読切小説
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老爺と〈黒山羊〉
多島海に面した都市国家。東西の文化・宗教の影響を受けていたものの、多くの国民は古き神〈バッカス〉を厚く信仰していた。バッカス女神の信仰は、以前は西から来た帝国のもと、主神教にとって代わられ、一時は廃れていた。古き教えを復活させたのは、謎めいた魔女〈国母〉とその夫たる大祭司であった。彼女らは、都市を独立させると、すぐさま娘を女王として立てた後、自らは宗教的指導者となり政を退いた。

女王は、この国を富ませ、また守り抜いた。人々は彼女を敬愛し、またその両親たる司祭たちの教えを守っていた。女王は魔物であった。山羊のような角、毛皮に包まれた下半身、はだしの蹄。しかし、それを咎めるものがいようか。民は、ほとんど魔物とインキュバスだ。

「「「女王陛下、王配殿下、大祭司猊下、そして我らが〈お母さま〉万歳!」」」国民は異口同音に彼女らを祝した。アゴラを麓に臨む、そのバッカス神殿の入り口には、国民に手を振る女王、その伴侶、父たる大祭司がいた。国母は産後の肥立ちが悪く、残念ながら欠席となった。

三人は、国民の歓声を背後に、神殿へと入った。バッカスの恩寵か、その柱はブドウのようなつる植物が巻き付いていた。既に列席していた、神官達、国母に連なるマイナデス、その婿らが彼女らを出迎えた。「ご機嫌麗しゅう。女王陛下…」神官の一人が進み出て言った。その両手に抱えるは、ブドウやオリーブ、小麦を載せた木の膳であった。

「苦しゅうない。では、挨拶もそこそこに我らが女神にこの恵みをお返し奉らん!」女王は膳を受け取り、膝を屈し、バッカス女神像の目前に奉納した。全員がそれに続いて、女神に祈りを捧げた。「本年の豊作、勿体なき幸せにございます!我らの始祖よ!御身がこれら最初の一口をお召し上がりにならんことを!」

いかなる御業か。その言葉が終ると、膳の上の神餞はすべてなくなっていた。呼応するように、神殿に広がる蔦は光り輝き、見たこともない花を咲かせた。
「有り難き幸せ!また明年も我らを見守り賜らん!」女王は恭しく祝詞を述べた。「「「バッカス女神に栄光あれ!」」」神官やマイナデスがそれに続いた。

「この場にいらっしゃらず大変残念であるが、お母さまが今年は欠席している。そこで、祭りの開催を大祭司様にお任せ致したい!」女王は立ち上がり、自分の左隣にいる老人を示した。老人は一礼した後、しかし沈黙した。場の空気が変わった。女王は訝しんだ。王配公は妻に目配せした。この場の全員が一人の老爺に視線を向けた。

その時、「ねえもう終わった〜?」どこからかあどけない声がした。それは魔物娘であった。サテュロスという半人半山羊の種族である。老人はそちらに顔を向けた。「あっ、じいじだこんばんは!」少女は無邪気に大祭司に挨拶した。場の空気は凍り付いた。マイナデスの一人が声なき声で叫んだ。その顔は件の少女によく似ていた。そして老人はその娘のもとに足を向けた。

「おお!大きゅうなったの!」老人は孫の頭を撫でた。少女はくすぐたっげに身をよじった。老爺はひとしきり撫で終えると、子供の頭から手を放し場のほかの者たちに振り返った。「おほん。この娘の言う通りじゃ、バッカス女神への儀は恙なく終わった。もう、無礼講でよかろ」大祭司は暢気な口調で言った。言葉ではなく仕草から場の動揺が知れた。

「父う…猊下!何をおっしゃっているのですか!」女王は大声を出した。「まあ、おぬしの気持ちもわからんではない…」大祭司は答えた。「しかし、今年はバアさんが出席していないんじゃ。バアさんと祭りに出るのが何より楽しみじゃというに、これじゃあ出る意味が無かろ?」

