読切小説
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悦びの歌
「天の楽隊は、地上で流行る曲を作れない。なぜなら、我らの練習が漏れ聞こえるのを、人間がインスピレーションとして受けとるからだ。先に発表されてしまうと、こちらに打つ手はない」サルピンクスは、そう語る。

Singer&Song Writer(歌手かつ作詞家)の草分け的存在である、「ムーサの追放者」エレーズ・ハハールは今日もトランペットを吹き鳴らす。

彼女が音楽シーンに初めて名を刻むのは、約2000年前、魔王軍と主神教団の一大決戦、通称「ヒーローズチャレンジ」作戦であった。当時の勇者パーティーに追従し、彼らを鼓舞する音楽を奏でた。

「今思えば、世界はシンプルだった。神に選ばれし勇者が、各地を解放し、遂に魔界の深部、魔王城へと達する。仲間の力を結集し、ただ一人の巨悪に相対する…そんな場面を私の演奏が盛り上げた一曲だった」エレーズは、出世作『大魔王への挑戦』を吹いて見せた。

彼女は、その後何度も勇者パーティーの支援楽隊に参加し、竜魔王メイレフ討伐にて、バンドマスターに昇進した。輝かしい経歴は、彼女の口から苦々しい記憶として、
紡ぎ出された。

「この遺影を見なさい。私が担当した、述べ100余人の『勇者』達だ。戦友と言ってもよい。彼らは、我々の勇ましい旋律により、華々しく活躍した。殆どは、時代の徒花として、散ったのだがな」エレーズは、『パーティー全滅』のあの不吉な響きを、部屋全体に満たした。

「だが、それでも、当時は人類も魔物もまだ素朴で純粋な生存競争を行っていたと思う。史上最初に『大魔王』を名乗った闇の魔物も、『竜魔王』も、『大神官』もな…」彼女の演奏は、生死をかけた魔王と勇者の対決、人々や魔物の歓声と悲鳴、楽隊の仲間との総合芸術だという。

「私が、今まで肩を並べた者達を紹介しよう。ガンダルヴァのイーチ・ガーンヴ」ハーピーが、自己紹介代わりに、コントラバスを弾いてして見せた。「『誇大妄想狂』という代表曲を聞いたことがあろう?世界を支配せんとする悪逆の魔王のことか、それを打ち砕かんと仲間を募り戦うちっぽけな人間達か?あるいは、世界を管理できていると夢想する主神のことかもしれんな」

「次に、寿命で死ぬまで、世界最高のバイオリニストだったと呼べる者…ファントムのピン・ラ・プランテ」ポルターガイストのバイオリンは、悲しげに始まり、徐々に陽気に展開し、最後はアップテンポの『葬送曲』となっていく。「『大橋の対決』、『アンゲロス・ホ・モノプテル』…聞くたびにかつての激戦に想いを馳せてしまう。生きた証が音として残っている…不死とは忘却されぬことだ」

「最後に、ピアニストはクラーケンのイトゥーケン、全ての足でどんな採譜もお手のものだ」巨大な軟体動物が、オルガンを触手で奏でる。「戯曲『怒れる神の破壊』『七人の復讐者』、『四つの魔』等々…役者だけでなく、熱の籠った調べが、これらを名作たらしめているのやもしれん」

そして、壇上には、ソプラノ、メゾソプラノ、アルト、コントラアルトに割り振られた、セイレーン、マーメイド、ユニコーン、獅子のようなワーキャットの歌姫が現れ出でる。「ボーカルとは、声楽とは、生まれ持った楽器であるとも言えよう。リゲイア、メリュジーヌ、アムドゥシア、プルソン…今宵は彼女らの美声を耳の保養とされたい」

「長々と喋ってしまって、申し訳ない」エレーズは、マイクをスタンドに一旦戻し、トランペットを掲げた。聴衆が静まりかえる。「悦びの歌、ないしは、組曲『偉大なる魔王への讃美歌、あるいはいかにして堕天使は結婚式の祝典を演奏するに至ったのか』」

語り:先の魔王は身罷れり!今一度、人界救われり。しかして、魔界は混迷の極みにあり。王魔界の最果てより、魔王城の前至り、魔物の屍折り重なり、残すは魔王ただ一人、それが魔族の掟なり。

演奏が始まり、危急存亡と魔界の殺伐さが重厚な合奏で表現される。

だが、今回ばかりは話が違う。勝ち残るは、銀髪のサキュバス。犠牲者はほぼ無く、戦を通じて皆心通わす。魔王の資質、「力で支配する」。彼女は言う、「愛で理解する」

一瞬の静寂の後に、トランペットソロにより、希望のモチーフと、未来への序曲が展開していく。魔王が皆を絆し、仲間に加える度に、歌声と楽器が増えていく。

魔王の即位、勇者の洗礼、天使の楽隊。何千年もの繰り返し。魔王軍と勇者パーティー、魔王城まで到達し、世紀の対決今再び…驚き、狼狽、惑いし天使!

一進一退の攻防が、打楽器の迫力と金管楽器の鋭さで表現される。だが、再びトランペットソロに入ると、一転して、困惑と新鮮さが、突拍子と変調で奏でられた。

歌:誠実な気持ちで進むがよい。その先では、汝らを愛の祝福が待ち受けよう。誠実なる勇気と溢れる愛に、汝らは奔放で堕落しきった夫婦とならん!

若き勇者よ進むがよい。若き魔王よ進むがよい。祝宴は疾うに終いだ。汝らは今こそ心のままに悦びに満たされよう!

愛欲と恋情に彩られた房に、汝らは誠実な思いで行くがよい。その先では、汝らを愛の祝福が待ち受けよう。誠実なる勇気と溢れる愛に、汝らは奔放で堕落しきった夫婦とならん!


投影された幻影には、魔王夫妻が厳粛にして淫猥なるバージンロードを歩む姿が描かれた。そこには、涙を流し、トランペットを吹く堕天使の姿があった。

愛する人よ、このような旋律ではない!もっとよがり狂うような唄を!もっと悦びに満ち溢れたものを!

快楽よ、神々に見離された快感よ!パンデモニウムの堕天使よ!
我々はサテュロスのように酔いしれて、堕ちたる女神よ、汝の聖所に至らん!

汝が魔力は再び結び会わせる、主神が強く切り離したものを!全ての人魔は恋人となる!汝の柔らかな翼が留まる所にて!

そうだ、この世界にただ一人だけでも、心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ!
それができなかった者は、魔界に堕ちよ!この輪に入り、快楽を共しよう!

全ての存在は、アプサラスの乳海より歓喜を飲み、すべて善き人も、すべて悪しき人も、自然の造るアルラウネの道を進むのだ!

冥界の女王ヘルは我々に口づけて、バンシーを側に寄越してくれた!快楽はデビルバグのような者にも与えられ、ヴァルキリーすら汝の前に立とう!

天国の壮麗たる宮を星が駆け巡るように楽しんで、我が仲間達、自らの道を進め!勇者が勝利を目指すように喜ばしく!

抱き合おう、諸人よ!この口づけを世界中に!仲間達、この暗黒の地平の先に、魔王が待ち受けるはず!

ひざまずくか、諸人よ?魔の君主を感じるか、世界中の者共!暗黒の地平線に、魔王を求めよ!遥か彼方の闇に、必ず彼女は見守るのだから!
25/12/24 01:00更新 / ズオテン

■作者メッセージ
メリークリスマス

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