「尖塔の王太后」後編
ニクラスは血、体液と思われるものを払って、刃を拭った。「最輝星を貫けば倒せるようだが…」彼は、倒した敵を振り返った。夜空を身体に、星明かりを手足に、輝くコアを持つ怪物であった。
あれは確か「こぐま座」か。「ポラリス…天の頂と言ったか」
「あの星空をご覧ください」ユーリアは、膝に頭を乗せる王子に囁いた。「星なんて夜には、いつでも見られよう?」「まあまあ、眠れぬ夜には、星座を見ると寝付けるものですよ。子守唄とでも思ってくださいな」
「…つまり、あっちの大きい方が母熊で小さい方が子熊だと?」「はい。二人は、天の北極にいるのです…天球の動かぬ軸でいつまでも一緒にいるために」「ならば、この子も私たちの目の届く所に置いておかねば…親と生き別れか」ニクラスは、妻とその大きな腹を優しく抱いた。
「ポラーラ、我が娘よ…」階層を上がるごとに、家族の、ユーリアとの記憶が鮮明になっていく。長女は、星読みを継いだ。この十年、事務的な話ばかりで、数える程も食卓を供にしていない。
「あやつ…ユーリア。お前は、私が薄情な奴だと、そう詰るか?」衰えと郷愁と懐かしさを、息切れに吐き出した。それを、黒魔女は水晶越しに眺めた。「ええ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…教会か?」歪んだ空間を進み、尖塔の内部は異様に膨張していた。小高い丘には、見覚えのある教会が建っていた。
扉を開けると、中には人も椅子もなかった。日の光がステンドグラスを通して、三人の人物の影を投影した。主神たる婦人、地上代行者たる聖母、その子たる勇者である。
だが、直ぐに三位一体の影は、黒いオーラに呑まれていった。それを放つ一点に、「魔女」はいた。「予想よりは早く、期待よりは遅いご到着でしたね」
「…なあ…黒魔女よ…いやさ、ユーリアよ」「何かおっしゃりたいことがございますか?陛下…いえ、ニクラス様」二人は、教会の両端に立っていた。「されば、近くに参らねば…」指を鳴らせば、空間が狭まり、至近距離になる。
「何故…何故このようなことをしでかす?」「貴方の胸に手を当てて考えてくださいな…」「いや、わかっておる。思えば、40余年…共に務めを果たしてはいても、暮らしているとは言えなんだか。それが王家のならいと言えども」
「ニクラス様の活躍…遠巻きに伺わせていただきましたよ」「見ておったか…」「…なんだか、あの頃の思い出が蘇るようで…」「お前がそう仕向けよったからに…」
「大聖堂で挙式したあの日も、貴方と祈りを捧げた、ふるさとのこの教会について想っていました」二人の近くの窓が変形して、墓地が目に入った。
「私は…貴方と退位したとて、亡くなる日まで一緒にいられないと考えるようになりました」ユーリアである黒魔女は、泣きそうな、怒りそうな…しかし嬉しそうな表情を浮かべた。
「私は…お前と同じ墓に入るつもりであったがな」「それも、王家のならいだからでしょう?」外の風景はいつしか、王都の大聖堂に移っていた。その中の廟には、「ニクラス5世と王妃ユーリア」の墓碑銘が。
「ことここに至り、貴方が国民に笑顔を向ける顔すら、何とも腹に据えかねます。何故なら、私ばかりが貴方を見ている気がして…」
ステンドグラスには、国王夫妻の玉座が象られた。いつしか、そこには亀裂が入り、二人は分かたれた。王妃は遠巻きに、政務や国事を執り行う国王を見ていた。
「貴方の向ける笑顔は、他の誰かに向けるのと変わらぬ気がして。そうであれば、もはや私たちは会わずにいるべきと思う次第です…」「ユーリア…」教会の扉は開かれた。二人は、再び元の距離に戻った。
「…私が悪かった」王は一歩踏み出した。だが、いかなる魔法か二人の距離はむしろ遠ざかる。「…ユリオにも、ポラーラにも…滅多に顔を合わせなくなった」
「ならば、私とも…」ユーリアは顔を背けた。「短い人生…まだ思い出は作れる」ニクラスは歩みを止めなかった。彼が通る窓には、今までの思い出が…ユリオ、ポラーラ、ケイトリン、ヨーシュア等子どもたちのステンドグラスが…
そして、庭園で出会う少女と少年が…
「…ニクラス様」彼女の後ろの窓には、ユーリアと赤子を抱くニクラスが現れた。「…ユーリア、勇退しようか。二人で余生を過ごそう…」いつの間にか、魔女の隣には騎士がいた。「…ええ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「「「国王ユリオ1世、ご即位おめでとうございます!」」」
新国王即位には、国中から参列者が詰め掛けた。そして、彼らは見た。魔女と騎士が、王冠を手渡す姿を。孫を肩車し、魔法で遊んでいる光景を。