女王は呆気にとられた。今度はその隣から、王配公が進み出て言った。「恐れながら、猊下…」「お前には意見求めとらんわ!儂から愛娘を奪いおってからに!」「うえ〜ん、じいじこわいよ〜!」祖父の見たこともない剣幕に孫娘は泣き出した!「すまん!じいが怖がらせてしまったのう!」大祭司は、孫を慰めてから、王配に向き直った。「お前もこの娘に謝らんか!もとはと言えば、お前が儂に意見するからじゃ!」

「黙って聞いていれば、父上、我が夫のことをそれ以上貶めるのは実の親と言えど見過ごせませんぞ!」女王は王配をかばった。「アグライアー!儂に逆らうてか!そもそも、王配とは言ってしまえば、女王の私生活と外交を支える従者だと結婚のときに話したであろう!だのに、こんな妻の背に庇われてばかりの怯夫なんぞ連れてきおってからに!」「あ〜ん!」

場は完全なカオスに落ちた。その時、正に鶴の一声がその場に響いた。(((まったく、親類縁者がそろうといつもこれですか…)))否、それは実際に音として聞こえたわけではなかった。神殿内のすべての者の頭に木霊しているのだ。

「バアさん!」「「「お母さま!」」」「「「〈お母さま〉!」」」その場にいた全員が声に出して反応した。「?」一人の少女を除いて。(((まず、リーベル様…)))声はある人物の名を挙げた。反応したのは「何じゃ!?」大祭司であった。(((婿殿は確かに頼りなく見えるかもしれません…しかしながら公私にわたって、我らが娘を女王でいられるように支えているのは、よく知っておいででしょう?)))「ぐっ、まあ実際そこまで下手は打ってはおらんが…」

(((アグライアー…)))「はい、お母さま…」女王は誰にともなく頭を下げた。(((貴女は、この地をよく治め、国庫を豊かにし、民草の安寧に尽くしてきました。この場を借りて感謝します…)))「お母さま」は娘をねぎらった。「勿体なきお言葉にございます」(((しかし、同時に貴女は私とリーベル様の愛娘でもあります…親には子が気負っていることなどお見通しです…)))「っそれは!」(((リーベル様は確かに少々暢気でございます…しかしながら貴女は「大祭司」の言葉に逆らいました、俗の王が儀式にあまり口出しするものではありません…)))

(((婿殿、いえ、ナルテークス殿…)))「はい、〈お母さま〉…」王配公は膝を屈した。(((此度は誠に申し訳ありません。貴方の誠意は大祭司も承知しています。しかしながら、王配たるもの弱気では務まりません…謙虚と卑屈は異なります)))

声は順番に渦中の人物に詰問した。そして、最後に残ったのは、サテュロスの少女であった。(((初めまして…)))「…あなたはだぁれ?」「こらっ!フォルニカ!」少女の母であろう、一人のマイナスが思わず駆け寄った。(((よいのです、エウプロシュネー…おばあさまに貴女のお名前を教えてくれますか?)))「ばぁば?わたし、フォルニカ!」

「はて?バアさんは会ったことなかったか?」大祭司リーベルは頭を傾げた。(((娘が数十人、その孫ともなれば…もちろん全員大切な子供たちですが…)))その場の空気が落ち着いてきた。アグライアー女王はそこで切り出した。「とにかく、大祭司猊下、祭祀に関しましては、貴方に一任いたします。しかしながら、我が夫のことはなにとぞ、お考え直しを…」「…」リーベルは口ごもった。

「猊下…いえ、義父上。わたくしが頼りなく感じますのは申し訳ありません。しかしながら、」王配公ナルテークスも進みだして言った。「ナルテークス何を…んっ」「んんむ」そして女王に口づけた。「これで証明とはいきませんが、貴女の娘を何よりも大切にして、これからもそうせんと考える次第でございます。」「こら…♡小さな子もいるのだぞ…」

