校長と教頭の50年
「しかし、最近の児童、生徒の方だけでなく、若い教諭の方とも話が通じませんね」老眼鏡をかけた、いかにもな老魔法使いが前を進む老婆に話しかけた。「サリヴァン教頭は、それが不満ざます?」二人とも、足を止めずに話を続けた。
「いいえ…ただふとした時に寂しさを感じることはあります」「寂しさ、ねえ」「魔法研究できていれば良かった時代はとうに過ぎ、後進の育成と社会への還元、そして潔い去り方を模索しなければなりませんので」「…もう、舞台を降りる時期ざましょ…お互い」白髪を取り繕った、淡白な白と鮮明な黒が混じり合った紫髪には、認めざるを得ない老いがあった。
「まあ、危ない」不可視の腕が老婦人の扇子から放たれた。「あっ、サリヴァンせんせ、エレノワさまだ!」「ほんとだー!こんにちわーっ!」柔らかい質感の障壁に包まれた児童が呑気に挨拶した。「はい、こんにちは」「元気があってよろしい。でも、あまり腕白に走ったら、危ないざんす」「「はーい!」」9年制のこの学園を、彼ら彼女らは過ごしていく。
「いやあ、時代変われど、子供は風の子ですなあ」エレノワは、ふと、後ろのサリヴァンを振り返った。「おや?校長、私に何かありましたか?」「…なんでもごさあせん」(あの二人と同じ頃、果たして校長と教頭として、50年の縁になると思ってござんしょ?)
「入学試験、いやあ…すごかったよ!」冴えないメガネのソバカス少年が、長い黒髪の女生徒を追いかける。「誰、君は?」彼女はしげしげと、同じ新入生でだぶついた服に着られた男子を見た。「あっ、自己紹介、まだだったね…僕、サリヴァン!」「サリヴァンね…あたしになんか用?」「それがさ…」変な奴に捕まった。それが第一印象だった。
「中間、勉強した?」「うーん…ノート見せてくれない?」「エリーは実技すごいのに、いっつも筆記は赤ギリギリだね」二回生になる頃は、便利に使ってやった。女子宿舎の近くまで、荷物を持ってくれたし、板書も写させてくれた。つまんないレポートとかも、ほぼ任せた。代わりに、昼とおやつは一緒に食べた。ガリガリで見ていて心配になる奴だったから。
「サリーは、進路決めた?」「うん、王立魔術研究所…エリーは?って言っても、君ならどこに行っても引く手あまただろうけどさ」「「「ガリヴァンとホシュノワじゃん!お似合いじゃねえか!」」」七回生ともなると、色気づいてくるのか、バカな連中がからかってくる。「ち…違いますよ!」その度に、赤面して否定するサリヴァンの震え声はなんだか、酷く印象に残った。
「サリヴァン先生は、研究所を辞してから、母校にずっといらしたのよね」「ええ。研究所であら方、研究に区切りがついたと思ったもので…私はこの学び舎、といっても何度か改装されていますが、そこに骨を埋めるもよいと思ったまでで…」「あなたの研究には何度も助けられましたわ」「こちらこそ、あなたが取り上げてくれたおかげで、ここまでやってこれました。予算も、設備も」二人は、庭を横目に渡り廊下を進んだ。暮れなずむ校舎のコントラストが、校長と教頭、学園の歴史を演出した。
エレノワは、魔法障壁の扱いに天賦の才があったと言ってよかった。特に、攻城戦時の簡易足場、破城槌、坑道掘削など、その応用力が評価され、教本にまで採用された。だが、一番の功績は民間で、サリヴァンとの共同研究によって、平和利用を成したことであろう。
老朽化する建物を魔力の半物質化と空気中の粒子の結合で補強し、家賃の代わりに入居者や地上者から徴収する地鎮祭型儀式魔法「原状回復の儀」。魔力循環車と、街道保全車輪の発明。魔法により生活を豊かにしてきた。
「あなた、理論構築と言語化がお上手なのに、予算を取るのも実地試験もよろしくないじゃあござせん?」「むしろ、エリーが…失礼、校長が」「誰も見聞きしてはしませんから、エリーでよろしくてよ。サリー…」「ふっ、やっぱり君には敵わないな」校長室で、コーヒーを淹れるエレノワと、バツが悪そうに頭を掻くサリヴァンが夕日に照らされた。
「でも、あなたがいると知って、あたしも母校に戻る気がしたの」「嬉しいね、君は昔から同窓の花形だったからね。僕なんかとは大違い」「あなたも、花といえば花だったざんしょ?」「そうかね?」「壁の花という」「確かにね」他愛もない話をしながら、コーヒーを飲み交わす。来年度で二人とも引退だ。そう思うと、どっと疲れが押し寄せた。そして、寂寥感がこみ上げた。
「壁の花と言えば、プロム(卒業パーティー)には来なかったわね」「ごほっ」サリヴァンは、大げさにコーヒーに噎せて見せた。「君は、ああいうのに興味がないと思って…」「まあ、そうね…」(エレンもパーティーくればいいじゃん)(そうだよ!確か、ポーム倶楽部のオリヴィエにダンス申し込まれたって!)(キャー!絶対、行くべきだよ!)過去の同級生の声が響く。(サリーがいないのに、行ってもしょうがないじゃない!)
