連載小説
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等しく活きるには
地獄は、大きく八つに別れる。その一番手が、等活地獄である。殺生の罪を裁くとされ、殺した分だけその何十倍もの責め苦を受けるのだ。

「そもそも、ケダモノも、鳥も魚も、虫も生まれながらに他者を食らい、糧にする。況んや人間をや。そもそも、草木ですら、死骸が変じた土塊に植わっているのだ。まずもって、我ら生きとし生くるを罪とせらるとはな」「畜生道、修羅道への道もございます」「人にあらざる短い生を生きるのと、また人となり懊悩としてだらだら長らえる…はたして、どちらが幸福なるや?」

三途の川の水が、時折氾濫し、湖と見紛う池がポツポツと存在する。河とは、水が流れているというより、魂を水で流し込んでいるといった方が正しいか。詰まった澱みを、どこからともなく、水で押し流す、洗い流す…何らかの意思を感じる。

「何故、多くの冥界は、河で辿り着くのだろうか?」「河、流れ、そして、蛇…つまり、輪廻と生命の循環、集合無意識が神々にインスピレーションを与えているのやも」「ステュクス、ナフル、三途…あるいは、海、つまり生命の源に回帰する機構なのやもしれんな。海の気が、雲を生じ、山へ登り、雨を降らし、川と下り、海に変えるが如く」

魂と水は、ある意味で世界を繋げているのだ。地脈、水脈、霊脈…心臓から血が巡り、帰るように。水浸しの池や沼には、影鰐や河童の類いが彷徨いて、亡者を引き込んでいく。

「書物を紐解けば、御門の御血筋には、和邇がおられると…」「和邇、つまりはフカ、サメの類いの女神で、謂わば鮫の乙姫ですね」「見たまえ、影鰐が橋をかけてくれているよ」鋭利な背鰭を帆立て、五丈はくだらぬ影鰐(マーシャーク)が背に漁師を乗せて現れた。

「キシシシ…八岐大蛇の首が男と凱旋かい?」「磯部姫様、本日もご機嫌麗しゅうございます」「変に礼儀を取るのは、やめとくれ」「それじゃあ、こんばんは、磯部さん」「久しぶりだね、うちの宿六も挨拶しな」

筋骨隆々の青白い漁師が銛を背に収め、深々と礼をした。「…かしこみ、かしこみ、申し上げる。我が生まれは…」「いやいや、却って礼を尽くされ過ぎなさるな…」「では…琴平(こんぴら)と申す」「畏れ多くも、ヤナギダと申し上げる」

「まさか、琴平水軍の長がこの、『影ヶ淵』におられたとは」「もう、数百年になる…」「キシシシ…あたしの妹が、大君とかいう、オカの男と駆け落ちしてから寂しくてねえ…久しぶりに、会いたいって言われたとき、途中で大きな船こさえてきたもんだから、気分が乗っててねえ」

影鰐は、その牙を見せて笑いかけた。かつて、朝廷に反旗を翻し、霧の大陸との貿易を潰しかけた、大水軍の長「金比良」は、妹に会う途上の大鮫に沈められ、彼女の棲みかで漁師をしているのだ。

「…こっちの方が儲かる。俺は、暮らしができれば、何でもよい…」海賊は、影鰐のざらざらした巨大を擦った。「こんなこと言っちゃいるが、こいつは魚を捕ってる方が楽しそうだよ」「…わだつみ様がおられるからだ」

「まあ、お幸せに…」「ふむ、過去の咎人が堕ちているというのは、本当みたいだな…」
25/12/07 10:14更新 / ズオテン
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