御伽草子『草片狩竹取合戦(キノコタケノコノイクサ)』
ほうきぼしがふる。つきがまんまるのひ。ひゃくねんとすこし、やまのたけははなをさかせて、すべてかれる。
老爺は、竹籠に光り輝く赤子を収め、家に帰った。老嫗は、産湯に溺れぬよう、丁寧に三寸ほどの嬰児を入れた。かつて亡くした娘が帰ってきたかのように、二人は歓んだ。三人で寝て、一晩明けると、茅葺き屋根から竹が突き出ていた。二晩、三晩経たず、小屋を中心に竹林に沈んだ。「タケノコの里」である。
もえるなにかが、つきからおちてくる。ちいさなしまに、それはねをおろす。ここはわたしのもの。わたしたちのすみかだ。
漁村と山里が一つずつある、離れ小島。漁に出れぬ冬は、山菜採りと本土との貿易で糊口をしのぐしかない。だが、山に向かった爺様は数日経っても戻らず。山里からも人の出入りがないと、残った若衆達は見に行ってしまった。そして、カビ臭い、胞子で数町先も見えぬ、「キノコの山」に足を踏み入れ、島は沈黙した。
おひめさまは、つきをみてはためいき。そのうつくしさは、ひそみでほれさせ、めでころす。やしきはまいにち、ひとだかり。ついには、ごにんのおのこがひめにせまる。へんじのかわりに、ごにんごしきのむりなんだい。
結果としては、一人は古寺に巣食う妖に囚われ、一人は火鼠に負けて逃げ出し、一人は龍の逆鱗に触れ二度と帰れず、一人は燕の翼人の巣に置き去り、最後の一人は金銀財宝を与える金精の虜となった。遂には、都の御門に評判が届くまでに。
むらはひとつ。しまはいっしん。ごうぞく、やとう、こくしども、みつぎをよこせとせめよせる。りょうし、ひゃくしょうなにするものぞ。しかして、でやるはあみがさのえじ。あとにのこるは、なえどこなり。
その島は、近隣の噂に頻繁に出ていた。一本の傘の下、常に真っ暗でジメジメと湿っている。近海の魚介は、皆一様にキノコを生やしていた。妖怪の仕業と見られた一大事に、遂には国司の軍勢が船出した。だが、港に帰ってきたのは、カビと菌糸に塗れた幽霊船。キノコの傘をかぶる虚無僧と、異様な女が乗っていた。住民は一つとなった。
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それから、早十年前御門(さきのみかど)は退位して、禅譲した弟君の摂政を行う。善政と呼べる治世、しかし突然旧都に遷るとの勅を発する。
勿論、ほぼすべての貴族、朝臣、僧侶神官、衛士が反対した。皇族も、弟たる今上帝と産みの母である太上皇后すら苦言を呈した。だが、出家した院皇は頑として聞かなかった。何故なら、側で耳打ちする女房がいるのだ。
どこの生まれとも分からぬ、皇后になれるべくもない女官であった。しかし、「香弥」は恐ろしいまでの美貌と、類稀な才覚で瞬く間に御門の寵愛を得た。そして、子を産んだ。何十人も、同じ顔、同じ仕草、同じ声。竹の香りを広げて。
彼女らは、遷都に先駆け、かの古き都へ移り住んでいた。皇族も大臣らも、民もそれに安心しきっていた。だが、間違いであった。
彼の地は、今や大理石の壁の中に、月石膏(セメント)の建物が林立している。旧都では、雷神が捕らえられ、玻璃(ガラス)の中で飼われているという。そして、必要な時にその稲妻を灯りや気脈、燃料に用いているのだ。竹林が街の至るところに突き出している。木材は全て竹で、竹光や竹槍で武装した同じ顔の防人が徘徊する。追討軍を派遣したが、全て蹴散らされた。
これを受けて、今上帝は病を得て、塞ぎ込む。大臣や陰陽師、阿羅漢ら有識者は、逃げ帰った兵士が持ち来た、ガラスの半球を研究した。報告の通り、雷を通すと、中に通した竹炭の繊条(フィラメント)が白熱し、発光するのだ。都にある、どんな篝や燭台、月明かりよりも明るい光が、遠くの山へも届くほどであった。皆、震え上がった。彼奴らの技術は、我らの数百年先を行く!
