ナマハゲ戦隊ファイブオーガ
『…というわけで、父さんは冬至祭帰れなさそうなんだ。すまない、タケト…』「そっか…まあ、おじいちゃんとおばあちゃんちでお母さんと楽しむよ」小学2年生の冬、単身赴任の父は冬至祭に戻らない。
『タケちゃん、ごめんね。インフルエンザが流行っちゃったみたいで…母さんも出ないと、年内の調整が間に合わなくて…』「うん、わかった…気をつけてね」『ごめんなさいね…それと、ゲーム持ってっていいけど、宿題やってからにしなさい』タケトは、祖父母の待つ、A県オーガ市に向かう。暖房が効いた車内に、一人座って、きらびやかな冬至祭の町並みを見ると、むしろ寒々しい気分だった。
「タケ坊、大きゅうなったな!」「まあ、タケトォ、痩せたんじゃねえか?ちゃんと、食っとんのか?ほれ、ロールケーキとアスパラビスケット食べな」祖父母は、暖かく迎えてくれた。だが、少年は景気の悪い顔をするばかりであった。
「…ありがとう」「お父さんとお母さんのことは、残念だったなあ」「…でも、悪く思わないであげなよ?あの子らも、タケトが大事だから、頑張って仕事しとるんだかんな?」孫は、生返事を返しながら、スマートフォンの動画を眺めた。
「…そうだよね」(僕だって、ガマンしてるんだよ…)少年は、言葉を飲み込んだ。
深夜に目が覚めてしまった。時計を見れば、2時前だ。古時計の振り子と秒針、細工が施された陶器、不気味なフランス人形を横目に、タケトは眠れなかった。(…モンテンドー・グリッチ3でゲームしよ)
彼は、ゲームを起動して、ワイヤレスイヤホンを着けた。(…本当は、9時過ぎたら、朝までやっちゃダメだけど…叱る人いないもんね)いじけた思考で、誰にでもなく言い訳した。
コンコン、と窓を何か小突く音がした。タケトは、そちらを見た。何もいない。(…ボス強、もう3回死んだ)ボスには、第二形態があり、回復した上、攻撃モーションとダメージに時間差があって避けづらいのだ。
完全に目が冴え、少年はゲームに集中した。コンコンが、ボンボンと少し乱暴になっても無視した。ボンボン、ボンボン、ドン「へえっ!」タケトは、反射的に布団を被った。
ドンドンッドンドドンッ!窓を割らんばかりの衝撃に、彼はマットレスと枕の奥に逃げ込んだ。柔らかくて、安心できる…「うん…?」マットレス?おじいちゃんとおばあちゃんの家には、布団しかないはず…
心地よい暖かさは、段々と暑苦しさに変わっていった。既に窓どころか、風の音すら聞こえず、安心感は圧迫と閉塞に変化していた。「…あ」「…」タケトは、目が合ってしまった。マットレスのような、ナニかと。
「…悪い子?」「…えっ?」布団の化け物は、質問した。「悪い子はいますか?」「悪い子?」「…悪い子はぎゅうぎゅう詰めの刑」「うわあ…ぐるっ…じ」回答と見なされ、拘束が強まる。
「悪い子は反省しますか?」「やめっ…」「悪い子は反省しますか?」「だずっ…げ」息ができなくなり、熱さは蒸し風呂に入ったかのようであった。意識がなくなれば、戻らないかもしれない。恐怖と、快適な眠気が、タケトの頭を塗り潰した。
(僕が悪い子…?なんで?)何故、このような理不尽な目に?半ば走馬灯のように、今までの出来事が思い出された。そして、気づいた。「…ゲーッ…ム!」少年は必死に手繰り寄せ、ゲーム機の電源を落とした。
「…悪い子は反省しましたか?」「…はあーッはあーッ」拘束が弛んだ…「あなたは悪い子ですか?」「…ぼ、僕は」化け物は、無表情にタケトを見つめた。見れば、モコモコとした角の生えた人型であった。
「悪い子は…」「うわあああっ!」今度は、そのまま取り込まれてしまう…彼は、布団から飛び起き、急いで廊下を走った。「…おじいちゃん!おばあちゃん!」夜中に、床が軋むに構わず、少年は必死に走った。
そして、祖父母の寝室の襖の前に来た。「ごめんなさい!おじいちゃん!おばあちゃん!助けて!」「…」返事はない。タケトは仕方なく、戸を開けようと手をかけた…瞬間であった。暗くてよく見えないが、誰かの手に襖から掴まれた。
「タケトかぁ…?」「おじいちゃん?」「そぉだぁ…どしたんだぁ、夜中にぃ?」「おじいちゃん…聞いて!僕の部屋に…」「ゲームはぁ、やっちゃいけねぇ…きまり破ったなぁ?」「えっ…」何故、そのことを知っているのだ?
