読切小説
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ロイヤル・チョコレート
「…次に生徒会長にご登壇いただきます」司会のその言葉で、全ての教員と生徒が体育館の舞台に顔と意識を向けた。あまり生活態度のよろしくない生徒、実直が過ぎて厳しい先生、私語をするふざけ屋、暖房の加減で眠そうにする者…全てが生徒会長に畏怖と尊敬の中間の感心を向けた。

「おはようございますわ。わたくし、凛々庵悠里(リリアン・ユリ)から皆様に日頃の感謝をお伝えしたく思います」彼女は、芝居がかった動きで翼を広げ、扇子で自らを仰ぎながら続けた。その長く、均整の取れた指には、「亮」の文字が彫られた指輪が嵌まっていた。

「二月といえば、きさらぎとこの国の古い呼び名で言いますわね?当て字では、『如月』…でも、意味に忠実にしますと…『衣更着』つまり、服を重ね着する程の寒さですわ。最近、雪が振りましたのも記憶に新しい」しかし、悠里は言葉と裏腹に火照った身体で、冬服を着崩していた。

「全生徒、教員各位の皆様におかれまして、寒い思いをされていると感じました。そこで、わたくしからの贈り物として、カラダとココロを熱くし…以て互いを慰撫していただきたいと存じます!」扇子をピシャリと閉じて、見下ろす聴衆に向けた。その瞬間、空調から甘いカカオの薫りが広がった。「魔力の塊、ダークマターは、皆様ご存じかと思いますが、それとチョコレートを融合させましたの。今や、この校舎は全てがチョコレート…甘く、蕩け、熱くなる…滋養もたっぷり♡」

たちまち、体育館は阿鼻叫喚。生徒も教師もなく、白目を剥き、涎を垂らし、互いに貪り合う。生徒会長は、そんな異常事態に満足そうに頷いた。「さてさて…南原(ナンバラ)くんはどう出るかしらね?」

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「凛々庵女史め、悪巫山戯にも程があろうもの…」詰襟の学ランに、「風紀委員長」の腕章が目を引く。青年の名は、南原亮十郎(リョウジュウロウ)という。凛々庵とは幼なじみであり、ライヴァルであり、腐れ縁である。

「校内で如何に校則を違反せずチョコレートを渡すか、だと?あの女(ひと)は、くだらないことに、毎年全力を尽くす…」小学校のカルタ大会:白熱した2人は、和室の畳ごと掘り返してしまった。中学校の球技大会:ドッヂボールで、まさかのラリー対決(互いのチームメンバーを外野送り)「去年は、確か…秋穫前夜祭の百鬼夜行…」山ン本五郎八(サンモト・イロハ)…他校の生徒会長まで巻き込んでの大立ち回りだった。

「ならば、こちらにも考えがあるというもの!凛々庵女史、この南原亮十郎を見縊るてか?!」風紀委員長は、この日に向けて「秘密兵器」を用意していた。兼部している部活で借りた、「陸上部の槍」、「フェンシング部のレイピア」、「吹奏楽部のビューグル」、「剣道部の防具」、そして「最終兵器」である。

「精々、その玉座(生徒会長席)で待っておれ!」彼は、手の中にある「悠」の指輪を握りしめた。その輝きは、今朝演説した彼女の指と同じ光を放っていた。色めくは、幼き友情と、若気の対抗心、そして秘めたる感情に他ならない。

カカオフレーバーの甘ったるい薫りが充満する廊下を、重武装の勇者は校則違反しないように、折り目正しく通行した。男女が大捕物を演ずる中、彼はその槍を奮った。たちまち、光の壁が生まれ、今にも取っ組み合い…抱擁すれすれの女子と男子生徒の間を縫った。「校則には、『校内』での異性あるいは同性の不純的交友は禁止だ!」

亮十郎は、ブーイングする大勢の生徒を後ろに生徒会執務室へと歩を進める。「わざわざ、校舎でやるから、我々も目くじらを立てざるを得んのだ。せめて、TPOを弁えろと言っている!下校時間、帰宅して、保護者に一報をいれよ!校外でかつ人気のある場所で交換や譲渡するは生徒の自主・自由なり!」ビューグルを掻き鳴らし、全員を鎮静化せしめる音曲と言葉を放った。

彼は、後ろを振り返らない。(この亮十郎とて今めく男児なれば、すなわち色を知り、風情を解する…)学校という空間で、制服を着た状態で、チョコレートを渡し、互いの心通じ合い、あわよくば接吻と抱擁を交わす…なるほど、機微は痛いほど理解できる。だが、それを律することが、学び舎の「教育」であることも、また正なり。

「凛々庵女史…パンとサーカスで学園を支配できると思うてか?ならば、俺は君を止めねばならぬ。強制的な発情でなく、少しずつ『行ったり来たり』やきもきするような、甘く酸い、爽やかな愛でなくば…それが自我の発露であり、他者への共感…恋愛というものではないのか?」

