読切小説
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マゴットセラピー
最前線の兵士は、物資と時間的な制限から基本的には応急手当と末期的な手術を受けることが多かった。回復魔法や霊薬の類は、「戦闘中」に優先して消費されるため、戦闘後や行軍などではむしろ節約されていたと統計的に言われている。そして、戦闘中の死傷者(明らかな即死者や行動不能者)よりも、むしろ治療後に予後不良や破傷風で死ぬ、ないしは局部を切除せざるを得ない者が多いことも判明した。

女性初と言われる志願従軍看護師、戦後には「桃色の師長」と呼ばれた教国統計学会員「タスカニー・ナハティガル」女史が発見したこの野戦病院の惨状は当時真剣に受け取られなかった。これは、当時の旧弊的な風潮や軍高官に蔓延していたある種の生存バイアス通念が大きく関係していたが、他方で彼女の治療法があまりに異端的かつ賛否の分かれるものだったこともある。

ナハティガルは、教国の上層部に失望し、森に消えた。今でも、「ナイチンゲールは魔女の鳴き真似、近づくな」の警句に残っている。では、彼女が「魔女裁判」にかけられた治療法だが、実際にはどのようなものだったのか?

本日取材したのは、「樹液の国」、世界樹の洞に作られた「多蟲族国家」である。木の上層には、ハニービーの自治区になっており、中層部ではソルジャービートル警察とパピヨン社交界、下層は幼虫や蛹が埋まっている。人間の国で言うところの、幼稚園や児童養護施設のようでジャイアントアントが世話している。

今日は、散歩に出かけるようである。「みんなー!カメラのおにいさんにあいさつしようね!」「「「「「こんにちわー!」」」」」幼虫達が足を健気に振っている。彼女らは、散歩に出かけるのだが、その向かう先は花畑であった戦場である。既に、戦場は死屍累々で動けず呻く痛ましい兵士が散乱していた。

「ううう…だれかぁ」「ピクニックたのしいねえ!」妖蛆は、苦しみに喘ぐ負傷兵にもじもじと近づく。「な…なんだ」「おいしそうだねえ!」「いただきまーす!」「や…やめ」ベルゼブブの幼虫が痛々しい傷口に口を入れようとしたが、保育士のジャイアントアントが止めにかかった。

「こら、ダメでしょ!?」「た、たすかっ…」「ちゃんと、手を洗わないと、人間さんが病気になっちゃうんだから!」「はーい…」「ごめんなさーい…」渋々園児たちは、水と石鹸で丁寧に手を洗った。「はい、大丈夫です!」蟻は、幼虫達の触腕を精査して、許可を下した。「わーい!」「いただきまーす!」「うわあああ…」

あちこちで悲鳴が上がった。まだ血の滴る患部の肉を尻目に、血が出なくなった部位を刮ぐように食らっていく。一見すると悍ましい光景だが、その本質は恐怖そのものだ。成虫と同様、ベルゼブブのマゴットは、垢等の老廃物からすら栄養を取り入れることが可能である。通常のハエのように、文字通り死んだ組織は大好物なのだ。

「おいしいねえ!」「まだまだたべちゃお!」「あっ…あああ」生きながら食われているが、勿論魔物である幼児達は負傷兵を食い殺すわけではない。壊死した組織を少しづつ食べ、宿主としてある種の棲家としていた生態の名残で、回復の魔力を人間に還元するのだ。また、唾液に含まれた成分が、傷口を舐めるたびに止血を促す。優しい「治療」であり、同時に悍ましい「活け締め」なのだ。

戦場では、激痛に苛まれる喘ぎ声が徐々に快感に震えるよがりへと変わっていく。まだ息のある者達は、マゴットに集られたまま、ジャイアントアントによって大樹に運ばれていった。すでに事切れた者たちも、直にアンデッドの集団に持ち帰られるだろう。どちらにせよ、この戦場からは帰還者はいなくなったということだ。

26/01/25 23:18更新 / ズオテン

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