連載小説
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新人歓迎会(スクランブル)
お前は、今警察署にいる。中には、犬めいた獣人と人間の職員がいる。立看板型パネルには、「適性検査実施中」の文字列がお堅いフォントで点滅している。あちこちで、忙しなく四足歩行する職員、ヤニ臭い空気、遠吠え。まともな組織ではない。

お前は、身長体重、反射神経、病歴、体力・持久力テスト、魔力の検査を受けた。数日後には、筆記試験が始まった。試験会場には、ゴロツキみたいな連中が幾分か減った。だが、受験者は、次々と物言いをつけられ退場させられていく。乱暴に。抵抗する者は、手痛い制圧を受けて昏倒する。

面接日には、片手で数えられる人数だけになった。まともじゃない眼光、だが素行は取り繕っていた。志望動機と軽い自己アピール…「正義」や「治安」、「秩序」のお題目が順番に並べられていったが、お前のそれは卑俗なものであった。「この街で仕事がしたい」…試験官の目の色が変わった。手応えが、悪い。しくじったのか?

肩をポンと叩かれ、別室へ…お前の心はしかし、「ダメだったか…今日の晩飯は何にしようか」と切り替えていた。部屋に入る刹那まで…「…私の太刀筋に反応するか」目の前には、役人然としたスーツに不釣り合いな、悪趣味な金色の装飾を複数つけた黒い毛並みの獣人。その手には、特徴的な湾刀。お前のやる気は、その歪んだ口元によく現れている。「ケガは心配するな、最悪ミイラになるだけだ」

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お前は、小会議室の前に来た。新人歓迎会を行うと、直属の上司となるアヌビスが告げた。革靴というのは窮屈だ。パーティーを楽しむ気持ちは、家から警察署までの道のりで消え失せるのだから。

「ああ?何ガン付けてんだ、ボウヤ?」扉に行儀悪く背を持たれていたのは、お前よりも頭ひとつ背の高い漆黒に炎が迸る猟犬であった。獣人は、公僕らしからぬダメージジーンズに、胸元にサングラスを差した、スポーツブラとフライトジャケットを着ていた。

「迷子の子猫ちゃんは、地域課の窓口か交通課窓口まで、行けってんだよ。具体的には、案内板まで行きゃわかんだろが、ああ?」喧嘩腰だが、無駄に事務的で正確な案内をされた。

「スーザン…そのヒューマンは、新入りだぞ」件の上司、アヌビスのラヴェンナが後ろから遮った。「警視殿、本日も敬礼」スーザンと呼ばれたヘルハウンドは、折り目正しく一礼した。お前もそれに合わせて、深々とお辞儀した。

「休め」「…警視殿、発現や質問をよろしいでしょうか?」「許可する」その言葉を聞くやいなや、スーザンはお前の首ねっこを掴み、ラヴェンナに突き出した。「こんなヒョロガキを入れるとか、ウチャどんだけ人手、いや肉球不足なんだよ?」「私の決定に、偽義を挟むのか?」

「反対するわけじゃねえって、だが、こいつが…人間だぜ?ウチでやってけっかって、心配しているのに近いな」ヘルハウンドは、お前を雑に頚を掴みながらも、子犬を庇うように優しく撫でた。抵抗は、その凄まじい力に阻まれた。

「ふむ、確かに…貴官の懸念はもっとも…」『エマージェンシー!エマージェンシー!マーケットプレイスにて、武装スリ集団!繰り返す、マーケットプレイスにて、武装スリ!』館内放送は、歓迎パーティーを始める前に終わらせた。

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「ブヒーブヒー!オヤブン、たんまりゴチソウが集まりやしたで!」「これで、数日は食いっぱぐれずに済みますね!」オークと人間の集団が、ハイオークに率いられて、強盗行為を行っている。警官隊が駆けつけるも、人間達はその肉厚の尻にしかれ、ワーウルフの婦警は、ハイオークに蹴散らされた。

「こんなもんで、引き揚げるぞ…」「ええ?でも、まだ旨そうなケバブ…」「バッキャロ、食い意地はってんじゃねえやい、すぐにもっと強え、サツが来る…」「ボス…?」

ハイオークは、全身の筋肉を張り詰めて、両脇のオークを突き飛ばし、仁王立ちを行った。「…アッチいじゃねえかよ!」数発の弾丸が、薄皮を焦がしたが、それだけであった。そして、既に頭上目掛けた一撃を、巨大なスパナで受けきった。「中々やるじゃねえか、精々楽しませろや!」