国中に早馬を飛ばし、あらゆる退魔士、武芸者、仙人に聖者を動員した。だが、結果としては惨敗であった。そんな時、「草片の持ちたる国」から使者が来た。キノコのあやかしに支配された、辺境の小国である。もはや、藁にも縋る思いで、国の重鎮たちは、妖怪に助けを求めた。
国主となったのは、編笠茸の笠を冠り、榎茸のような触角を生やした、衣笠茸を羽織り、人面疽のように生える異形の巫女である。彼女と苗床の虚無僧は、自分達を「弭蜈(ミゴ)、弓張り月よりの蟲」と名乗った。名前は地上の人間には発音できぬため、便宜を図り、女はオホトノメ、男はオホトノヂと呼ばせた。
月の住人だという彼らは、「摩耳甫斯(モルポシ)」という夢の神の眷属で、同じく月の氏族である「広寒族」の地上進出を阻止するために来たのだという。モルポシと敵対する、仙女「嫦娥(ジョウガ)」の尖兵であり、戦いは数千年にも及ぶのだと言う。
荒唐無稽な話は、しかし、彼女らの持つ妖術や絡繰の高度さから信憑性があった。魔力で編まれた菌糸は、「夢(精神)」を繋ぐ連絡網であり、ミゴの全個体は、キノコの群生のように繋がり、一糸乱れず旧都へ向かった。
竹の衛士と茸の兵士の小競り合いは千日手となった。香弥姫と先帝は、オホトノメとオホトノヂらと対談した。彼らは協議の末、地上の人間や妖怪に支持された方が地上に残るべきと合意した。
これが、数世紀に渡る「茸筍戦争」の嚆矢となった。竹のドリアードと茸のマタンゴは、地上の覇権をかけて世界中で対戦した。霧の大陸では、「メンマ」と「キクラゲ」による料理対決が勃発し、またある国では、互いが作る菓子で主神教と魔王軍の中でも、「筍派」と「茸派」陣営が入り乱れた。
人間同士、魔物同士ですら錯綜し、四分五裂に呉越同舟が起こるこちらの議論は、解決の目処の立つ気配がないのである。しかし、彼女らにより齎された副産物、「電球」と「インターネット」により、魔界も人間界は発展したともいう。
老爺は、竹籠に光り輝く赤子を収め、家に帰った。老嫗は、産湯に溺れぬよう、丁寧に三寸ほどの嬰児を入れた。かつて亡くした娘が帰ってきたかのように、二人は歓んだ。三人で寝て、一晩明けると、茅葺き屋根から竹が突き出ていた。二晩、三晩経たず、小屋を中心に竹林に沈んだ。「タケノコの里」である。
もえるなにかが、つきからおちてくる。ちいさなしまに、それはねをおろす。ここはわたしのもの。わたしたちのすみかだ。
漁村と山里が一つずつある、離れ小島。漁に出れぬ冬は、山菜採りと本土との貿易で糊口をしのぐしかない。だが、山に向かった爺様は数日経っても戻らず。山里からも人の出入りがないと、残った若衆達は見に行ってしまった。そして、カビ臭い、胞子で数町先も見えぬ、「キノコの山」に足を踏み入れ、島は沈黙した。
おひめさまは、つきをみてはためいき。そのうつくしさは、ひそみでほれさせ、めでころす。やしきはまいにち、ひとだかり。ついには、ごにんのおのこがひめにせまる。へんじのかわりに、ごにんごしきのむりなんだい。
結果としては、一人は古寺に巣食う妖に囚われ、一人は火鼠に負けて逃げ出し、一人は龍の逆鱗に触れ二度と帰れず、一人は燕の翼人の巣に置き去り、最後の一人は金銀財宝を与える金精の虜となった。遂には、都の御門に評判が届くまでに。
むらはひとつ。しまはいっしん。ごうぞく、やとう、こくしども、みつぎをよこせとせめよせる。りょうし、ひゃくしょうなにするものぞ。しかして、でやるはあみがさのえじ。あとにのこるは、なえどこなり。
その島は、近隣の噂に頻繁に出ていた。一本の傘の下、常に真っ暗でジメジメと湿っている。近海の魚介は、皆一様にキノコを生やしていた。妖怪の仕業と見られた一大事に、遂には国司の軍勢が船出した。だが、港に帰ってきたのは、カビと菌糸に塗れた幽霊船。キノコの傘をかぶる虚無僧と、異様な女が乗っていた。住民は一つとなった。
