連載小説
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遠眺国内魔術会議婦人魔術師部(通称、ちょうないかいふじんぶ)
荘厳なる部屋は、壁一面を白金と魔界銀で覆い、しかし調度品はシンプルにして、茶会の長机と白木の椅子のみであった。窓の外から眺める、王国一円の自然と街並みが、絵画であり彫像であり、オーケストラである。

上座に座る壮年の女性は、厳粛な面持ちで、懐中時計をちらりと見やった。「アーデルハイドは、また遅刻ですか?物忘れも酷くなる一方…」

「王妃さまぁ、あたしゃ喉が渇いてきたよぉ…アデさんはほっといて茶会はじめやせんかね?」三角帽子に、白髪の長髪、黒いローブの見るからに魔女然とした老婆は痺れを切らした。

「…マルグレートさんや…そんなこと言うない…アーデルハイドさんだって…悪気があってオレらを待たせてる訳じゃないだろが?」くしゃくしゃに皺が刻まれた老人は、小刻みに震えながら抗議した。

「まあまあ、待つのもよござんしょ。全員揃って、お茶する機会もあと何度あるものやら…」髪をポンパドールにした、紫色のドレスを着た貴婦人は、ため息混じりに呟いた。

その時、魔法陣が光り輝き、新たなメンバーが到着した。「皆の衆、ご機嫌よう。いやあ、もっと早う来るはずじゃったがの…高速空道を使ったら、儂以外皆逆走しておってのお。まったく最近のわかもんはけしからんわい」

「貴女でしたか…」王妃は頭痛を覚え、頭を抱えた。「儂がどうかしたか?」「これをご覧なさい…」水晶に手を翳すと、緊急ニュースが流れた。『老魔法使いの逆走!相次ぐ高速空道での事故…』「映っているのは…アーデルハイド、貴女じゃござぁせん?」貴婦人は思わず聞いた。

「勲章持ちの大賢者がこうなっちまあかぁ…」小さな老婆はしゃくりあげるように呟いた。「儂が逆走じゃと?何かの間違いじゃないんか?」アーデルハイドは小首をかしげた。「だから、あたしゃ言ったんだよ…」マルグレートは背もたれに、寄りかかって憤慨した。

「賢王妃」ユーリア、「先見の明」マルグレート、「拝み屋」イグレーン、「羽根付き」アーデルハイド、「紫婦人」エレノワ。彼女ら5人は国一番の女術師である。

「はあ…いくら王妃とはいえ、私もそろそろ庇い立てが難しくなってきました」ユーリアは紅茶に一掬いの砂糖を注いだ。

「年は取りたくないわな、エレさんや」「マルちゃん、アタクシの皺が増えたとおっしゃってますの?!」マルグレートは、隣に座るエレノワに茶を注いだ。

「げほげほ…かはっ…かーっ」アーデルハイドは菓子を喉に詰まらせた。「オレに任せろや…はーっ!」イグレーンが手を翳すと、不可視の衝撃が発生した。「かーっは!…ああ死ぬかと思ったわい。ありがとよ…拝み屋の」

「はあ…」王妃は40年変わらぬ面子に、ため息をついた。若き才能は賢人会に集まらない。若手が育っていないわけではない。「近頃、魔法使い志望はみな、サバトに行ってしまってますね…」

全員が王妃を振り返った。「ユーさん…」「アータ、そうは言っても、小さな子は生まれた頃から、『魔女あにめえしょん』を見てごさんすよ」「洗脳じみとるわな…」「あにめえしょんとは何ぞや?」

「アーデルハイド、それはこないだも聞いてましたよ…漫画本を幻灯に通して、動かして声を当てたものです」「活動写真のマンガというこったな。ウチの孫どもも、修行そこそこにオモチャの杖やら菷やらせがんでくるわ…」

「そういうことか…不老、永遠の若さは、みなの夢じゃものなぁ…サバト、儂らも入ってみるか?」「冗談も休み休みしろい…いつまでも生きとった所で、大事な人に会えなくなるだけさ…」

(若さ…あの頃は良かった…)ユーリアは過去を回想した。貴族の娘に生まれ、魔法で王家のアドバイザーとして貢献し、若き王子に見初められた。白騎士と言うほどでないにしろ、優しく整った顔の貴公子で、詩歌も嗜んでいた。

(子宝にも恵まれた…でも)王と王妃として、王の賢者で相談役として、母として過ごしてきた。だが、二人の仲はなんだが、恋人や夫婦から仕事仲間のようになってしまった。

マルグレート、アーデルハイド、イグレーン、エレノワもそれぞれ、老いや後継者に楽しかった過去について考えた。彼女らの暗い感情や不安は、漏れでた魔力と結び付き、黒い塊を召喚してしまった。それは気づかれぬように、彼女らを侵食した。

茶会が終わる頃には、そこには賢者はいなかった「魔女」が成り代わったからだ…
25/09/23 11:09更新 / ズオテン
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