ティータイム ラバー
翌朝。
通学途中に二駅のみ利用する電車の中、少年…黒川タクトは昨日の出来事を思い出していた。
空から降ってきた少女、フシギノクニなる異界、魔法…どれ一つとっても現実感がなく、全て自分の夢か妄想だったのではないかと何度も思った。しかし、彼女に持たされた銀の懐中時計だけは確かに手の中にあり、そしてその恐るべき機能を知れば嫌でも信じざるを得ないのだ。
「……。」
ポケットの中には昨日貰った例の時計がある。アリスからは肌身離さず持っているように言われたが、むしろどこかに置いておく方が恐ろしかった。
一駅目のドアが開き乗客が乗り込んでくる。たまたま目の前に来たのは見知らぬ女子学生。
ふと思う。昨日彼女がやってみせたのを最後に、この時計を人間に試したことは無かった。
(今…試してみようか…)
いざという時の為、ちゃんと使えるのかどうかを確認しておかなければならない。
これまでにない緊張感とともに、ポケットの中の銀時計に手を伸ばす。指先のみでボタンの位置を確認し、押した。
ガチリ…
昨日も聞いた特徴的な音が鳴り響き、世界が停止する。
直前まで絶えず移り変わっていた窓の景色は固定され、同時に聴きなれた車輪の音も消える。
勿論目の前に立つ人物も…。
「……。」
そっと手を伸ばす。
最初は鞄、そして衣服…。反応は無い。ついには指先へと触れてみるが、やはり動き出す様子は無い。
昨日アリスが使用した際、彼女と共に自分は動くことが出来た。故に、止まった時間の中で任意の人間を動かす機能があるのではないかと考えたが、どうやら時計に触れながら対象に触るというのは関係なかったらしい。
ならば今現在、目の前の彼女の時間はその意識も含め完全に止まっているという事だ。つまり、この間何をしようとも気付かれる事は無い。
ゴクリと喉が鳴る。
昨日はとてもそんな気にはならなかったが、改めて考えるとこれはまさに『そういう事』に使うための能力に思えてきた。
手に触れさせていた指先を恐る恐る下へ…スカートの上をなぞり臀部へと手を沈み込ませる。
(柔らか…)
恐らく、初めて触れるであろう異性のそこ。男性の身体とは全く異なる感触に指が独りでに動いた。同じ人間の筈なのに、どうしてここまで肉体の質が異なるのか…掌で感じるその感触に心奪われながら、ぼんやりとそんなことを思った。
……。
どれだけの間そうしていただろうか…知らぬ間に夢中になってしまっていたことに気づき、不意に我に返る。
慌てて周囲を確認するが世界は静止したまま、今の自分を知覚する者は居ない。時間停止に制限時間があるのかは分からないが、あまり長時間止めたままにしておくのはやめたほうがいいだろう。
席を立ち、少し離れた場所に移動する。
そして時計に触れ、昨日とは反対側のボタンで圧縮開放―。
「ひうっ……!?」
時が動き出した瞬間、彼女はビクンと身体を仰け反らせた。しかしその悲鳴は同時に再生された車内の雑音に溶ける。
慌てて周囲を見回すも背後も含めて人の手の届く範囲には誰も居ない。
不可解な現象に怪訝な表情を浮かべ、ドアが開くと同時に彼女はそそくさと電車から降りていった。
「よかった……」
念のため別のドアからホームへと降り、深くため息をつく。心臓はいまだ早鐘を打ち鳴らしていた。
運よく彼女の周囲に誰も居なかったから良かったものの、もし誰かが居たならその人物が犯人にされていたかもしれない。もっとよく周囲を確認してから使うべきだった。
だが、これでこの時計の機能は証明できた。これで今日は上手くやれるかもしれない。
学び舎へ向かう足取りが、いつもより軽くなった気がした。
………、
……、
…。
「ただいま…」
玄関の扉を開け、とりあえず言う。
………。
返事などあろう筈も無い。今この家には彼1人しか住んでいないのだから。
ここでの生活が始まってもう半年以上になるが、なかなかこの癖は抜けなかった。
元々の自宅からやや離れた場所にある進学校に進むことが決まり、それに合わせて1人暮らしを始めたのだ。
ついでに言えばその少し前から両親の仲がやけに親密になり(…特に母親の方が顕著だった)、家に居づらくなったこともあって親に頼み込んだのだった。
今思えばそのどちらもが失敗だったのかもしれない。
中学生の頃、それなりに上位だった成績は今や見る影もない。同レベル以上の者が競争相手となったことによって、今まで自分がどれだけ背伸びをしてきたのか思い知らされた。
そのこともまた、今の立場の遠因となっているのだろう。だがだからといってそれを相談できる友達も家族も居ない。
自分一人で何とかするしかない状況…そして何とかならなかったからこそ、今の状況があるのである。
しかし、今日ばかりはその状況も少々違った。
昨日、アリスから貰った銀時計は先の先を読み、状況に対処する時間をくれた。結果、普段襲い来る様々な攻撃を、ほぼ完全に回避できたと言ってもいい。
もう一度彼女に会えたなら、今度はきちんと感謝しなければならないだろう。
…と、そうは思ってみるものの、彼女が今何処に居て、どうすれば会えるのかがわからない。
とりあえずはあちらからのコンタクトを期待することにして、自室の扉を開け…
ペカー…
…たところで突然銀時計が光りだす。そして
「やっほー♪アリスちゃん参上ー!」
「……。」
光の中から『彼女』が現れた。
「…あ、アリスちゃん参上〜!」
「………。」
「出直してきます…」
「あ、ごめん。唐突過ぎてどう反応したらいいかと…」
さすがに昨日の今日で再び出会うことになるとは思っていなかったのだ。
「へー、ここがおにーさんのお部屋なんだー」
キョロキョロと部屋の中を物色し始めるアリス。部屋の中央に置かれたちゃぶ台じみたテーブルを中心に一周ぐるりと回り、そして言った。
「なんにもないね!」
「なんにもってことはないでしょ…テーブルも机も本棚も簡易ベッドもだってあるし。」
「えっちな本は?」
「それは無いけど…」
「むー…」
何で不満げなの…。
「…あ、でもこのベッド、おにーさんが毎日寝てるんだよね?」
「え?そうだけど…」
「へ、へぇそうなんだ…」
アリスがごくりと喉を鳴らす。そして無言でベッドに近づくと、
「ゑ?」
その頭を布団の中に突っ込んだ。
「……………。」
「あの…アリスさん?」
膝をつき、尻をこちらに向ける格好で固まる。時折体がびくりと震えるものの無言。あとは白い靴下に包まれた足の指が閉じたり開いたりを繰り返すのみ…。
………。
…。
「はふぅ……♪」
数分もそうしていただろうか。いったい何を見せられているのか理解できぬまま、彼女は布団から頭を抜くと、満足げにため息をつく。
その顔は恍惚に蕩けていた。
「あの…」
「さあっ、お茶にしよっか♪ミルクティーでいいかな?」
「あ、はい…」
有無を言わせぬ強引な話題の切り替え。その勢いに思わず流され、答えてしまう。
了解を得て、彼女はどこからともなく取り出した大き目の白い布をテーブルに広げた。すると布地から浮き上がるようにして、白磁の茶器が次々と現れる。ソーサー付きのカップが2つ、注ぎ口からほのかに湯気をたてるティーポットが1つ。そしてケーキやその他お菓子を乗せた皿がいくつも…。
