こおりがしの恋
「ふぃーっ…こいつはキクわい」揉み上げに白髪が絡む壮年の男は、スキットルの酒で寒さを紛らわせた。
「はあーっ…なんで、こんな辺鄙なとこまで来なきゃならんのだ」彼は、雪の重さを膝に感じながら、静寂の暗闇を漸進する。彼の名は、エヴァン・ベッガー。悪名高い高利貸しで、びた一文も狂いなく、この男は徴収する。
日頃から、ごろつきや冒険者崩れ等を雇い、乱暴な取り立てに扱き使う。だが、今夜は違った。「祝祭日は、家で祈りを捧げるのが正しいだと?聖典にも書かれてるだろう、『刻限を一刻一瞬でも過ぎれば、約定は無効なり』と。ワシの金が戻らなくなってしまうじゃないか…」
彼は雪深い中を独り進んだ。その様は、彼の孤独な半生を具現化したかに見えた。妻も子もなく、親戚一同から縁を切られ、金だけが手元にあった。だが、日を跨げば、金すら無くなる。
「腹が減った…」エヴァンは、最後の干し肉をしがんだ。されど、腹の虫は機嫌を直さない。「真っ白で、ふわふわで…」空腹に、雪がなんだがこの上なく旨そうに見える。
おかあさん、待って〜!こらこら、待ちなさい坊や!水路に沿った石畳を少年は駆けた。母親は、その先の売店で何かを購入した。なぁに、それ!?これは、ソルベ…
「はっ…」甘く、柔らかい口解けは、ほこりっぽく、刺すような冷たさに変わった。「…」空腹も、寒さも、喉の乾きも、全ては眠気に置き換えられた。願わくば、夢の続きを…
「あらまあ…大丈夫ですか?」「…幻聴か」やけに、はっきりと聞こえるものだ。もしくは、あの世から迎えにでも来たのだろうか?
「母さん…またソルベを…父さんも」エヴァンは、雪のただ中から引きずり出された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はっ…」目を覚まして飛び込んできたのは、見知らぬ天井であった。「天国と言っても、家は普通なのか」「よいしょ…起きたのね?お腹すいてない?」「…何だって?」壮年の男は、声の方に向いた。
そこには、後ろ手に扉を閉めて、片手には木製のボウル皿とコップを載せた盆を持つ大柄な女がいた。「誰だ!」エヴァンはベッドから飛び起きた。
「まあ、まだ身体は良くなってないでしょう?もうしばらく、寝てなさいな」女は、近くのテーブルに盆を置くと、すぐに彼の側に近寄った。「…ま、魔物」彼は、目の前の人物の鹿角を見て、身体を強ばらせた。
「人間さんに会うなんて、何年ぶりかしら」「離せ…!」彼女は、全く気にせずに、エヴァンを丁寧に担ぐと、優しげにベッドに寝かしつけた。
「ワシをどうする気だ!?下手なことをしてみろ、すぐに…」言いかけて、彼はふと自分のことを振り返って、閉口した。(ワシが山で消えたところで、気にする奴がおるものか…)
青い顔で意気消沈した男に、女は心配そうにした。「どうしたの?具合悪そうだけれど?熱でもあるのかしら…」鹿の魔物は、彼と自分の額をくっつけて熱を測った。「…っ、やめんか」
エヴァンは、角女を突き飛ばそうとしたが、その屈強な巨体はちょっとやそっとでは、びくともしない。ましてや、彼は高利貸し。金勘定や帳簿の記入、法律の暗記に寝食を惜しんで従事してきた。同年代と比べても、なお貧弱である。
「あらあら、癇癪起こして、かわいいんだから」反撃するでもなく、彼女はテーブルの盆を持ち上げた。「熱はないみたいだし、それくらい元気なら食欲もありそうね?」鹿の魔物は、ベッドまで食事を運んだ。
「…これは?」壮年は、差し出されたメニューに思わず質問した。ヨーグルトを添えた麦粥、コップには湯気を上げる牛乳、赤い木の実もある。「お気に召さないかしら?」「ワシに食えと言うのか?魔物の食い物を…」
「大丈夫よ。私は、ホワイトホーンっていうのだけれど、多分人間さんと同じものを食べてるはずだから」「…」エヴァンは浚巡した。平時には、神経質に用心深く常に備蓄の瓶詰めか、誰かが手をつけた食べ物しか口にしない。しかし、腹の虫はがなり立てるばかり。