「おじいちゃん、今はそんな…」「そんなことぉ、どおでもいいだとぉ?バカモンがぁ!」「ひいっ!」祖父の声ではない!「夜眠らず、きまり守らず、口答え?!わりご…いだなぁ!」「いたいよ!離してぇ!」掴む手は、今や真っ赤になって、強い力を籠めていた。
「わりごは…取って食ってやろぉ!」「やだああああ!」襖が徐々に開いていき、それに合わせて、「腕」はタケトを引き込もうとした。「反省しろぉ!」「やめてえええ!」「わりごぉ!」中にいたのは真っ赤な肌に簑、正に鬼の形相であった。
「…悪い子はいますか?」「えっ?」後ろから抱きつかれた。この感触は…「さっきの…ぶふぉ!」またしても窒息させられた。「…なんだぁ、おめ?」「悪い子を捕まえます」「おれの獲物だぁ!よそさいげ!」「悪い子は反省します!」赤い鬼とモコモコの化け物は、タケトを巡って争った。
「…いだっ!」「「どうしたぁ(しました)!?」」引っ張りだこに、苦悶の声をあげると、少年を掴む力が一瞬弱まった。(…今しかない!)「うわあああっ!」渾身の力で、怪物達を振りほどいて、逃げ出した。
「はあーッ…」タケトは、居間に逃げ込んだ。ここは安全だろう。ブオンッ、「…ッ」年季の入ったブラウン管テレビは、試験放送の色とりどりの映像を流した。このテレビは、リモコン非対応だから、電源を押さねばならない。
可聴域ギリギリの騒々しい雑音をBGMに、少年は恐る恐る近づいた。「…」色とりどりの図形は、一歩近寄るごとに輪郭を変える、まるで人間の笑顔のように。
「…見間違いだよね」シミュラクラ現象と、動画サイトで聞き齧った名前を思い出した。「…点が三つあれば、なんでも顔に見える…だけ」「その通り!」「ッ?!」黄色の線が、笑顔の口、赤と青の線がにこやかな目になり、こちらに笑いかけた。「…気にしないでネ?ボクは、キミの臆病が作ったマボロスィ〜!アッヒャッヒャッヒャ!」
「やだああああ!」「今日のオーディエンスは、大変リアクションがキモチいいネ!お坊ちゃん、さあ、ボクと一緒に冒険に行きまショータイム!」赤と青に色分けされた仮面の道化師が、上半身を乗り出し、少年を捕まえんとした。
「お客サンは、久しぶりだな〜!サービスしちゃうよオ!」「離してぇ!」泣こうが喚こうが、ピエロはタケトを掴まえて離さない。「怖がらなくてもいいだロ?」化け物は、心外といった表情になった。「だって…」(そうだ、芸をやってる隙に…)
「ね、ねえ…」「ん?どうしたのカナ?」「なんか、面白い芸をやってくれたら、泣き止むかも?」「ホント?じゃあ、飛びっきりのを披露しまショータイム!」ピエロは、少年を離してしまった。彼は、準備に取りかかる化け物を尻目に、忍び足で台所に向かった。
「…ハアハア、こっちなら、裏口が…」タケトは、勝手口から脱出を狙った。だが、台所に足を踏み入れた瞬間、希望は絶望に変わった。「…うーん、流石にご老人は、お酒を常備してないわよね」青い背中が、冷蔵庫を物色していた。
「…」少年は、息を殺して、勝手口に向かった。「…ねえ」「…!?」「…別に、キミに危害を加えに来た訳じゃあないのよ?ただ、役割として、『悪い子』を怖がらせなきゃ、いけないだけで…」青い化け物は、振り返らず淡々と諭すように話した。
「お姉さんは、もうちょっとツマミを探してるから、玄関の方は安全かもね?」「…」タケトは、その言葉を信じて、台所を離れた。「わりごぉ!どこさおる?!」「悪い子はいますか?」「お客サン!まだ、演目は終わってませんヨ〜!」廊下や庭から、化け物達が探す声がした。玄関に向かうしかない。彼は、玄関に向かった。