(((おやおや、これは中々…)))「お母さま」は喜色をにじませて言った。「わああ!じょおうさまとおじさまが…なにしてるの?」少女はその傍らの母に聞いた。母親は頬を赤らめてどうにか言葉を紡ごうとした。

大祭司は場を一目見渡して顎髭を撫ぜた。既に、一部の神官とマイナデスが興奮していた。「フン!お前を認めたわけじゃあないが、その接吻のせいで、皆が気を高ぶらせているわい。アグライアーとフォルニカ、バアさんに免じてこの場は譲ってやる!」

そう、この一連の成婚祭は、日の出ているうちは、すべての国民が酒食を断ち、家族と過ごしたり、夜の準備に勤しんだりする。王族や神官、サバトも例外ではない。しかし、バッカスの教義は、「酒による上位世界への到達(トランス)と性交等による現世利益」である。本来半日と言えど我慢できるはずがないのだ。この口づけは、ここまで儀式を行ってきた者達を、ケダモノへと変えるには十分であった。

「では!」「無礼講で行くとさっきも言ったであろうに…もうよいは儂をほうって早う祭りに行かぬか!」そう言うが早いか、神官とマイナデスたちはすぐさま神殿から去り、国中に「本番」の開催を伝えに街に出た。アグライアーとナルテークスは、いの一番にアゴラに向かった。国民に今年の豊作の喜びを、夫妻の悦びで祝うためだ。

そうして、この場には、大祭司の老人とサテュロスの母娘、(((毎年のことですが、張り切っていますね…盛況でよろしい)))そして「お母さま」の声が残った。「そうよのう。皆が元気である、これもひとえにバッカス女神のお導き」(((おほん)))「すまんすまん。バアさんのお蔭でもある」リーベルは笑いながら言った。

(((まだ、誰か二人お忘れでは?)))「はあーっ。わかった、バアさんには敵わんわい。我が愛娘、女王アグライアーとその夫、にっくきナルテークスにも感謝する…」(((ふふふ)))「お母さま」はうれしそうな声色であった。

「あのう、猊下?」「うん?おお、忘れておった。エウプロシュネーではないか!そんな他人行儀はよさんか!儂はいつでもおぬしの父ぞ」大祭司は近づいてきた、サテュロスの頬を撫でた。(((そうでした、かわいい孫を連れてきていただいてありがとう…)))「わたし、かわいい〜?」「おお。目の中に入れてもな!」リーベルはつぶれた方の目を指さして答えた。

「そう言えば、おぬしの婿はどこに行きよった?来てないわけがなかろ?」リーベルは疑問に思った。「はい。夫は来ておりますが、何分異国の小領主という立場もありますゆえ、王族や神官ではなく賓客であり、神殿の中には入れませなんだ…」

「そんな決まり事あったかの?」(((200余年前、貴方が直筆で触れを出したのをお忘れですか?)))「お母さま」は、呆れた声色で答えた。「儂が?それは娘と孫に悪いことをしたもんじゃ!すまなんだ!」大祭司は娘と孫に頭を下げた。「じいを嫌いにならんでくれ…」「じぃじ、ばぁば、だいすき〜」小さなサテュロスは祖父の頬を軽く触った。「儂も大好きじゃあ!」「おひげ〜!」リーベルはフォルニカをもみくちゃに抱きしめた。

「ふーっ。わかりました。今日はお母さまやお姉さまたちに会えてよかった。」サテュロスの母親は気を取り直して言った。「そろそろ、娘を連れて…」「そうじゃ!儂がこの子が寝るまで一緒にいてやろう!おぬしはその間、夫と二人きりで過ごせるじゃろ?」老爺はハッとして叫んだ。(((あら、リーベル様にしては気が利きますね…)))「そんな…いや、でも…」「フフン!見くびるなよ!儂がお前やアグライアー含め、20数人の娘を育てたのを忘れたか?」(((正確には私が大部分の世話をしていましたが…)))

「こまいことを言う出ないわ!いいから、この娘は儂に預けて、はよ夫婦水入らずで過ごして来んかい!」「こんかい〜!」祖父と孫は、母であり娘を送り出した。(((夫婦円満の秘訣は、夫にそれとなく甘えることですよ…)))「ありがとう!父上、お母さま!ごめんね、フォルニカ。すぐお父様と一緒に迎えに戻るからね!」「おかあさま〜またね〜」サテュロスは夫のもとに駆けて行った!