「…いただく」「ふふふ…めしあがれ」ホワイトホーンは、木匙を手に、粥を一掬いする男を楽しそうに見つめた。彼は、恐る恐る口に含んだ。「…」「どうかしら?」「…うまい」
そこからは、手が止まらなかった。素朴な味がした。かっこみすぎて噎せると、牛乳に手が伸びた。いつも飲んでる物より甘く、濃厚だった。交互に口にすると、すぐに空になった。物足りなさに、木の実も一気に食べ終わった。
「…馳走になったわい」「お粗末様でした。気に入って貰えて、私も嬉しい限りよ」「…うっ」エヴァンは、涙を流した。他人に優しくされたのはいつぶりか?雪山で助けられ、身体だけでなく心まで暖まる気がした。安心すると、嗚咽が続いた。
「まあまあ、大丈夫よ。寝るまで一緒にいてあげますからね…」鹿角の魔物は、泣く理由を問いもせず、壮年の男を抱き締めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「エヴァンさん、起きたのね」「ん…」ベッドの傍の鏡で身支度するホワイトホーンが、目を覚ました人間に声をかけた。「ヒルダさん…あんたは本当に早起きで精が出るな」「それを言うなら、私の中に毎晩出てるじゃないの」「…こ、言葉の綾というものだ!バカを言うな!」
「まあ、冗談はこのくらいにして、そろそろ本格的に雪解けが始まってきたわ」「もう、あれから二、三ヶ月かいな?」「毎日楽しくて、あっという間ね」エヴァンは、ヒルダ…ヒルダガルデの毛皮の背を撫でた。ホワイトホーンは、人間の背中を震わせた。
「まさか、街に帰りたいなんて、今さら言わないでしょ?」「ああ、帰りたくても、ワシの家財も債権も、死亡扱いで今頃、"親戚"とか"友人"が仲良く分け合っとるだろうよ」「身軽になれてよかったわね」「代わりに、あんたのような、価値も体重も重いもん背負うことになったがね」「まあ、意地悪な人だこと」
二人は、軽く朝食を済ませると、雪かきを始めた。特に、屋根のへりの雪が解け始めると、不意の事故に繋がるのだ。とりあえず、粗方落とし終えると、日に日に長くなる太陽は既に真上から、彼らを見下ろしていた。
「昼餉にしましょうか」「いい時間だしな」二人は、協力しててきぱきと料理を作っていく。一人で暮らしているヒルダガルデはもちろん、エヴァンもケチで疑り深い性分からそれなりに料理はできた。
「いやあ、あんたのシチューが食えるだけで、この山に来た甲斐があったものだ」「まあ、嬉しい。エヴァンさんのこの野菜のチーズ焼きも、最高よ」「それは、グラタンと言ってな、ワシが昔家族で旅行に言ったとこ…」
彼の目は、どこか遠くを見ていた。「エヴァンさん…?」「なあ、ヒルダさんや…」「どうしたの、いきなり?」壮年の男は、節くれだった手で、恋人の手を握った。「まあ、情熱的…」「ワシの夢、一緒に…店をやらんか?」
「お店を?」「ああ…あんたも気に入るよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エヴァンは、近くの池から混じりけのない氷を切り出した。それを載せ、ヒルダガルデはソリを引いて家に帰る。
「氷なんて、今さら珍しくもないでしょ?」「氷だけならな…だけど、こいつにこれをな」彼は、彼女の前で氷を溶かし、そこに潰した木の実の果汁を入れた。「これは、まあ、外でほうっときゃ良いとして…」
エヴァンは、牛乳の皿を氷を入れたボウルの中心に置いた。彼は、すぐさまかき混ぜる。すると、最初はさらさらと液体であった牛乳は、段々と粘度をましていく。「まあ!」「驚くにゃまだ早いぞい!」
かき混ぜる度に、牛乳は固まり、空気を含みふわふわと美味しそうになっていく。ヒルダガルデは、今や熱に浮かれたように完成を今か今かと、見つめていた。
「両親とアスラミスに旅行行ったとき、これほど美味しい食べ物がこの世にあるものかと思ったものだ…」彼は、練り上げた"凍った牛乳"を盛り付けて、ホワイトホーンに供した。彼女は、恐る恐る口に入れた。
