プロローグ
ゴウゴウと雨の降りしきるウシミツアワー。雨でぬかるみ、さらには何らかのプラスチックや金属片によって、この一帯は歩くこともままならない有様であった。この場所は、ニュートキオ廃棄物埋立処分場、通称「シーサイドフォレスト」。ここに今、5人の男女、否、4人の男と死んだ女が1人いた。
BANG!今、さらに一人が死体に加わろうとしていた。「ハアアアア!全く、手間かけさせやがッてよォ!」角刈りにアロハシャツの男が、胸を撃ち抜かれた男を足蹴にしていた。「ウグウウウ…ブハッ」半死人は痛みに耐えかね、何かを言おうとしていたが、喀血により咳き込むだけであった。アロハシャツの男の後ろに控える2人は、あいまいな笑みでその光景を見ていた。
「タメヤス=サン、もうソイツ虫の息ッスよ…」「そうッスよ、もうこのまま死ぬからほっときやしょう、オニイサン」舎弟と思われる2人は、アロハシャツ、タメヤスを説得した。「アッコラー!俺に指図すんのか!エブキィ!ノキカタ!」ナムサン!このスラングはすなわちヤクザ!この3名は、女の死体と今殺した男をここで処理するつもりである!「「スミマセン!」」舎弟たちはオジギした。
「お言葉ですが、オニイサン!明日は朝から、オトウサンのとこで、シノギの報告しなきゃで!」ソフトモヒカンに、頬に傷のある舎弟、エブキはオジギ姿勢のまま兄貴分を諭した。「カヒュー…カヒュー…」胸に穴の開いた男は、すでに瞳に光なく、死前喘鳴を起こしていた。タメヤスは、彼を一瞥すると、エブキに向き直った。「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」ヤクザはオジギ姿勢の舎弟の顎に蹴りを入れた。
「テメエ、ヤクザ何年目だ!?オニイサンにナマ言いやがって!」タメヤスは、焦点の合わない両目で倒れたエブキを睨んだ。「ただまあ、俺も丁度雨がウザッテェのと明日の予定のこと思い出してきたトコだ。まあ、歯の一本で許してヤッカ?」「エ?」ヤクザはもう一人の舎弟に相槌を求めた。「ウン?俺の言ったこと聞こえなかったか?」ノキカタは震えた。「でっでも、オニイサン!オレァ、エブキほど口ごた…」「ソマシャッテコラー!」「グワーッ!」ヤクザは、舎弟の前歯をねじ切った。
「フーッ。ケジメついたな?じゃあ、解散な」タメヤスは気が済んだのか、落ち着いてこの場を離れた。「イッテェ!」「オニイサン、待ってくだせェ!」2人の舎弟は後に続いた。「カ…ヒュー…」「…」その場には、虫の息の男と物言わぬ女が残っているのみであった。「ウ…ア…」「…」男は、女に弱弱しく手を伸ばした。当然、返事はなかった。
「…」男の視界はすでに、黒く塗りつぶされてきていた。瞼は重く、最早、指の感覚すらなかった。ズゾしかし、その耳は確かに音を聞いた。「…?」その手には何か感触があった。「アバー…」「…!」地の底から聞こえてくるような、ジゴクめいた呼吸音であった。「アバー…」「カ…ヒュ…」彼は声に返答しようとした。
「アバー…ン…」「ムグ…」わずかに残った唇に何かが触れる感覚に、男は反射的に目を開いた。血に混じって、死臭に包まれた泡を味わった。「アバー…」「ゲホッ」彼は腥さにえづいた。「ゴボボボボーッ」血と吐しゃ物が胃からせり上がり、その感覚が皮肉にも〈生〉を思い出させた。
「ハアーッ…ハアーッ…」男ははっきりと視界を取り戻し、荒く息を吐いた。「アバー…」彼は声の主に向き合った。「やはり、君は生きていた…いや、死んではいなかった、と言った方が正しいのでしょうか…」「アバー…?」男は返答を期待せずに、相手に話しかけた。それは〈生者〉ではなかった。髪は、乱雑にされ、血と脂に塗れていた。顔は腐敗が始まっており、左耳は欠け、右目は眼窩を残して無くなっていた。首には縄で絞められた跡があり、肩や肋骨の骨がいくつか見えていた。あとは全裸で、ところどころには生傷が痛々しく残っていた。ズンビーである。