「さて、フォルニカよ。じいと一緒に何して遊ぶ?」「う〜ん」小さなサテュロスは首をかしげて思案した。(((私もおしゃべり以外できればいいのですが…)))「バアさん、儂らはいくらでもこの娘に会える機会はあるじゃろ?魔物なんじゃから」(((リーベル様だけずるい…)))「ほっほっほっ」

「あ〜!」「ん?どうしたんじゃ?思いついたか?」「おみみかして〜!」「よかろう。どっこいしょ!」祖父は孫娘を抱き上げた。「あのね〜」「う〜ん?」「ばぁばのことしりたい!」

(((私ですか…?)))「うん!きょうはじめてあったから!」「そうかそうか!どこから話したもんかのう!」「じゃあね!いちばんはじめから!」「一番初めとな?」(((私とリーベル様の初め…)))リーベルと「お母さま」は困惑した。今まで、二人の馴れ初めは娘たちにすら伝えたことがないのだ。

「だめ〜?」「いや、ダメなことではないぞ、ただその…」老人の目が泳いだ。(((仕方ありません、少しだけなら…)))「バアさんがそういうなら…」「やった〜」フォルニカは無邪気に笑った。「ただし、他言無用じゃぞ…」「たごぬよう?」「秘密のお話ということじゃよ」「わかった〜」

「さて、どこから話したもんかのう…

〜〜〜〜〜〜〜

およそ500年前。この地は、西から来た大帝国により、主神教団とその信徒の領主に統治されていた。バッカス神殿はその頃も、その1000年は前からそこに存した。しかし、今のようにきらびやかでなく、完全に打ち捨てられていた。

そんな都市の近郊に、今と同じく農家や牧場が存在していた。その一角に、小さな放牧地があり、一人の牧夫がいつもと変わらず、羊を追い立てていた。「おーい、羊っこたち〜!あんま遠くに行くない!」

その日は穏やかな気候であった。特に問題なく、いつものように農場に戻るところであった。「ミイイ…」「なんだぁ?」羊とは思えない鳴き声が聞こえた。ふと見ると、遠くの森と草原の境に、黒い…日の光を吸い込むような、黒い山羊がいた。

薄気味が悪かった。「「「バアア!」」」羊たちが鳴いた。牧夫は、我に返った「おおっ、早く帰らなきゃ!」あの山羊のことはいったん忘れて、男はすぐさま農場に羊たちを連れ帰った。

その夜のことであった。「ミイイ…」「これは…」牧夫は、昼間聞いた鳴き声が聞こえた気がして目を覚ました。嫌な予感がしたため、着の身着のままで、すぐさま羊舎に向かった。

牧夫は羊舎の前まで来た。「ミイイイイ…」鳴き声と、ぺちゃぺちゃと何かが垂れる音がした。「主神様、俺をお守り下せえ…」意を決して彼は、その戸を開けた。ギイィィィ、男にはいつもより扉が重い気がした。

そこには闇があった。次第に月明かりが、本質を見せてくれるようになった。
そこにはがあった。山羊の輪郭を取りつつも、いくつもの目と歪んだ口のようなものがある、沸騰した闇であった。「ミイイイイイイ…

「何だおまえは…」牧夫は思わず口にした。どうせ返答などないというのに…「ミイイ…クチャクチャ…」〈黒山羊〉は羊を食していた。頭の口も、それ以外も。男の思考は完全に止まった。「ミイイ…バアア…」そのいきものは近づいてきた。(逃げなきゃ)しかし、その足は動かない。

