連載小説
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セクション3
 この場には6人いる。最初に気づいたのは、他ならぬ〈電脳栗鼠〉であった。
彼女の鋭敏な聴覚は、本来、そこに誰かが近づけばコンマ1秒の遅れもなく、発見しできるはずであった。(何らかの魔術的隠匿か…)女はそう結論づけた。
 思うが早いか、彼女はすぐさま、タイピングに移った。「…お願いだ、マサキ…どうか気付いてくれ!」嫌な予感がする。そして数分もしないうちに、それは確信へと変わる。
 
◆◆◆◆◆

 向かい合った両者、ビジネスマンと傭兵は互いの名刺を確認した。ナカリガワ商事総務部部長シンテル・ニシキ。(なるほど、これはまた「内々に処理」ってハナシか…)
 「それでは改めて、ヨロシクオネガイイタシマス」「コチラコソヨロシクオネガイイタシマス」二人は再度お辞儀した。「単刀直入に言えば、わが社の社員、もっと言えば私自身が、何者かに監視または追跡されているのだ。」ニシキは苦々しげに話した。
 「それはそれは、また穏やかじゃない話ですね。」マサキは月並みな答えを返した。「では、こちらも前置きをせず報酬について聞いてもよろしいですか?」
 護衛は、不躾だとでも言いたげに、口を開こうとした。ニシキが手で制した。
 「100万、それも旧紙幣では如何かね?」口は笑みを作ろうとしていたが、目は笑っていない。しかし、交渉は基本的に〈電脳栗鼠〉の役目だ。「わかりました、ではあとは〈電脳栗鼠〉の意見も…」「その君のお仲間だが、先ほどから無言で、ドローンに障害でも起きているんじゃないかね」
 言われて振り返ったその時、青年は気づいた。ドローンのライトが明滅していた。どうしたのだろう、本当に故障か?しかし、そのライトの明かり方には見覚えがある。(ウ……エ……タ…ダ、ウエダ…?)恐る恐る、首を動かす…
 何もいない。「オイッ、こんな時にふざけてないで…「ウワーッ!」エッ?」護衛の一人が、倒れている。その上には、馬乗りに跨るナニカ、いや何者かがいた。「ナンダ?!いつの間にッ?」ビジネスマンは怯えた。すぐさまもう一人の護衛が、懐から武器を取りだす!それは、非殺傷用の拳銃、M57タケサキである。仲間に当たるのも気にせず、数発のゴム弾が発射された!
 『マサキ!これでは、値段交渉どころじゃない!今すぐ、依頼人とともに逃げたまえ!』いつもよりノイズの強い音声が、浮遊物から発せられた。「オイオイ!お前の地獄耳で先にわからなかったのかよッ!?」『それはッ、とにかく急げ!』
 発砲音が続いた後、叫び声がこだました!マサキは、これ以上質問しないことにして、腰を抜かしたニシキに向き直った。「とりあえず、アナタを安全なところまでお連れ致します!」傭兵は、手を貸し、方で男を助け起こした。(とりあえず、あの扉だ!)青年は、ドローンにライトで先導させ、夢中で走った
 とにかく、部屋の出口へと二人三脚の状態でたどり着いた。このまま逃げるだけだ。(…イヤに静かじゃないか?)銃声は鳴り止んでいた。振り返ると、襲撃者はいなくなっていた…護衛の二人はすでに気絶しているようであった。(どこ行きやがった…いや、考えてる場合じゃない)とにかく逃げなくては…
 謎の襲撃者を警戒して彼らは移動を開始した。それを追跡する、謎めいた影、そのナニカは嗤っていた。「ンフフ…💚」

