連載小説
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禍福は糾える縄の如し(後編)
 飢えとは、病の友であり、死出の第一歩、そして富への原動である。人は飢えると、元気がなくなり、病に落ちる。人は飢えると、動けなくなり、自ずと死に向かう。飢え、病み、死すは貧ずことと相関わるものだ。『鯀林師太平経』序文より

 「…なるほどな。つまり、趙衙平は都尉代として綱紀粛正を掲げながら、賄賂を受け取っておったか…」「はい。下男や女中の噂話を盗み聞き、また証拠としては、趙の帳簿係からこちらをくすねて参りました」立派な絹を着込んだ、見事な鬚の男は、目の前のみすぼらしい者から竹簡を受け取った。

 「褒美を取らす故、しばし待て」「お大尽様、わたくしは人のため、国の助け、天下の役に立てるだけで十分にございます」「なんと…趙なんぞより貴君が官に任ぜらるべきよな」「わたくしは、今の暮らしが性にあっております」

 この男、まるで乞食のような格好だが、会話の相手は県令である。すわ、彼の者は世を忍ぶ密偵なるや。姓は楊と言う。不思議な力を備えていた。

 彼は、金や家を持たぬが、物は必要なだけ手に入った。死に瀕する人を心安らかにさせ、時には死の淵より戻したこともある。思うがままに病を得て、人々から関心を買ったり、死人のように顧みられなく成れた。

 何故か?楊は、三柱の女神と契りを交わした。死神、福神、疫病神。彼女らの呪いは、使いようで如何様にも役だった。

 「何より、おっきな胸が合計六つもある。こんなに幸せなことはない」「はあ…あなたは飽きないのかしら」楊は、青白い死神の長い胸に埋もれた。両手は、金色の乳房と毒々しい膨乳を弄る。

 「ふう…某ちゃんはほんとうに私達のお胸にご執心ねえ」金精は、お返しに青年の髪を玩んだ。「勿論、活さんの明るい笑顔とおおらかさ、輝く瞳も大好きさ」「まあ、お上手」

 「私の引き締まった胸も悪くなかろう?」病んだ武将は、自慢げに手を引いて厚い胸に押さえつけた。「疫さんのしなやかで、コシのあるおっぱいも最高だよ」

 楊は、廃寺を手直しして住むようになった。古い経典が雨風にさらされ、滲んでいた。彼は、紙を溶かして濾き、障子に再生した。竹簡は、柱や梁の修繕に使った。

 朝早く起きて、井戸を汲み、庭を掃除する。飯炊きは当番制だ。死有文は干した果物や肉と粥、活無常は汁物と小麦の焼き物、疫鬼は炒め物が得意だった。楊は、膾や焼き魚をよく振る舞った。

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 ある日、市場へ物々交換に向かうと、そこには全く品物が無かった。楊は、行きつけの乾物屋、全に話を聞いた。「へえ、北の方から猿の化け物の群れがやってきやして、あっしらの食い物全部盗んじまいやした…」

 由々しき事態だ。彼は、飢えても死にはしないが、空腹は感じる。日々の糧なくば、活気もなくただ辛うじて息をするだけになってしまう。

「まあ…きっとそれは魃の仕業でしょうね」死神は、思い当たることを口にした。「魃?何だい、そりゃ」「旱神(ひだるがみ)、つまり作物を枯らす悪神ね」福神が返答した。

 「何てこった…じゃあ、食べ物はもうダメか」「いや、まだ何とかなるだろう。奴らも、物を食べなければ生きてはいかん。きっと、食糧庫にたんまり溜め込んでいるはずだ」疫病神は、瘴気を固めた鎧に身を包んだ。

 「某甲、町の連中を飢えさせたままにはせんだろ?」「勿論さ、まあ、出きれば穏便に済ませたいけどね」

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「敵襲だー!」「大変だー!」ここは、係昆山と呼ばれる、カク猿の支配する王国だ。猿人達は、木を跳び、崖を登り、尾根を駆けて、襲撃を知らせていく。

 「姉御、いかがしやす!人間共が仕返しにやってきたみてえです!」首領の側近であろう髪が一部白くなったカク猿が、岩の玉座に座る山の大王に報せを持ち来る。

 「通してやりな」「冗談じゃねえですよ!数でも力でも、毛無し共に敗けやしませんぜ!?」側近は、猿の大将にすがり付くように近づく。

 「勘違いするない!アタシらがメシをくすねたのは、人間共と手打ちする材料だっつんてんだ!先に襲っちゃ纏まる話もねえだろが?!」しかし、その手は払われた。

 「そんな、あね…」「「うわーっ!」」その時、護衛のカク猿達が穴蔵に吹き飛ばされて、入ってきた。「…なんだったんてんだい!?」二人は、入り口を見た。

 そこには、四人組がいた。一人は若い男で、後は化生の類いであった。「あんたが大将か」「おいおい、外の連中はまさか、たったこれっぽちにヤられたなんて言わねえよな?」

 「雌猴よ、残念だが、懸念の通りだ」病的な女武将は、戟を構えた。他の二人は、呪符と弾弓(パチンコ)を構えた。「大人しくすれば、痛い目を見ずに済むぞ」彼女の得物からは、毒々しい妖気が放たれた。