牧夫は覚悟した。〈黒山羊〉は眼前で止まった。男とほぼ同じくらいの沖差であることが分かった。彼の目がいくつかの目と合う。牧夫としてよく知る、横に一本線を引いたような瞳であった。「山羊ではあるようだな…」

「ミイイ…バアア…」間近で聞いてみると、いつの間にかその鳴き声は、山羊と羊が混じり合ったような不協和音となっていた。(早く終わらせてくれ)牧夫は半ば諦めていた。両親をはやり病で亡くし、村の輪に馴染めず、三十路を超えて友もなく、ましてや縁談なぞ来るべくもない。(みじめに老いさらばえるくらいなら…)

〜〜〜〜〜〜〜
「…とこんな感じで、おやこれからというに寝てしまったかえ?」「う〜ん」リーベルがふと孫娘の顔を見ると寝入っていた。(((こうして見ると、フォルニカは昔のエウプロシュネーそのままですね…)))「そうじゃな…あっ、バアさんや、今なら誰もおらんぞ…」老爺は声に囁いた。

(((そうですね、では少しの間ですが…」女の声が、その神殿に微かに聞こえた。それは、リーベルの背から聞こえた。「んっ、よいしょ」そして、声と体は分離した。その者は、膨張する黒い塊であった。数秒、床に堆積していたが、すぐさま人の形をとった。

レイヨウの様な捻じれた角、4本の腕…2つは山羊の前脚を思わせるモノであった。胴体は、山羊と人間の女が融合し、一糸まとわぬ豊かな胸と肥満したかのように膨張した腹が目立った。そして下半身を覆う辛うじて脚の形をした毛皮、蹄。いったいこれは何なのだろうか?「バアさん、いえ、あるじよ、ご機嫌麗しゅう」「リーベル、苦労を掛けますね…」

二人は抱き合い、口づけを交わした。「御身の子達、孫達は、周辺に少しづつ輿入れを行っています。進捗は、短期間では分かりませんが、いずれは多島海そして沿岸に、御身と私の裔が根付くでしょう」リーベルはこれまでの好々爺の顔から一転、神に熱狂する信徒と肉欲に抗えない雄の表情をしていた。

「それは重畳。先代で果たせなんだ悲願、今代の魔王のもとで…なにより貴男と私で…」「ああ、御身にそのような言葉を掛けられるとは、身に余る幸せにございまする…」「…じゅううう」「じゅうちゅううる」〈黒山羊〉は、上の腕でリーベルの顔を抑え舌を入れた、まるでやすりの様な表面である。下の腕は腰を一周して掴んでいた。

「先ほど、貴男が私たちの馴れ初めを話しているときから、疼きが止まりません…」「しかし、まだ御身の娘が生まれたばかり…」「そして、また貴男の仔山羊が産みたいのです…」老人は、それ以上問いはしなかった。男は、その老いた見た目からは想像のつかないくらい、ソレを怒張させていた。かみには逆らえない。妻には逆らわない。

「ハアアアッ」「ウウウウッ」リーベルは、〈黒山羊〉の秘所に一気に指を突き入れた。そして、先ほどの思い出話の続きが鮮明に思い出された。

〜〜〜〜〜〜〜〜

数分間、牧夫と〈黒山羊〉は対峙していた。男には、恐怖も悔恨も、未練もなかった。「ミイイ…バアア…」いきものは牧夫を観察しているようだ。「ミ?」「…ん?」〈黒山羊〉何かに気づいたようだ…そして、「ミイイ…」その蹄を男の体に近づけた。

(ようやくか…)牧夫は最後の瞬間に目をつむった。……しかし何も起こらない。バサッ、衣擦れの音がした。(なんだ?)恐る恐る男は、目を見開いた。彼の一枚布は地面に落ち、ただ裸になっていた。だがそれだけではない。「!?」彼の股間の逸物は、大きく硬くなりその存在を誇示していた。