玄関前には、何もいなかった。タケトは、後ろを気にしながら、戸に手をかけようとした。その時、インターホンが鳴った。『悪い子はいねえか?』
少年は後ずさった。逃げようかと考えたが、しかし、もはや逃げ場はないのだ。「…なんで、悪い子って言われなきゃいけないの?」『…』ドア越しに、化け物に八つ当たりした。返事はない。
「…良い子にしてたら、お父さんとお母さんが来てくれの?」『さあな…だけど、約束を守れない悪い子のところには、鬼が来るぞ』「…そんなあ」無慈悲にも、玄関は開かれて緑色の大きな化け物が入ってきた。
「夜分に失礼する。タケト、お前はちゃんと今日の宿題をやらずに、動画を見たり、ゲームをやったな?しかも、9時過ぎに」「…親でもないくせに、何なんだよ!」タケトは、逆上して、物を投げつけた。緑の妖怪は、事も無げに掴みとった。
「…」「あらあ、キミ、また悪いことしちゃったわね」後ろから、さっきの青い化け物の声がした。「悪い子がいました」「わりご、みつけだ」「鬼ごっこは終わりだネ!次の演し物に移りまショータイム!」
数日後、タケトは雪かきをしていた。「ご両親に会いたくて、寂しいのはわかる。だが、ふて腐れてダラダラするより、身体を動かした方が早く会えるぞ」祖父と共に、地面が凍ってないか、屋根や木の雪が落ちないか注意して、毎日少しずつ道を作っていく。遠目には、緑の化け物が物凄い勢いで雪をどかしていた。
日が陰る前に、家に戻って宿題に没頭する。集中力が途切れると、ピエロがどこからともなく現れる。「…疲れたかイ?そういう時には、息抜きに見てってネ!」お手玉、手品、ゲームの対戦、ちょっとした気分転換をしてくれる。
また、やる気になって宿題を進める。今度は、ちょっと眠気が出てきた。タケトは昼寝する。「良い子は勉強を頑張っています」モコモコした、暖かい身体に包まれ、疲れがとれていく。
今度はわからない問題が出てきた。「そこは、カッコを先にやれば大丈夫よ」祖母が持ってきてくれた、かりんとうを肴に、甘酒を飲む青い化け物が、宿題を教えてくれた。
夜は、9時に寝なければいけない。タケトは、スマートフォンやゲーム機を没収された。「明日になれば、けえしてやるべ。さあさ、ちゃんと寝るだよ」赤い化け物が、寝かしつける。
「…おやすみ」タケトは目を瞑った。化け物達や、祖父母がいてくれる。良い子にしている、でも、明日の冬至祭には、両親はいない。彼は、思わず涙を流した。
「…悪い子はいなくなったな」緑の化け物は、タケトの涙を拭った。他の化け物達も頷いた。「ならば、良い子にはごほうびをやらねばな」
「真っ赤に滾る力こぶ、全てを凌駕するパワー!オーガレッド!」「青く澄み渡る知性、脳まで筋肉、全身これ頭脳!オーガブルー!」赤と青のナマハゲは、タケトの父親の会社に向かった。
「白く暖かな低反発、モコモコ弾力、オーガホワイト!」「赤い興奮、青いユーモア、紫に混ざるパフォーマー、オーガパープル!」モコモコとピエロは、母親の仕事場に向かった。「道を作るはパワー!力こそパワー、オーガグリーン!」緑のナマハゲが雪を全てかき分け、道を作り出す。
明くる日、タケトはまた雪かきに向かう。もう少しで、家の前と道路が繋がる。だが、「おーい、タケト!」「仕事、なんとか終わったわ!タケちゃん、ごめんね!」「…!」玄関を出た少年を、両親が出迎えた。
抱き合う親子に満足げに頷く、五体の鬼達が屋根にいた。オーガ半島には、鬼が出る。悪い子におしおき、良い子にごほうびを。ナマハゲ戦隊ファイブオーガは、今日も戦う!
