連載小説
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セクション1
かの〈Y2K〉以降、世界の在り方は大きく変化した。磁気嵐が世界を覆いつくし、既存のインターネットインフラは崩壊し、今や満足に飛行機で国同士を行き来することすら難しい有様であった。

日本列島もその例にもれず、21世紀の明るい未来は閉ざされた。残ったのは、20世紀の再利用できた情報網と歪に進化したテクノロジーの残滓であった。そして、都市の闇には、〈マ〉が潜むようになった…〈Y2K〉と同時に、こちらの世界に侵入し始めた、名伏しがたき怪物たちが…

だがしかし、世界が変わろうと、時代が移ろうと、人間の営みはそう大きく異なりはしないものである。そして、人々はそういった危険から逃げるように、日々の生活に追われていた。

「安い、安い、実際安い」「まだ飲んでいない!?コンブ・クール味!」「88日、今なら新茶は大サービス」広告用ツェペッリンの宣伝音声が、街の喧騒にBGMを加える。ここは、日本の新首都、「ニュー・トキオ」だ。〈ニュー〉があれば、〈オールド〉もあるだろう。そちらは、内陸部に追いやられていた。この都市の大部分は、近海を埋め立ててできたものだ。

「過払い金、ヤクザ、隣人トラブルならキノモ法律相談所へ!」「IRC-SNSトップインフルエンサーの教える『良い』が絶対もらえる動画…」「謎のニューアイドル、その羽根はサイバネティクスかバイオ技術か!?アイ・マイ・ミー子、ニューシングル!」都市を埋め尽くさんと林立するビル群の壁面からは、それぞれの物件を象徴するホロ・広告が歩行者に立ちふさがる。

そんな街中を一人のくたびれた男が、どこへ行くでもなく歩いていた。横を通り過ぎる人々も、サングラス型端末や携帯機器に夢中でなければ、この男の異様な顔に気づいていたに違いない。なぜなら、彼の目元には深く刻まれた隈があり、頬はこけてホラー映画の幽鬼じみていた。しかし、最も奇妙な点は、男の表情はどこか恍惚としていたのだ。

彼の名は、グルニヤ・サブロ。とある会社の、取るに足らないマケグミ社員であった。男は路地の暗闇に、何らかの人影を見つけたのか、足早にそこへ入っていった。これを読んでいる方に、もし異常聴覚や魔術の心得があれば、なんらかの足音、いや、蹄鉄の音…それが聞こえたことであろう。

サブロはまるでユメ心地といった感で、その狭い路地をふらふらと進んだ。そして、あるシルエットを認めた。しかし、それは彼の期待するものとは、大きく異なった。その影は、涎を垂らす。「バウッ…バウフフ…」退路を断つように、背後にも気配。「フルル…」男は一瞥する。どちらも背格好は似ており、オブシダン色の毛皮と黒褐色の肌をしていた。ナムサン、マモノだ!

「ダメだよ…こんなところに独りで」「そうだよ…アタシらみたいな変態双生異常切裂フェティシストの餌食に…なっちゃうんだからネ?」後ろのマモノが言った。くたびれた男はしかし特に気にも留めていない。やがて二人は舌なめずりした。そして片方がその鋭敏な嗅覚で、男の品定めを行った。「姉さん、コイツ、独り身だヨ」「素敵だ…」「ドーモ。オルトリストです」「ドーモ。オルトレンドです。」

「…ドーモ。グルニヤ・サブロです」会社員はアイサツに応えた。「サブ…ロ…(訳注:三番目の子供の意。)」「お兄さんが二人…いるのか?」「今日からアタシらが、年の離れた長女と次女になって、2人でケルベロスになろうネ…」双生通り魔マモノは身を沈め、同時に襲い掛かった。「「イヤーッ!」」

ナムアミダブツ…この二名はマモノ、それも特に危険な部類であった…イヌ科動物めいた耳、真っ黒な双眸、そこからあふれる地獄の業火、しなやかだが筋肉質な全体像、腹筋の割れた腹、そして黒褐色の肌。サブロはもちろん知らないことだが、魔物娘図鑑その通りの姿で、眼前に存在する!ヘルハウンドである!

おお主神よ、寝ておられるのですか!?この男の運命は正に、ロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドである!その時!『Take this!』くぐもった電子音が、裏路地に響き渡った。サブロの後ろにいたヘルハウンド、オルトレンドはそれに振り返った。何とドローンが中空にホバリングし、何らかの飛翔体を発射したのであった!

「妹、そんなもん引き裂いちまえッ!」姉、オルトリストは叫んだ。「イヤーッ!」ヘルハウンドの鋭利なツメにかかれば、たとえ大型猛獣ネットであろ簡単にナマスになる!しかし、マモノの姉妹はそこに気を取られ、コンマ1秒別の闖入者の存在に気づかなかった。

「イヤーッ!」「グワーッ!」サブロには一瞬のことで、辛うじて白く色のついた風が後ろから吹いてきたのを感じられたのみであった。「妹!」オルトリストは襲撃者の方に向き直り〈戦技〉を構えた。その足元には、オルトレンドが地面と平行に飛んできた。「イヤーッ!」妹のマモノは、すぐさまウケミを取り体勢を立て直した!

「ナニもんだ、テメエら?」「アタシらがマモノだって知って、ケンカ売ってんのか。アーン!?」ヘルハウンドたちはドローンとおそらく人間を誰何した。「…エッ?」会社員の方は、ようやく自分を助けた者が着流しに古ぼけた白いコートを羽織った男だと気づいた。

『マモノだろうが、人間だろうが、同意のないナンパはダメだよ』ドローンのスピーカーからは甲高い声、おそらく女性のものが聞こえた。着流しの男はそれにうなずいた。手には鞘に収まったカタナが見える。「ベイブの言うとおりだな。キミらはちょっと強引すぎた。そっちのカレを見ろ、怯え…てねえが困惑している」

「フン!誇り高きヘルハウンドの〈狩り〉に口出しするとは!」「姉さん、とりあえず、トッチメヨウ!」「ドーモ。オルトリストです。痛い目見せてヤンヨ!」「オルトレンドです」マモノたちはアイサツした。アイサツにはアイサツで返さねばならない。魔物娘図鑑にも書かれている。

「ドーモ。ホワイトナイトです」『ドーモ。デジタルスクイレルです。』おお見よ、サブロを救った者たちもまたマモノであったのだ!イクサの火蓋が切って落とされた…

セクション1終わり。セクション2に続く

24/05/15 18:33更新 / ズオテン
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