牧夫には、恐怖や未練などなかった。その頭に反し、身体は生存本能から、男性器を勃起させていたのだ。「ミイイ?」〈黒山羊〉はそれに首に見える部分を傾げていた。(こんな得体のしれないやつ相手に…いやだからか)

「バアア?」いきものは、ソレを蹄で軽く小突いた。「ウウッ」牧夫は呻いた。ほとんど自分でも触ったことがなかったそこに、他人…他生物が触れたのだ。状況も相まって、男には大きな快感となった。

「ミイイ!」〈黒山羊〉はその反応を楽しんだのか、さらに別の蹄を追加した。「ウゥゥ!」さらに反応が大きくなった!「バアア!」「ウウウウッ」
そして、牧夫の逸物が大きく痙攣すると、その先端から一気に白濁液を噴射した。「ミイイイ?」「ウーッ、はアアア…」男が肩で息をする横で、〈黒山羊〉は床の粘液を掬った。口に入れた。

「バアア…ミ!?」「うわっ!?」牧夫は〈黒山羊〉が痙攣するさまを見た。みるみる、その沸騰する闇が形を変え、大きさはそのままに直立したシルエットを取り始めた。「何だってんだ!?」男は性欲がいったん収まったことで、少し状況が見えた。また恐怖し始めた。

「バアア…ああ、ああ…」〈黒山羊〉は今までの甲高い鳴き声から一転して、落ち着いた女のような声を出した。「お、おま…おまえは一体…」牧夫はまた声に出していた。「わ…たし…?」「!?」今度は返答が返ってきた。

「わた…し…魔物…」「魔物だったのか…」牧夫はそこ答えに納得が言った。どう見ても尋常ならざるいきものであった。「わたし…ことば…とりこ…む」「言葉、取り込む…」「あなた…ことば…とりこ…んだ…わかる…」ここで男は思い至った、魔物が山羊と羊の入り混じる鳴き声を発したこと、そして今人語を話している理由を…(俺の子種を取り込んで…そして言葉が分かるようになった…)

「あなた…おいし」「えっ」「…もっと…ことば…取り込む…」「待て…」魔物は牧夫の忠告を無視して、彼を押し倒した。そして、足と足の間に顔をうずめ…

〜〜〜〜〜〜〜

「ちゅうううう」「くうううう」〈黒山羊〉はリーベルの逸物を貪っていた。その上の腕は、片方は彼女の乳房を蹄で器用にまさぐり、もう片方は男の首筋から鎖骨を撫でていた。下の腕は、一方が彼女の女性器を、もう一方が男性器を掴んでいた。

「じゅううう」「おうっ」ひと際強く吸い、舌のやすりの様な触感に口腔の中で竿が跳ねた。「じゅるじゅじゅじゅ」「あああああ」緩急をつけて、間髪入れずに吸い取り、リーベルは限界を迎えようとしていた。「じゅうぅぅぅう」「ううっ…うっ」老人の種は、〈黒山羊〉の口と喉を白く汚した。

「んんんっ」「ふうううっ」ひとしきり放精を終え、〈黒山羊〉は精液をすべて飲み干した。老爺は少し柔らかくなったソレを引き抜いた。「ふふふ、あの時から私もうまくなったものでしょう…」「御身の御業は、この500年衰え知らず、いつでも私を驚嘆せしめる…」「昔より、老いてますますというか積極的になりましたね…

「御身のため、家族のため、国のため、すべきことをするまで…」リーベルはうっとりとした表情で言った。「本当は?」「御身の魅力にただ圧倒されるばかり!」「フフフ、素直は美徳ですよ…」そして、〈黒山羊〉は秘裂に這わせた腕で陰唇を開いた。闇色の粘液がこぼれた。大祭司の股間に再び血が巡る。「…ッ!」「来てください…」

「うっ」「あっ」老人は反り返ったモノを少し入れた。それだけで、二者は快感に声を漏らした。少しづつ、しかし堂々と男は、青く濡れそぼったその「淵」にさらに竿を沈めた。深海よりも深い底に、先走りの釣り糸を垂らした。