『タケちゃん、ごめんね。インフルエンザが流行っちゃったみたいで…母さんも出ないと、年内の調整が間に合わなくて…』「うん、わかった…気をつけてね」『ごめんなさいね…それと、ゲーム持ってっていいけど、宿題やってからにしなさい』タケトは、祖父母の待つ、A県オーガ市に向かう。暖房が効いた車内に、一人座って、きらびやかな冬至祭の町並みを見ると、むしろ寒々しい気分だった。
「タケ坊、大きゅうなったな!」「まあ、タケトォ、痩せたんじゃねえか?ちゃんと、食っとんのか?ほれ、ロールケーキとアスパラビスケット食べな」祖父母は、暖かく迎えてくれた。だが、少年は景気の悪い顔をするばかりであった。
「…ありがとう」「お父さんとお母さんのことは、残念だったなあ」「…でも、悪く思わないであげなよ?あの子らも、タケトが大事だから、頑張って仕事しとるんだかんな?」孫は、生返事を返しながら、スマートフォンの動画を眺めた。
「…そうだよね」(僕だって、ガマンしてるんだよ…)少年は、言葉を飲み込んだ。
深夜に目が覚めてしまった。時計を見れば、2時前だ。古時計の振り子と秒針、細工が施された陶器、不気味なフランス人形を横目に、タケトは眠れなかった。(…モンテンドー・グリッチ3でゲームしよ)
彼は、ゲームを起動して、ワイヤレスイヤホンを着けた。(…本当は、9時過ぎたら、朝までやっちゃダメだけど…叱る人いないもんね)いじけた思考で、誰にでもなく言い訳した。
コンコン、と窓を何か小突く音がした。タケトは、そちらを見た。何もいない。(…ボス強、もう3回死んだ)ボスには、第二形態があり、回復した上、攻撃モーションとダメージに時間差があって避けづらいのだ。
完全に目が冴え、少年はゲームに集中した。コンコンが、ボンボンと少し乱暴になっても無視した。ボンボン、ボンボン、ドン「へえっ!」タケトは、反射的に布団を被った。
ドンドンッドンドドンッ!窓を割らんばかりの衝撃に、彼はマットレスと枕の奥に逃げ込んだ。柔らかくて、安心できる…「うん…?」マットレス?おじいちゃんとおばあちゃんの家には、布団しかないはず…
心地よい暖かさは、段々と暑苦しさに変わっていった。既に窓どころか、風の音すら聞こえず、安心感は圧迫と閉塞に変化していた。「…あ」「…」タケトは、目が合ってしまった。マットレスのような、ナニかと。
「…悪い子?」「…えっ?」布団の化け物は、質問した。「悪い子はいますか?」「悪い子?」「…悪い子はぎゅうぎゅう詰めの刑」「うわあ…ぐるっ…じ」回答と見なされ、拘束が強まる。
「悪い子は反省しますか?」「やめっ…」「悪い子は反省しますか?」「だずっ…げ」息ができなくなり、熱さは蒸し風呂に入ったかのようであった。意識がなくなれば、戻らないかもしれない。恐怖と、快適な眠気が、タケトの頭を塗り潰した。
(僕が悪い子…?なんで?)何故、このような理不尽な目に?半ば走馬灯のように、今までの出来事が思い出された。そして、気づいた。「…ゲーッ…ム!」少年は必死に手繰り寄せ、ゲーム機の電源を落とした。
「…悪い子は反省しましたか?」「…はあーッはあーッ」拘束が弛んだ…「あなたは悪い子ですか?」「…ぼ、僕は」化け物は、無表情にタケトを見つめた。見れば、モコモコとした角の生えた人型であった。
「悪い子は…」「うわあああっ!」今度は、そのまま取り込まれてしまう…彼は、布団から飛び起き、急いで廊下を走った。「…おじいちゃん!おばあちゃん!」夜中に、床が軋むに構わず、少年は必死に走った。
そして、祖父母の寝室の襖の前に来た。「ごめんなさい!おじいちゃん!おばあちゃん!助けて!」「…」返事はない。タケトは仕方なく、戸を開けようと手をかけた…瞬間であった。暗くてよく見えないが、誰かの手に襖から掴まれた。
「タケトかぁ…?」「おじいちゃん?」「そぉだぁ…どしたんだぁ、夜中にぃ?」「おじいちゃん…聞いて!僕の部屋に…」「ゲームはぁ、やっちゃいけねぇ…きまり破ったなぁ?」「えっ…」何故、そのことを知っているのだ?
