読切小説
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前妻と『和解』、継室と『破約』、妖怪うわなり打ち
「…嗚呼、資清さま…」「どうした、お美代?」侍、資清は、病床の妻、美代の身体を拭いてやる。「…葉が揺しと(歯痒し:葉が揺れて)、落ちし細枝、見を重ぬ(身を重ねる:葉が落ちて細くなった枝を何度も見てしまう=あの木のように、風が吹けば消えるように痩せ細ってしまった)…」「…その茎(苦き)の見よ(美代)根入るまで(寝入るまで:幹や根を見ればいいじゃないか=お美代、苦しいなら寝るまで側で見守るから」

 「…ふふ、ふ、けふっ…」「地口は良いから寝ておれ…」「いえ、今日は随分、調子がけふっ!」「言わぬことだ!大丈夫、俺は居てやるからな…」「…有り難き、勿体のう心配りにございます。美代は幸せです…」「…」しなだれかかる妻の軽いこと、だが柔肌にふと気の迷いが生ずる。

 (俺の気も知らず…)思えば、祝言を上げる手前から、美代は病んでいた。無理をさせられず、さりとて想いは募るばかり。(いや、煩悩なのだろうか?)いつしか、恋しいでなく淋しいと感じるようになった。

 「だからこそ…務めの果たせぬ身が呪わしい」「!?」微笑する美代は、一瞬全てを見透かしたかのように、羞恥と憤怒と哀惜の混じる、般若を思わせる形相をした。「…資清さまは、私亡き後も、家を残さねばなりませぬ…」「お美代…」

「次のお方は、私よりも強く、子を産める者がよろしいでしょうね」侍は思わず、妻を抱き締めていた。「俺の…」「はい…」「俺の妻は生涯お前ただ一人よ」「…嬉しゅうございます」資清には、美代の顔は見えなかった。その方が良かったのかもしれない。


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 「…卯州に赴任でございますか?」資清は、上役に呼び出された。「左様。中央から離れるが、しかしあちらでは『郡司』の役目を授けるゆえ」「かしこまりました…」

 「もう一つ。彼の地は、無患子(むくろじ)なる土豪が幅を利かせよる。ぬしは、そこに婿として入るべし」侍は、その言葉に目を見開いた。「しかし、まだ嬬の喪が明けたばかりで…」

 「もう開けた、と言っているのだ」「…」「男やもめで、世継ぎもおらぬぬしにこれ幸いと取り次いだのだが?くれぐれも顔を潰す真似はするなよ」

 資清は、屋敷に帰ると、庭の梅の木に縋り付いた。「美代…どうすれば?」返事はない。

 「この梅の下に埋めてくださいまし…」言葉を絞り出し、夫に頼み込む。「わかった」「末期の我侭を…許してください」

 「許すも何も…お前は死なぬ!末期などと申すな」「…ふふふ」美代は資清の涙を拭ってやる。「では、もう一つだけ…棺には鈴をお入れください」「…わかった」


 「…嗚呼、みよは…しあわせ…」「お美代?…あ、ああ…お美代!」うなだれた妻を揺すっても、終ぞ返事はない。


 美代との思い出は、昨日のことのように思い出される。「縁談は…お前に誓って断りを入れようと思う」

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 「婿殿、早う目覚めたの…」「うむ。樺根(かばね)殿…」資清は、隣で腕に感じる暖かみに目を覚ました。同衾する女御は、無患子樺根という。豪族の三女であり、郡司を婿に取る。

 「…早速じゃが、修練所に行かぬかえ?」「…かしこまりました」資清は、結局縁談を受け入れた。男は流されるまま、樺根と契りを結んだ。

 さて、この樺根は無患子の姫ではあるが、男勝りな性格であった。「たあっ!」「えいやっ!」竹の棒による演武。都の武士である資清であっても、油断すれば負ける。

 「…もののふと名乗るだけはあるのう!楽し楽し!」薙刀を始め、棒術、剣術、手裏剣術、具足柔術を修めていた。無論、体格による丈も目方も上である。だが、手数は明らかにあちらが上。「そこっ!」「…ぬう!」浮いた足を刈られ、もんどり打って倒れた。

 夫の上に覆いかぶさる。「こんなものか!床でも、武芸でも、女子の下に這いつくばるばかりか!」「…返す言葉もない」然り。資清は、無患子の家において、明確に下にいる。そも、この姫武者、樺根に勝てる男はいるのか?

