連載小説
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後期高齢箒運転問題
魔術師は国家指定の免許制である。治安維持を行う、王都衛兵駐屯郭にて、「魔術師箒運転免許証」の交付や資格査定、更新検査が行われている。魔術師は魔力循環と吸収の効率が良いため、一般的な人間より長寿とされる。後期高齢者は、80歳。魔術師人口比にして6割である。

今日も免許返納に長蛇の列が続いている。「…だからわしゃ言ったんじゃ。箒がなきゃ買い物もできんし、何より耄碌する歳でもないとな」「…そんでな、息子の嫁がまあ意地悪でな。あたしに毎日苦い薬を飲ませてくるんだよ。あたしゃ…」衛兵や受付を捕まえて、世間話に引き込む。まだこれは免許返納に従うだけでマシな部類だ。

本当に返納すべき類の老魔法使い・老魔女は、工房に危険な研究物を抱えてこもりきりであったり、認知能力が低下したまま強大な魔法を行使するため、最早手に負えないのだ。だが、ブラックリストの筆頭が賢人会「羽根付きアーデルハイド」である。

「だから、免許更新に来たっつったんだよ!」「しかし、アーデルハイド閣下…そのう、申し上げにくいのですが…」受付は言外に、免許証の人相書きよりも50は若い女が来たことに狼狽えた。「まあその…御本人確認が取れないので…」「使えないねぇ…ったく、最近の子は…」

アーデルハイドは、ゴーグル付き帽子に、フライトジャケットを羽織った30過ぎくらいの見た目になっていた。免許返納は条例違反だが、禁術の使用はそもそも刑事的な犯罪にあたる。そして、本人確認が照合できない。これらの要素が絡み合い、衛兵達は二の足を踏んでいた。

「あんれ?若くてわからんかったけど、アーちゃんじゃないかえ?」「ケイトちゃんじゃないかい、あんたも免許更新講習を受けに来たか?」「とんでもない。あたしゃ、90だよ!孫にも、もう箒乗るなって言われててね…」「うちのバカ娘とおんなじ事言ってら…やだねえ、人のことボケババアみたいに」

齢90の「亜音速の魔女」、ケイトリンである。その見た目は、5歳児程度である。「風を感じたい」、バフォメットと契約して、幼児の姿で生活しているのだ。「痛風でガタが来たカラダも、バフォメットのお姉様にかかりゃ、ほれ、風でイク…」「苦痛を快感で上書きたあ、筋金入りのスピード狂いだな。あんたも」二人は、宙に浮かぶティーセットで一服した。タバコを家族に禁じられてから、紫煙の代わりに珈琲精に依存しているのだ。

「免許返納…国家の治安維持っつうハナシゃわかるんだよ…あたしだって国の相談役だし」「…孫や兄貴の言い分も分かるっちゃあ、分かるよ…そりゃあ心配はかけたきゃないさ。けど…」「…十分長生きしたとも思うし、もう好きにさせちゃくれないのかねえ…」熟女と幼女、母娘にも見える二人は、若々しい面持ちに老いの苦味を滲ませて、力なく談笑した。

『アーデルハイド・ケイトリン、遂に空を引退か』、最速を競った魔女たちの歴史は、朝刊の一面を飾った。家族や友人は安堵し、一部の市民は残念がり、後は無関心であった。一ヶ月後の見出しには、『無免許魔女2名、「籠なら飛行してもよいと思った」と供述』とあった。

25/11/08 09:29更新 / ズオテン
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