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それから、早十年前御門(さきのみかど)は退位して、禅譲した弟君の摂政を行う。善政と呼べる治世、しかし突然旧都に遷るとの勅を発する。
勿論、ほぼすべての貴族、朝臣、僧侶神官、衛士が反対した。皇族も、弟たる今上帝と産みの母である太上皇后すら苦言を呈した。だが、出家した院皇は頑として聞かなかった。何故なら、側で耳打ちする女房がいるのだ。
どこの生まれとも分からぬ、皇后になれるべくもない女官であった。しかし、「香弥」は恐ろしいまでの美貌と、類稀な才覚で瞬く間に御門の寵愛を得た。そして、子を産んだ。何十人も、同じ顔、同じ仕草、同じ声。竹の香りを広げて。
彼女らは、遷都に先駆け、かの古き都へ移り住んでいた。皇族も大臣らも、民もそれに安心しきっていた。だが、間違いであった。
彼の地は、今や大理石の壁の中に、月石膏(セメント)の建物が林立している。旧都では、雷神が捕らえられ、玻璃(ガラス)の中で飼われているという。そして、必要な時にその稲妻を灯りや気脈、燃料に用いているのだ。竹林が街の至るところに突き出している。木材は全て竹で、竹光や竹槍で武装した同じ顔の防人が徘徊する。追討軍を派遣したが、全て蹴散らされた。
これを受けて、今上帝は病を得て、塞ぎ込む。大臣や陰陽師、阿羅漢ら有識者は、逃げ帰った兵士が持ち来た、ガラスの半球を研究した。報告の通り、雷を通すと、中に通した竹炭の繊条(フィラメント)が白熱し、発光するのだ。都にある、どんな篝や燭台、月明かりよりも明るい光が、遠くの山へも届くほどであった。皆、震え上がった。彼奴らの技術は、我らの数百年先を行く!
国中に早馬を飛ばし、あらゆる退魔士、武芸者、仙人に聖者を動員した。だが、結果としては惨敗であった。そんな時、「草片の持ちたる国」から使者が来た。キノコのあやかしに支配された、辺境の小国である。もはや、藁にも縋る思いで、国の重鎮たちは、妖怪に助けを求めた。
国主となったのは、編笠茸の笠を冠り、榎茸のような触角を生やした、衣笠茸を羽織り、人面疽のように生える異形の巫女である。彼女と苗床の虚無僧は、自分達を「弭蜈(ミゴ)、弓張り月よりの蟲」と名乗った。名前は地上の人間には発音できぬため、便宜を図り、女はオホトノメ、男はオホトノヂと呼ばせた。
月の住人だという彼らは、「摩耳甫斯(モルポシ)」という夢の神の眷属で、同じく月の氏族である「広寒族」の地上進出を阻止するために来たのだという。モルポシと敵対する、仙女「嫦娥(ジョウガ)」の尖兵であり、戦いは数千年にも及ぶのだと言う。
荒唐無稽な話は、しかし、彼女らの持つ妖術や絡繰の高度さから信憑性があった。魔力で編まれた菌糸は、「夢(精神)」を繋ぐ連絡網であり、ミゴの全個体は、キノコの群生のように繋がり、一糸乱れず旧都へ向かった。
竹の衛士と茸の兵士の小競り合いは千日手となった。香弥姫と先帝は、オホトノメとオホトノヂらと対談した。彼らは協議の末、地上の人間や妖怪に支持された方が地上に残るべきと合意した。
これが、数世紀に渡る「茸筍戦争」の嚆矢となった。竹のドリアードと茸のマタンゴは、地上の覇権をかけて世界中で対戦した。霧の大陸では、「メンマ」と「キクラゲ」による料理対決が勃発し、またある国では、互いが作る菓子で主神教と魔王軍の中でも、「筍派」と「茸派」陣営が入り乱れた。
人間同士、魔物同士ですら錯綜し、四分五裂に呉越同舟が起こるこちらの議論は、解決の目処の立つ気配がないのである。しかし、彼女らにより齎された副産物、「電球」と「インターネット」により、魔界も人間界は発展したともいう。
25/10/28 01:38更新 / ズオテン