 資清は、身包みを剥がされながら、鈴の音を聞いた。男は、婿に入ってから毎夜、聞き覚えのある鈴と懐かしい梅の香を感じていた。(美代…)

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「面白う男よな…」樺根は、資清の悔しそうな、しかし抗いがたいという顔を思い返しながら、庭の花を嗅いだ。「妾に乗られた初夜、みよ、みよと何を見よと申しておったか?」

 リィーン後ろから、鈴の音がした。その瞬間、既に女は後ろに、手裏剣を投げつけていた。「化生の類か…妾に何用じゃ?」だが、そこには木があるばかり。しかし、手裏剣は何かを縫い付けていた。「文かえ?」

 手紙を手に取ると、梅の香りがした。拝啓 無患子樺根女史。何故に、上様は資清を苛むのでしょう。最早この世に塵も残らぬのに、あの方の懊悩と欲情が我が御霊をこのよに留まらせるのです。この嫉みと妬みと呪わしき、恨めしき心持ちをどうかわかってくださいまし。"我が夫"愛を込めて。敬具

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「樺根殿、このような出所不明で、更に故人を語り、辱める文を…このようなものを読ませてどうするつもりか?」「婿殿を奪い去る果し状と受け取ったまで…」「馬鹿なことを…」「…うわなり打ちと言う言葉を知らぬか?」

 樺根は、有無を言わさず資清を奥座敷の一室に閉じ込めた。そこには、無患子の精鋭十名に保護、監視されることとなる。最初の三日は、梅の香り、美代の幻聴、鈴の音が絶え間なく続いた。

 資清は、夢か現か…「美代…」『資清さま…』、枕に立つ前妻を見た。「嗚呼…あの日以来ですね。こんなに痩せてしまわれて…あのお方は酷い扱いを…」

 資清は、触れようとする。そして、目覚める。夜明けのたびに、樺根に叩き起こされるのだ。「…あちらに取り込まれるな。婿殿は、妾のもの…」「やめてくれ…」

 無理矢理に唇を重ね、樺根は遂に資清を簀巻きにする。「おぬしが悪いのじゃ…妾に身を任せれば良いものを」けらけらと狂気的に笑いながら、札を取り出すと、偏執的に貼り付けていく。

 『資清さま』「婿殿」『資清さま』「婿殿」『資清さま』「婿殿」無間地獄に男は生きながらに堕ちた。夜は、美代に、昼は、樺根に。ただただ、名を呼ばれる。目を閉じようと、開こうと闇だけがあった。

 だが、七日目には静寂が訪れた。幻聴すら、聞こえなかった。静けさには、家鳴りも、ネズミも、足音も、寝息も無かった。資清は、簀巻きから抜け出して、格子戸を覗いた。看守は寝ていた。

 鍵を拝借し、男は逃げ出す。帰るところも無かろうて、だが、馬はまだ起きていた。夜闇に紛れて、侍は都に向かった。

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かつての屋敷は、梅の木が季節外れに咲き誇る。そして、門に立つのは、「お美代!」『資清さま…』明らかに、人ではない。だが、あの鬼女に比べれば、それは人らしく感ぜられた。

 二人は抱き合い、そのまま服を脱ぐのも惜しんで、着物に手を差し込んだ。資清は、泥だらけで、髷は乱れ、髭に隈に幽鬼の如し。一方、美代は、清らかで、美しい髪艶で、血色の良い天女の如し。