「…まだ、怒っていたのかい?」「いいえ。怒っていたけど、怒る機会が無かったの。だって、次に会う時は、互いに要職に就いていたんですものね。研究所に入る前に、一言言ってくれたら」「悪かったよ。感謝はしていたさ…君は口下手な僕の代弁してくれたし、いつも一緒にいてくれた」「あなたは、あたしの突飛な発想を理論化するのがお上手だった。いいコンビと思っていたのは、あたしだけざんす?」「…校長。そろそろ、職員会議ですので…また」
校長室から足早に出ていったサリヴァンの後ろ姿を見て、エレノワはため息をついた。「…あの時、サリーの部屋に踏み込んでいたら、二人はもっと一緒にいられたのかしら?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
卒業式、並びにプロムまで1週間といったところ。しかし、校長エレノワは賢人会議に行ったきり、体調不良を訴えている。サリヴァンは、教頭として代理をしているが、流石に卒業式に校長が出席しないのは如何なものかと思案していた。
「むっ…」教頭の机には見慣れぬ封筒があった。「これは、一体?」差出人は不記名、魔術的痕跡はあれど、危険は検知されていない。学内の見回りから帰って、教職者も事務員もいない、不自然なほどの静寂に、その封筒は存在感を見せた。
「…何でしょうか?」意を決して、手紙を開く。「『ホシュノワは、卒業式もプロムも欠席します。いつかのガリヴァンみたいに』…校長?」サリヴァンは、筆跡やあだ名、文体を何度も確認した。この呼び名を知っている者は、ほとんど残っていない。ならば…
サリヴァンは、歳柄もなく駆け出した。見咎めるものがいないとしても、平時は走ることのない廊下を。校長室へ一直線に、彼は走り出した。(あ、よかった。サリヴァンくんだっけ?)かつての同級生の声が脳裏に木霊する。(エレノワさんとは親しいみたいだけど)(プロムには誘うのかい?)
オリヴィエはすらっとしていて、綺麗な金髪だった。自分はと言えば、くすんだ茶髪にソバカスで上背もなかった。(誘ってたら、悪いんだけど。実は、僕彼女に申し込もうと思ってて)ポーム倶楽部で知り合って、卒業後は国防騎士団に同じく入団するらしかった。成績優秀だし、何よりディベートやプレゼンテーションも得意だった。サリヴァンには、わかった。彼は真摯にエレノワと付き合うつもりだ。
エリーとサリーと呼び合う仲ではあっだが、しかし親友という感じである。思えば、食事時、勉強やフィールドワーク以外では、別々の交友関係を持っていた。(だって、それで満足だったから…)嘘だ。冴えない、口下手の自分が、ハキハキとして活動的な、綺麗な黒髪の彼女に受け入れられる自信が無かっただけだ。今の関係から変わって、壊れてしまわないように。
あの時、「僕はポートフォリオを作らなくちゃ、それに内定後の手続きや卒論の査読も…」半分本当で、半分出任せ。だけど、オリヴィエは喜び勇んで、エレノワのもとに。これでいい…そのときはそう思った。
「…ここに飛んで来たってことは、ガリヴァンくんは、心残りがあるのかしら?」校長室の机に腰掛けるは、あの日、遠目から見たイブニングドレスのエレノワであった。「…エリー」「…52年かしら?ダンスの相手を待たせる意気地なしにも…いや、だからこそ未練たらしいのね」
「…謝っても済むことじゃないのは、わかってるさ」「…」「共同研究の場に、君がいたのも…校長として赴任してきたときも、内心嬉しかったし、同時に昔の自分を呪ったよ」「…あたしが、、いつまでも綺麗だったから?」「むしろ、年を経るごとにより魅力的になっていたからさ」
エレノワは、かつての若さに戻ったが、その髪色は紫のままだった。だが、むしろドレスに映えて似合っていた。「…じゃあ、今度は誘いに応えてくれる?踊っていただけのうござます?」「…」サリヴァンは、喉を鳴らして、息を吸い込んで、手を差し出した。「…喜んで」
校長室を越えて、校舎には足音と音のないオーケストラが響いた。二人だけの卒業式は、新たな関係への門出となったのであった。
「いいえ…ただふとした時に寂しさを感じることはあります」「寂しさ、ねえ」「魔法研究できていれば良かった時代はとうに過ぎ、後進の育成と社会への還元、そして潔い去り方を模索しなければなりませんので」「…もう、舞台を降りる時期ざましょ…お互い」白髪を取り繕った、淡白な白と鮮明な黒が混じり合った紫髪には、認めざるを得ない老いがあった。
「まあ、危ない」不可視の腕が老婦人の扇子から放たれた。「あっ、サリヴァンせんせ、エレノワさまだ!」「ほんとだー!こんにちわーっ!」柔らかい質感の障壁に包まれた児童が呑気に挨拶した。「はい、こんにちは」「元気があってよろしい。でも、あまり腕白に走ったら、危ないざんす」「「はーい!」」9年制のこの学園を、彼ら彼女らは過ごしていく。
「いやあ、時代変われど、子供は風の子ですなあ」エレノワは、ふと、後ろのサリヴァンを振り返った。「おや?校長、私に何かありましたか?」「…なんでもごさあせん」(あの二人と同じ頃、果たして校長と教頭として、50年の縁になると思ってござんしょ?)
