連載小説
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セクション3
路地裏での事件から約2週間、ホワイトナイトはユラクチョのバー「不連打」で、ピーナッツをサカナに合成レッドアイを流し込んでいた。「マサキ、そんなかっ込まなくても、酒はなくならないだろ…」「ブハア、スマンな。どうしても、昔の癖ッてやつは抜けなくてな」傍らでは、フードを被った小柄な女がナッツ類をつまんでいた。

「お二人とも、いつ来ても仲がよろしくてうらやましい限り」バーのマスターは、シェイカーを振りながら話しかけた。「主人も今日は早いといいんですが…」「ブレンダ=サン、心配もわかりますが、ニシキ=サンは仕事人ですからね」着流しの男はバーテンダーに返答した。「それに、お二人の方こそ、会うたびお熱いじゃないですか?」

「ホントだよ、ワタシらも負けてられないよね♡」「オイオイ、口に食べかすつけて抱き着くんじゃねえよ」フードの少女、クリスはマサキの胸にほおずりした。「フフフ」その光景に、ブレンダも微笑んだ。

その時、店の扉が開くとともに、チャイムが鳴った。「ハニー!タダイマ!」「オカエリナサイ!」仕立ての良いスーツを着た初老の男が入ってきた。
「コンバンハ、ニシキ=サン」「コンバンハ!」マサキとクリスは男にアイサツした。「オオッ、二人は来ていたか!ちょうどよかった、話がしたくてね」

マサキ達は、ニシキの言葉を聞いてその背にいる人物に気づいた。「ハジメマシテ、マクノ・ソノフミと申します。ニシキ=サンの紹介で参りました」額の秀でた男は二人とマスターにオジギした。角度は100度であった。「ドーモ」「ドーモ」着流しの男とフードの女は110度でオジギを返した。バーテンダーのブレンダは、軽く会釈するとオシボリを渡した。

「さて、アイサツもそこそこにボクはペールエールにしようかな」ニシキはブレンダにウィンクしながら注文した。マスターは頬を赤らめながら酒を取り出した。「マクノ=サンは、何にしますかネ?」「私はそうですね、同じものを…」「オメガタカイ!最近の若い者は、やれ『トリアエズビール』とかチャントを唱えるようですが、こういうところではやはり昔ながらのエール!ズバリ、上部発酵で…」「…オッホンッ」ブレンダは咳払いした。

「アアッ、これはシツレイをば」「イエイエ、やはりナカリガワの部長ともなれば、一通りの目利きはできて当然ですね」二人のビジネスマンは互いに社交辞令を交わした。マサキとクリスは二人の話を遠巻きに眺めていた。マクノは彼らの視線に気づき、ハッと表情を変えた。

「ソウダ!ニシキ=サンに連れてきていただいたのは、もう一つ理由がございまして…」額の広い男は名刺を懐から取り出した。セイショナゴン・コスメティック経理部会計課課長マクノ・ソノフミ「これはどうもご丁寧に…セイショナゴン?」「…ヤッパリか」

マサキとクリスにはこの社名に見覚えがあった…二人は、互いの顔を見て、マクノに振り返った。(イヤな予感がする…)「オオッ、そうだった!こちらのマクノ=サンは何やら込み入った事情があるみたいでな…ホワイトナイト=サン…」ニシキは先ほどまでとは表情を変えながら話しかけた。

「その名で呼ぶということは…」「そうです。あなた方の事情、そしてうちの社内、それも私のいる会計課での怪事件…その解決ができるかもと、ニシキ=サンの口添えで…」ビジネスマンはそう言うと、汗ばんだ顔をオシボリで拭いた。

「マモノですか…」「ハイ…」マサキ、ホワイトナイトはマクノの顔を見た。年齢を考えてもくたびれて、むしろ憔悴しているといった状態であった。「マクノ=サン、ワタシたちが仕事を受ける前に詳細を確認したい」小柄な女、デジタルスクイレルは真剣な表情で言った。「では、事の経緯を私のわかる範囲でお答えいたしましょう…」

◆◆◆◆◆

5日前。ブンキョディストリクト、セイショナゴン・コスメティック本社8階、会計課。

「…つまり、グルニヤ=サン、君は職を辞すると…」「…」マクノと部下のグルニヤ・サブロは課長デスクを挟んで面接していた。「…もちろん、君をそこまで強く引き止めない、3か月前に行ってくれとも言わない…」「…」「ただ、理由だけは私に教えてくれないか…」

会計課課長は部下が口を開くまで待った。(…マケグミが一人消えたくらいで、そこまで大ごとでもない。代わりはいくらでもいる…問題はこの課に勤めるもので、どこまで知っているかだ…)この光景を主神が見ていたのであれば、ヤンナルネと言ったことであろう。マクノの懸念は主に会計課で知りえた、このメガコーポの社外秘や記録の隠蔽についてだけであった。部下を思っての言葉ではない。

「…天啓を得たのです」「ハア?」部下の言葉は、課長に思わず間抜けな声を出させるものであった。(…この男は何を言って)「イエ、表現が不適切でした…カミの導きというより、むしろの誘惑でしょうか…」「冗談も休み休み言いたまえ!私の時間をこれ以上ムダ「ニエはもう十分です」エッ?」