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「…ようやく、来たのね」「ああ…来たともさ」悠里は、満身創痍の亮十郎を鷹揚に出迎えた。「では、早速…」「待った!」「何かしら?」銀髪の淫魔は、完全武装の戦士からの提案に訝しんだ。

「君との小競り合いは、普段であればいくらでも付き合う…」「まあ、嬉しいことおっしゃって」悠里はご満悦と言いたげだった。「…だが、今は用事があるので…さようなら!」「なんですって…!?」亮十郎の行動は、全くの想定外であった。勇者は、巨悪に背を向けて、廊下に徒歩で去って行く。

「…お待ちなさいな!」悠里には狙いがあった。これだけの騒ぎを起こせば、この堅物は必ずや自分を成敗に来ると。今度こそ、このライヴァルに引導を渡し、そして完膚無きまでに敗北せしめ、チョコレートを手渡す。飴と鞭、落として上げる…吊り橋効果etc.しかし、その野望は亮十郎の一存で崩壊した。

「どこへ行くのかしら?逃げたところで、この学園の惨状は解決しないのよ!」「知ったことではない。俺には待ち人がおる故に」「あら、聞き間違いかしら?待ち人?貴方に?」「聞き間違いではない。俺は、ある人物に用がある…そして、本日を持って俺の心の内を告げるつもりなのだ」「…そ、そうね…貴方も年頃の男児…ましてや今日は…」

今日は、春入りと恋始めの日(ヘーメラー・トゥー・エロートスこの機を逃せば、後は卒業するだけだ。「逃がしませんことよ…!」悠里の魔力は、巨大な腕を形成して壁を突き破り、亮十郎を捕まえようとした。しかし、彼は陸上部の槍を用いて棒高跳びの要領で、難を逃れた。

「凛々庵女史!俺を止められると思うな!必ずや、俺は彼女のもとに行かねばなるまいて!」「彼女!?待ち人は女性の方ですのね!」「君には関係なかろう!さあ、俺を通してもらおう!」「…!いいですわ、それほど通りたくば…」悪魔の翼が広がり、周囲が暗くなっていく。「わたくしを破り、押し通りなさいな!」

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「お待ち…はあ、なさいな」「待てと…ふう、言われて…待つ者がいるか」悠里と亮十郎は、遂に校門の前までやってきた。そこに至るまでの大破壊は、筆舌に尽くしがたい有様であった。2人は息も絶え絶え、無尽蔵かに見えた魔力も底をつき、高級な制服を土で汚さぬようにふらふらと歩くので精一杯であった。

「はあはあ…どうしても、行ってしまわれるの…」「…」学校の敷地外へあと一歩のところで、悠里は亮十郎の学ランの袖を必死に掴んだ。「わたくしを…置いて…その女(ひと)のもとへと」「その通りだ…」

「何故…?」亮十郎は、校外に踏み出して、悠里はバランスを崩した。「…あっ」そして、彼女を抱きとめた。「…敷地内での不純異性交友に該当するので…ここまで誘導する必要があったのだ」「これは…?」「エロスとテスカトリポカの加護あれ、悠里さん、大好きだ…」彼が手渡したのは、チョコレートだった。

「…南原、いえ、亮十郎くん…!」「君の考えはお見通しだよ。大方、俺に合法的にチョコレートを渡す口実を探しておったのだろう。だが、それに乗るのも面白くないと思った次第で」「…相変わらず、話が長くて、くどい。まあ、ありがとう。私も大好きよ!」「?!やめないか!人前で、接吻などと!」頬にキスされて、亮十郎はわなわなと震えて顔を真っ赤にした。

「…ねえ、わたくしからも、これ」「むっ、これは、すごいな…」悠里は、異空間よりチョコレートを出現させた。「見事なハート型で、悪魔らしくリボンが禍々しい翼になっている…なるほど、淫魔が好きそうなデザインだ」「貴方ねえ…もっと、素直に受け取りなさいよ」「ありがとう…」「どういたしまして」「では、早速…」

「ふむ。美味なるかな…おいしい…オイシイ、オイシイ!」亮十郎は、一口食べただけで、まるで中毒者のように貪り始めた。「亮ちゃん、ツメが甘いわね♡」悠里は、邪悪な笑顔になった。「この日のために、テスカトリポカの所からカカオを輸入して、知り合いのバルログのアツアツの炎でチョコ焼き上げ、極寒の氷河で固めた、最高級手作り媚薬性チョコレート…堪能してくれたかしら?」「…」締まりのない、蕩けた幼なじみの顔を見て、銀髪の淫魔は勝ち誇った。

「じゃあ、一緒に帰りましょうか?」「はい…」風紀委員長は、生徒会長に抱き上げられ、空高く舞い上がった。後には、渾沌とした学校が残るだけであった。
26/02/11 10:52更新 / ズオテン

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