夫か?」「まかせてくだせえよ!」メリケンサックはファイティングポーズを取った。警棒ヤクザは逡巡したが、「油売ッてんじゃねえぞ!ケリつけろい!」リムジンからの催促に、エモノを構えた。

「ザッケンナコラー!」メリケンサックは、右手を大降りに振りぬいて突撃した!「アバーッ!」〈ノロマ〉は緩慢な動きで、ヤクザの攻撃を迎え撃とうとした。「オセエンダヨ!」彼の右腕は、〈ノロマ〉のものと交差する寸前、ステップを利かせて、防御腕を逸らすことに成功した。「アバーッ!」〈ノロマ〉は、腕がはじかれ隙をさらした。

「スッゾオラー!」警棒は、この隙を見逃さず、下から掬い上げるように、隙を狙った!いかにサイバネを施そうが、生身の胴体であれば警棒程度でもイッポンを取れる。彼の長年の経験はそう結論を出していた。しかし…「アバーッ!」「ナニッ!?」男の警棒は過たず、〈ノロマ〉の胴体を打った。見立て通り生身で、スポーツウェアめいた上下以外何も着ていない、幼児めいたイカ腹に確かに打撃を入れた。(手ごたえがない…?)その一瞬が命取りとなった。

「アバアアアアッ!」ガシュンガシュン!サイバネ義手が駆動し、フルフェイス端末には「緊急事態な」の赤文字が灯った。「スッゾ!」メリケンサックは危険とみて、後ろに跳んだ。「クソッ…アレッ!?」警棒も離脱しようとしたが、エモノが動かせない!「オニイサン!」「チクショッ!ハナレロヤ!」しかし、力を籠めれば籠めるほど、警棒は胴体に吸い込まれる、否取り込まれていた!(ナンダ…何なんだよ!?)〈ノロマ〉の病的に青白い皮膚とそこから染み出すような金属は、膨張し警棒の先端をすでに飲み込んでいた。

「アバーッ!」「グワーッ!」胴体とネオン様に光る金属管で繋げられた、大柄なサイバネ義手は、蒸気を吹き出しピストンを駆動して、警棒ヤクザを殴りつけた!「ウワアアア!オニイサン!?」メリケンサックヤクザは、先輩が崩れ落ちるさまを見ることしかできなかった。「アバーッ!」「アイエッ」〈ノロマ〉がこちらを見た。その胴体は、先ほどまでのスポーツウェアから、ところどころ金属片が付き出し、死体めいた素肌が見えていた。(殺される…)

「「ザッケンナコラー!」」BANG!BANG!「アバーッ!」「アイエエエ!」一部始終を見ていた護衛のヤクザ達が、エブキの指示のもと加勢に入った!「「スッゾオラー!」」BANG!BANG! 「アイエエエ!」メリケンサックヤクザに当たる可能性を無視し、ひたすら銃撃!BANG! 一発の弾丸が、メリケンサックの方に逸れる!その軌道は、彼の顔面の正中線へ!アブナイ!

「ア…イ…エ…」メリケンサックヤクザの主観時間が、数百倍に引き伸ばされていった。彼が物心ついた時の記憶、両親が離婚した記憶、施設でけんかに明け暮れた記憶、今のオトウサン、タメヤスに拾われた記憶。「エ…エ…」両親が残したものは、「キデフミ」という名前だけである。そして、ついに銃弾が目の前に!「アバーッ!」そのシャウトに、彼の主観時間は元に戻った。

「エッ…?」キデフミには何が起こったか理解できなかった。先ほどまで、彼に襲い掛かろうしていた、〈ノロマ〉が彼と銃弾の間に入り込んだのだ。コンマ数秒にも満たないその数瞬、〈ノロマ〉の脚部サイバネはパイルバンカーめいてコンクリートに突き刺さり、その反動でワイヤが射出され、異常加速していたのだ。「アバーッ!」銃弾は、その胴体で受け止められた!

キデフミは、呆然と立ち尽くした。(何だッてんだ?助けられた…?)「アバーッ」「エッ」〈ノロマ〉は再び彼に振り向いた。その液晶画面には、「護衛モードな」の赤文字が灯っていた。(ごえ…い…?)「アバーッ!」ガシュン!「アイエエエ!」その意味するところを理解する前に、〈ノロマ〉のサイバネ義手がワイヤとして射出された。「アバーッ!」「アイエエエ!?」ゴシュー!彼を掴んだまま、もう片方のワイヤがビルの壁面に命中!そのまま巻き取られ、2人は宙に投げ出された!

「アバーッ!」「アイエエエエエエ…」〈ノロマ〉とキデフミは、叫び声を残して街の暗闇に消えていった。ヤクザリムジンでは、護衛の2人が唖然とその光景を見つめていた。「クソッ!上にどう報告すりゃいいんだ…」若頭、エブキは、この失態とケジメ回避について考えようとした。「チクショ…アーイイ…」とりあえず、キツケ・ドリンク剤を一本開けた。

◆◆◆◆◆

ニュートキオ、ジンボチョ・ディストリクト。川近くの雑居ビルには、丸々一棟、全階が〈歯医者〉となっているものが存在する。〈歯医者〉とはこのあたりの隠語で、「医師免許不問」のクリニックを指す。

そんな、クリニックの一つ、「ウミノモリ・デンティスト」にて〈歯の治療〉を受ける青年がいた。「センセイ…オレのオプティックの調子はどうですかね?」髪を短く揃え、着流しを着た男は、神妙な面持ちで〈歯科医師〉に義眼について尋ねた。医師は、白髪交じりの長髪を後ろに束ねていた。横に控える看護師と思われる肌の青白い女性は、特徴的なフルフェイス端末を装着していた。

「そうですね、結論から申し上げますと、ケンネイ=サンの義眼は全く問題ありません…」〈歯科医師〉は努めて真顔で答えた。「ヨカッタ!…ン?義眼は?」ケンネイは含みのある表現に気づいた。「エエ…あなたの以前の採決結果と、今回の検査での比較で、引っかかる点がありまして…」医師は、メガネの鼻当てを左手の人差し指と中指で押し上げた。

「と、言いますと…」「…」〈歯科医師〉は言葉に詰まり、数秒後首を振って息を吐き、話し始めた。「あなた、人間ではなくなっていますね?」「…」ケンネイはわずかに眉根を動かした。「その反応…やはり…」「やはりか…仮に人間じゃねェとしたら、アンタはオレにどうする気だ?」ケンネイは医師を睨みつけた。

〈歯科医師〉は再び息を吐くと、傍らの看護師に目配せした。看護師のマスクには、「命令受理な」の文字が灯った。カシュー…圧縮空気が解放され、マスクが二つに割れた。「ナ…アンタ…てことは…」ケンネイはその素顔に驚愕した。その容貌は、静かな雰囲気の美人といったところであった。土気色の顔と、手術痕、右目のカメラアイを除けば…

「この街で10年の間、開業医を…無免許ですが、やっていればこういう案件も一度や二度ではありませんのでね…」医師は、そういって看護師の髪を優しく撫でた。「ドーモ。ゾニオカ、イエ、こう名乗りましょうか…ドクター・モーグです」オジギを行った。
24/06/08 20:20更新 / ズオテン
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