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第三章 征服者と魔神 その6~二人のダウード~
ダウードの治世初期は、至って堅実であった。父親のカリムの政策を引き継ぎ、内政重視かつ軍縮、最低限の外交でひたすら内向きであった。

スンヴュル・パシャをララ(じいや)と呼び、表向きは彼を重用した。内閣は、先帝の無関心から宰相の人事権の専横を招き、もはやパシャなくては回らないからだ。

そして、ダウードは即位1ヶ月を待たず、玉座を退くこととなった。先日産まれた異母弟派による反乱か?あるいは、スンヴュルによる工作か?どちらでもなかった。

彼をその地位から引きずり下ろしたのは、直接的にはカリムである。だが、彼の意思とも言えぬ話であった。なぜなら、ケマル帝国と主神教勢力の西大陸との間で紛争が勃発した。軍部は、未だに先帝に信を置いていた。その手腕が必要とされているのだ。

多島海(タクマダラール)は、西の言葉ではアスラミスと呼ばれる。島々は、独自に勢力を作り、危ういバランスのもと冷戦状態となっていた。しかし、東帝国からの管理者と守護者の称号を引き継いでから、海軍はもっぱらアスラミス海域の哨戒に当てられた。

東帝国は、この不良債権じみた地域を体よく押し付け、更には海軍に負担をかけたのだ。停戦期間中に、彼らは宗派対立していた、西の教国群と密約を結んだ。「魔王軍の攻勢が止んだ今こそ、アスラミス諸島の信徒を異教徒の手から救い出すのだ!」連合軍の盟主、パンガーン国王の言葉である。

分散した海軍が各個撃破される中、軍部はスンヴュルに唆され、カリムの復権なくば事態の打開は難しいと事実上ダウードに不信任を投じた。内閣は、パシャに追従し戦略会議すらままならぬ有り様であった。

「バヒージャよ、僕はこの文書に判を押すべきかな?」彼は、「七ヶ条の上申書」をジーニーに見せた。軍部の意見書のようでいて、7つ全てが「ダウードよりもカリムが必要だ」という内容を繰り返していた。

「御主人様は力不足、と言われてるみたいで、不愉快ですね」「だが、新軍をまともに掌握できてないのは事実だ。それに早く決めねば、民にも被害は出る」「雌伏の時…そうお考えですか?」ダウードは、執務室の窓から帝都を中庭を眺めていた。

「僕は、ケマル帝国はもはや、我々エトラク人のものではないと考える。いや、そもそも、民族、宗教、あるいは種族すら関係ない。ただ、"帝国"のもとに煮込まれ、溶けて一つとなるべきじゃないかと思う。ラーレ(チューリップ)は何色だろうと、ラーレという括りになるように」

「また、果てしなき話でございますね」バヒージャは、書類をまとめ直して答えた。「御主人様は、東帝国を打倒し、母君を取り返される夢は失くされたのですか?」「いいや。むしろ、この構想は母上を取り戻し、とジュスティニアニィーエ(東帝国首都)を我が手にするために必要な措置だよ」

彼は、徐に家系図を取り出した。「国内には、エトラク以外にも、複数の君侯国と部族がいる。その中で、アマシポリは特異だ。かの女王は、僕の伯父"ダウード"を婿に取る。言わば、外戚に当たる」「そういえば、アマゾネスは正規軍に次ぐ、精鋭でしたね」「僕は退位するが、条件として、彼女らを援軍にしてもらおう。伯父上も、弟と甥の頼み、国難に協力してくれよう」

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ダウードは、赴任地に戻るやいなや、早速150ミール離れたアマシポリ山中に向かった。僅かな手勢と供の者だけで、彼は霧深い中を進んだ。

林を掻き分ける音がし、そのすぐ後、「殿下、危ないです!」ウッディーンが、主を庇い突き飛ばした。彼の目線のすぐ下に、矢が射ち込まれた。倒れたダウードを、バヒージャが助け起こした。