「入学試験、いやあ…すごかったよ!」冴えないメガネのソバカス少年が、長い黒髪の女生徒を追いかける。「誰、君は?」彼女はしげしげと、同じ新入生でだぶついた服に着られた男子を見た。「あっ、自己紹介、まだだったね…僕、サリヴァン!」「サリヴァンね…あたしになんか用?」「それがさ…」変な奴に捕まった。それが第一印象だった。
「中間、勉強した?」「うーん…ノート見せてくれない?」「エリーは実技すごいのに、いっつも筆記は赤ギリギリだね」二回生になる頃は、便利に使ってやった。女子宿舎の近くまで、荷物を持ってくれたし、板書も写させてくれた。つまんないレポートとかも、ほぼ任せた。代わりに、昼とおやつは一緒に食べた。ガリガリで見ていて心配になる奴だったから。
「サリーは、進路決めた?」「うん、王立魔術研究所…エリーは?って言っても、君ならどこに行っても引く手あまただろうけどさ」「「「ガリヴァンとホシュノワじゃん!お似合いじゃねえか!」」」七回生ともなると、色気づいてくるのか、バカな連中がからかってくる。「ち…違いますよ!」その度に、赤面して否定するサリヴァンの震え声はなんだか、酷く印象に残った。
「サリヴァン先生は、研究所を辞してから、母校にずっといらしたのよね」「ええ。研究所であら方、研究に区切りがついたと思ったもので…私はこの学び舎、といっても何度か改装されていますが、そこに骨を埋めるもよいと思ったまでで…」「あなたの研究には何度も助けられましたわ」「こちらこそ、あなたが取り上げてくれたおかげで、ここまでやってこれました。予算も、設備も」二人は、庭を横目に渡り廊下を進んだ。暮れなずむ校舎のコントラストが、校長と教頭、学園の歴史を演出した。
エレノワは、魔法障壁の扱いに天賦の才があったと言ってよかった。特に、攻城戦時の簡易足場、破城槌、坑道掘削など、その応用力が評価され、教本にまで採用された。だが、一番の功績は民間で、サリヴァンとの共同研究によって、平和利用を成したことであろう。
老朽化する建物を魔力の半物質化と空気中の粒子の結合で補強し、家賃の代わりに入居者や地上者から徴収する地鎮祭型儀式魔法「原状回復の儀」。魔力循環車と、街道保全車輪の発明。魔法により生活を豊かにしてきた。
「あなた、理論構築と言語化がお上手なのに、予算を取るのも実地試験もよろしくないじゃあござせん?」「むしろ、エリーが…失礼、校長が」「誰も見聞きしてはしませんから、エリーでよろしくてよ。サリー…」「ふっ、やっぱり君には敵わないな」校長室で、コーヒーを淹れるエレノワと、バツが悪そうに頭を掻くサリヴァンが夕日に照らされた。
「でも、あなたがいると知って、あたしも母校に戻る気がしたの」「嬉しいね、君は昔から同窓の花形だったからね。僕なんかとは大違い」「あなたも、花といえば花だったざんしょ?」「そうかね?」「壁の花という」「確かにね」他愛もない話をしながら、コーヒーを飲み交わす。来年度で二人とも引退だ。そう思うと、どっと疲れが押し寄せた。そして、寂寥感がこみ上げた。
「壁の花と言えば、プロム(卒業パーティー)には来なかったわね」「ごほっ」サリヴァンは、大げさにコーヒーに噎せて見せた。「君は、ああいうのに興味がないと思って…」「まあ、そうね…」(エレンもパーティーくればいいじゃん)(そうだよ!確か、ポーム倶楽部のオリヴィエにダンス申し込まれたって!)(キャー!絶対、行くべきだよ!)過去の同級生の声が響く。(サリーがいないのに、行ってもしょうがないじゃない!)