いずれも白地に金の意匠が施され、素人目にも高級品であろうことがうかがえる。
どのような魔法が働いているのか、それら食器テーブルクロスの上で勝手に動き回り、自動的に配膳が進んでゆく。そして2つのカップにティーポットからお茶が注がれ、2つともがアリスの目の前に並べられた。
「ちょっと待ってねー。」
「!?」
そう言うと少女は白いブラウスのボタンを外し始めた。布地の隙間から、少女の小柄な体格と外見上の年齢から考えれば十分に大きな膨らみが覗く。そして彼女はその白い乳房を取り出し、茶を湛えたカップの上まで持ってくると、その桜色をした先端をつまんだ。
純白の雫が滴り、透き通った液体が肌色へと変わってゆく。同時に部屋に甘い匂いが満ちた。
どこかで嗅いだような匂い…それが昨日アリスと触れ合ったときに感じたあの匂いであると気づいたのは、ちょうど彼女がミルクを搾り終えたのと同時だった。
「はい、どうぞ♪」
笑顔で片方のカップが差し出される。
「あ、ありがとう…」
「まずは香りを楽しんでね♪」
目の前の光景に混乱した脳はいとも簡単に外部からの声に誘導される。故に、彼女に言われるがまま、受け取った白く湯気を上げるカップに顔を寄せ香りを吸い込んでしまった。
まず華やかな紅茶の香りがあり、それを追いかけるようにむせ返るほどの甘いミルクの匂いが鼻を抜けた。その二つは鼻腔で混じりあい、合わさって肺を満たす。心地よい陶酔感が訪れ、同時に下腹部で鈍い快感が生まれた。
「はい、そうしたらゆっくりと唇を近づけて…ぐいっと」
何も考えることなく、彼女の声に導かれるまま体が動く。そして、
ぐいっと…
「ど、どうかな…」
「……あれ?普通においしい。」
「やたっ♪」
香りから予想された強烈な甘さはそこにはなく、あくまでも優しい甘みと味わいが口内を満たす。温度もまた、熱過ぎずぬる過ぎず、心地よい温かさをもって喉を流れてゆく。甘いミルクの後味が舌にまとわりつく感じが残るが、決して不快なものではない。
「お互い精もミルクも美味しく感じるってことは、やっぱり私たちの相性って最高なんだよ。これはもう本契約して不思議の国に行くしかないよね!」
「え……って!」
少女はテーブルに身を乗り出しそんなことを言う。そこまで言われてようやく、タクトは自分が何を飲まされたのか思い出した。
「なんで母乳が…っていうか何入れてるの!?」
「ん?あ、別に赤ちゃん産んだわけじゃないよ?むかーし色々あって出るようになったの。」
「だからって何でお茶に…」
「ミルクが出る人はまず自分のミルク入りティーを振舞うのがお客さんへの礼儀でしょう?」
「知らないよそんな礼儀作法!?」
だいたいここは彼の自宅。客はアリスの方である。
「まぁまぁ。せっかくだから残りもぐいっと。おかわりもあるよ?」
ぐいぐいとお茶を勧めてくるアリス。確かにカップにはまだ半分ほどお茶が残っている。しかし正気に戻ってしまった今となっては肌色に濁ったその液体を見ると先ほどのその制作過程がフラシュバックし、彼女の目の前でそれを口にするのをためらわせた。
「飲まないの?…あ、それとも直接吸う?吸って?」
「吸いません!」
しかし、少女がドレスの上から片胸を持ち上げてそんなことを言うに至って慌てて残りを飲み干した。
「にひひ、遠慮しなくていーのに♪はい、おかわり。ケーキもあるよ。」
空になったカップにすかさずお茶が注がれる。同時に少女はケーキの乗った皿を持ってテーブルを挟んだ対面から隣へと移動してきた。
黄色いスポンジと白いクリーム、上には色とりどりのベリーが乗ったそれにフォークが入れられ一口大に取り分けられる。
「はい、お口開けて?あーん♪」
そして彼女はフォークの上に乗せたそれを口元に差し出してきた。上目遣いで見つめてくる蒼く透き通った瞳…その眼に魅入られるとどういう訳か抵抗が出来なくなる。思わず半開きになった唇の隙間に、甘味が押し込まれた。
「…!?美味っ!」
ふんわりとした生地とクリームは口内に入った瞬間溶ける様に砕け、濃厚な甘みが拡がる。次いでベリーの爽やかな酸味がその上を覆い、調和を奏でた。
「まだまだあるよ。はい、もう一口♪」
「い、いや、自分で食べるから!」
「そう?んふふ♪」
またもや彼女のペースに流されてしまった。少女の視線や声には何か催眠術の類でも乗っているのではないかとすら思えてくる。あるいは砂糖で煮詰めたミルクを思わせる彼女の体臭にもだろうか…。
一方当の少女はといえば、少年の反応は予想済みとばかりに別の皿に乗ったクッキーを取り、その小さな口で齧っていた。
「ごちそうさまでした…。」
程なくしてクロスの上に広げられたお菓子の類は無くなり、食後のお茶をいただいていた。ちなみに今度はミルクの入っていない、普通の紅茶である。
「どう?おいしかった?」
「それは…うん。」
「んふ、よかった♪向こうで勉強して作ってみた甲斐があったよ。」
「君が作ったの!?」
驚愕する。てっきり魔法か何かで作られたものだと思い込んでいた。はっきり言ってこれまで食べたどんなモノよりも美味しく感じた。それを目の前のこの少女が自分で作ったなどと思いもしない。
「うん、でも一回作っちゃえば次からは魔法で簡単に作れるよ。ほら」
そう言って彼女はクロスを2回指で叩く。すると、すぐに先程と同じお菓子とティーポットが飛び出してきた。
「ね?これはそういう道具だからさ。」
「………。」
「それで…どうかな?向こうに行けばもっといろんなお菓子や美味しい食べ物がたくさんあるよ?コレがあればいつでも好きなだけ食べられるし、もし手作りの方がいいなら私がいつでも作ってあげるし!」
「いやそれは…」
そう、またもや彼女は向こうの…フシギノクニの魅力をアピールしてくる。彼女に、おそらく悪意は無い。それだけ必要としているのだ。しかし
「どうして君は僕なんかにそこまで…。悪いけど僕が一緒に行ったところで君の冒険の助けになるとは思えないけど…」
なぜ彼女ほどの存在がそこまで自分に執着するのか、それが少年には理解できなかった。可愛くて魔法が使えてこんな便利な道具を持っている彼女が、どうして特別な力もなく優れた特技があるわけでもない、平凡な能力しか持たないただの人間を欲するというのか。
「なんで…?んー…おいしかったから?」
「…へ?」
「私たち魔物は人間の男の人の精を得ることで力を…魔力を高めることが出来るの。だから一緒について来て精をくれるだけですごく助かるんだよ?」
「それでおいしかったってのは…」
「うん、昨日貰った精の味が♪あは…思い出しただけでよだれが…♪」
「………。」
なんとも言えない気持ちになった。つまり彼女は向こうで魔力タンクとして少年を使うつもりなのだ。そしてどうせ連れ歩くならば味の良い方がいいと…
別に特別な何かを期待していたわけではなかった筈だ。実は自分には隠された力があるだとか、ましてや…
「もしかして…『一目惚れでした!』なんて言ってほしかった?おにーさんったらかわいいんだから♪そんなこと言っても絶対信じないクセに♪」
