読切小説
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侍蟻
青年は、似合わぬ烏帽子を不恰好に被っていた。「ばば、三郎あらため月業は天下を望みまする…兄上亡き今、治めるには力が必要なのです」ばばと呼ばれた女は、こんこんと若人の言葉に頷いた。蝋燭に照らされた、その陰る顔は天井についていた。壮年の男が、その人物に抱かれていた。女は、男より一回り大きく見える。

「よくぞおっしゃった、若君。わしも、そろそろ城が手狭になったと感じておったところですじゃ」真っ暗な着物は、腰の辺りから、部屋を取り巻く白く脈打つ肉塊と化していた。その先から、何やら放り出された。人間の子供ほどある、俵様の卵が。それらを、張り付いた笑顔の下人が丁重に運んでいく。

「我が娘、そして何よりあなた様の義姉らが…その中でも精鋭が力をお貸しいたしますじゃ」言うが早いか、天井や床下に開いた穴から、幾分小さな鎧武者が現れては、青年に集るように囲んだ。一人一人が、剣を横に置き、深々と頭を下げた。部屋に数十人が詰めかけ、廊下に至るまで土下座の列が続いていた。「皆で、新田の世を盛り上げましょうぞ」



年明けと共に、先年から病床に臥す将軍「新田賢月(ニッタ・カタツキ)」が身罷ったとの報せがジパング全体に響き渡った。

早速、管領と有力大名が、幕府体制の安定化とそれぞれの権益の拡大を謀って、先代の弟達を集めた。「嫡子が断絶された以上、弟君を推戴し、将軍家の血脈を繋ぐ」ためだ。

…先々代の残った子息らは、しかしながら分家や他家の養子、出家、元服前の乳飲み子といった有り様で、誰にも明らかな傀儡だと見てとれる者だけだった。

そのような情勢下で、最も早く兄の葬儀に来た者は、東国への睨みとして「在原氏」に養子入りした三弟の在原月業(アリワラ・ツキナリ)であった。烏帽子親は、養父である当主であり、そもそも乳母がその正室であったことが縁である。

年長の次兄、新田二郎智月(トモツキ)、出家した賢月の同母弟、三鈷寺元方(サンコジ=ゲンポウ)らが後継者として目されていたが、月業が最初に弔問し公方を悼んだことで第一候補に躍り出た。

だが、居並ぶ御家人、管領、奉行らは月業一行の異容に顔をしかめ、追い出そうとまでした。それだけでなく、都の庶民から僧籍、神職、武家、公家の区別なく彼らを疎んじた。

なぜなら、天下の将軍であり実兄の葬儀に鎧兜を着て参列したのだ。月業だけでなく、伴する武者、近習、下人の類いまでがだ。しかも、その大多数は女である。また、身に付けた具足がこれも異形であった。

元方の次代の住職が編纂した『三鈷寺縁起』では、「兜から、胴丸、手足全てが光を飲み込む漆黒にて、まるで黒蟻が如し」「(兜の)鍬形と言いつつ、蟻の角を思わせり。面具は、今に虫けらやけだものを食い尽くす顎門の有り様。尋常にあるまじ…」

このことから、「蟻」と「在原」を捩り、この月業の家臣・郎党を「蟻胞衆(ありはらしゅう):蟻から生まれたような連中」、月業自身を「梨の君(なしのきみ):蟻から転じて梨(無し)、君主に相応しくない」、後見人となった在原当主夫妻を「歩き殿/方(蟻が行進するように月業の後ろに付き切り)」と、都の民衆等は陰口した。

また、管領の一人、橋場弥右衛門尉月秀(ハシバ=ヤエモンノショウ・ツキヒデ)の日記、『雪関記』では「女子五十ばかりが、御所に詰め寄せた。梨の君は、その女中の後ろに隠れてばかり、将軍を継ぐ覇気なし」「彼奴らは、老若男女別なく、人獲いと乱取りを、あろうことか洛中で嬉々として行った。あに天下を畜生にも劣る『侍蟻』に任せられようか」と批判している。

喪が明ける翌年如月には、反在原月業勢力がこぞって都を包囲して将軍就任を妨害する行動に出たが、在原氏の武将で月業の乳兄弟、否乳姉と言うべき在原おうめ、同おまつに率いられ敢えなく撃退された。

『雪関記』には、以下のような惨状が記された。
…七つ鐘(夜明け前)には、既に新発田(シバタ)軍が敵方と交戦していた。蟻どもは、あやかしの本性を明かし、六本の足で戦場を這い回っていた。鉄砲や弓矢では捉えられず、苦し紛れの槍の穂先に取り付き腕まで集っていた…

別の管領家で後世編纂された『仁和(ニナ)年代記』にて、この戦いから逃げ延びた足軽、紀ノ井任三郎(キノイ・ニンサブロウ)の証言も残されている。
連中は都を巣にしていやがる。家々は潰されて、御所なんか大きな穴を開けられて、中から百や二百ではきかない敵が湧いてくる。こっちには、今のところ死人は出てない。でも、味方はどんどん減ってる。連れてかれた奴らは、戻ってこない。

包囲軍は総崩れとなった。解囲された都より、戦っていた数十倍の軍勢が姿を表した。逃げる大名らは、御所からこちらを見下ろす巨大な女人がいたと口を揃えて言った。

数週間で、在原氏とそこに下る幕府軍は、ジパングを全て覆い尽くさんとした。武家も豪族も、寺社らは各地で人足と人質を要求された。将軍新田月業が、いやさその背後にいる乳母摂政黒種局(クロクサ=ノ=ツボネ)と「侍蟻」によって支配された。

民は、男も女も蟻の赤子をあやし、各地で甘味が年貢と共に献上された。そして、在原武士は気に入った者を拐かし、村も城下町も神社も仏閣も恐れ戦いたという。
26/01/14 17:31更新 / ズオテン

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