 「…あっ、ダメ…」側近のカク猿は、顔と尻を発熱と欲情で真っ赤にして倒れた。「ふん、少しゃホネが有りそうだね」「あのう、できれば、食べ物を返してくれれば、僕ら帰りますよ…」男は、仲間と大将の間に割って入った。

 「いいぜ」「本当ですか」猿人の女王は、真っ赤な毛並みを文字通り燃やして、嗤った。「てめえみてえなかわいい毛無野郎を探してたんだ…アタシとタイマンしてくれないかい?」

 「待ってください…某甲さんは戦いは…」「人間とカク猿じゃ、勝負にならないでしょうよ」漆黒と黄金の二人は抗議した。「そうだ、こいつは文弱な小僧だぞ。お前みたいな腕っぷしでのしあがった奴相手では、万に一つも勝ち目はない」

 「みんな、好きに言ってくれるね」楊は頭を掻いて、苦笑した。「へえ…随分気にかけてんだ?」カク猿は、にんまり笑った。「じゃあ、正々堂々ノシて、アタシの家来にしてやんよ!」真っ赤に燃える欲望を露に、彼女は青年に襲いかかった。「やれやれ…」

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「あー…ソコ、深いぃ」女王は、両脚を持ち上げられ、楊に貫かれていた。重さに耐えかねるように垂れる乳房を吸われながら、彼女は火勢を全開にした。

 「おいひいでふよ…」「ああ…それ以上は…」青年は、嘆願を聞き入れず、彼女の乳首を吸い付くさんとばかりに苛んだ。「あひいぃぃぃ…」余りの吸引に、魃(ひだるがみ)は身体を震わせて失神してしまう。

 三人の妖魔達は、物欲しそうな視線を彼に向けていた。「ふう…」楊は、少し柔くなったそれを引き抜くと、手招きした。「おっぱいは、いっぱいあった方が楽しいよね!」

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 魃を討伐し、干魃を沈静化した楊某甲は、古寺を改築し、「鯀林庵」とした。四体の妖怪を従え、その力を身に宿した彼はいつしか「鯀林大師」として、人々から頼られた。

 「父様…」「お父さん」「父上」「オヤジ」若い娘達は、白髭を蓄えた仙人を思い思いに呼んだ。「どうしたのかの?」「「「「私(アタシ)達、結婚します(する)」」」」

 鯀林に老仙あり。自ら称して、楊某甲と云う。泰然自若を道に、草木と戯れ、四つの教えを伝えけり。一つ、活きるは飢える也。一つ、争うは病める也。一つ、老いるは富める也。一つ、死ぬるは極める也。

 四つの厄神娶り、四道はその娘とぞ現る。四人の高弟と結びにけり。
 
 一人は農人に嫁ぐあり。是、天師教が始まり。「人は毛無しの猨。即ち、小賢しい獣であるから、日々の糧と飢えを顧みよ」

 一人は将軍と添い遂げる。是、禅拳団が興り。「人は誰しも如何なるか病人。なればこそ、鍛練と武術を怠らず、自らと同胞(はらから)を健やかにすべし」

 一人は商家に輿入れす。是、生意会が成り立ち。「人は貧するも富めるも、千秋生きる日々の積み重ねなり。商うは秋なう(収穫)と知れ」

 一人は仙人と鯀林に残る。是、鯀道の礎。「人は死ぬるを避けること能わず。無為も有為も、死に帰する。皆同じ地を目指せど、旅路は当人の思うがままであれ」

 大師は子を送り出し、四人の公主と生くる。曰く、「生は楽しむに短く、苦しむに長し。せめて心と体を安んずと欲す者あらば、豊かな乳を与えん」
 
25/07/30 21:19更新 / ズオテン
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■作者メッセージ
鯀林大師:楊某甲とも。おっぱい星人を極めて、哲学にまで昇華した。

疫鬼:筋肉質だが、しなやかな胸を誇るペイルライダー。胸部の膨満と母乳の分泌が起こる奇病、「乳淋病」の化身。

魃(ばつ):重量を感じさせる垂れ乳の、燃えるカク猿。実は、古代の皇帝の直系とも言われる。食い意地が張っていて、食事を「朝に三つ夜に四つより、朝に四つ夜に三つ」と約束しつつ、つまみ食いをよくする。

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