確かに、信じはしないだろう。当たり前だ。
「でもね、魔物にとって愛する人の精ほどおいしく感じるんだよ。ってことは精がおいしいほど深く愛し合えるってことにならない?」
人間には理解が及ばない理論、しかも時間軸が逆転している。
「それに私の感情感応が言ってるの。『この人だ』って。最初に出会ったあの瞬間からね。だからきっと、似たようなものを心の中に持ってるんだと思うんだ。」
そして最後は直感ときた。
「だからこれでいーんだよ。私はおにーさんの精なしじゃもう生きていけないんだから。心配しなくても諦めてなんかあげない♪にひひ♪」
「………。」
論理的な返答など一つもない。しかし彼女が嘘を言っていないことだけは何となく理解できた。
そもそも、どんな返事を期待していたのだろうか。しかしそんなこともわからず覚悟もなく、口をついて出た言葉だというのに、そんなものに対しても彼女は真摯に答えたのだ。
無性に自分が情けなく思えて、少年は視線を落とした。
「あ、精といえば!時計見せて!」
「…え?あぁ、はい。」
ポケットに入れたままの銀の懐中時計。先ほど光ったそれを取り出し、アリスに手渡す。
「んーと…使ったのは5回ね。…ってあれ?朝ちょっとお尻触って、それ以外は…移動ばっかり……なんで?」
「あ、そ、それは…」
背中に冷や汗が流れる。想定が甘かった。彼女は時計を使った回数もタイミングもその時の状況も後から調べることが出来るらしい。つまり朝の電車の中での行為もバレているということに…
「ごめん!つい出来心で…」
「もっとえっちなイタズラしてるかと思ったのに!!」
えぇ…
「この時計は5分間時間を止められるんだからいろいろ出来るでしょ?例えば会話の最中に逝かせるとかズボンの中で射精させるとか路上で全裸にするとか…」
「そんなこと……って5分?」
「あれ、言ってなかったっけ?連続して止めていられる時間は最大5分で1日10回までだよ?」
「聞いてないよ!?危うく社会的に死ぬとこだったよ!!」
「…?」
アリスが怪訝な表情を浮かべたところで思い出す。彼女にこちらの常識諸々は通用しないのだった。
そして説明すること10分程度…
「そんな…お尻触っただけで捕まって居場所が無くなるなんて…こわすぎる、おかしいそんな世界…間違ってる…修正されるべき………」
「いや、間違ってるって言われても……」
少女は床に手をつき項垂れていた。よほど彼女の世界とギャップがあるのか、わなわなと肩を震わせながら、なにやら不穏なことを呟いている。
「あ、でもこの世界におにーさんの居場所が無くなれば一緒に向こうに行くしかなくなるのでは?」
「やめようね?」
物騒なことを言わないでほしい。
「まぁ、でも要はバレなきゃいいのよね。この近くには魔力監視のシステムも無さそうだし。だったらやりようはいくらでも……あ。」
アリスがそこで言葉を切り、再び視線を上げた。
「ってそんなことよりおにーさん、お尻の方が好きなの?」
「い゛……!?」
また話題がそこに戻ってしまった。
別に特別なフェティシズムを持っているわけではない。今朝の件は本当にたまたま目に入ったことによる出来心だったのだ。しかしそのことをどう言い訳したものかと…
「いや、変な意味じゃなくてその…おにーさんはお尻の大きな女の子って…どう思うかなって…」
なぜそこで急にしおらしくなるのか。
「具体的にはBよりHが大きな女の子とか!」
「え…いや、それはそれでいいと思うけど…」
「ほ、ほんと!?ほんとだね!?」
「う、うん、まぁ…」
「やった!需要あったァ!!」
「一体どうしたの…」
何がそこまで喜ばしかったのか、彼女は片膝の上に乗るような形で抱きついてきた。膝が両側から柔らかな太腿で挟まれる。
「それならもう元の身体に戻してもいいよね。」
「んん?」
彼女がそう言うと同時に膝にかかる体重が増した。そして先ほどまでよりもさらに柔らかい何かに包まれる感触が襲う。
何が起きたのかと、少女の肩越しに覗いてみれば、彼女の纏うエプロンドレスの腰の部分が1回り、いや二回りほど膨らんでいた。
「んふぅ…この解放感♥大事な人の前でありのままをさらけ出せるって最高だよね…ねぇおにいさん、触ってぇ?」
やや上気した顔で、少女はタクトの右手を取ると体積を増したその臀部へと導いた。手の平が、指が、柔肉に沈む。
「こ、これって…」
「ごめんね?実は部分変身の魔法を使ってたの。それで…ん、これが本当の姿…」
もう一度の変化。しかし今度のそれは更に現実感の無いものだった。少女の腰部分から2枚の、蝙蝠のような羽根が現れ、そのやや下から尾が伸びた。
「悪魔…?」
「悪魔〈デビル〉じゃないよ。アリスだよ?」
腰から伸びた尻尾が巻き付くように右腕に絡む。少女の手で押さえつけられていた右手は、それにより上質な布地越しの尻肉に更に深く沈み込まされた。
その上で、彼女の手は強制的にその柔肉を揉みしだかせてくる。
「…んっ。」
アリスが甘い喘ぎを上げた。彼女の股座を乗せている右腿に湿り気を感じる。自分の手が彼女に快感を与えているのだと。それを理解した瞬間、彼女に導かれるがままだった右手が自発的に動き始める。
「あっ…そう、そのまま…ううん、直接…スカートの中から直接触って…?」
蕩け顔のアリスがそう請うと同時に、腕が引っ張られた。腕に巻き付いていた尻尾が手首の位置に移動し、そのままドレスの下へと連れてゆく。
そして上からでは見えない衣服の下、幾層もの柔らかなパニエに隠されたそこへと…。指先が触れ、次いで手の平が押し付けられるに至って、手首を拘束していた尻尾が解かれる。
「んふ、捕まえたぁ…♪」
「!!?」
不意に右腕全体が謎の圧迫感に襲われた。その異様な感覚に慌てて腕を引き抜こうとするもびくともしない。
見れば、彼女のスカートの布地が二の腕から先に巻き付き肘が引っ掛かっている。高級そうなドレスを傷つけないよう、可動が許される範囲で小刻みに腕を振るわせるも全く解ける気配がなかった。
「無駄だよ。一度そのコに捕まったら絶対に逃げられないの。私が身を以て経験してるんだから間違いないよ♪さぁ、続きをしよ?」
腕に絡みついたドレスはまるで生きているかのように蠢き、捕えた腕を少女の下半身へと押し付けてくる。
手の平は片方の尻たぶへ、肘から先の腕は彼女の左腿へと…ドレスとはやや異なる、しかし非常に手触りの良い薄布とその下の柔肉、そして腕全体で感じる柔肌、外とは違う熱と湿り気…。
それらが複合し、神経を狂わせた。右腕だけ神経細胞が増殖したかのように、彼女の肌と体温と熱を鋭敏に感じ取ってゆく。
そして…
「うあっ!?」
ドレスの内側に潜む何かがその牙を剥いた。
「あは、始まっちゃった?」
「なにこれ…」
まず、右腕に押し付けられている彼女の身体と反対側、ドレスの裏地とパニエの層に触れている部分にむずがゆさが走った気がした。
次いでふわりと羽毛に包まれるような感触…手を入れる際は上質のビロードのように感じたスカートの裏地は、今や毛先の長い柔毛で満たされていた。外見で見ても、スカート全体が1〜2回り膨らんで見える。