「止まれ!貴様らは何者だ!?」男より高く、少年より低い声が、彼らを誰何した。「答え如何では、痛い目を見るぞ!」「おのれ!殿下に…」「ウッディーン…よせ」「しかし…」廃帝は、護衛を横に退かせ、前に進み出た。

「アマゾンラールの戦士とお見受けする」「そういう、貴様はいったい何者だ?」ダウードは、脂汗をたらし、声の方に顔を向けた。「我が名は、ダウード…ダウード2世」「な…では、女王陛下の旦那様の…」「親族だ」「…それが本当だとして、証明できるのか?そもそも、何しに来た?」

廃帝は、ウッディーンとバヒージャの顔を交互に見た。二人は頷いた。「帝国全体の危機、ひいては、貴女方の危機なり。どうか、お目通りを許して欲しい」

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「女王陛下、わたくしはダウードと申します。王配殿下の不肖の甥にあたりまする」ダウードは、片膝をついて、一礼した。

女王アマシスは、彼をしげしげと眺めた後、息を吐いた。「ケマル皇帝殿が、妾の所領になにがしか用がございましょうか?」「わたくしは、既に皇帝を退いておりますれば、ただの一皇子でございます」「左様か」

「ケマルの息子か…しかし、では、またケマルがパーディシャーに返り咲いたということか?」伯父は、彼の話を咀嚼した。「おっしゃる通りです。親不孝にも、わたくしめの至らなさが、父に再びの苦労を…」

「なるほど…」ダウード"1世"は、彼の語る様を観察した。(嘘は言っていないが、ここに来た理由たりえん)「では、改めて問う。何故、殿下はこの山奥のみすぼらしい村落を訪れられたのか?」アマゾンの女王は、油断なく青年を見据えた。

「西より主神教の大軍が押し寄せております」「我らの兵を借りたい、そうおっしゃるか?」「大意はそうでございます」アマシスは、顎に手を寄せて沈思黙考した。

「かつて、この国が内乱に落ちた時、二代前の伯父上が平定した。アマゾネスは、即位までを戦い抜き、勲功一位と聞き及んでおります」「お褒めに与り光栄だが、協力を仰ぐのであれば、皇帝もしくはその代理者にお越しいただかねば。見たところ、貴方は名代として来られたわけではないようだが?」

「…伯父上と話をしてもよろしいか?」ダウードの言葉に、アマシスはもう一人のダウードを見た。彼は頷いた。「聞こう、ケマルの子よ」「わたくしは、父を超えねばならない。あなたの弟を、そして、祖父上のバヤズィトを…」「ふむ」

「そのためには、挙国一致するだけでなく、人間のみならず種族の垣根を越えて、帝国を一つにする所存です」「出来るのか?」「貴方には、出来た。だから、貴方の知恵をお借りしたい!」青年は、平身低頭した。

女王と伯父は、顔を見合わせた。側仕えと思われる女は、薄桃色の魔力を帯びている。彼女は、同じように頭を下げていた。二人は、ダウード2世との魔力の繋がりを見た。彼らは、若武者ウッディーンを見た。彼もまた、膝を屈した。「…」「顔を上げよ」アマシスは、促した。

「女王陛下…」「貴方はまだ若い。しかし、その覚悟はわかった。貴方を慕う者もいるようだ」「はい」「夫の甥は、我が甥も同然よ。アマゾネスの力、しかとご覧じろ」「…ありがとう、ございます。義伯母上!」

若きダウードのもとに、古きダウードが近づき、彼に手を差しのべた。「皇子よ。お前の伯父は、もう一人おる。そちらにも、一度顔を見せてやれ」「伯父上は、一緒に来られるので?」「私は行けない。アマシスの側を離れるわけにはいかぬし…今さら、顔を合わせることもできんだろう」彼の声と表情には、後悔の念が含まれていた。
25/07/02 16:05更新 / ズオテン
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