「…」「アバー…」男は、ズンビーをひとしきり確認し、そして自分の胸を見た。暖かい血が穴から溢れていた。着ていた白衣はボロボロで、辛うじて「研修医 ゾニオカ」というネームタグがしがみついていた。(僕の命ももう長くはないか…最期がズンビーと一緒とは…)
「アバー…」「どうしたんですか?」ズンビーは不意にゾニオカにもたれかかった。彼は、彼女を助け起こした。「アバー…」「?」死体は、その手を白衣の胸ポケットに置いた。そこで、ゾニオカはよりはっきりとこのズンビーの損傷に気づいた。右手は、親指以外をケジメされており、左手は、手首から存在しなかった。右脚は膝の部分で開放骨折しており、立っているのが奇跡であった。(そもそも、死体が動いているのがフシギだ…)
「アバー…」ズンビーは上目遣いで顔を覗き込んできた。右目がないことと、土気色の顔を除けば、整っていると言えた。「アバー…」「アア…一本残っていましたね」ゾニオカは彼女が気にしているものに思い至った。胸ポケットには、注射が最後の一本残っていたのだ。内容物は、ニュートキオでは危険性から既に製造中止になった、「ネオキ553」だ
「ッ!キクーッ!」ゾニオカはモルヒネ代わりに、首に注射した。「アアーッ遥かにいい」彼は仮初に身体機能を覚醒させた。(ある意味、これで僕もズンビーか…)「アバー…」「そういえば、君のお名前、ヤクザ達には教えてもらっていなかったですね…」「アバー…?」「イエ、コッチのハナシです」ゾニオカと死体は、フラフラと歩き始めた。彼らの向かう先は、どのようなジゴクであろうか…
BANG!今、さらに一人が死体に加わろうとしていた。「ハアアアア!全く、手間かけさせやがッてよォ!」角刈りにアロハシャツの男が、胸を撃ち抜かれた男を足蹴にしていた。「ウグウウウ…ブハッ」半死人は痛みに耐えかね、何かを言おうとしていたが、喀血により咳き込むだけであった。アロハシャツの男の後ろに控える2人は、あいまいな笑みでその光景を見ていた。
「タメヤス=サン、もうソイツ虫の息ッスよ…」「そうッスよ、もうこのまま死ぬからほっときやしょう、オニイサン」舎弟と思われる2人は、アロハシャツ、タメヤスを説得した。「アッコラー!俺に指図すんのか!エブキィ!ノキカタ!」ナムサン!このスラングはすなわちヤクザ!この3名は、女の死体と今殺した男をここで処理するつもりである!「「スミマセン!」」舎弟たちはオジギした。
「お言葉ですが、オニイサン!明日は朝から、オトウサンのとこで、シノギの報告しなきゃで!」ソフトモヒカンに、頬に傷のある舎弟、エブキはオジギ姿勢のまま兄貴分を諭した。「カヒュー…カヒュー…」胸に穴の開いた男は、すでに瞳に光なく、死前喘鳴を起こしていた。タメヤスは、彼を一瞥すると、エブキに向き直った。「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」ヤクザはオジギ姿勢の舎弟の顎に蹴りを入れた。
「テメエ、ヤクザ何年目だ!?オニイサンにナマ言いやがって!」タメヤスは、焦点の合わない両目で倒れたエブキを睨んだ。「ただまあ、俺も丁度雨がウザッテェのと明日の予定のこと思い出してきたトコだ。まあ、歯の一本で許してヤッカ?」「エ?」ヤクザはもう一人の舎弟に相槌を求めた。「ウン?俺の言ったこと聞こえなかったか?」ノキカタは震えた。「でっでも、オニイサン!オレァ、エブキほど口ごた…」「ソマシャッテコラー!」「グワーッ!」ヤクザは、舎弟の前歯をねじ切った。