素朴な甘さがした。かっこみすぎて噎せると、いつも飲んでいた牛乳は、凍らすことでより甘く、濃厚になった。気持ち良い冷たさ、新鮮な氷とは違う舌触りにすぐに空になった。
「…おいしかった」「かの国では、これを『氷菓子(ジェラート)』と言うんだ」「氷なんて、ここらじゃありふれてるのに…」「ところ変われば、価値も使い方もいろいろさ。さて、そろそろあっちも…」
エヴァンは、次に外から先ほどの器を持ってきた。中身は、当然凍っていたが…「果汁と氷を外に出したら、当たり前でしょ」「ここからが、腕の見せ所」彼は、一旦真っ赤に染まった氷を砕くと、同じようにかき混ぜてみた。
「なんか、変わってないんじゃないかしら?」「食べてみてから、もう一度言ってなさい」器に盛り付けられた、"砕氷"は色のついた雪にしか見えなかった。「じゃあ、いただきます…っ」
ジェラートほど柔らかさはないが、口に入れた瞬間すぐに解け、濃縮された木の実の香りが口一杯に広がる。シャリシャリと小気味のよい音を立て、ヒルダガルデはこちらも食べきった。
「どうかね?」「…どっちも、凍らせただけなのに、こんなに美味しくなるなんて」「ワシは、両親が生きとったら菓子作りになりたかった」「今からでもやりたいってこと?」「上手くいくかはわからんが…」
ホワイトホーンは、人間の頬に手を添えた。「二人一緒なら、大丈夫じゃない?」「ありがとう…」「…新婚旅行もかねて、氷菓子にしたら旨い果物や菓子を探しに行かないかしら?」「いいぞい!どこに行きたいかね?」「じゃあ…」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人魚やサハギン、人間問わず照りつける太陽の下、海遊びに興じていた。そこに、特徴的な音楽が鳴り響く。「あっ…アイス屋さんだ!」子供達が、我先にとその馬車…鹿車に飛び付く。「こんにちはー!ジェラートはいかがかしら!?」鹿角の大柄な女は、柔和に微笑んだ。
「はーい!皆さん、十分に作ってあるから、順番にね」車を引くホワイトホーンを一回り小さくした、鹿角の少女が列を整理する。先頭の親子が、ふんわりと螺旋を描く甘味を心待ちにする。
「はい、お待ちどうっ」揉み上げが特徴的な、壮年の店主が手際よく氷菓子を作り上げ、提供していく。幸せそうな家族の姿に、満足げに頷いた。「おとうさーん!こんどは、6人前だってー!」小さな鹿は、男に呼び掛けた。
「まあ、エヴァナったら張り切っちゃって…」「誰に似たのかね?」夫婦は、ソルベの氷を砕きながら、談笑した。ベッガーズという名の氷菓子屋は、今日も繁盛している。
「はあーっ…なんで、こんな辺鄙なとこまで来なきゃならんのだ」彼は、雪の重さを膝に感じながら、静寂の暗闇を漸進する。彼の名は、エヴァン・ベッガー。悪名高い高利貸しで、びた一文も狂いなく、この男は徴収する。
日頃から、ごろつきや冒険者崩れ等を雇い、乱暴な取り立てに扱き使う。だが、今夜は違った。「祝祭日は、家で祈りを捧げるのが正しいだと?聖典にも書かれてるだろう、『刻限を一刻一瞬でも過ぎれば、約定は無効なり』と。ワシの金が戻らなくなってしまうじゃないか…」
彼は雪深い中を独り進んだ。その様は、彼の孤独な半生を具現化したかに見えた。妻も子もなく、親戚一同から縁を切られ、金だけが手元にあった。だが、日を跨げば、金すら無くなる。
「腹が減った…」エヴァンは、最後の干し肉をしがんだ。されど、腹の虫は機嫌を直さない。「真っ白で、ふわふわで…」空腹に、雪がなんだがこの上なく旨そうに見える。
おかあさん、待って〜!こらこら、待ちなさい坊や!水路に沿った石畳を少年は駆けた。母親は、その先の売店で何かを購入した。なぁに、それ!?これは、ソルベ…
「はっ…」甘く、柔らかい口解けは、ほこりっぽく、刺すような冷たさに変わった。「…」空腹も、寒さも、喉の乾きも、全ては眠気に置き換えられた。願わくば、夢の続きを…
「あらまあ…大丈夫ですか?」「…幻聴か」やけに、はっきりと聞こえるものだ。もしくは、あの世から迎えにでも来たのだろうか?
