連載小説
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「尖塔の王太后」前編
「つまり、王妃は尖塔に籠りきりというわけか?」国王ニクラス5世は、宮宰の言葉をおうむ返しにした。「作用にございます、陛下…」「あやつめ…茶会には出るくせに、国事は放棄するのか?式典も近いというに…」

王城の離れの塔は、王妃の魔法の工房である。国王で夫であろうが、結界に阻まれるのだ。一月になろうかという期間、国王夫妻は顔を合わせていない。(もっとも、会いたくもないがな。会う度にぐちぐちと…)

「如何致しましょう?」「中央大将軍ユリオを呼び戻せい…あやつのお気に入りぞ。余の言うことなぞ聞かんが、大好きなジュニアが説得すれば、癇癪なぞ収まろうて…」王の言葉には、所帯染みた怠惰と為政者としての物臭が混じっていた。

「陛下、しかし、その…」「何だ?」「いえ、王妃殿下の、その使いの妙齢の…」「私を呼びましたか?」謁見の間に、ハイヒールの足音が響いた。ニクラスは、目を見開いた。

艶のある低い声、シミのない肌は顔と鎖骨周りを全開にしていた。魔石をあしらった老木の杖と、それを掴むイブニンググローブにはびっしりと魔術式が書かれていた。「何者だ?王妃が寄越した使いか?」「お初にお目にかかります」

「単刀直入に聞くが、何故あやつは尖塔に籠るような真似を?」「はあ、昔から…本題に入りたがるクセが…」「何か申したか?」「いえ、王妃様から聞いた通り、風情がない殿方ですね」

「貴様!陛下に向かって、非礼にも程が…」「よいよい。余の聞き方が悪かった。その邪悪な笑みを見ればわかる、ハグだな?」黒魔女:ハグ(hag)、ヘクセ、ババヤガー。国や言葉は違えど、森に住む魔女は大抵悪い存在である。

「まあ。私は王妃様のためにしているだけで、何も悪いことは…まあちょっとは意地悪かもしれませんが」魔女は目を剃らし、髪をいじくった。「う〜ん。胡散臭い…だが、語るに落ちたな。貴様が王妃を閉じ込めた、そう聞こえたが…?」国王の目の色は、疑惑から確信に変わった。

「一つ、陛下に申し上げたいことが」「いちいち、小うるさい奴だ。なんだが、あやつを思い出すわ。何ぞ?」「そうやって、先走って、すべて自分で結論付けるのは悪いクセですよ!」「!?」黒魔女は杖で床を突いた。すると、魔法陣が浮かび、煙が立ち込め、彼女は消え失せた。

「おのれ!逃したわ!」ニクラスはセプターを変形させた、伝家の宝刀を抜いていた。彼の一撃は、床を割るに留まった。その衝撃で、はらりと何かが舞い落ちた。「何だこれは…?」それは手紙であった。

親愛なるニクラス陛下。何卒、私をお許しください。貴方と共に国を盛り上げ、人も暮らしも豊かにしてきました。息子たちも、娘たちも、その孫も、一緒に育て見守ってきました。でも、私たちがいつまでも見ているわけにもいかないと、私たちはいつかは揃って去らないといけないと、最近思うのです

「…王妃のやつめ、何かと思えば。顔を合わせる度に、小言をするに留まらず、手紙でまでくどくどと」国王は読み進めた。

その心を、迷いを、黒魔女は利用して、国境も王城の結界も越えて現れました。私は不甲斐なくも、囚われました。この手紙は、その者に書かされました。貴方に交換条件があるようで、一人で来させろと。命は惜しくありませぬ。私のことよりも、貴方の決断でお願いします。心より、王妃ユーリア。

「王妃がこのような文を残し、あの塔にて身罷ったとあれば、余の痛くもない腹が探られような…」ぶつくさと呟く王を水晶越しに見る者あり。「まあ…この期に及んでも自分事ばかりですか…」その声には、明確な落胆が現れた。

「さて、『国王陛下は王妃を救えるのか?』」彼女は、壁に映像を投影していた。『魔女と騎士』、騎士道小説の古典すらいまや活動写真の演目になる。

もちろん、大の大人はそんなに見るものでないとされている。だが、その脚本が、登場人物の演技が、劇伴の音楽が、感受性と欲望を引き出して、「魔女」の思い出を回想させた。「陛下が悪いのですよ…」

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尖塔内は、異空間でありながら、ニクラスにとって何やら既視感があった。

バラ園の迷路を抜けると、動物を象った植え込みがある。ウサギ、ハト、シカ…「そして、ネコか…」見覚えがある。「あやつと、初めて出会ったのはこのような場所か」

「なんと、ではご息女は…」「申し訳ありません…顔合わせが嫌だと駄々を来ね…」「貴君の王家への貢献を顧みて尚、この事態は…」会ったこともない女の子だが、その気持ちがわかった。この会合はつまらない。

「太子殿下!どちらに!?」「ついてくるでない…気づかれたらお前がうまく誤魔化せよ?」「いや、しかし…あっ殿下?!」

迷路に入ってしまえば、こちらのものだ。だが、自分も道がわからない。心細さと冒険心の混ざった気持ちが歩を進める。すると、誰かの声が聞こえた。「…お父様も失礼しちゃうわ…星読みの結果が聞ければ、私なんかどうでもいいんじゃない…きっと、王様とかえらい人も…」

「…星読み、察するに君は公爵令嬢のユーリアか」「あら…私に何かご用があって?」「いや…」「じゃあ、ほっといてくれないかしら?」少女は、少年をまじまじと見て、顔を背けた。「立ち聞きは失礼だと思うが、肩書きや技能だけ見て、自分のことを見てくれない輩が多いとか、なんとか」「まあ…聞こえてましたの」

「…僕は将来、人を使う立場になる」「自信満々ですこと」「一人一人の人格を見るのは、不可能かもしれんが…」少年は、隣に座った。少女は煩わしげに、位置をずらした。「それでも、なるべく見ようと、努力せねばならんとも思っている。例えば…」

彼は花を手渡した。「これは…」「"ユーリアはチューリップを見ていた"」「…私はその隣のアイリスを見ていましてよ」彼女は、しかし恥ずかしそうに髪をいじった。


出会いは、まあこんなものだったか?
25/09/23 22:06更新 / ズオテン
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