サブロのその一言が聞こえた瞬間、いきなり課内の電気がすべて消えた。「ナンダッ?」「アイエエエ!暗闇!?」「俺の資料…保存…」あちこちのデスクで悲鳴が上がった。「オイッ、誰か総務部に連絡したまえ!」マクノはとりあえず停電の方に注意を向けた。

「…課長」「そうだった、だが今は君にかまって…」その時!Clip-clop!暗闇の部屋内に、蹄鉄の音が響く…「…マが来ますよ」「何を言って…」

Clip-clop「ウワアアア…zzz」Clop「アイエエエ…zzz」Clop「モシモシ…総務部に…ハイ、ハイ…アッ、オソレイリ…zzz」その音は課長デスクに近づくたびに、課内の叫びを奪っていく。「…」「アイエエエ…」寝息以外が、サブロとマクノの呼吸音だけになったとき、蹄鉄の主の輪郭が見えた。〈影〉は人間のそれに近いが、下半身が膨張しているようで、頭頂部から何らかの突起が見えていた。

「…課長」「…?」サブロが口を開いた。「…オタッシャデー…もう会うことはないでしょう」「何を言って…」ヒヒヒヒーン!ウマの嘶きが聞こえると、サブロと〈影〉は消えていた…会計課にはマクノと昏倒した部下だけが残された。

◆◆◆◆◆

「…ということがありました」マクノは、拭う先から汗を吹き出させて語り終えた。「ホワイトナイト=サン、デジタルスクイレル=サン、これをどう見るね?」ニシキはエールを一口飲んだ。

質問を受けた二名はお互いの顔を見て、頷いた。「…オレはそんなにマモノには詳しくないので、なんとも…」「ここは、ホワイトナイトに代わってワタシが考察しよう。」デジタルスクイレルはマクノに視線を向けた。

「ちなみに、会計課の部下たちは今は?」「全員病院に…まだ目を覚ましていません…」マクノはおずおずと答えた。「…ワタシのマモノ知識から考えると…その部下、サブロ=サンは不眠症でしたか?」「エッ、ナンデ、分かったのですか?」

「フーッ…」「その顔、アタリがついたようだな」「アアッ、そして大分ヤバイ…」ホワイトナイトの言葉に、デジタルスクイレルはいつになく真剣に答えた。「『人間とマモノ』との差は何だと思うかい?」「毛がふわふわしてるかどうか、じゃねえのか?」ナッツ菓子を無造作に口に入れる少女は、傍らの人物に質問した。男は、小柄な女の尻尾を撫でながら、質問に答えた。

「ンンン、まあ当たらずとも遠からずかね…」女は、恋人の手の感触に酔いしれながら言った。「ただ、ワタシが言いたいことはそうじゃない。大きな違いは、生物学的にもそうだが、魔力への適性の大小だろう」「魔力ね…」男、傭兵は着流しのオビに佩するカタナに目をやった。そのワザモノは、なんらかの力を帯びているように見えた…

「もう一つ言えば、ワタシらは肌の色どころじゃないくらい、民族…インヤ種族で文化習俗、生活習慣もバラバラだね」「確かにな、キミのちんちくりんさと、デボーチャリー=サンの体形は全然違うもんな」「どこ見て言ってんだよ…」青年はマスターと少女を交互に見ていった。少女は青年の言葉に不機嫌になった。

「…ワタシが言いたいのは、例えば、ワタシの一族〈ラタトスク〉は見ての通りリスめいた生態をしてる」(確かにさっきから、顔がだんだん風船みてえになってるな…)男は、女が先ほどからその頬にナッツをためていく様を見ていた。

「そして、そのデボーチャリー=サンは、酒に詳しいし、文字通り酒を浴びるように呑んでる。それが彼女の属する、サテュロスの大きな特徴の一つさ」ラタトスクは別の菓子袋を開けながら言った。ブレンダ、デボーチャリーとニシキはそれを聞いてくすくす笑った。「冗談はこれくらいにして、今回の〈ターゲット〉の種族にアタリはついたんだな、スクイリー?」「本当ですか!?」マクノは食い気味に聞いた。

「アア、これでもラタトスクは情報通で通っていてね。そして、キミよりはマモノには詳しいからね、キーワードは〈ユメ〉と〈不眠症〉…そして〈蹄鉄の音〉」「…そんだけでわかるのか?」「そうさ。そしてソイツはおそらく…〈ナイトメア〉だ」

「〈ナイトメア〉…」マクノはその名前を繰り返した。「Nightmare、直訳すれば、悪夢。分解すると、『夜』と『雌ウマ』」「蹄鉄の音、あの下半身…」マクノはデジタルスクイレルの言葉に、あの日の〈影〉を思い起こした。
「悪夢とのイクサか…」傭兵は相棒の挙げた名前にフキツを感じた。そして、それは「現実」となる…

セクション3終わり。セクション4に続く
24/05/18 19:50更新 / ズオテン
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