スーザンは、ハイオークのつばぜり合いから、マグナムを向けた。スリの親玉は、筋肉をパンプアップさせ、大口径の炎を威圧で吹き飛ばした。均衡が崩れ、ヘルハウンドは炎の軌跡を空中に刻みながら、バク展した。

「犬がちょこまかと…サツの特殊部隊か」「その顔知ってるぜ、確か傭兵崩れの『サングリエ』つったか?」「データが届いてんじゃ、この街では潮時ってやつか…」「違うな、年貢の納め時ってやつだよ」「悪ぃが、税金は生まれてこの方、払っちゃいねえよ!」

コンクリートを割りながら、ハイオークは残像が見えるほどの速度で突進した。ヘルハウンドは、銃を撃ちながら、ビルの壁面をパルクールして避けていく。数秒遅れて、建物が何棟も崩落していった。

お前は、一応の同僚を援護しに動いたが、そこに、2体のオークが立ちはだかった。「オヤブンには、指一本!」「手も、足のも、ふれさせないぞ!」片方は、はち切れそうなジャンプスーツに鉄パイプ、もう片方は油汚れの目立つオーバーオールを着込み、鉄筋コンクリートをハンマーにしていた。

お前は、規則に従い、空中に空砲を撃った。「ぷぎっ!」「ぶふっ…」一瞬動揺した豚の獣人達に、凶器を手放し、投降することを勧告した。「…どうしよう、あっちは鉄砲持ってる…」「で、でも、ごちそうが…」

お前は、腕時計をチラリと見た。時刻は3時過ぎである。そして、視線を戻すと、オークが1体消えていた。「…ぷごおっ!今だ、とっちめてやる!」それは、フライングボディプレスを敢行していた。もう1体が、空中に投げたのだ。

「ぶぎぃ…」しかし、ジャンプスーツのオークはアスファルトに揉んどり打って、その贅肉を波打ってダウンした。「えっ…?」人間はどこに行ったのか?「…あっ」バチっと破裂音が響くと、鈍い音がして、鉄筋コンクリートが落ち、鼻水と涙を垂らしながら、オークは前のめりに倒れた。テーザーである。

電源を切り、延びきった針を銃身に納めると、スーザンの戦いを見た。「ぶもおおおっ!」巨大スパナをトンファーで反らすと、マグナムを無造作に撃ち込む。「ぐふっ…」魔力弾が貫通し、サングリエのリーダーは膝をついた。

「ちょっとは楽しかったぜ。次は、リューチジョで格子ごしだな」「…クソマッポが!」「クソマッポに捕まった、クソミソ犯罪者の遠吠え…いや、ブーたれかこの場合、聞き飽きたぜ」乾いた銃声が響くと、家畜の焼き印のような銃痕を刻まれたハイオークが、その巨体で数秒後に地面を
揺らした。

「…終わったか?」「ラヴェンナよお、そこの新入り、思っていたよか、良い弾除けだったぜ。気に入ったわ」「それは良かった。今日は始末書は良いぞ。歓迎会で、待たせているからな」「へいへい」

崩れたビル群に、消防車や救急車、地域の鼠の自警団に、シマやフロント企業の状況確認に来た猫や蛇のマフィア、狐や狸の耳をした怪しげな保険・金融の調査員が集まってきた。ビルのオーナーやテナントを「保護」しに来たのだ。そして、新しいビジネスを紹介して、「面倒を見る」のだろう。

「新入り、なにボケてんだ?」スーザンは、お前を捕まえて、肩を組んで歩き出した。目線は、傷だらけの谷間と、鍛え上げられたシックスパックに埋まった。「彼はこの街に来て、日が浅い。きっと、物珍しいのだろう」「へっ…すぐに嫌でも気にならなくなるぜ?楽しい、くそったれな『ビストピア』にようこそ…」

この街では、弱肉強食が真理だ。こすっからい犯罪者は、小金を持ってそうな店や個人を襲う。だが、この街の闇を牛耳る組織や企業は、そんなを弱者を「護ってくれる」だろう。だって、街から出さないから。だからお前の仕事は、警察の役目は「弱者の保護」にはない。その横で、「悪人」を捕まえていればいい。シンプルだろう?
25/12/03 20:24更新 / ズオテン
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■作者メッセージ
『◯ートピア』の続編楽しみだなあと思って、書き始めました。でかくて、いかつい獣人に見下ろされ、狙われる街に行ってみたい。

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