「フーッ。ケジメついたな?じゃあ、解散な」タメヤスは気が済んだのか、落ち着いてこの場を離れた。「イッテェ!」「オニイサン、待ってくだせェ!」2人の舎弟は後に続いた。「カ…ヒュー…」「…」その場には、虫の息の男と物言わぬ女が残っているのみであった。「ウ…ア…」「…」男は、女に弱弱しく手を伸ばした。当然、返事はなかった。
「…」男の視界はすでに、黒く塗りつぶされてきていた。瞼は重く、最早、指の感覚すらなかった。ズゾしかし、その耳は確かに音を聞いた。「…?」その手には何か感触があった。「アバー…」「…!」地の底から聞こえてくるような、ジゴクめいた呼吸音であった。「アバー…」「カ…ヒュ…」彼は声に返答しようとした。
「アバー…ン…」「ムグ…」わずかに残った唇に何かが触れる感覚に、男は反射的に目を開いた。血に混じって、死臭に包まれた泡を味わった。「アバー…」「ゲホッ」彼は腥さにえづいた。「ゴボボボボーッ」血と吐しゃ物が胃からせり上がり、その感覚が皮肉にも〈生〉を思い出させた。
「ハアーッ…ハアーッ…」男ははっきりと視界を取り戻し、荒く息を吐いた。「アバー…」彼は声の主に向き合った。「やはり、君は生きていた…いや、死んではいなかった、と言った方が正しいのでしょうか…」「アバー…?」男は返答を期待せずに、相手に話しかけた。それは〈生者〉ではなかった。髪は、乱雑にされ、血と脂に塗れていた。顔は腐敗が始まっており、左耳は欠け、右目は眼窩を残して無くなっていた。首には縄で絞められた跡があり、肩や肋骨の骨がいくつか見えていた。あとは全裸で、ところどころには生傷が痛々しく残っていた。ズンビーである。
「…」「アバー…」男は、ズンビーをひとしきり確認し、そして自分の胸を見た。暖かい血が穴から溢れていた。着ていた白衣はボロボロで、辛うじて「研修医 ゾニオカ」というネームタグがしがみついていた。(僕の命ももう長くはないか…最期がズンビーと一緒とは…)
「アバー…」「どうしたんですか?」ズンビーは不意にゾニオカにもたれかかった。彼は、彼女を助け起こした。「アバー…」「?」死体は、その手を白衣の胸ポケットに置いた。そこで、ゾニオカはよりはっきりとこのズンビーの損傷に気づいた。右手は、親指以外をケジメされており、左手は、手首から存在しなかった。右脚は膝の部分で開放骨折しており、立っているのが奇跡であった。(そもそも、死体が動いているのがフシギだ…)
「アバー…」ズンビーは上目遣いで顔を覗き込んできた。右目がないことと、土気色の顔を除けば、整っていると言えた。「アバー…」「アア…一本残っていましたね」ゾニオカは彼女が気にしているものに思い至った。胸ポケットには、注射が最後の一本残っていたのだ。内容物は、ニュートキオでは危険性から既に製造中止になった、「ネオキ553」だ
「ッ!キクーッ!」ゾニオカはモルヒネ代わりに、首に注射した。「アアーッ遥かにいい」彼は仮初に身体機能を覚醒させた。(ある意味、これで僕もズンビーか…)「アバー…」「そういえば、君のお名前、ヤクザ達には教えてもらっていなかったですね…」「アバー…?」「イエ、コッチのハナシです」ゾニオカと死体は、フラフラと歩き始めた。彼らの向かう先は、どのようなジゴクであろうか…
24/06/07 11:41更新 / ズオテン
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