連載小説
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中編
ペトラは、洞窟の中、草のベッドでアンモライトや琥珀に閉じ込められたソルジャービートルと共に、寝転んでいた。新聞のスクラップ記事を読むと、ルイ・グランという名が目に入った。以前から古代生物学者の名前として何度か新聞記事を飾った。今回は、しかしながら「児童略取誘拐犯」として、法廷に出頭したという内容だ。「パパ…」

「グルグルグル…我が子…匂い?」ドラゴンゾンビは、卵の殻を嗅いでみせた。そして、鼻先を風下に持っていき、周囲を振り返った。巨大な骨の竜は、一歩進むごとに張り子を石膏で固めるがごとく肉付けされていく。ペトラと館長のもとへ、ふらふらとした足取りで。

「…なんで、どういうこと?」「…赤い月、もしかしたら、魔力が充満している今夜、ペトラが近づいたことで?」館長は、何事かうわ言めいて口走った。「…我が子、どこだ?」ドラゴンゾンビは、目が見えていないのか、見当違いな方にいったり来たりして、展示物を壊しながら捜索していた。

「…ママなの?」「そこにいるのか…」骨の竜の長い尻尾が、方向転換する時に壁を破壊してしまった。「…一体何の音!?…これは!」憲兵が駆けつけて笛を鳴らした。その瞬間、風を劈きワイバーンが数体、床を掘り抜いたワームが出現した。


すぐさま、ドラゴニア家庭裁判所にグラン、ペトラ、母竜は護送されることになった。被告グランは、ドラゴニア憲兵の取調で容疑を肯定した。一方原告として、ペトラと古竜は証言に立ったものの、それぞれ認否と(アンデッド化による意識混濁で)証拠能力不十分であった。

竜族の悠久の歴史においても、「前史時代の卵が孵化し、やむを得ず養子にした。それが、親が蘇生したことにより不同意な誘拐事案と化した」という複雑怪奇な事件は前代未聞であった。

ペトラは、「父親」と引き離され、「母親」の「実家」である発掘現場に棲むことになった。グランの求刑は、刑事的な追及が不可能とし、民事的に財産を差し押さえ、母子の生活に充当することになった。博物館は閉鎖、博士号剥奪の上で、学会を自主退会することになった。

一方、名もなき竜に関して、本人の記憶がなく、身元を特定するにしても古代生物学的検証が必要かつ縁者たる同族が絶滅しているのでほとんど不可能であった。ドラゴニア建国どころか、ドラゲイ帝国、ひいてはメイレフ時代にすら存在していない彼女は、化石から復活したが社会的には死竜である。

「我が子よ…腹をすかしてないか?」「ママ…これ生のお肉」現代のドラゴンたるペトラにとって、火を通さない血抜きもされてない獣肉は、とてもでないが食べられるものではなかった。「…そうか。お前は孵って…まだ10年…乳を好むか」地響きを鳴らし、骸骨と仮初めの肉でてきた巨大を裏返した母竜は、獣がそうする様に腹を見せた。「…少し待て…」「…お腹すいてないから、大丈夫」「そうか…」

未だ人間の姿にならぬ古竜には、もちろん乳房はない。ましてや、皮もなく骨格丸出しの胴をや。彼女はなぜか、このような仕草をする。ペトラには、このドラゴンゾンビを母と呼ぶ実感がないが、さりとて彼女の善意を無碍にするのも忍びなかった。母娘の関係は、この数日ぎこちないすれ違いに終始した。「あのお…こちら、ペトラ・グランさん母子のお宅でお間違いないですか?」

「…!?何者だ!…我が宝を狙う不届き者か!?」「ひいっ!?」「ママ、ダメ!」母竜は、ドラゴニアの役人を丸呑みにせんと迫った!「…母子の団欒に分け入ってすまぬ。だが、我が乗り手に手出しは許さん」男を守らんと、ドラゴンが阻んだ。「グルグル…小さき生き物…我々…何故乗らせる?」

「何故か…愛する者であり、家族であり、友であるからだ」「愛、家族…友だち?」ドラゴンゾンビは、人間とペトラ、対面のドラゴンを嗅ぎ比べた。「我々…小さき生き物…同じ?」「さあな…ただドラゴンと人間も手を取り合ってはいる。それだけだ」

母竜は、娘と自分を再び交互に確認した。確かに娘の匂いがするが、同族ではなく小さな生き物(人間)と近い香りも混じっていた。再び、自己の匂いを調べた。「土、骨…硬い石?」ドラゴンゾンビは訝しんだ。まるで死体のように自らが感ぜられた。生きた者の芳しさではない。

彼女は、目として灯る青白い火に意識を集中した。娘の魂…魔力が見える。それは、輪郭が人間だが、中身はドラゴンのものであった。自分と同じだった。人間の男と、そのパートナーのドラゴンを探知した。それぞれ、輪郭が同じだか、中の魔力は違っていた。竜の魔力ではあるが、自分や娘と微妙に異なっている。彼女は、ここに至り自分が何者か思い出そうとしていた。