◆◆◆◆◆

 「「ハアーッ!ハアーッ!」」息も絶え絶えの男二人が、非常階段を下りていた。『シャキッとしたまえ!それでもタフな傭兵会?』ドローンは小言を言いながら、下の階を照らしていた。
 「ハアッ!しかし、ケンネイさんだったか?これでほんとに逃げられるのかね!?」依頼主は、恐怖と疲労から弱気なことを聞かずにはおれなかった。「心配せずとも、相棒の耳なら絶対風の音を聞きつけられます!」傭兵は、安心させるため、あとは相棒の名誉のために、自信ありげな表情で答えた。
 「しかしだねエ、君?先ほどその相棒は、襲撃者が来るのを聞き逃していたよ。本当に信用に足るのかね?」ニシキは恐怖を苛立ちに変えて、反論した。ムッとしてしまったが、確かにその通りだと、マサキも考えた。「あんまり悪く言いたくないけどよ、どうして今日は奴がいることがわからなかったんだ?」彼は、思わず質問した。
 『……』ドローンは沈黙で返した。「まあ言いたくねえってなら、無理強いは『信じてくれるかい?』…?何をだよ?」青年は質問の意図を図りかねた。
 『……』また沈黙が場を支配した。依頼主は、ここで留まることにいら立ち始めていた。「もういいから早く行こうぜ」マサキも急かした。
 『ワカッタ!ワカッタ!答えるピーピョロピョロ!ピー!「「『?!』」」
その場に似つかわしくない音が響き渡った。
 全員が会話を中断して、急いで下階に走った!だが、おお主神よ!彼らよりも上からの足音、そして笛の音が速く追ってきている!『仕方ない、近くに倉庫だった小部屋があるみたいだ!この階でやり過ごそう!』〈電脳栗鼠〉はナヴィゲーションを開始した。マサキも首肯した。
 数秒後、全員は使われなくなった倉庫に入った。鍵などないので、急ごしらえのバリケードを仕立てた。小部屋にある、ところどころ塗装の剥げた書類棚、簡素な机、信楽焼の狸、そんなものだ。笛の音はどんどん近づいてくる!男たちは息をひそめ、ドローンはホバリングを停止し着陸した。
 そして、この部屋の扉で音は急に止まった。もちろんこの場には、警戒を解くものは誰もいない。マサキは目を凝らし、ニシキは先ほどの件から天井を挙動不審に見上げた。〈電脳栗鼠〉は、ドローンの先で音に集中した。その時である!
 笛の音がまた聞こえた…しかも部屋の外ではない、中からだ…。マサキは、錆びて満足に動かなくなった歯車めいて、ゆっくりと振り返った。そこには人影がいた。
 否!笛の音の主は人間ではない。ワインレッドの色艶のいい髪の横から巻き角が顔を出し、手袋に覆われた手には角笛。だが、何より大きく胸元を露出した服、女性的な上腹部のくびれと腰のカーブのコントラスト。
 この場の全員を惹き付けて離さない魅力がそこにはあった。下半身に至っては裸であった。だが、人間のそれとは言い難かった。髪と同じ葡萄酒めいたワインレッドの体毛、足に至っては山羊じみた蹄!マサキやニシキにはあずかり知らないことだが、魔物娘図鑑を愛読の諸氏には、この姿から当たりがついていることだろう。サテュロスである!

 「エッ…」ニシキは恐怖に支配された。「サテュロス…マモノナンデ?!」マサキは腰のカタナに手をかけた。(ヨーカイ?よくできた仮装か?いや、あの身体能力、二人の武装した護衛を無力化…マサカ…)
 『…!やれやれ、いつか仕事を続けていれば、こういうこともあるかと覚悟はしていたが、まさかこんな早くになんて…」〈電脳栗鼠〉の声は予想していたように聞こえた。
 「オイ、キミは何か知っているのか、あの…ヨーカイ…『マモノだ』何?」
傭兵は戸惑った。『とにかくッ!依頼人を守らなくては!」「!」マサキは臨戦態勢に移った。腰を抜かしたビジネスマンをその背に隠し、刀を構える!
 女ヨーカイは出方を考えあぐねているようで、まだ行動には映らない。こちらが機先を制したいが、しかし、依頼人を放ってはおけない!そう思った瞬間、聞きなれない声が響いた。
 「こんにちは。私の名前は、〈放蕩〉というんです。」女に見えるナニカは、よくとおるアルトソプラノの声で話しかけた。「放蕩…?」傭兵は、思わず声に出した。まだ夜は、始まったばかりであった…

セクション3終わり。セクション4に続く
24/05/09 20:45更新 / ズオテン
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■作者メッセージ
思ったより一セクションが長くなったので区切ります

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