そしてその毛の一本一本が、まるで意思を持つかのように捕えた腕の上を這い回り始めたのだ。
「スゴいでしょ?それ。このドレスってもともとは向こうの罰ゲーム用のアイテムで…着てる人に快感を与えて体液を搾り取ろうとするの。…服というよりは服に擬態した搾精生物に近いのかな?むかーしちょっと勝負に負けちゃったせいで着ることになったんだけどね…」
「服じゃ…ない?」
「うん。あの時は大変だったなぁ。普通に歩こうとするだけで腰砕けにされちゃって。ごはん食べてる時だろうと本を読んでる時だろうと突然思い出したかのように動き出すんだもん。寝るときなんか気絶するまで逝かされてようやく眠れるんだよ?…今はもう完全に支配できてるから『私は』大丈夫なんだけどね♪」
右腕の、感覚を鋭敏化された皮膚に加えられる刺激。無数の羽箒で全方位から擽りまわされるようなこの感覚を四六時中全身で受け続ける…想像するだけで気が狂いそうになる。
同時にその刺激に翻弄され快楽に悶える少女の姿を想像し、少しばかりのサディスティックな情欲を覚えてしまった。
故に、次に続く言葉はそんな彼への報いであったろうか。
「…というわけで、それを今からおにーさんにも味わってもらいます♪」
「ふえ?」
少女の右手が少年の股間へと伸びる。少年の右腕をドレスで拘束し片膝にその身を乗せたまま、彼女は器用にベルトを外し、ズボンの中のモノを外気に晒してしまった。
そして彼女から見て右側のスカートの端を摘まむと、既にいきり立っているそれへとゆっくり被せる。
「待っ……ひあぁ!?」
肌触りの裏地が触れたのは一瞬。先ほど右腕を飲み込んだ時とは違い彼女のスカートは1秒も経たずにその内部構造を変化させた。
罠にかかった獲物に食らいつくが如く巻き付き、細毛で擽り犯す。毛の長さも部分によて最適化され、陰茎を取り巻くものは短く密に、その下の陰嚢含む下腹部と内腿の付け根は疎で長い羽毛が覆った。
それは効率的に精を搾り取るための計算され尽くした動き…。
果たして、ただでさえ密着する少女の身体の感触と体温、右手に押し付けられる柔らかさと這いまわるドレスの裏地に責め立てられていた少年のそれは、1分も経たずに白旗をあげることとなった。
外からは見えないものの、スカートの中で白濁液が漏れ裏地を汚す感触が拡がる。するとすぐさま漏れでだ精液に細毛が殺到し、ずるずると吸い取り始めた。10秒も経たず液体は無くなり、もとの乾いた羽毛に包まれる感触に戻った。
「ね?あっという間に逝かされちゃったでしょ?じゃあもう一回♪」
「え?」
そう言ってアリスはドレスの上から股間の膨らみに手を重ねた。
「つぎは私も上から弄ってあげる。さて、今度は何分もつかなぁ?」
「ちょ、ちょっと待って…」
「だーめ。ほらおにーさんも手を動かして!私の方も気持ちよくしてくれなきゃ♪こんどは私が逝くまでやめないからね♪」
「いい゛……!?」
彼女は本気だ。スカートの上からその細く小さな手が陰茎を掴む。そしてゆっくりと揉みしだきながら上下に動かし始めた。
「ほら♪がんばれがんばれ♪左手も遊ばせてないでおっぱいとか触って?反対側のお尻でもいいよ?」
言われて左手がまだ自由だったことを思い出す。
射精直後のペニスを柔毛で擽られ、その上からしごかれる激感に翻弄される頭では提示された2択を冷静に比較検討することなどできよう筈もなく。手を持っていきやすい方へ、彼女の背中へと回した。
「ふふ、お尻の方がいいn…ひゃっ!?」
手は彼女のどこを目指していたのか定かではない。しかし、おもむろに回した左腕は予想もしないものを掴んでいた。
尻の中央の少し上、尾てい骨から伸びる彼女の尾である。
「そ、そこぉ!?」
少女の声が上ずった。なぜか分かる、明らかに性感を感じている反応。普段自分のモノを慰める手つきをもって左手を動かすと、アリスの表情が蕩けた。
「う、うそ…上手…」
効いている。そのまま彼女の右手の動きまでもトレースしながら量の手を動かし、さらに彼女が股座を乗せている右膝を震わせる。
「ふあっ…ま、負けないんだから!」
最後の抵抗とばかり、少女の右手がスカートの盛り上がりの先端…亀頭部分を包み込むように握り、捻り、回す。二度目の絶頂、しかし普段の絶頂とは異なる、気が遠くなるような快感がはじけた。次いで腰の力が抜け、何かが漏れ出す感覚…
しかし、その鋭い刺激は両の手に反射的反応をもたらす。すなわち、握った尻肉と尾の根元を強く握りしめてしまったのだ。
「-------ッ!?」
少女が背をのけ反らせる。一拍遅れて、右腿に熱い液体が拡がるのを感じた。
「えへ…えへへ……そこ性感帯だったんだ…引き分け、だねぇ…」
ぐたりと体を弛緩させ、うわごとのように呟く少女はぞっとするほど淫靡な顔をしていた。その顔はよだれと涙に塗れ、熱い吐息を漏らす。
そのまま倒れ込むように、少年の胸に収まった。
……、
…。
数分程余韻に浸っていただろうか。その間もドレスは蠢き続け、お互いの体液を吸い取っている。そして少女がその腰を上げる頃には、彼女が漏らした体液で濡れていたであろう右腿も乾ききっていた。
「むふふ、いっぱい精貰っちゃった。これで次はもっと長くこっちに居られそう♪とりあえず時計の魔力を回復させて、と。…はいどうぞ♪」
銀時計に一度口づけをし、アリスがそれを返してきた。
「あ、ありがとう。」
「そういたしまして♪」
「いや、…本当に助かったんだ。ありがとう。」
「おにーさん……」
突然、後頭部に手を回され強い力で引き寄せられた。顔面が柔らかなものに押し付けられる。
気付けば、アリスの胸に頭を掻き抱かれていた。
「いつでも…向こうに来ていいんだからね?無理には連れて行かない。でもおにーさんがひとことうんと言ってくれれば、私は今すぐにでもここから…この世界から連れ出してあげる。それだけは覚えていて…。」
この華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほど強く、強く抱きしめられる。これまでことあるごとに彼女から漂っていた甘いミルクの香りの、とても濃いそれが鼻腔をつく。その匂いを意識した瞬間、力が抜け、思考に靄がかかった。
瞼が重くなり、意識が闇へと落ちてゆく…。
……
「おやすみ。いつまでも、待ってるよ……」
………、
……、
…。
誰もいない自室、中央に置かれたテーブルの上に突っ伏して眠っていた。
まるで夢を見ていたかのような感覚…昨日感じたものと同じだ。しかし机の上に置かれた銀時計と、そして今回はテーブルに広げられた純白の布が、彼女の存在が夢でないことを証明してくれた。
そのことに安心してしまう自分が居ることに驚きと、それと言いようのない不安を感じ、それを振り払うように少年はかぶりを振って立ち上がる。途端に感じる疲労感…それに誘われるがまま、彼はベッドに横になった。
「………。」
そこには、ほのかに甘いミルクの香りが染みついていた。
通学途中に二駅のみ利用する電車の中、少年…黒川タクトは昨日の出来事を思い出していた。