あの頃、人間はいなかった。毛の生えた小さな生き物、自分と同じ鱗を持つが小さい生き物、少し大きい羽虫、鬱蒼とした森林があった。仲間は余りいなかった。獲物となる、草を食む竜がいた。空を飛ぶ竜もいた。ドラゴンは陸海空全てを支配した。

番がいた。自分と同じ竜だった。他のオスと戦って勝ったが、卵が孵る前に空から降る大岩で死んだ。大岩は、雲より高い巨人達が降らせた。その巨人達も、空に棲む光る連中と戦って滅んだ。しかし、その戦いが元で「終わらない冬」が来た。

人間のような見た目で、氷の魔力を持った連中が、世界を凍らせた。当時のドラゴンは、火を吹く力を持つものや、地中に棲むもの、逆に空を飛び自由に雲や天気を操る者以外は死んでいった。

卵はあれだけあったのに、最後の一つ以外は凍って砕けた。「我が子を…守る」、それだけを頼りに洞窟に籠もった。そして…山が火を吹き、天井が…


「…ママ?」「…なんでもない」気がつくと、母娘は見知らぬ建物にいた。目の前には、人間の輪郭のドラゴンがいた。「…お母様、要約しますと、心苦しいのですが、今の状態では娘さんは一端、皇立『幼竜保護園』で…いったん様子を見て、お母様が社会復帰されてから…その生活を再開された方がよろしいかと」

「…我が子と引き離すのか?」「…その可能性が高いと申し上げている次第です」「…」彼女は理解が追いつかなかった。何故、竜は小さな生き物を模した姿をしている。あの二本足の連中は、どこから出てきたのか?何故、今の洞窟はこんなにも小さく、変に角張った形なのか?

「…我々ドラゴニアですら、お母様のような竜は資料が少なく…また生活に支障が…」「…」ドラゴンゾンビは、目の前の竜が話す内容の三分の一も理解できていなかったが、一方で娘との数日間の齟齬を思い出した。確かに、天涯孤独の母子だが、しかし、ペトラは「現在の住人」で、自分は「過去の遺物」だと嫌でも分かった。

「まだ、期日までは時間がありますので、今一度よくお考えを…」ドラゴンが退出した。「ママ、大丈夫?」「…ああ」母竜は、娘の手前気丈に振る舞ったが、その実諦観を抱いていた。謎の素材出てきた、四本脚の物体(机)の上には、薄い物体がいくつも乗っていた。

「かみ」というらしく、「もじ」なる情報と…「しゃしん」つまり「絵」があった。辛うじて、絵は理解できた。当時から、竜は絵で情報をやりとりしていたからだ。沈黙が場を支配した。ドラゴンゾンビは、読めもしない小さな紙を、指で摘んだ。「…何と書いてある?」「…読んであげるね」

「そうさしりょう…つまり、ママと私について調べたやつなんだって」「そうか…」「でね、それは主に、パパ…『ルイ・グラン』が書いたろんぶん…」「なんだ…それは?」「論文はね、偉い学者が…」「違う、パパとは何だ?…ママと関係があるのか?」「…パパは、お父さん」「お前の父親…は随分昔に死んだ…」「そうなんだ…でも、パパ、ルイ・グランは私のお父さん…育ててくれた」「ドラゴンなのか?」「…人間」

「小さき生き物が…育てた?」「うん…論文にも書いてあるよ」「◯月13日、被験体を鎮静化させることに初めて成功した。方式A〜Gの内、C:ネコのぬいぐるみ並びにF:玉子菓子類が効果を示した…」絵には、クマを作った人間のオスが、確かにペトラをあやしている姿が確認できた。

他には、歯が抜けた記録、固形物を食べられるようになったこと、現代の魔法体系とことなる原始的な竜の魔力を観測した絵があった。中には「動く絵」として、石の板に記録されたものもあった。そちらは、人間、グランの顔が映って、しゃべっているだけだった。内容はとんて理解できないものの、くたびれた顔をした冴えない人間だが、ペトラの最近の成長について話すときだけはトーンがいくらか嬉しそうで、誇らしげであった。

「…なるほど」「どう、ママ…何か思い出した?」「…そうだな」「この卵たちのために、今日も張り切ってエサを取ってくる」「…あいつの方が幾分か、男前だったがな…パパか」「?」ドラゴンゾンビは、得心が言ったというふうに頷いた。

「…ペトラは…パパが好きか?」「…」少女は俯いた。「…正直に言ってご覧?」「…あっ」鱗ばっていたが、人間大の手が娘の頬を撫でた。「…好き。会いたいよ」「…そうか」ドラゴンゾンビは、ずいぶん小さくなった背で、ペトラを連れて扉をくぐった。
26/02/04 19:06更新 / ズオテン
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