連載小説
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エピローグ
「フウウーッ」デジタルスクイレルは、マルチディスプレイの明かり以外ない自室で大きく息を吐いた。ユメに接続し、あまつさえハッキングするという芸当、いくら超常のマモノと言えど骨が折れる行為であった。「魔法陣と使いなじみのフートンと枕があってよかった…」

ユメ、端的に言えば、誰かの内面であり記憶領域。それをハックするということは、スタンドアロンの個人用コンピューターに侵入するということに等しい。(しかも、遠隔で…)その上、メインフレームたる生体脳、サブロはそのユメの中にいる。侵入すべきメモリの中に、それを収める筐体がある、卵が先か鶏が先か。

だがしかし、どのような高度なセキュリティであろうと、何らかの脆弱性はみつかるものだ。例えば、貴方のコンピューターの周辺機器の無線ペアリングが切断されておらず、あまつさえそれが放置されていれば、いかなる事態を招くか?魔術的にフートンと枕は、ユメというイントラネット、睡眠者という本体の周辺機器に他ならない。魔法陣は用意されたバックドアだ。

(「非常に明るいボンボリの真ん前はかえって見にくい」、平安時代の…誰だっけ?疲れて頭が働かない…)ラタトスクは長時間の集中と極度正確性のタイピングに疲弊し、微睡みの中に沈んでいった。

◆◆◆◆◆

「…イリー。オイッ、スクイリー。ックリス」「ハッ!?」デジタルスクイレルが目を覚ますと、そこは自室ではなかった。声の主を確認すると、愛しきホワイトナイトの顔がそこにあった。「オハヨ」「…オハヨ」「…」「…」二人の顔が近い。どちらともなく赤面した。「「…ン」」短いが、甘い口づけが着付けとなったのか、デジタルスクイレルの視界がハッキリしてきた。

「…マンゲキョの空、暗い七色の地面…ソムノファイル、サブロの夢か」「アア。キミが眠ったから、ハッキングの…なんやかんやで…とにかく来ちまったみたいだ」「…わかりにくい解説をアリガト」ラタトスクは、恋人のインキュバスの言葉に目を細めた。

「そう言うなよ。オレだって、キミのことをもっとよく知りたいんだぜ…」「まあ、それなら基礎的なプログラムやマクロの作り方から」「…またマンボジャンボがワーッと」「これぐらいは理解しろよな…」(まったくこの男は…シロイズキンの用語なら全部覚えてるくせに)デジタルスクイレルは少しめまいを覚えた。

「まッとにかくだ。そこにノビてる二人が起きたら「もう起きてますよ…」アッこりゃシツレイ…!」「!?」ホワイトナイトたちはすぐさま起き上がり、振り返った。そこにはうつむき上目がちな半裸の男と、申し訳なさそうに両手の人差し指を突き合わせた人馬がいた。

「さっきはちょっと強くやりすぎたな、スマン」「イエイエ、僕もマモノになってちょっと我を忘れていました…」ホワイトナイトは頭を掻いて言った。半裸のインキュバス、ソムノファイルは視線を合わせず答えた。「…ワタシも謝るべきかもしれないが、そもそもソッチが派手にやりすぎたのが原因だ。」「オイオイ、そんな言い方ないだろ!」「イエ、彼女の言う通りです。僕らに責任がある…」「…」ソムノファイルは傍らのナイトメアに顔を向けた。ドリームウィーヴァーは、前髪に隠れた目に涙をためて沈黙していた。

「ねえ、アンミツ=チャン…」「…」ソムノファイル、サブロは、ナイトメア、アンミツの左頬に右手を添えた。「悔しいよね…」「…ウン」アンミツが頷くと水滴がこぼれた。サブロは彼女の背中、人間部分からウマ部分まで、継ぎ目を超えて数回丁寧に撫でた。「僕を守ってくれようとしたんだろ?」「…ダーリン…」「僕らはちょっとやりすぎだったみたいだ…」「ウッ…ウウッ…ゴメンネ…」「君は悪くない、原因は僕にある」人馬は脚を折り、人間の上体をインキュバスの体に預けた。男の肩は今は涙に濡れていた。

「グスッ…ゴメンネッ…ゴメン」「君は優しいね…僕の方こそゴメン…ただもう一つだけ」「グスッ、何?」サブロは、アンミツの肩をやさしく叩いて言った。「眠らせたままの人たち…マクノ課長…そして二人に…謝るなら彼らに謝ろう」「…ウウッ、ウン」アンミツはしゃくりあげながら答えた。「「…」」ラタトスクとインキュバスはその光景を見守った。