空から降ってきた少女、フシギノクニなる異界、魔法…どれ一つとっても現実感がなく、全て自分の夢か妄想だったのではないかと何度も思った。しかし、彼女に持たされた銀の懐中時計だけは確かに手の中にあり、そしてその恐るべき機能を知れば嫌でも信じざるを得ないのだ。
「……。」
ポケットの中には昨日貰った例の時計がある。アリスからは肌身離さず持っているように言われたが、むしろどこかに置いておく方が恐ろしかった。
一駅目のドアが開き乗客が乗り込んでくる。たまたま目の前に来たのは見知らぬ女子学生。
ふと思う。昨日彼女がやってみせたのを最後に、この時計を人間に試したことは無かった。
(今…試してみようか…)
いざという時の為、ちゃんと使えるのかどうかを確認しておかなければならない。
これまでにない緊張感とともに、ポケットの中の銀時計に手を伸ばす。指先のみでボタンの位置を確認し、押した。
ガチリ…
昨日も聞いた特徴的な音が鳴り響き、世界が停止する。
直前まで絶えず移り変わっていた窓の景色は固定され、同時に聴きなれた車輪の音も消える。
勿論目の前に立つ人物も…。
「……。」
そっと手を伸ばす。
最初は鞄、そして衣服…。反応は無い。ついには指先へと触れてみるが、やはり動き出す様子は無い。
昨日アリスが使用した際、彼女と共に自分は動くことが出来た。故に、止まった時間の中で任意の人間を動かす機能があるのではないかと考えたが、どうやら時計に触れながら対象に触るというのは関係なかったらしい。
ならば今現在、目の前の彼女の時間はその意識も含め完全に止まっているという事だ。つまり、この間何をしようとも気付かれる事は無い。
ゴクリと喉が鳴る。
昨日はとてもそんな気にはならなかったが、改めて考えるとこれはまさに『そういう事』に使うための能力に思えてきた。
手に触れさせていた指先を恐る恐る下へ…スカートの上をなぞり臀部へと手を沈み込ませる。
(柔らか…)
恐らく、初めて触れるであろう異性のそこ。男性の身体とは全く異なる感触に指が独りでに動いた。同じ人間の筈なのに、どうしてここまで肉体の質が異なるのか…掌で感じるその感触に心奪われながら、ぼんやりとそんなことを思った。
……。
どれだけの間そうしていただろうか…知らぬ間に夢中になってしまっていたことに気づき、不意に我に返る。
慌てて周囲を確認するが世界は静止したまま、今の自分を知覚する者は居ない。時間停止に制限時間があるのかは分からないが、あまり長時間止めたままにしておくのはやめたほうがいいだろう。
席を立ち、少し離れた場所に移動する。
そして時計に触れ、昨日とは反対側のボタンで圧縮開放―。
「ひうっ……!?」
時が動き出した瞬間、彼女はビクンと身体を仰け反らせた。しかしその悲鳴は同時に再生された車内の雑音に溶ける。
慌てて周囲を見回すも背後も含めて人の手の届く範囲には誰も居ない。
不可解な現象に怪訝な表情を浮かべ、ドアが開くと同時に彼女はそそくさと電車から降りていった。
「よかった……」
念のため別のドアからホームへと降り、深くため息をつく。心臓はいまだ早鐘を打ち鳴らしていた。
運よく彼女の周囲に誰も居なかったから良かったものの、もし誰かが居たならその人物が犯人にされていたかもしれない。もっとよく周囲を確認してから使うべきだった。
だが、これでこの時計の機能は証明できた。これで今日は上手くやれるかもしれない。
学び舎へ向かう足取りが、いつもより軽くなった気がした。
………、
……、
…。
「ただいま…」
玄関の扉を開け、とりあえず言う。
………。
返事などあろう筈も無い。今この家には彼1人しか住んでいないのだから。
ここでの生活が始まってもう半年以上になるが、なかなかこの癖は抜けなかった。
元々の自宅からやや離れた場所にある進学校に進むことが決まり、それに合わせて1人暮らしを始めたのだ。
ついでに言えばその少し前から両親の仲がやけに親密になり(…特に母親の方が顕著だった)、家に居づらくなったこともあって親に頼み込んだのだった。
今思えばそのどちらもが失敗だったのかもしれない。
中学生の頃、それなりに上位だった成績は今や見る影もない。同レベル以上の者が競争相手となったことによって、今まで自分がどれだけ背伸びをしてきたのか思い知らされた。
そのこともまた、今の立場の遠因となっているのだろう。だがだからといってそれを相談できる友達も家族も居ない。
自分一人で何とかするしかない状況…そして何とかならなかったからこそ、今の状況があるのである。
しかし、今日ばかりはその状況も少々違った。
昨日、アリスから貰った銀時計は先の先を読み、状況に対処する時間をくれた。結果、普段襲い来る様々な攻撃を、ほぼ完全に回避できたと言ってもいい。
もう一度彼女に会えたなら、今度はきちんと感謝しなければならないだろう。
…と、そうは思ってみるものの、彼女が今何処に居て、どうすれば会えるのかがわからない。
とりあえずはあちらからのコンタクトを期待することにして、自室の扉を開け…
ペカー…
…たところで突然銀時計が光りだす。そして
「やっほー♪アリスちゃん参上ー!」
「……。」
光の中から『彼女』が現れた。
「…あ、アリスちゃん参上〜!」
「………。」
「出直してきます…」
「あ、ごめん。唐突過ぎてどう反応したらいいかと…」
さすがに昨日の今日で再び出会うことになるとは思っていなかったのだ。
「へー、ここがおにーさんのお部屋なんだー」
キョロキョロと部屋の中を物色し始めるアリス。部屋の中央に置かれたちゃぶ台じみたテーブルを中心に一周ぐるりと回り、そして言った。
「なんにもないね!」
「なんにもってことはないでしょ…テーブルも机も本棚も簡易ベッドもだってあるし。」
「えっちな本は?」
「それは無いけど…」
「むー…」
何で不満げなの…。
「…あ、でもこのベッド、おにーさんが毎日寝てるんだよね?」
「え?そうだけど…」
「へ、へぇそうなんだ…」
アリスがごくりと喉を鳴らす。そして無言でベッドに近づくと、
「ゑ?」
その頭を布団の中に突っ込んだ。
「……………。」
「あの…アリスさん?」
膝をつき、尻をこちらに向ける格好で固まる。時折体がびくりと震えるものの無言。あとは白い靴下に包まれた足の指が閉じたり開いたりを繰り返すのみ…。
………。
…。
「はふぅ……♪」
数分もそうしていただろうか。いったい何を見せられているのか理解できぬまま、彼女は布団から頭を抜くと、満足げにため息をつく。
その顔は恍惚に蕩けていた。
「あの…」
「さあっ、お茶にしよっか♪ミルクティーでいいかな?」
「あ、はい…」
有無を言わせぬ強引な話題の切り替え。その勢いに思わず流され、答えてしまう。
了解を得て、彼女はどこからともなく取り出した大き目の白い布をテーブルに広げた。すると布地から浮き上がるようにして、白磁の茶器が次々と現れる。ソーサー付きのカップが2つ、注ぎ口からほのかに湯気をたてるティーポットが1つ。そしてケーキやその他お菓子を乗せた皿がいくつも…。