「…まだ、怒っていたのかい?」「いいえ。怒っていたけど、怒る機会が無かったの。だって、次に会う時は、互いに要職に就いていたんですものね。研究所に入る前に、一言言ってくれたら」「悪かったよ。感謝はしていたさ…君は口下手な僕の代弁してくれたし、いつも一緒にいてくれた」「あなたは、あたしの突飛な発想を理論化するのがお上手だった。いいコンビと思っていたのは、あたしだけざんす?」「…校長。そろそろ、職員会議ですので…また」
校長室から足早に出ていったサリヴァンの後ろ姿を見て、エレノワはため息をついた。「…あの時、サリーの部屋に踏み込んでいたら、二人はもっと一緒にいられたのかしら?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
卒業式、並びにプロムまで1週間といったところ。しかし、校長エレノワは賢人会議に行ったきり、体調不良を訴えている。サリヴァンは、教頭として代理をしているが、流石に卒業式に校長が出席しないのは如何なものかと思案していた。
「むっ…」教頭の机には見慣れぬ封筒があった。「これは、一体?」差出人は不記名、魔術的痕跡はあれど、危険は検知されていない。学内の見回りから帰って、教職者も事務員もいない、不自然なほどの静寂に、その封筒は存在感を見せた。
「…何でしょうか?」意を決して、手紙を開く。「『ホシュノワは、卒業式もプロムも欠席します。いつかのガリヴァンみたいに』…校長?」サリヴァンは、筆跡やあだ名、文体を何度も確認した。この呼び名を知っている者は、ほとんど残っていない。ならば…
サリヴァンは、歳柄もなく駆け出した。見咎めるものがいないとしても、平時は走ることのない廊下を。校長室へ一直線に、彼は走り出した。(あ、よかった。サリヴァンくんだっけ?)かつての同級生の声が脳裏に木霊する。(エレノワさんとは親しいみたいだけど)(プロムには誘うのかい?)
オリヴィエはすらっとしていて、綺麗な金髪だった。自分はと言えば、くすんだ茶髪にソバカスで上背もなかった。(誘ってたら、悪いんだけど。実は、僕彼女に申し込もうと思ってて)ポーム倶楽部で知り合って、卒業後は国防騎士団に同じく入団するらしかった。成績優秀だし、何よりディベートやプレゼンテーションも得意だった。サリヴァンには、わかった。彼は真摯にエレノワと付き合うつもりだ。
エリーとサリーと呼び合う仲ではあっだが、しかし親友という感じである。思えば、食事時、勉強やフィールドワーク以外では、別々の交友関係を持っていた。(だって、それで満足だったから…)嘘だ。冴えない、口下手の自分が、ハキハキとして活動的な、綺麗な黒髪の彼女に受け入れられる自信が無かっただけだ。今の関係から変わって、壊れてしまわないように。
あの時、「僕はポートフォリオを作らなくちゃ、それに内定後の手続きや卒論の査読も…」半分本当で、半分出任せ。だけど、オリヴィエは喜び勇んで、エレノワのもとに。これでいい…そのときはそう思った。
「…ここに飛んで来たってことは、ガリヴァンくんは、心残りがあるのかしら?」校長室の机に腰掛けるは、あの日、遠目から見たイブニングドレスのエレノワであった。「…エリー」「…52年かしら?ダンスの相手を待たせる意気地なしにも…いや、だからこそ未練たらしいのね」
「…謝っても済むことじゃないのは、わかってるさ」「…」「共同研究の場に、君がいたのも…校長として赴任してきたときも、内心嬉しかったし、同時に昔の自分を呪ったよ」「…あたしが、、いつまでも綺麗だったから?」「むしろ、年を経るごとにより魅力的になっていたからさ」
エレノワは、かつての若さに戻ったが、その髪色は紫のままだった。だが、むしろドレスに映えて似合っていた。「…じゃあ、今度は誘いに応えてくれる?踊っていただけのうござます?」「…」サリヴァンは、喉を鳴らして、息を吸い込んで、手を差し出した。「…喜んで」
校長室を越えて、校舎には足音と音のないオーケストラが響いた。二人だけの卒業式は、新たな関係への門出となったのであった。
25/11/27 22:12更新 / ズオテン
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