サブロとアンミツは、頷きあい意を決して、ホワイトナイトとデジタルスクイレルに向き直った。「この度は大変ご迷惑をおかけしました!」サブロは120度のオジギで謝罪した。それに続いて、アンミツがウマの前脚を折り、その後上半身がオジギした。「ウマ引きの 首を垂れる ウマめいて 夫に倣いし 妻の習いか 大変申し訳ございません!」
 
ホワイトナイト、マサキは二人の謝罪を確認し、一呼吸おいて口を開いた。「顔を上げてください。主神も怒る」そして傍らの不機嫌にそっぽを向いたデジタルスクイレル、クリスに顔を向けた。「…これで謝ってくれたぞ」「ワタシは…」「ケジメだろ?」マサキはクリスの髪を撫でた。「…フーッ、ワカッタ!ゴメンナサイ!これでいいだろ!?」「ヨクデキマシタ」

「昏睡した人たちは、すぐに目を覚ますでしょう…課長にもそうお伝えください…」「…」サブロとアンミツは手をつなぎ、徐々に面を上げていた。
「…もちろんこれで、謝罪として十分とは思っていません」「…」二人は、頭に重力がのしかかったように視線を下にして、所在なさげに立った。

「「…」」マサキとクリスは、顔を見合わせそして互いに首肯した。「確かに、十分ではないな」「「ッ!」」インキュバスとナイトメアは肩を震わせた。「アア。マサキの言うとおりだな」クリスがそれに続けていった。二人が近づいてきた。そして、マサキは震えるサブロに手を差し出した。「…?」

「ちゃんと詫び入れたいなら、一杯おごってくれよ」「!…ハイ!」サブロはその手を握り返した。「ワタシは女子会に付き合ってくれる人がいいかな…こっちでマモノの知り合いって少ないし?」クリスも手を差し出した。「…ッ」アンミツは躊躇した。彼女はサブロの顔を見た。優しいほほえみだった「アンミツ=チャンはやりたいかい?」「私は…」マサキの顔を見た。もうすでにユウジョウといった顔だ。そして…「まあ来たくないというのなら無理強いしないけど…」クリスの顔は怒り半分期待半分といった表情だ。「私は…行きたいです」その場の空気が軟化した。

数分後、歓談と情報共有を終えた4人は、別れのアイサツを行った。「ここまでアリガトウゴザイマシタ」「じゃあ、またな」サブロはマサキと最後に握手した。サブロは扉上の01に入った。「…クリス=サン」「ウン?」「また会う日まで お元気で オタッシャデー」「…オタッシャデ」クリスはアンミツに軽くハグして、その後自分を待つ恋人の背中に向かった。この空間には二人だけ取り残された。

「…」「…」「二人だけになったね」「…ウン」サブロはアンミツの背中をさすり、アンミツはサブロの顔を鼻先でこすった。「負けちゃったね」「ウン」
「でも、なんだか清々しいよ」「ウンッ 負けは負け 敗れた賭け でも不思議ね ダーリンと二人だけ それで幸せ」「嬉しいな!僕とアンミツ=チャン、友達もできたし」「ウン!」そしてサブロはアンミツに口づけた。「そして…」「♡」二人はそのあとに続く言葉に赤面した。「…家族だって、増えていくしね」「フフッダーリン」マモノたちは頬ずりした。このくらい悪夢の中でも、その周囲だけは輝いて見えた。

【ウェットドリーム・ネイション】終わり



 ◆魔◆魔物ムス名鑑♯5性◆
【ドリームウィーヴァー】
ナイトメアのマモノ。種族特有の魔術「ユメアルク・ジツ」と大鎌が武器。
彼女らは、ユメからユメを訪ね、理想の伴侶を探すという。
ただそのためには、対象が寝ていないとダメであり、夜も寝ていない者が多いこちらの世界では、ムコ探しに難儀しているようだ。

◆魔◆魔物ムス名鑑♯6◆性◆
【ソムノファイル】
非魔物娘。本名、グルニヤ・サブロ。化粧品メーカーの経理部に勤めていた。
しかし、マッポーのメガコーポでは、粉飾決算や脱税、申告漏れなどが、
チャメシ・インシデントであった。上司や周囲となじめなかったこともあり、
不眠症であった。ナイトメアは、こうした人間が、不眠を改善するサイトやBBSに張り込み、狙っているようだ。
24/05/25 10:33更新 / ズオテン
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