いずれも白地に金の意匠が施され、素人目にも高級品であろうことがうかがえる。
どのような魔法が働いているのか、それら食器テーブルクロスの上で勝手に動き回り、自動的に配膳が進んでゆく。そして2つのカップにティーポットからお茶が注がれ、2つともがアリスの目の前に並べられた。
「ちょっと待ってねー。」
「!?」
そう言うと少女は白いブラウスのボタンを外し始めた。布地の隙間から、少女の小柄な体格と外見上の年齢から考えれば十分に大きな膨らみが覗く。そして彼女はその白い乳房を取り出し、茶を湛えたカップの上まで持ってくると、その桜色をした先端をつまんだ。
純白の雫が滴り、透き通った液体が肌色へと変わってゆく。同時に部屋に甘い匂いが満ちた。
どこかで嗅いだような匂い…それが昨日アリスと触れ合ったときに感じたあの匂いであると気づいたのは、ちょうど彼女がミルクを搾り終えたのと同時だった。
「はい、どうぞ♪」
笑顔で片方のカップが差し出される。
「あ、ありがとう…」
「まずは香りを楽しんでね♪」
目の前の光景に混乱した脳はいとも簡単に外部からの声に誘導される。故に、彼女に言われるがまま、受け取った白く湯気を上げるカップに顔を寄せ香りを吸い込んでしまった。
まず華やかな紅茶の香りがあり、それを追いかけるようにむせ返るほどの甘いミルクの匂いが鼻を抜けた。その二つは鼻腔で混じりあい、合わさって肺を満たす。心地よい陶酔感が訪れ、同時に下腹部で鈍い快感が生まれた。
「はい、そうしたらゆっくりと唇を近づけて…ぐいっと」
何も考えることなく、彼女の声に導かれるまま体が動く。そして、
ぐいっと…
「ど、どうかな…」
「……あれ?普通においしい。」
「やたっ♪」
香りから予想された強烈な甘さはそこにはなく、あくまでも優しい甘みと味わいが口内を満たす。温度もまた、熱過ぎずぬる過ぎず、心地よい温かさをもって喉を流れてゆく。甘いミルクの後味が舌にまとわりつく感じが残るが、決して不快なものではない。
「お互い精もミルクも美味しく感じるってことは、やっぱり私たちの相性って最高なんだよ。これはもう本契約して不思議の国に行くしかないよね!」
「え……って!」
少女はテーブルに身を乗り出しそんなことを言う。そこまで言われてようやく、タクトは自分が何を飲まされたのか思い出した。
「なんで母乳が…っていうか何入れてるの!?」
「ん?あ、別に赤ちゃん産んだわけじゃないよ?むかーし色々あって出るようになったの。」
「だからって何でお茶に…」
「ミルクが出る人はまず自分のミルク入りティーを振舞うのがお客さんへの礼儀でしょう?」
「知らないよそんな礼儀作法!?」
だいたいここは彼の自宅。客はアリスの方である。
「まぁまぁ。せっかくだから残りもぐいっと。おかわりもあるよ?」
ぐいぐいとお茶を勧めてくるアリス。確かにカップにはまだ半分ほどお茶が残っている。しかし正気に戻ってしまった今となっては肌色に濁ったその液体を見ると先ほどのその制作過程がフラシュバックし、彼女の目の前でそれを口にするのをためらわせた。
「飲まないの?…あ、それとも直接吸う?吸って?」
「吸いません!」
しかし、少女がドレスの上から片胸を持ち上げてそんなことを言うに至って慌てて残りを飲み干した。
「にひひ、遠慮しなくていーのに♪はい、おかわり。ケーキもあるよ。」
空になったカップにすかさずお茶が注がれる。同時に少女はケーキの乗った皿を持ってテーブルを挟んだ対面から隣へと移動してきた。
黄色いスポンジと白いクリーム、上には色とりどりのベリーが乗ったそれにフォークが入れられ一口大に取り分けられる。
「はい、お口開けて?あーん♪」
そして彼女はフォークの上に乗せたそれを口元に差し出してきた。上目遣いで見つめてくる蒼く透き通った瞳…その眼に魅入られるとどういう訳か抵抗が出来なくなる。思わず半開きになった唇の隙間に、甘味が押し込まれた。
「…!?美味っ!」
ふんわりとした生地とクリームは口内に入った瞬間溶ける様に砕け、濃厚な甘みが拡がる。次いでベリーの爽やかな酸味がその上を覆い、調和を奏でた。
「まだまだあるよ。はい、もう一口♪」
「い、いや、自分で食べるから!」
「そう?んふふ♪」
またもや彼女のペースに流されてしまった。少女の視線や声には何か催眠術の類でも乗っているのではないかとすら思えてくる。あるいは砂糖で煮詰めたミルクを思わせる彼女の体臭にもだろうか…。
一方当の少女はといえば、少年の反応は予想済みとばかりに別の皿に乗ったクッキーを取り、その小さな口で齧っていた。
「ごちそうさまでした…。」
程なくしてクロスの上に広げられたお菓子の類は無くなり、食後のお茶をいただいていた。ちなみに今度はミルクの入っていない、普通の紅茶である。
「どう?おいしかった?」
「それは…うん。」
「んふ、よかった♪向こうで勉強して作ってみた甲斐があったよ。」
「君が作ったの!?」
驚愕する。てっきり魔法か何かで作られたものだと思い込んでいた。はっきり言ってこれまで食べたどんなモノよりも美味しく感じた。それを目の前のこの少女が自分で作ったなどと思いもしない。
「うん、でも一回作っちゃえば次からは魔法で簡単に作れるよ。ほら」
そう言って彼女はクロスを2回指で叩く。すると、すぐに先程と同じお菓子とティーポットが飛び出してきた。
「ね?これはそういう道具だからさ。」
「………。」
「それで…どうかな?向こうに行けばもっといろんなお菓子や美味しい食べ物がたくさんあるよ?コレがあればいつでも好きなだけ食べられるし、もし手作りの方がいいなら私がいつでも作ってあげるし!」
「いやそれは…」
そう、またもや彼女は向こうの…フシギノクニの魅力をアピールしてくる。彼女に、おそらく悪意は無い。それだけ必要としているのだ。しかし
「どうして君は僕なんかにそこまで…。悪いけど僕が一緒に行ったところで君の冒険の助けになるとは思えないけど…」
なぜ彼女ほどの存在がそこまで自分に執着するのか、それが少年には理解できなかった。可愛くて魔法が使えてこんな便利な道具を持っている彼女が、どうして特別な力もなく優れた特技があるわけでもない、平凡な能力しか持たないただの人間を欲するというのか。
「なんで…?んー…おいしかったから?」
「…へ?」
「私たち魔物は人間の男の人の精を得ることで力を…魔力を高めることが出来るの。だから一緒について来て精をくれるだけですごく助かるんだよ?」
「それでおいしかったってのは…」
「うん、昨日貰った精の味が♪あは…思い出しただけでよだれが…♪」
「………。」
なんとも言えない気持ちになった。つまり彼女は向こうで魔力タンクとして少年を使うつもりなのだ。そしてどうせ連れ歩くならば味の良い方がいいと…
別に特別な何かを期待していたわけではなかった筈だ。実は自分には隠された力があるだとか、ましてや…
「もしかして…『一目惚れでした!』なんて言ってほしかった?おにーさんったらかわいいんだから♪そんなこと言っても絶対信じないクセに♪」
確かに、信じはしないだろう。当たり前だ。