「母さん…またソルベを…父さんも」エヴァンは、雪のただ中から引きずり出された。
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「はっ…」目を覚まして飛び込んできたのは、見知らぬ天井であった。「天国と言っても、家は普通なのか」「よいしょ…起きたのね?お腹すいてない?」「…何だって?」壮年の男は、声の方に向いた。
そこには、後ろ手に扉を閉めて、片手には木製のボウル皿とコップを載せた盆を持つ大柄な女がいた。「誰だ!」エヴァンはベッドから飛び起きた。
「まあ、まだ身体は良くなってないでしょう?もうしばらく、寝てなさいな」女は、近くのテーブルに盆を置くと、すぐに彼の側に近寄った。「…ま、魔物」彼は、目の前の人物の鹿角を見て、身体を強ばらせた。
「人間さんに会うなんて、何年ぶりかしら」「離せ…!」彼女は、全く気にせずに、エヴァンを丁寧に担ぐと、優しげにベッドに寝かしつけた。
「ワシをどうする気だ!?下手なことをしてみろ、すぐに…」言いかけて、彼はふと自分のことを振り返って、閉口した。(ワシが山で消えたところで、気にする奴がおるものか…)
青い顔で意気消沈した男に、女は心配そうにした。「どうしたの?具合悪そうだけれど?熱でもあるのかしら…」鹿の魔物は、彼と自分の額をくっつけて熱を測った。「…っ、やめんか」
エヴァンは、角女を突き飛ばそうとしたが、その屈強な巨体はちょっとやそっとでは、びくともしない。ましてや、彼は高利貸し。金勘定や帳簿の記入、法律の暗記に寝食を惜しんで従事してきた。同年代と比べても、なお貧弱である。
「あらあら、癇癪起こして、かわいいんだから」反撃するでもなく、彼女はテーブルの盆を持ち上げた。「熱はないみたいだし、それくらい元気なら食欲もありそうね?」鹿の魔物は、ベッドまで食事を運んだ。
「…これは?」壮年は、差し出されたメニューに思わず質問した。ヨーグルトを添えた麦粥、コップには湯気を上げる牛乳、赤い木の実もある。「お気に召さないかしら?」「ワシに食えと言うのか?魔物の食い物を…」
「大丈夫よ。私は、ホワイトホーンっていうのだけれど、多分人間さんと同じものを食べてるはずだから」「…」エヴァンは浚巡した。平時には、神経質に用心深く常に備蓄の瓶詰めか、誰かが手をつけた食べ物しか口にしない。しかし、腹の虫はがなり立てるばかり。
「…いただく」「ふふふ…めしあがれ」ホワイトホーンは、木匙を手に、粥を一掬いする男を楽しそうに見つめた。彼は、恐る恐る口に含んだ。「…」「どうかしら?」「…うまい」
そこからは、手が止まらなかった。素朴な味がした。かっこみすぎて噎せると、牛乳に手が伸びた。いつも飲んでる物より甘く、濃厚だった。交互に口にすると、すぐに空になった。物足りなさに、木の実も一気に食べ終わった。
「…馳走になったわい」「お粗末様でした。気に入って貰えて、私も嬉しい限りよ」「…うっ」エヴァンは、涙を流した。他人に優しくされたのはいつぶりか?雪山で助けられ、身体だけでなく心まで暖まる気がした。安心すると、嗚咽が続いた。
「まあまあ、大丈夫よ。寝るまで一緒にいてあげますからね…」鹿角の魔物は、泣く理由を問いもせず、壮年の男を抱き締めた。
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「エヴァンさん、起きたのね」「ん…」ベッドの傍の鏡で身支度するホワイトホーンが、目を覚ました人間に声をかけた。「ヒルダさん…あんたは本当に早起きで精が出るな」「それを言うなら、私の中に毎晩出てるじゃないの」「…こ、言葉の綾というものだ!バカを言うな!」
「まあ、冗談はこのくらいにして、そろそろ本格的に雪解けが始まってきたわ」「もう、あれから二、三ヶ月かいな?」「毎日楽しくて、あっという間ね」エヴァンは、ヒルダ…ヒルダガルデの毛皮の背を撫でた。ホワイトホーンは、人間の背中を震わせた。
「まさか、街に帰りたいなんて、今さら言わないでしょ?」「ああ、帰りたくても、ワシの家財も債権も、死亡扱いで今頃、"親戚"とか"友人"が仲良く分け合っとるだろうよ」「身軽になれてよかったわね」「代わりに、あんたのような、価値も体重も重いもん背負うことになったがね」「まあ、意地悪な人だこと」
二人は、軽く朝食を済ませると、雪かきを始めた。特に、屋根のへりの雪が解け始めると、不意の事故に繋がるのだ。とりあえず、粗方落とし終えると、日に日に長くなる太陽は既に真上から、彼らを見下ろしていた。