「おじいちゃん、今はそんな…」「そんなことぉ、どおでもいいだとぉ?バカモンがぁ!」「ひいっ!」祖父の声ではない!「夜眠らず、きまり守らず、口答え?!わりご…いだなぁ!」「いたいよ!離してぇ!」掴む手は、今や真っ赤になって、強い力を籠めていた。
「わりごは…取って食ってやろぉ!」「やだああああ!」襖が徐々に開いていき、それに合わせて、「腕」はタケトを引き込もうとした。「反省しろぉ!」「やめてえええ!」「わりごぉ!」中にいたのは真っ赤な肌に簑、正に鬼の形相であった。
「…悪い子はいますか?」「えっ?」後ろから抱きつかれた。この感触は…「さっきの…ぶふぉ!」またしても窒息させられた。「…なんだぁ、おめ?」「悪い子を捕まえます」「おれの獲物だぁ!よそさいげ!」「悪い子は反省します!」赤い鬼とモコモコの化け物は、タケトを巡って争った。
「…いだっ!」「「どうしたぁ(しました)!?」」引っ張りだこに、苦悶の声をあげると、少年を掴む力が一瞬弱まった。(…今しかない!)「うわあああっ!」渾身の力で、怪物達を振りほどいて、逃げ出した。
「はあーッ…」タケトは、居間に逃げ込んだ。ここは安全だろう。ブオンッ、「…ッ」年季の入ったブラウン管テレビは、試験放送の色とりどりの映像を流した。このテレビは、リモコン非対応だから、電源を押さねばならない。
可聴域ギリギリの騒々しい雑音をBGMに、少年は恐る恐る近づいた。「…」色とりどりの図形は、一歩近寄るごとに輪郭を変える、まるで人間の笑顔のように。
「…見間違いだよね」シミュラクラ現象と、動画サイトで聞き齧った名前を思い出した。「…点が三つあれば、なんでも顔に見える…だけ」「その通り!」「ッ?!」黄色の線が、笑顔の口、赤と青の線がにこやかな目になり、こちらに笑いかけた。「…気にしないでネ?ボクは、キミの臆病が作ったマボロスィ〜!アッヒャッヒャッヒャ!」
「やだああああ!」「今日のオーディエンスは、大変リアクションがキモチいいネ!お坊ちゃん、さあ、ボクと一緒に冒険に行きまショータイム!」赤と青に色分けされた仮面の道化師が、上半身を乗り出し、少年を捕まえんとした。
「お客サンは、久しぶりだな〜!サービスしちゃうよオ!」「離してぇ!」泣こうが喚こうが、ピエロはタケトを掴まえて離さない。「怖がらなくてもいいだロ?」化け物は、心外といった表情になった。「だって…」(そうだ、芸をやってる隙に…)
「ね、ねえ…」「ん?どうしたのカナ?」「なんか、面白い芸をやってくれたら、泣き止むかも?」「ホント?じゃあ、飛びっきりのを披露しまショータイム!」ピエロは、少年を離してしまった。彼は、準備に取りかかる化け物を尻目に、忍び足で台所に向かった。
「…ハアハア、こっちなら、裏口が…」タケトは、勝手口から脱出を狙った。だが、台所に足を踏み入れた瞬間、希望は絶望に変わった。「…うーん、流石にご老人は、お酒を常備してないわよね」青い背中が、冷蔵庫を物色していた。
「…」少年は、息を殺して、勝手口に向かった。「…ねえ」「…!?」「…別に、キミに危害を加えに来た訳じゃあないのよ?ただ、役割として、『悪い子』を怖がらせなきゃ、いけないだけで…」青い化け物は、振り返らず淡々と諭すように話した。
「お姉さんは、もうちょっとツマミを探してるから、玄関の方は安全かもね?」「…」タケトは、その言葉を信じて、台所を離れた。「わりごぉ!どこさおる?!」「悪い子はいますか?」「お客サン!まだ、演目は終わってませんヨ〜!」廊下や庭から、化け物達が探す声がした。玄関に向かうしかない。彼は、玄関に向かった。