「でもね、魔物にとって愛する人の精ほどおいしく感じるんだよ。ってことは精がおいしいほど深く愛し合えるってことにならない?」
人間には理解が及ばない理論、しかも時間軸が逆転している。
「それに私の感情感応が言ってるの。『この人だ』って。最初に出会ったあの瞬間からね。だからきっと、似たようなものを心の中に持ってるんだと思うんだ。」
そして最後は直感ときた。
「だからこれでいーんだよ。私はおにーさんの精なしじゃもう生きていけないんだから。心配しなくても諦めてなんかあげない♪にひひ♪」
「………。」
論理的な返答など一つもない。しかし彼女が嘘を言っていないことだけは何となく理解できた。
そもそも、どんな返事を期待していたのだろうか。しかしそんなこともわからず覚悟もなく、口をついて出た言葉だというのに、そんなものに対しても彼女は真摯に答えたのだ。
無性に自分が情けなく思えて、少年は視線を落とした。
「あ、精といえば!時計見せて!」
「…え?あぁ、はい。」
ポケットに入れたままの銀の懐中時計。先ほど光ったそれを取り出し、アリスに手渡す。
「んーと…使ったのは5回ね。…ってあれ?朝ちょっとお尻触って、それ以外は…移動ばっかり……なんで?」
「あ、そ、それは…」
背中に冷や汗が流れる。想定が甘かった。彼女は時計を使った回数もタイミングもその時の状況も後から調べることが出来るらしい。つまり朝の電車の中での行為もバレているということに…
「ごめん!つい出来心で…」
「もっとえっちなイタズラしてるかと思ったのに!!」
えぇ…
「この時計は5分間時間を止められるんだからいろいろ出来るでしょ?例えば会話の最中に逝かせるとかズボンの中で射精させるとか路上で全裸にするとか…」
「そんなこと……って5分?」
「あれ、言ってなかったっけ?連続して止めていられる時間は最大5分で1日10回までだよ?」
「聞いてないよ!?危うく社会的に死ぬとこだったよ!!」
「…?」
アリスが怪訝な表情を浮かべたところで思い出す。彼女にこちらの常識諸々は通用しないのだった。
そして説明すること10分程度…
「そんな…お尻触っただけで捕まって居場所が無くなるなんて…こわすぎる、おかしいそんな世界…間違ってる…修正されるべき………」
「いや、間違ってるって言われても……」
少女は床に手をつき項垂れていた。よほど彼女の世界とギャップがあるのか、わなわなと肩を震わせながら、なにやら不穏なことを呟いている。
「あ、でもこの世界におにーさんの居場所が無くなれば一緒に向こうに行くしかなくなるのでは?」
「やめようね?」
物騒なことを言わないでほしい。
「まぁ、でも要はバレなきゃいいのよね。この近くには魔力監視のシステムも無さそうだし。だったらやりようはいくらでも……あ。」
アリスがそこで言葉を切り、再び視線を上げた。
「ってそんなことよりおにーさん、お尻の方が好きなの?」
「い゛……!?」
また話題がそこに戻ってしまった。
別に特別なフェティシズムを持っているわけではない。今朝の件は本当にたまたま目に入ったことによる出来心だったのだ。しかしそのことをどう言い訳したものかと…
「いや、変な意味じゃなくてその…おにーさんはお尻の大きな女の子って…どう思うかなって…」
なぜそこで急にしおらしくなるのか。
「具体的にはBよりHが大きな女の子とか!」
「え…いや、それはそれでいいと思うけど…」
「ほ、ほんと!?ほんとだね!?」
「う、うん、まぁ…」
「やった!需要あったァ!!」
「一体どうしたの…」
何がそこまで喜ばしかったのか、彼女は片膝の上に乗るような形で抱きついてきた。膝が両側から柔らかな太腿で挟まれる。
「それならもう元の身体に戻してもいいよね。」
「んん?」
彼女がそう言うと同時に膝にかかる体重が増した。そして先ほどまでよりもさらに柔らかい何かに包まれる感触が襲う。
何が起きたのかと、少女の肩越しに覗いてみれば、彼女の纏うエプロンドレスの腰の部分が1回り、いや二回りほど膨らんでいた。
「んふぅ…この解放感♥大事な人の前でありのままをさらけ出せるって最高だよね…ねぇおにいさん、触ってぇ?」
やや上気した顔で、少女はタクトの右手を取ると体積を増したその臀部へと導いた。手の平が、指が、柔肉に沈む。
「こ、これって…」
「ごめんね?実は部分変身の魔法を使ってたの。それで…ん、これが本当の姿…」
もう一度の変化。しかし今度のそれは更に現実感の無いものだった。少女の腰部分から2枚の、蝙蝠のような羽根が現れ、そのやや下から尾が伸びた。
「悪魔…?」
「悪魔〈デビル〉じゃないよ。アリスだよ?」
腰から伸びた尻尾が巻き付くように右腕に絡む。少女の手で押さえつけられていた右手は、それにより上質な布地越しの尻肉に更に深く沈み込まされた。
その上で、彼女の手は強制的にその柔肉を揉みしだかせてくる。
「…んっ。」
アリスが甘い喘ぎを上げた。彼女の股座を乗せている右腿に湿り気を感じる。自分の手が彼女に快感を与えているのだと。それを理解した瞬間、彼女に導かれるがままだった右手が自発的に動き始める。
「あっ…そう、そのまま…ううん、直接…スカートの中から直接触って…?」
蕩け顔のアリスがそう請うと同時に、腕が引っ張られた。腕に巻き付いていた尻尾が手首の位置に移動し、そのままドレスの下へと連れてゆく。
そして上からでは見えない衣服の下、幾層もの柔らかなパニエに隠されたそこへと…。指先が触れ、次いで手の平が押し付けられるに至って、手首を拘束していた尻尾が解かれる。
「んふ、捕まえたぁ…♪」
「!!?」
不意に右腕全体が謎の圧迫感に襲われた。その異様な感覚に慌てて腕を引き抜こうとするもびくともしない。
見れば、彼女のスカートの布地が二の腕から先に巻き付き肘が引っ掛かっている。高級そうなドレスを傷つけないよう、可動が許される範囲で小刻みに腕を振るわせるも全く解ける気配がなかった。
「無駄だよ。一度そのコに捕まったら絶対に逃げられないの。私が身を以て経験してるんだから間違いないよ♪さぁ、続きをしよ?」
腕に絡みついたドレスはまるで生きているかのように蠢き、捕えた腕を少女の下半身へと押し付けてくる。
手の平は片方の尻たぶへ、肘から先の腕は彼女の左腿へと…ドレスとはやや異なる、しかし非常に手触りの良い薄布とその下の柔肉、そして腕全体で感じる柔肌、外とは違う熱と湿り気…。
それらが複合し、神経を狂わせた。右腕だけ神経細胞が増殖したかのように、彼女の肌と体温と熱を鋭敏に感じ取ってゆく。
そして…
「うあっ!?」
ドレスの内側に潜む何かがその牙を剥いた。
「あは、始まっちゃった?」
「なにこれ…」
まず、右腕に押し付けられている彼女の身体と反対側、ドレスの裏地とパニエの層に触れている部分にむずがゆさが走った気がした。
次いでふわりと羽毛に包まれるような感触…手を入れる際は上質のビロードのように感じたスカートの裏地は、今や毛先の長い柔毛で満たされていた。外見で見ても、スカート全体が1〜2回り膨らんで見える。