 傍から見れば、賊に女人が襲われている。あるいは…悪霊が生気を吸い上げているか。もはや、声もなく、湿った息遣いだけであった。

 痩せる前のような豊かな胸を揉みしだき、その梅の花を弄くった。噎せ返る梅の香しき、火戸を味わい、その奥を掻き乱す。資清は、始めて美代にこのように触れた。

 「嗚呼、資清さまのあそこがこんな風に…」数十日を越えて、溜め込まれた精は暴発寸前であった。いや…美代に対しての禁欲で考えれば、最早十年では下らぬほどに、熟れた欲が滾っていた。

 「…!熱い…!」「はあ…やっと、一つに…!」「…くっ」資清は、その出した勢いのまま、"妻"を犯した。突くたびに、揺らすたびに、鈴の音が屋敷に響き渡る。

 資清は、何度も何度も執拗に、美代をねぶった。奥を犯し尽くし、全身を吸い尽くし、ひたすら腰を動かした。根源は怨嗟であり、劣情であり、溺愛であり、思慕であり、後悔であった。

 梅の香りが強まり、輪郭がはっきりと像を成した頃、資清は棺の中にいた。隣には、骨と重なる美代がいた。だが、むしろ安心できた。侍は、数年越しに和らぎを得たのであった。

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 「…ようやく、みつけたぞえ」けらけらと嗤う何者かが、近づいてきた。『まさか…資清さま!』美代は、微睡みにいたが、気配に飛び起き、資清を起こそうとした。

 「わらわ…からのがれられると…おもうてか?」ミシミシと、棺桶は軋み、掘り出され、地面に投げ出されたようだ。「…何ぞ!?」資清は、裸のまま、地べたに転がり出た。

 『資清さま…!』「そこで…わらわと…むこどののまぐわひを…ながめおれ…!」『ああ…!』美代の霊体は、人魂に融合され、動きを止められた。

 「…その顔…」振り乱れた髪、死体の土気色の肌、首の縫い跡。その他一切を脇において、蒼白の顔は紛うことなき、樺根であった!

 「…やめ」「…やめぬわ。わらわ…このかくりよ…おぬしもとめ…しょうじゃをすてた…そのぶんのつぐなひをもとむる…!」「ぐううっ!」箍の外れた、異様な膂力を以てして、樺根は資清を抑えつけた。

 「…かくごせい!」「…!」まるで、十人にのしかかられたような重みを受けた。腰の上で、屍女は暴れ、よがった。「…ははは!どうじゃ!おぬしはこうされるがすきだったじゃろうが!」

 資清は、押し付けられ快楽に抗えず、精を放った。華奢だが、死体と思えぬ瑞々しい身体に、異様な妖気に、気づけば腰の動きが同期した。『…資清さまぁ!』声に正気を取り戻す、美代はその像を明滅させ、叫びを上げた。

 「わらわ…に集中せい!」「…!」樺根は、不服そうに唇を奪った。息が続かず、意識が遠のき、しかし身体の奥から精がこみ上げてくる。もはや、男は快感だけ考えていく。

『資清さま!スケキヨサマア!!スケキヨォ!!」 最後に見たのは、炎すら取り込み、恐ろしい形相となる美代と、それを楽しそうに見やる樺根であった。
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ぴちゃぴちゃと、水音だけが闇に響く。「…ん?」『はあはあ…またおおきく…』「…滋味が溢れる」資清の眼前には、二つの丸があった。片方は、ふくよかで張りがあり透けている。もう片方は、小ぶりだが形がよく土気色をしていた。

 男はぼんやりと、片方に吸い付き、もう片方を弄くった。『あああ…起こしてしまい、はあましたか?』「んんん…遅い目覚めよな…」暗い土の下、梅の香りと甘い吐息と熱だけを感じながら、夢とも現ともしれぬ交わりは続く…
25/10/05 08:41更新 / ズオテン

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