読切小説
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生活委員会は異性装が正装!?
 生徒会長の蛭子(ヒルコ)・ル・ヤクシマより、生徒会連合調整部1年の君に「生活委員会の二学期中間報告書を回収しなさい」と命令が下った。

 入学してはや半年、広い敷地はしかしながら、執務室の中央棟から塗装工事中の学生棟まで徒歩7分と遠かった。だが、学生棟の事務員の方から告げられたのは、「工事中につき、生活委員会は中庭のガゼボで会議している」とのことだった。

 何だそれ、と思いつつ愛想笑いと一礼して、その場を後にした。中庭には、ちょっとした池と芝生あり、昼時を過ぎて放課後にも関わらず、生徒がいた。

 ベンチではしゃぐ男女、芝生で歌合せする和装の妖怪と烏帽子の人間、小学生くらいの少女と黒ローブを着た男子生徒による怪しげな儀式。いつもの光景だ。だが、生活委員会が会合中にも盛っている豪胆なのか、向こう見ずなのか知らないカップルも多数いた。

 中庭の奥に進むと池がある。マーメイドや、バニップ、サハギンが人目を気にすることなく遊泳している。船着き場があり、スケルトンが船頭の小舟が泊まっている。「…一名様、ご案内」君は、オゾンと土、葦の独特の香りが満ちる池を渡った。

 丁度中心部に、ガゼボの建つ小島があった。そこでは、アフターヌーンティーが繰り広げられていた。君は、「生活委員会の癖に、放課後に文字通り茶を濁しているのか」と疑問に思った。舟から降りると、一組の男女が出迎えた。

「ようこそ」女中めいたカチューシャの男子生徒が、口を開いた。彼は、「生活委員会2年」の腕章を身に着けていた。「お茶会、丁度一名様の席が空いております」燕尾服のキキーモラの女子生徒は、「生活委員会3年」のコサージュを付けている。

 君は、「先輩方」に恭しくお辞儀した。そして、「生徒会の業務で来ただけ」「お茶会は申し訳ないが、お構いなく」と旨を伝える。二人は、顔を見合わせて、「「お茶一服に、そこまでお時間を取らせません」」と半ば強引に席に連れて行く。

 そこには、五組の男女と、上座に一人の女性がいた。生徒総会で、よく見知った顔とキノコの笠、生活委員長:安納真理(アンノ・マリ)である。「やあ、お客人!よく来たね。これで、『何でもない日、連続70日記念日』のゲストが揃ったよ」

「何でもない日」の祝賀会?それって、単にティーパーティーの口実じゃないの?花見とか、雪見みたいな。君のそんな疑問に、生活委員長の目が妖しく細まった。「…生徒や学園に少なくとも大きな問題が起きず、70日も。こんなに素晴らしいことはないだろう?交番の掲示板に、『無事故連続◯日』とあるように」

 「それはともかく、我らの席が埋まったので、改めて報告会を進行しようか」マッドハッターが脱帽(脱キノコ?)して一礼すると、出席者達が拍手した。君も仕方なく手を叩く。

 「さて、先月の各倶楽部活動における、ハラスメント事案や問題行動調査について、何か特異なインシデントはあったかね?」「では、失礼して私から…」巻き角の音楽家が口を開いた。ブドウの仄かな薫りが広がり、体育祭のマーチングバンドでの指揮棒使いが思い出される。同時に隣席の男子生徒も立ち上がる。

 「2年広報:吾妻(アズマ)しずく女史、同じく、多摩考三郎(タマ・コウザブロウ)氏。早速、発言をどうぞ」真理は、軽く会釈した。しずくと考三郎もお辞儀した。「結論から申し上げれば、校則違反件数とアンケート、抜き打ち検査での事案発覚はゼロ」「また、内偵や寮、部室の防犯結界術式の履歴での暗数も問題なし」男女は、金管楽器をいじくり、空中に資料を投影した。

 「結構、祝着至極だね」「「我々からの発表は以上です」」一礼には拍手で返された。「次に、来月の活動指針を、副委員長3年:陸谷真純(オカダ二・マスミ)氏、補佐3年:田守祐実(タモリ・ユミ)女史」

 片方は、スラッとしたシルエットで、ゴシック趣味のドレスにメガネの男子生徒。首や、上腕がすこしきつそうだ。一方のファントムは、某歌劇団を彷彿とさせる美丈夫めいた銀髪のオールバックである。彼女は、副会長に資料を渡す。

 「離してちょうだいな!男と女は行違い、道ならぬ恋、祝福等無き破滅への誘い」「言ってくれるな!男女の性なり、陰陽の交わり、人と魔の団居なり」小芝居が始まった。資料を贈り物かのように、膝を屈するユミ。マスミは、受け取らず、身を翻す。それを引き留め、抱き寄せる。ボーイソプラノの中性的な声と、アルトの艷やかな低音が徐々に重なる。

 「嗚呼!何故、貴女は魔物なの!?わたくしを愛さば、すなわち人たらしむと欲す!」「しかしながら、生まれてこの方、僕は目仄し(アパリション)、邯鄲の夢(イリュージョン)なんだ!どうすることもできない、僕はただ君に愛されるだけが存在証明なんだ!」副会長は、ここでハッとした表情になり、メガネのズレを直す。