「昼餉にしましょうか」「いい時間だしな」二人は、協力しててきぱきと料理を作っていく。一人で暮らしているヒルダガルデはもちろん、エヴァンもケチで疑り深い性分からそれなりに料理はできた。
「いやあ、あんたのシチューが食えるだけで、この山に来た甲斐があったものだ」「まあ、嬉しい。エヴァンさんのこの野菜のチーズ焼きも、最高よ」「それは、グラタンと言ってな、ワシが昔家族で旅行に言ったとこ…」
彼の目は、どこか遠くを見ていた。「エヴァンさん…?」「なあ、ヒルダさんや…」「どうしたの、いきなり?」壮年の男は、節くれだった手で、恋人の手を握った。「まあ、情熱的…」「ワシの夢、一緒に…店をやらんか?」
「お店を?」「ああ…あんたも気に入るよ」
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エヴァンは、近くの池から混じりけのない氷を切り出した。それを載せ、ヒルダガルデはソリを引いて家に帰る。
「氷なんて、今さら珍しくもないでしょ?」「氷だけならな…だけど、こいつにこれをな」彼は、彼女の前で氷を溶かし、そこに潰した木の実の果汁を入れた。「これは、まあ、外でほうっときゃ良いとして…」
エヴァンは、牛乳の皿を氷を入れたボウルの中心に置いた。彼は、すぐさまかき混ぜる。すると、最初はさらさらと液体であった牛乳は、段々と粘度をましていく。「まあ!」「驚くにゃまだ早いぞい!」
かき混ぜる度に、牛乳は固まり、空気を含みふわふわと美味しそうになっていく。ヒルダガルデは、今や熱に浮かれたように完成を今か今かと、見つめていた。
「両親とアスラミスに旅行行ったとき、これほど美味しい食べ物がこの世にあるものかと思ったものだ…」彼は、練り上げた"凍った牛乳"を盛り付けて、ホワイトホーンに供した。彼女は、恐る恐る口に入れた。
素朴な甘さがした。かっこみすぎて噎せると、いつも飲んでいた牛乳は、凍らすことでより甘く、濃厚になった。気持ち良い冷たさ、新鮮な氷とは違う舌触りにすぐに空になった。
「…おいしかった」「かの国では、これを『氷菓子(ジェラート)』と言うんだ」「氷なんて、ここらじゃありふれてるのに…」「ところ変われば、価値も使い方もいろいろさ。さて、そろそろあっちも…」
エヴァンは、次に外から先ほどの器を持ってきた。中身は、当然凍っていたが…「果汁と氷を外に出したら、当たり前でしょ」「ここからが、腕の見せ所」彼は、一旦真っ赤に染まった氷を砕くと、同じようにかき混ぜてみた。
「なんか、変わってないんじゃないかしら?」「食べてみてから、もう一度言ってなさい」器に盛り付けられた、"砕氷"は色のついた雪にしか見えなかった。「じゃあ、いただきます…っ」
ジェラートほど柔らかさはないが、口に入れた瞬間すぐに解け、濃縮された木の実の香りが口一杯に広がる。シャリシャリと小気味のよい音を立て、ヒルダガルデはこちらも食べきった。
「どうかね?」「…どっちも、凍らせただけなのに、こんなに美味しくなるなんて」「ワシは、両親が生きとったら菓子作りになりたかった」「今からでもやりたいってこと?」「上手くいくかはわからんが…」
ホワイトホーンは、人間の頬に手を添えた。「二人一緒なら、大丈夫じゃない?」「ありがとう…」「…新婚旅行もかねて、氷菓子にしたら旨い果物や菓子を探しに行かないかしら?」「いいぞい!どこに行きたいかね?」「じゃあ…」
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人魚やサハギン、人間問わず照りつける太陽の下、海遊びに興じていた。そこに、特徴的な音楽が鳴り響く。「あっ…アイス屋さんだ!」子供達が、我先にとその馬車…鹿車に飛び付く。「こんにちはー!ジェラートはいかがかしら!?」鹿角の大柄な女は、柔和に微笑んだ。
「はーい!皆さん、十分に作ってあるから、順番にね」車を引くホワイトホーンを一回り小さくした、鹿角の少女が列を整理する。先頭の親子が、ふんわりと螺旋を描く甘味を心待ちにする。
「はい、お待ちどうっ」揉み上げが特徴的な、壮年の店主が手際よく氷菓子を作り上げ、提供していく。幸せそうな家族の姿に、満足げに頷いた。「おとうさーん!こんどは、6人前だってー!」小さな鹿は、男に呼び掛けた。
「まあ、エヴァナったら張り切っちゃって…」「誰に似たのかね?」夫婦は、ソルベの氷を砕きながら、談笑した。ベッガーズという名の氷菓子屋は、今日も繁盛している。
25/08/02 01:37更新 / ズオテン