王城には、一際目立つ離れの尖塔がある。国一番の賢者に相談あれば、そこを登るべし。大魔女「尖塔の王太后」と「王剣の騎士」が出迎える。
あれは確か「こぐま座」か。「ポラリス…天の頂と言ったか」
「あの星空をご覧ください」ユーリアは、膝に頭を乗せる王子に囁いた。「星なんて夜には、いつでも見られよう?」「まあまあ、眠れぬ夜には、星座を見ると寝付けるものですよ。子守唄とでも思ってくださいな」
「…つまり、あっちの大きい方が母熊で小さい方が子熊だと?」「はい。二人は、天の北極にいるのです…天球の動かぬ軸でいつまでも一緒にいるために」「ならば、この子も私たちの目の届く所に置いておかねば…親と生き別れか」ニクラスは、妻とその大きな腹を優しく抱いた。
「ポラーラ、我が娘よ…」階層を上がるごとに、家族の、ユーリアとの記憶が鮮明になっていく。長女は、星読みを継いだ。この十年、事務的な話ばかりで、数える程も食卓を供にしていない。
「あやつ…ユーリア。お前は、私が薄情な奴だと、そう詰るか?」衰えと郷愁と懐かしさを、息切れに吐き出した。それを、黒魔女は水晶越しに眺めた。「ええ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…教会か?」歪んだ空間を進み、尖塔の内部は異様に膨張していた。小高い丘には、見覚えのある教会が建っていた。
扉を開けると、中には人も椅子もなかった。日の光がステンドグラスを通して、三人の人物の影を投影した。主神たる婦人、地上代行者たる聖母、その子たる勇者である。
だが、直ぐに三位一体の影は、黒いオーラに呑まれていった。それを放つ一点に、「魔女」はいた。「予想よりは早く、期待よりは遅いご到着でしたね」
「…なあ…黒魔女よ…いやさ、ユーリアよ」「何かおっしゃりたいことがございますか?陛下…いえ、ニクラス様」二人は、教会の両端に立っていた。「されば、近くに参らねば…」指を鳴らせば、空間が狭まり、至近距離になる。
「何故…何故このようなことをしでかす?」「貴方の胸に手を当てて考えてくださいな…」「いや、わかっておる。思えば、40余年…共に務めを果たしてはいても、暮らしているとは言えなんだか。それが王家のならいと言えども」
「ニクラス様の活躍…遠巻きに伺わせていただきましたよ」「見ておったか…」「…なんだか、あの頃の思い出が蘇るようで…」「お前がそう仕向けよったからに…」
「大聖堂で挙式したあの日も、貴方と祈りを捧げた、ふるさとのこの教会について想っていました」二人の近くの窓が変形して、墓地が目に入った。
「私は…貴方と退位したとて、亡くなる日まで一緒にいられないと考えるようになりました」ユーリアである黒魔女は、泣きそうな、怒りそうな…しかし嬉しそうな表情を浮かべた。
「私は…お前と同じ墓に入るつもりであったがな」「それも、王家のならいだからでしょう?」外の風景はいつしか、王都の大聖堂に移っていた。その中の廟には、「ニクラス5世と王妃ユーリア」の墓碑銘が。
「ことここに至り、貴方が国民に笑顔を向ける顔すら、何とも腹に据えかねます。何故なら、私ばかりが貴方を見ている気がして…」
ステンドグラスには、国王夫妻の玉座が象られた。いつしか、そこには亀裂が入り、二人は分かたれた。王妃は遠巻きに、政務や国事を執り行う国王を見ていた。
「貴方の向ける笑顔は、他の誰かに向けるのと変わらぬ気がして。そうであれば、もはや私たちは会わずにいるべきと思う次第です…」「ユーリア…」教会の扉は開かれた。二人は、再び元の距離に戻った。
「…私が悪かった」王は一歩踏み出した。だが、いかなる魔法か二人の距離はむしろ遠ざかる。「…ユリオにも、ポラーラにも…滅多に顔を合わせなくなった」
「ならば、私とも…」ユーリアは顔を背けた。「短い人生…まだ思い出は作れる」ニクラスは歩みを止めなかった。彼が通る窓には、今までの思い出が…ユリオ、ポラーラ、ケイトリン、ヨーシュア等子どもたちのステンドグラスが…
そして、庭園で出会う少女と少年が…
「…ニクラス様」彼女の後ろの窓には、ユーリアと赤子を抱くニクラスが現れた。「…ユーリア、勇退しようか。二人で余生を過ごそう…」いつの間にか、魔女の隣には騎士がいた。「…ええ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「「「国王ユリオ1世、ご即位おめでとうございます!」」」
新国王即位には、国中から参列者が詰め掛けた。そして、彼らは見た。魔女と騎士が、王冠を手渡す姿を。孫を肩車し、魔法で遊んでいる光景を。
王城には、一際目立つ離れの尖塔がある。国一番の賢者に相談あれば、そこを登るべし。大魔女「尖塔の王太后」と「王剣の騎士」が出迎える。
25/09/26 08:31更新 / ズオテン
戻る
次へ