「ふううっ」「うあっ」リーベルがさらに深く挿入れると、さらに中に扉があった。「わかりまするか…」「はい…」男は静かな口調で言った。「また、御身に私の系譜をつないで頂く光栄に「はやく…」承知いたしましたっ!」「ああああっ」そこからは最早言葉は必要なかった。「っうううう」「あああああ」

「あああっ」「ふううっ」リーベルの腰の動きは、とても老人の者とは思えなかった。それは、この男がインキュバスであることを物語っていた。「ふんふん!」「あああっああっ」「ふううんっ!」「あああバああアあア!」

「ふんっ!」「バアアッ!」「ふんっ!」「バアアッ!」今や、〈黒山羊〉はかつてのケダモノに戻っていた。その四本の腕で、夫を完全に離さなかった。もう一匹は、ただひたすらに腰を振るった。そして、ひときわ大きく腰が跳ねて…「ふっ…うん!」リーベルの怒張は、妻の最奥で果てた。「ッ、ィィミイイ♡」〈黒山羊〉は満足そうに息を吐いた。

「ふっ、貴男の娘がまた一人…」「儂の仔山羊がまた一匹…」「あの日、貴男をこの地で見つけられて、とても幸運なことであったと思います」「儂もバアさんと出会って、以前には考えられない宝を手に入れたわい…」「家族ですか?」「ああ」二人は抱き合った。「今日はやけに、昔を思い出すわい」

〜〜〜〜〜〜〜〜

「う〜ん、あっ」「おお起きたか!眠り姫よ!」リーベルは孫のサテュロスを大げさに抱きかかえた。「ねえ」「どうしたんじゃ?」「わたしね、ゆめでばぁばにあったんだ」「そうか…どんな姿じゃった?」「うーんとね、ヤギみたいで、ヤギじゃない?」「そうかもしれんな…」老爺は孫娘の言葉を飲み下した。(((おばあさまは、山羊であって山羊ではない、貴女の言う通りかもしれません…)))「おばあさま」は少し悲しげに呟いた。

「でも、とってもやさしくて、きれいだった」フォルニカは無邪気に続けた。「っ、そうじゃな」(((ふふふ、そうかもしれません…)))老人の輪郭が一瞬蜃気楼のように揺らめいたかに見えた。直に、家族や親類も帰ってくるだろう…

牧夫は全裸でただ、目の前のかみにひれ伏した。「面を上げなさい…」かみはおっしゃった。男は恐る恐るその顔を上げた。かみは、美であり、死であり、黒山羊であった。「魔王の代替わりで、不安定になっていたとはいえ、私は貴男の家禽を食べつくしました…」「…」「そして、あまつさえ貞操まで奪ってしまった…何か私に埋め合わせはできませんか…」「…では、主よ…」牧夫はついに口を開いた。「何でしょうか…」「俺、いや私に貴女にすべてを捧げさせてくださいっ」男の声は奇妙に上ずった。「…」牧夫として、村の独り者として、天涯孤独の身として、これ以上生きる気は男にはなかった。「…本当にそれでよろしいのですか…」「…はい」「よかろう…」「っ!」〈黒山羊〉の輪郭が膨張した。「今より貴男は…私」「はい…?」徐々に二つのシルエットが近づき、そして、ひとつになった。そのまま、羊舎は沈黙に包まれた。(?!)牧夫は泡立つ闇から吐き出された。そして、さらに二人…二人?(赤ん坊?)それは、仔山羊と人間の赤ん坊を足して二で割ったようないきものであった。「…貴男の人生は今よりこの子、そして私に捧げられました…」
牧夫はそれに近づいた。それは小さな手を動かしていた。男は手を赤子に近づけた。仔山羊は指を握った。男は泣いた。<黒山羊>はそのすべての口でやさしく微笑んだ
24/05/27 21:14更新 / ズオテン

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