そしてその毛の一本一本が、まるで意思を持つかのように捕えた腕の上を這い回り始めたのだ。
「スゴいでしょ?それ。このドレスってもともとは向こうの罰ゲーム用のアイテムで…着てる人に快感を与えて体液を搾り取ろうとするの。…服というよりは服に擬態した搾精生物に近いのかな?むかーしちょっと勝負に負けちゃったせいで着ることになったんだけどね…」
「服じゃ…ない?」
「うん。あの時は大変だったなぁ。普通に歩こうとするだけで腰砕けにされちゃって。ごはん食べてる時だろうと本を読んでる時だろうと突然思い出したかのように動き出すんだもん。寝るときなんか気絶するまで逝かされてようやく眠れるんだよ?…今はもう完全に支配できてるから『私は』大丈夫なんだけどね♪」
右腕の、感覚を鋭敏化された皮膚に加えられる刺激。無数の羽箒で全方位から擽りまわされるようなこの感覚を四六時中全身で受け続ける…想像するだけで気が狂いそうになる。
同時にその刺激に翻弄され快楽に悶える少女の姿を想像し、少しばかりのサディスティックな情欲を覚えてしまった。
故に、次に続く言葉はそんな彼への報いであったろうか。
「…というわけで、それを今からおにーさんにも味わってもらいます♪」
「ふえ?」
少女の右手が少年の股間へと伸びる。少年の右腕をドレスで拘束し片膝にその身を乗せたまま、彼女は器用にベルトを外し、ズボンの中のモノを外気に晒してしまった。
そして彼女から見て右側のスカートの端を摘まむと、既にいきり立っているそれへとゆっくり被せる。
「待っ……ひあぁ!?」
肌触りの裏地が触れたのは一瞬。先ほど右腕を飲み込んだ時とは違い彼女のスカートは1秒も経たずにその内部構造を変化させた。
罠にかかった獲物に食らいつくが如く巻き付き、細毛で擽り犯す。毛の長さも部分によて最適化され、陰茎を取り巻くものは短く密に、その下の陰嚢含む下腹部と内腿の付け根は疎で長い羽毛が覆った。
それは効率的に精を搾り取るための計算され尽くした動き…。
果たして、ただでさえ密着する少女の身体の感触と体温、右手に押し付けられる柔らかさと這いまわるドレスの裏地に責め立てられていた少年のそれは、1分も経たずに白旗をあげることとなった。
外からは見えないものの、スカートの中で白濁液が漏れ裏地を汚す感触が拡がる。するとすぐさま漏れでだ精液に細毛が殺到し、ずるずると吸い取り始めた。10秒も経たず液体は無くなり、もとの乾いた羽毛に包まれる感触に戻った。
「ね?あっという間に逝かされちゃったでしょ?じゃあもう一回♪」
「え?」
そう言ってアリスはドレスの上から股間の膨らみに手を重ねた。
「つぎは私も上から弄ってあげる。さて、今度は何分もつかなぁ?」
「ちょ、ちょっと待って…」
「だーめ。ほらおにーさんも手を動かして!私の方も気持ちよくしてくれなきゃ♪こんどは私が逝くまでやめないからね♪」
「いい゛……!?」
彼女は本気だ。スカートの上からその細く小さな手が陰茎を掴む。そしてゆっくりと揉みしだきながら上下に動かし始めた。
「ほら♪がんばれがんばれ♪左手も遊ばせてないでおっぱいとか触って?反対側のお尻でもいいよ?」
言われて左手がまだ自由だったことを思い出す。
射精直後のペニスを柔毛で擽られ、その上からしごかれる激感に翻弄される頭では提示された2択を冷静に比較検討することなどできよう筈もなく。手を持っていきやすい方へ、彼女の背中へと回した。
「ふふ、お尻の方がいいn…ひゃっ!?」
手は彼女のどこを目指していたのか定かではない。しかし、おもむろに回した左腕は予想もしないものを掴んでいた。
尻の中央の少し上、尾てい骨から伸びる彼女の尾である。
「そ、そこぉ!?」
少女の声が上ずった。なぜか分かる、明らかに性感を感じている反応。普段自分のモノを慰める手つきをもって左手を動かすと、アリスの表情が蕩けた。
「う、うそ…上手…」
効いている。そのまま彼女の右手の動きまでもトレースしながら量の手を動かし、さらに彼女が股座を乗せている右膝を震わせる。
「ふあっ…ま、負けないんだから!」
最後の抵抗とばかり、少女の右手がスカートの盛り上がりの先端…亀頭部分を包み込むように握り、捻り、回す。二度目の絶頂、しかし普段の絶頂とは異なる、気が遠くなるような快感がはじけた。次いで腰の力が抜け、何かが漏れ出す感覚…
しかし、その鋭い刺激は両の手に反射的反応をもたらす。すなわち、握った尻肉と尾の根元を強く握りしめてしまったのだ。
「-------ッ!?」
少女が背をのけ反らせる。一拍遅れて、右腿に熱い液体が拡がるのを感じた。
「えへ…えへへ……そこ性感帯だったんだ…引き分け、だねぇ…」
ぐたりと体を弛緩させ、うわごとのように呟く少女はぞっとするほど淫靡な顔をしていた。その顔はよだれと涙に塗れ、熱い吐息を漏らす。
そのまま倒れ込むように、少年の胸に収まった。
……、
…。
数分程余韻に浸っていただろうか。その間もドレスは蠢き続け、お互いの体液を吸い取っている。そして少女がその腰を上げる頃には、彼女が漏らした体液で濡れていたであろう右腿も乾ききっていた。
「むふふ、いっぱい精貰っちゃった。これで次はもっと長くこっちに居られそう♪とりあえず時計の魔力を回復させて、と。…はいどうぞ♪」
銀時計に一度口づけをし、アリスがそれを返してきた。
「あ、ありがとう。」
「そういたしまして♪」
「いや、…本当に助かったんだ。ありがとう。」
「おにーさん……」
突然、後頭部に手を回され強い力で引き寄せられた。顔面が柔らかなものに押し付けられる。
気付けば、アリスの胸に頭を掻き抱かれていた。
「いつでも…向こうに来ていいんだからね?無理には連れて行かない。でもおにーさんがひとことうんと言ってくれれば、私は今すぐにでもここから…この世界から連れ出してあげる。それだけは覚えていて…。」
この華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほど強く、強く抱きしめられる。これまでことあるごとに彼女から漂っていた甘いミルクの香りの、とても濃いそれが鼻腔をつく。その匂いを意識した瞬間、力が抜け、思考に靄がかかった。
瞼が重くなり、意識が闇へと落ちてゆく…。
……
「おやすみ。いつまでも、待ってるよ……」
………、
……、
…。
誰もいない自室、中央に置かれたテーブルの上に突っ伏して眠っていた。
まるで夢を見ていたかのような感覚…昨日感じたものと同じだ。しかし机の上に置かれた銀時計と、そして今回はテーブルに広げられた純白の布が、彼女の存在が夢でないことを証明してくれた。
そのことに安心してしまう自分が居ることに驚きと、それと言いようのない不安を感じ、それを振り払うように少年はかぶりを振って立ち上がる。途端に感じる疲労感…それに誘われるがまま、彼はベッドに横になった。
「………。」
そこには、ほのかに甘いミルクの香りが染みついていた。
20/01/05 14:02更新 / ラッペル
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