 「そもそも、わたくし達は、互いを認識し存在を認めることでしか、逆説的に自分のことを観測し得ないのでは!?」「他者がいてこその、自我の確立だね!」「「これぞ異性交遊!」」二人は、互いを抱きしめた。万雷の拍手が小島に響く。「素晴らしい。来月は、『純異性交遊月間』だからね」

「純異性交遊月間」だと?君は聞き捨てならなかった。そもそも、学生恋愛は自由だが、あくまで被保護人格の未成年なのだ。ましてや、教育機関たる学園内で、わざわざ逢引を推奨して良いのか?あまつさえ、学内の風紀と秩序の砦たる「生活委員会」が?そんな疑問が鎌首をもたげた。

 「…ふむ。ここに来るまで、中庭で致している生徒を見ていただろう?」委員長の言葉が、君の脳裏にフラッシュバックを起こした。「校則には、『学内での"男女間の行為における"禁則事項』はあっても、『"男女間の行為そのもの"の禁止』はないのさ」

生徒手帳を開き、学籍番号と暗号呪文を記入する。「校則」の欄をタップすると、ズラッと総則や、細かい規定、特例措置が並んでいる。確かに、「恋愛」や「性行為」についての細かい校則はあっても、そのものを禁ずるルールはないのだ!?

 「先ほどの小芝居と理念は同じだよ。自我の確立、他者の尊重といった、『情操教育』のお題目では、友情や親愛はよろしくても、慕情ことに恋愛事は忌避されがちじゃないかね?」

「だが、むしろ、感情の制御と理性とのすり合わせ、社会や集団との摩擦と自己実現という観点で見た場合、むしろそういった惚れた腫れたを学園内という管理しやすい場所で、『見守る』くらいが丁度よいのではと、考える理事もおられるのさ」

理解しがたい、否、理解できる部分が多いからこそ、彼女の雄弁さは、レトリックや言葉遊びを想起させる。詭弁は、「信じさせたいこと」を「信じたい言葉」に乗せるのが基本だ。

 君が思っていたより、生活委員会はルーズな組織だ。むしろ、生徒会のほうが堅苦しく感じる。そういった、直感が沸き上がる。これもまやかしなのか?

 「不服そうだね?まあ、別に信じる信じないは、君自身が決めることだ」詭弁の常套句を事も無げに口にする。「次は、文化祭実行委員会との渉外だが…」「では、この2年書紀流潟燦華(ルガタ・サンカ)と…」「同じく、比子頼満寿(ヒコ・ヨリマス)が経過報告致します」

 こちらも、ネッカチーフとタキシードのダンピールに、イブニングドレスめいたインキュバスである。最早、服装が気になって仕様がない。会計は、魔剣道部主将にして部長の上居住瑠璃(カミイスミ・ルリ)と剣道部部長の八木雨柳(ヤギ・ウリュウ)は、どちらも和装だが、片や乗馬袴で片や差袴を履いていた。極めつけは、庶務の二人だ。3年の先輩、御子柴貴一(ミコシバ・キイチ) とボグルボーの城井胡桃(キイ・クルミ)は、女子制服と男子制服がチグハグであった。

 もしかして、生活委員会は異性装がドレスコードなのか?委員長のマリは笑みを堪えきれぬといった表情だ。君は、恥ずかしくなって、お茶請けのキューカンバーサンドイッチを頬張った。瑞々しいキュウリの風味と食感が、からしマヨネーズと食パンと微妙に食い合わせが悪い。

 「実際のところ、異性装をすることが風紀に何か影響するのかね?マッドハッターが胞子と帽子をコーディネート、ファントムが男役の衣装に袖を通し、ダンピールが貴族の装いを好む。落ち武者は武芸者として動きやすい格好で、ボグルボーは『男の子』という着ぐるみに包まれる。むしろ、自然の摂理だよ?」

君は、バツが悪くなった。そもそも、何故、男はスラックス、女はスカートなの?確かに、どうしてそう決まっているのだろうか?「私達は生活委員会だが、校則には『靴下の長さ』や『スカート丈』について事細かに書いてあるが…『男子は男子、女子は女子の服装を遵守せよ』とは一言たりとも書かれていない。例え、書いていたとして、私達はむしろ抗議の先鋒に立つだろうさ」

アールグレイの味が、渋みを増す。君は、椅子に固定された。菌糸だ…「この私、アンノ・マリは、学園全てに遍在する…」今なら理解できる、そこら中に既に張り巡らせているのだ。「彼女自身」、神経系のか細い糸が…「ヒルコ嬢に伝えたまえ…生徒会が『小さな政府』であれば、『夜警』が『秘密警察』へと変じることはないと。キノコというのは、街より国よりも巨大な生き物(リヴァイアサン)なのだよ」

その言葉と共に、君は拘束を解かれた。アンノから差し出された報告書をひったくるように受け取り、舟へと逃げ戻った。出発して、怖いもの見たさに振り返れば、遠目には小さな島に大きなキノコが生えていた。

 「そう…マリはそう言っていたのね。ありがとう、あなたには大変な苦労をかけたわね」生徒会長は、息を吐き、白い翼を広げて窓の外を眺めた。君は速やかに退出した。全ては終わったのか?君の背中の赤白のキノコは、「生活委員会は常に委員長補佐を求めているよ…」忌々しいことに、身体はそぞろに反応している。
25/10/21 22:41更新 / ズオテン

■作者メッセージ
男装の麗人、オールバック高身長、二人称「君」尊大美女が好きです。

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