玄関前には、何もいなかった。タケトは、後ろを気にしながら、戸に手をかけようとした。その時、インターホンが鳴った。『悪い子はいねえか?』
少年は後ずさった。逃げようかと考えたが、しかし、もはや逃げ場はないのだ。「…なんで、悪い子って言われなきゃいけないの?」『…』ドア越しに、化け物に八つ当たりした。返事はない。
「…良い子にしてたら、お父さんとお母さんが来てくれの?」『さあな…だけど、約束を守れない悪い子のところには、鬼が来るぞ』「…そんなあ」無慈悲にも、玄関は開かれて緑色の大きな化け物が入ってきた。
「夜分に失礼する。タケト、お前はちゃんと今日の宿題をやらずに、動画を見たり、ゲームをやったな?しかも、9時過ぎに」「…親でもないくせに、何なんだよ!」タケトは、逆上して、物を投げつけた。緑の妖怪は、事も無げに掴みとった。
「…」「あらあ、キミ、また悪いことしちゃったわね」後ろから、さっきの青い化け物の声がした。「悪い子がいました」「わりご、みつけだ」「鬼ごっこは終わりだネ!次の演し物に移りまショータイム!」
数日後、タケトは雪かきをしていた。「ご両親に会いたくて、寂しいのはわかる。だが、ふて腐れてダラダラするより、身体を動かした方が早く会えるぞ」祖父と共に、地面が凍ってないか、屋根や木の雪が落ちないか注意して、毎日少しずつ道を作っていく。遠目には、緑の化け物が物凄い勢いで雪をどかしていた。
日が陰る前に、家に戻って宿題に没頭する。集中力が途切れると、ピエロがどこからともなく現れる。「…疲れたかイ?そういう時には、息抜きに見てってネ!」お手玉、手品、ゲームの対戦、ちょっとした気分転換をしてくれる。
また、やる気になって宿題を進める。今度は、ちょっと眠気が出てきた。タケトは昼寝する。「良い子は勉強を頑張っています」モコモコした、暖かい身体に包まれ、疲れがとれていく。
今度はわからない問題が出てきた。「そこは、カッコを先にやれば大丈夫よ」祖母が持ってきてくれた、かりんとうを肴に、甘酒を飲む青い化け物が、宿題を教えてくれた。
夜は、9時に寝なければいけない。タケトは、スマートフォンやゲーム機を没収された。「明日になれば、けえしてやるべ。さあさ、ちゃんと寝るだよ」赤い化け物が、寝かしつける。
「…おやすみ」タケトは目を瞑った。化け物達や、祖父母がいてくれる。良い子にしている、でも、明日の冬至祭には、両親はいない。彼は、思わず涙を流した。
「…悪い子はいなくなったな」緑の化け物は、タケトの涙を拭った。他の化け物達も頷いた。「ならば、良い子にはごほうびをやらねばな」
「真っ赤に滾る力こぶ、全てを凌駕するパワー!オーガレッド!」「青く澄み渡る知性、脳まで筋肉、全身これ頭脳!オーガブルー!」赤と青のナマハゲは、タケトの父親の会社に向かった。
「白く暖かな低反発、モコモコ弾力、オーガホワイト!」「赤い興奮、青いユーモア、紫に混ざるパフォーマー、オーガパープル!」モコモコとピエロは、母親の仕事場に向かった。「道を作るはパワー!力こそパワー、オーガグリーン!」緑のナマハゲが雪を全てかき分け、道を作り出す。
明くる日、タケトはまた雪かきに向かう。もう少しで、家の前と道路が繋がる。だが、「おーい、タケト!」「仕事、なんとか終わったわ!タケちゃん、ごめんね!」「…!」玄関を出た少年を、両親が出迎えた。
抱き合う親子に満足げに頷く、五体の鬼達が屋根にいた。オーガ半島には、鬼が出る。悪い子におしおき、良い子にごほうびを。ナマハゲ戦隊ファイブオーガは、今日も戦う!
25/12/21 06:10更新 / ズオテン