連載小説
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黒き縄に縛り付けられ
「黒縄地獄とは、盗みを重ねた者が堕ちる刑場にこざいます」「さても、さても、聞いた話では、時の執権…円朝臣豊穣斎統(つぶらのあそん ほうじょうときむね)閣下だったかね」「ええ、丁度、耶馬家(やばけ)の方々が玉の輿に乗せて、連れて行っているでしょう」

金銀財宝で飾った、天子御門ですらおいそれと乗らぬような豪奢な御輿には、黒い縄によりがんじがらめにされた身分の高い人物が乗せられていた。「「「道をあけとくれやす!だんさんが、ごりょんさんとこへ通りますさかい、ごめんやすう!」」」禿姿の狸が、道行く亡者や妖怪に道を開けるよう伝えていく。彼女らは、まるで花魁が花街を通る様に、刑場を通過した。

狸と商人と思わしき風体の人間、傘を持った獣人が街道を渡る。責め苦を受ける亡者は、行列が配る小判や菓子に群がる。ヤナギダは、一つ拾い上げてみた。「あべこべだね。菓子は硬くて食えたものじゃなく、逆に小判は手で砕けるほど脆い」「耶馬屋は、働かざる者食うべからずを掟としておりますからね」

輿は、奥に見える巨大な御殿に消えていった。その門には、「狸の耶馬家」「執権御用達」の表札が飾られていた。遣いの狸が、使用人口から顔を見せた。「イワクニさまご夫妻でおますね?」「本日は、お忙しゅうところすみません」「こちらこそ、大したもてなしもありませんが、ごりょんさんとだんさんとこでゆるりお過ごしやす」

調度品が並ぶ廊下を進むと、人間や狸を問わずせかせかと働いていた。通り過ぎる際、丁重過ぎるくらい頭を下げていく。正に大商家といったものだろう。「こちらに主人方がおりますので、わては失礼しますさかいに、おおきに」

「よぉ来はりましたな。八雷神の一角がいらすとは、うちらもいっぱしの商いができとるいうことでしゃろか?」「あ…ああ」そこには、狸がいた。耶馬屋芝世(やばやしばよ)は、都から西の海運で財を成した古狸である。黒縄の本宅とは別に、地上の港町「境井」の有力商会を取り仕切り、会合衆の元締め、香具師の親分として君臨していた。

男の喘ぎ声がするが、その姿が見当たらない。「すみません、うちの宿六が挨拶もせんと…だんさん、お客様やよ。起きなはってくれやす」「ぐるじっ、たすけ…」「まあ、人聞き悪うおます。おほほ、代わって、こっちは斎統はんです。うちの連れ合い…なんや、はずかしわ」八畳敷とも言われる、着物に収まりきらぬ乳房が人間を押しつぶしていた。

「トノサマよ ぜいをむさぼり ひを沈め 蟲に守らる みの情けや」、かつてこの狂歌が歌われたのは、蝗害と飢餓に苦しむ末法の世がジパングには存在した。

「狠蝗(はなはだしきこうがい、げんこう)」とは、殿様飛蝗(アバドン)に率いられた軍勢が大陸よりジパングを襲ったのだ。執権たる豊穣斎統は、稲荷の神託を得て、御家人や守護らに防衛に当たらせた。豊穣とは、即ち稲荷の権能により、飢えを凌げるということであった。だが、衆寡敵せず。万を越す軍勢を撃退した時には、二の矢として数十万の蝗が飛来した。

斎統は、このとき国内での厭戦感への焦燥と豊穣家並びに幕府に対する権威失墜への恐怖から、都と幕府天領以外の税と年貢を軍に独占した。折悪く、前線を突破した多数の蝗魔(アバドンフォーク)による略奪が各地に広がり、日ノ本ほぼ全土で飢餓が発生した。尚も戦線を崩壊させぬ故、死者が出るほどの財政の締め付けと徴税が行われた。

輸送を担ったのは、稲荷信仰の豊穣とは対立していた耶馬商会といくつかの竜宮荘園であった。その財力と輸送力、ジパング中からかき集めた食糧を以てしても、兵站は崩壊寸前であり。戦況の悪化以上に、苛烈な幕府の総力体制に国中が疲弊した。ここに至って、芝世や乙姫らは、私財をなげうち前線に協力した。人妖の混成軍の奮戦により、西方でのアバドンの母体の封印まで偶然にも耐え切り、「狠蝗」は幕を閉じた。


「トノサマとは、蝗の親玉と執権両方…贅(税)を貪り、日ノ本を傾け、蟲のあやかしを中心とした連合軍に人々は助けを求めた、と」「ええ。あれ以来、なんや人間さんら、お侍さんや公方様よりも力のある鬼さんや天狗さん、龍さんのとこで暮らすのが増えたんやな。人間さんもうちらも関係なく商人も力持てるようになったさかい、この人には感謝しとるよ」

尻ならぬ胸に敷かれた元執権は、土地を与えられない、すなわち「御恩と奉公」ができないばかりか、自領を優先して稲荷の加護に護られた。さらには、徳政令により御家人の借金を刑部狸や乙姫等の商人、並びに傭兵となった武士やあやかしに負担させようとした。当然、怒りの矛先を向けられた。しかし、耶馬家は独自に幕府や豊穣家、氏神の稲荷に掛け合い、「見合い」を行う条件に、借金を肩代わりすることで手打ちした。斎統は、言わば「借金のカタ」であった。

「恐ろしいのは、人間もあやかしも関係なく欲深さとそれを為してしまう力か…」「先生も気をつけないと、蛇に丸呑みされてしまうかもしれませんね」「もう、半身が蛇の喉元に入ったようなものじゃあないかね?」
25/12/30 20:38更新 / ズオテン
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